ルイズが勇者兼王子(DQ5)を召喚しました 作:hobby32
ーーまずは、隠そう、とルイズとやらの少女の部屋に向かう途中にレックスは思った。
自分が、魔王を打倒した「伝説の勇者」であることも、「グランバニアの王子」であることも。
夕方、一日の書類地獄から解放されて、さあ剣の稽古に向かおうと、着替えて、木刀を肩に担いで走っている時に、突然、旅の扉のようなものに飛び込んでしまい、どことも知れぬ所に飛ばされてしまった彼なりのとっさの判断であった。
それから、ヘンなマントを羽織った連中に囲まれるわ、急にファーストキスをされるわ、使い魔の印だという刻印が左手に刻まれるわ、と実に目まぐるしかった。
「で、何なのよ、あんたは!」
ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエールは、吊り上がった目つきで、目の前の椅子に腰かけている、自分と同年代くらいの金髪の少年を怒鳴りつけた。
先ほど召喚ゲートをくぐって出てきたばかりの少年である。
「どうと言われても……笑うしかないんじゃない」
あははははは、と実に朗らかに少年は笑った。
少年ーーレックスは、あちこちの金髪が剣山のごとく立っていて、水色の衣装に、青いマントを羽織っていた。それから、側には木刀が置かれている。一応目の前の桃色の髪の少女に、敵意がないことを見せるために、横向きに置いていた。
その青い空を埋め込んだかのような大きな瞳を、ルイズと名乗り、先ほどまでいた草原でさんざん嘲笑を浴びていた少女に向ける。
彼の出会ってきた人間の中でも、なかなかに顔立ちは整っている。町を適当に歩いていたら、お年頃のレックスならば、少なくとも振り向くぐらいはしただろう少女である。
そして、ここはその少女の部屋である。そこそこの広さに、高級なベッド、タンス、机、テーブル、本棚などが置かれている。レックスも一応は王子なので、これらの家具や調度品はみんな高級品なのはわかる。
しかし、その部屋の主たる少女の機嫌は悪そうである。とても。
「あんたはどこから来たのよ」
あんた呼ばわりも久しぶりである。笑いながら、レックスは答える。
「グランバニアさ。知ってる?」
そこの王子であるということは、伏せる。
「知らないわ。どこの田舎よ?」
「そう。やっぱりね」
レックスは、笑顔を崩さずにうなずく。
「やっぱり、ってどういうことよ」
「ここは、僕の元いた世界じゃないんだよ。僕の世界は、月が1つしかないからね」
レックスは、月明かり射し込む窓を指さす。1つではなく、2つ月がある。
ルイズは、ますます表情が険しくなる。
「月が二つあるのは当たり前でしょう。何言ってるのよ」
「違うんだよな~、僕の世界だと」
少年は、クスクスと笑う。
なんだかバカにされているような気がして、ルイズは、異世界とやらの話には乗らず、別のことを訊いた。
「それで、あんたは前にいた場所で何をしてたの?」
レックスは、よくぞ聞いてくれましたとばかりに、大声で答える。
「妹と一緒に書類と毎日格闘していたよ! それはもう大変だった!」
ルイズは、少年の肉体をまじまじと見つめる。かなり筋骨隆々としていて、かなり腕っぷしの強そうな感じである。事務作業に従事していたというより、肉体労働に勤しんでいた方がはるかに信用できる。
レックスは、グチを言うように続ける。
「いやー、全然興味のないことばっかりやらされてさぁ、とっても息の詰まる毎日だったよ、ここ最近は」
「ああ、そう。それで、木刀を持ってたけど、剣は扱えるの?」
金髪の少年は、目を輝かせ、白い歯を見せながら、何度もうなずく。
「もう大好き! まあ、ここ数年は、稽古ぐらいでしか振るう機会はないけどね」
少年は、寂しげに笑う。
ルイズは、これなら護衛くらいにはなるかな、と思った。
「いい? さっきまで言ってた使い魔の仕事なんだけどね。主人たるわたしを守ることが一番の役目なの」
あんたにそれができる? と訊く前に、レックスはテーブルに身を乗り出し、満面の笑みで訊ねる。
「なになに? 誰かから狙われてるの? 大丈夫! そういうことなら、大得意だから!」
あまりに自信満々に言い切られて、ルイズは、面くらう。
「いや、別に誰かからも狙われていないけど……なに? あんたは軍人だったの?」
レックスは、自信満々にまくしたてる。
「兵士はやったことないけど、たくさん戦ったことはあるから大丈夫! 自信ある! たとえ死んだって生き返らせるよ!」
「そんなことができるはずないでしょ! それで、あんたは腕の立つ剣士ってことでいいわけ?」
ここで、レックスは訊ねる。質問に質問で返すのは良くないが、大事なことなので訊きたかったことだ。
「ねぇ、ルイズ、どうしてさっき召喚された僕のことをみんな、『平民』って呼んだの?」
先ほど召喚ゲートやらをくぐったときに、このルイズと同じマントを着た連中から盛んに『平民』と言われたことをレックスは思い出した。
「呼び捨てにしないでよ。……魔法を使えるのが貴族で、魔法を使えないのが平民なのよ。例外はあるけどね」
「へぇ、単純だね。僕たちの世界だと、魔法が使えても普通の人は、たくさんいるのに。逆に魔法が使えなくても、王様をやっていた人もいたよ」
オジロンおじさんとかね、とすっかり引退した先代の王を思いながら言った。
「……なによ、それ。あり得ないわ」
この時、レックスの目は、ルイズの顔にうらやましいという表情が浮かんだのを見逃さなかった。
しかし、深くは突っ込まず、レックスは話を戻す。
「まあ、なら、僕は平民ってことでいいや」
「なに、その思わせぶりな言い方は?」
「呪文が使えないことはない。けど、貴族扱いはごめんだから、平民ってことでいい」
「ちょっと! 魔法が使えるなら、ちゃんと使いなさいよ!」
ルイズにとっては、あり得ない答えであった。
「やだよ。貴族になったら、自由がなくなりそうだもん。息詰まるような書類仕事くらい、こっちの世界にいるときくらいは、解放してよ。別の世界にいるときくらい、自由でいたいんだよ」
レックスの心底からの嘆きに、しかし、ルイズは無情なつもりで言う。
「残念だけど、あんたに自由を与えるつもりはないわ。平民としてわたしの使い魔になった以上、色々雑用しなさい」
「へ?」
「部屋の掃除、洗濯、その他いろいろ。全部やってもらうわ」
しかし、レックスの反応は、
「それだけ?」
であった。
そんなのは、旅の途中でしょっちゅうやっていた。女物の下着でも当番とあらば、全員関係なく洗濯をした。まあ、やるのは数年ぶりであるが。
すると、レックスの反応に、ルイズは、不気味に笑う。
「へえ、もっと厳しい仕事がしたいの?」
しかし、レックスは、突拍子もない答えを返してきた。
「いや、巨大な岩を運んだり、固い岩を切り出したり、死ぬまで鞭打ちされたり、そこまではないの?」
ルイズは、あっけにとられる。
「……あんた、どういう世界で生きてきたのよ?」
「いや、僕じゃなくて、お父さんの話なんだけどさ。……いやあ、よく父さんは、あんな所を生き延びたもんだよ、うんうん」
「そんな仕事は求めてないわ。けどね、」
ルイズは、机の引き出しから、乗馬用の鞭を取り出す。そして、ピシッと床を叩いた。
「あんまり、生意気を言ったら、鞭が飛ぶかもしれないわよ」
ルイズの精いっぱいの凄みを、しかし、レックスは可愛いとしか受け取れず、お腹を抱えて大笑いした。
「あはははは! そんなトゲも何も付いていない鞭で、僕を脅かせると思ってるの? あはははは!」
生意気を言ったので、宣言通り、ルイズは、鞭をレックスに振り下ろした。しかし、当たらない。レックスは、ギリギリまでルイズの鞭を引き付けて、わずかな身動きでかわした。
上から振り下ろしても、少し後退して避けるし、横に薙ぎ払っても体を屈めて避けるし、壁際まで追い詰めると、ルイズの体を飛び越えて逃げていく。
ルイズは、平民の使い魔とはいえ人に鞭打つことの抵抗感と、こんなに鞭を振り回したこともないから、次第にゼーゼーと疲弊してきた。
一方でレックスは、息一つ乱してない。そして、余計なことを言う。
「まったく、母さんや妹の足元にも及ばないよ、そんなんじゃ。あはははは!」
それでキレたルイズは、大声で怒鳴る。
「もう、明日の朝食抜き! 抜きったら抜き!」
これには、レックスも顔色を変える。
「えー、そんなぁ」
さすがにご飯抜きは堪える伝説の勇者であった。
よし、これでキツネみたいな男の子から、ひとまず主導権は取り戻せたぞ、と思うルイズであった。
それから、レックスをわら束に寝かせる、と告げた。これには、特に文句は言われなかった。
それから、ルイズは、レックスの目の前で堂々と着替えた。レックスは、さすがに、顔を赤らめた。
「あ、あのさ、僕の妹でも、僕の前では着替えないんだけど」
「だから、なに? 平民の使い魔に見られても気にしないわよ」
レックスは、呆れる。なるほど、ここまでとは。勇者とも王子とも見られていないが、男としてすら見られていないようだ。
それから、キャミソールとパンティを彼に投げて寄こした。
ーー昔、グランバニアの宝物庫で、『エッチなしたぎ』を見つけてしまったとき、お父さんは赤面して大慌てで戻していたのを思い出した。それ以上に恥ずかしいことをこの女の子はやってのけているんだけど。
さて、ネグリジェに着替えてベッドに入ったルイズは、この新しい使い魔に『よくわからない』という評価を下した。事務作業をしていた割には、体がやたらと逞しいし、キツネのようにすばしっこかった。
そして、何より貴族扱いはごめんだ、などとあり得ないことを言ってのけた。そんなことは、ここトリステインではあり得ないことである。貴族と平民でどれほどの格差があると思っているんだ。まるで、貴族であることに嫌気がさしているようであった。
それでいて、雑用を命じてもわら束で寝かせても文句を言わない。どうにも、評価が一定しなかった。
とはいえ、余計な期待をするのはよそう。ただただ、2年生に上がれただけで今は喜ぶとしよう。そう思って今日は眠るルイズであった。
「魔王がいなければ、勇者はいらない」
「う~、タバサ、僕は書類に殺される」
「お兄ちゃん、そんなことないから、早く済ませて休憩にしましょうって」
「う~、僕にとっては、グレイトドラゴンより強敵だよ、この書類は」
「あんな立派なドラゴンとこれらの書類を一緒にしてはいけません」
こんなやり取りは、日常風景と化していた、グランバニア城の豪華な執務室。
王子や王女の実態なんてこんなものである。書類に拘束され、時間が来たら窮屈なパーティーで愛想よく挨拶したり、話したり、踊ったり……そんな日常の繰り返し。ここ数年ずっとこれが続いている。妹のタバサは飽きずにこんなことにずっと付き合っていて、レックスはとても尊敬していた。
レックスは、2つの称号を持っている。ーー『伝説の勇者』と『グランバニアの王子』である。
しかし、前者の方は完全に有名無実と化している。何しろ彼は10歳でその役割を終えてしまったのだから。
確かに、魔王ミルドラースを打倒してしばらくしてからは、戦いに行かなくてもいい毎日は新鮮だった。数え切れない人たちから、たくさんの感謝の言葉を言われ続けて嬉しかった。
しかし、そんな祝福期間も過ぎてしまえば、もう退屈な日常しか残らない。
これは、尊いことだとは思う。確かに、絶え間なく耳に入ってくる魔物による悲劇を聞くよりかは、ずっとずっとマシなんだろう、と。
しかし、残ったのは、『グランバニアの王子』という肩書きである。こちらの方は、冒険好きで、外を元気いっぱい駆け回るのが大好きな人間には、絶望的に向いていなかった。
あちこちへの視察旅行をなるべく増やしてもらっているのが、せめてもの救いである。
書類仕事や夜会から逃げ出して、父と妹が仲間にしたモンスターたちと戯れたり、剣の稽古をしたりして、毎回妹に連れ戻される毎日が続いていた。
レックスとて、こんな悩みは贅沢だとは思っている。ふつうの人は、金を稼ぐために、とんでもない苦労を重ねていると言うのに、自分は王族という立場上、そんな心配をしなくても良いのだから。しかし、こういうことは、生身の商人や職人と話したからこそ、身に染みて理解できるわけで、紙の上からだけではわからないことばかりである。往々にして、耳の痛い話は自分たちのところにやってこないのだから。
さて、レックスとタバサは16歳となった。タバサの方はラインハットのコリンズ王子と既に婚約した。最初は、イタズラ好きなコリンズ王子に辟易していたタバサであったが、彼からのお手紙攻勢が実り、とうとうタバサ自身が、休日となるとルーラでラインハットに頻繁に行くようになった。それでめでたく婚約と相成った。
しかし、レックスには、タバサのようにそういう人はいなかった。16歳を迎える直前から、やたらとお見合い話が来たが、そもそもお父さんとお母さんは幼なじみ同士で結婚したし、妹も恋愛が実っての婚約なんだから、恋愛結婚が普通だと思っていた。
少なくとも、出会って共に時間を過ごして、好きになっていくのが普通だろうと考えていた。なので、お見合いパーティーには興味がなく、父が結婚し、妹が婚約した16歳という年齢を迎えても、この人は、と思える女の人は現れなかった。
そんなさなかに、レックスは、異世界ハルケギニアに召喚された。
そこは、彼の人生で想像すらしたことのない、自分が『伝説の勇者』とも『王子』とも呼ばれない世界であった。