ルイズが勇者兼王子(DQ5)を召喚しました 作:hobby32
翌朝、日の出と共に、レックスは、目が覚めた。これは旅の習慣から根付いたもので、昔から今までずっと変わらなかった。まあ、あの旅の最中は寝ずの番もしたことがあるし、寝ることに関してズレるのは、大したことではなかった。
それから、わら束近くに置いた木刀を握る。左手の甲に刻まれたルーンが光る。昨日はさほど気に留めなかったが、この使い魔のルーンが刻まれてから、木刀は天空のつるぎのごとく、羽のように軽い。さらに体までやたらと軽く感じてしまう。普段なら、この木刀にもっと重みがあって、それが気に入っていたのだが。何か、使い魔の契約、コンタクト・サーヴァントの時に、自分の体に影響があったのかもしれない。まあ、これ以上、強くなってもしょうがないと思うのだが。
それから、あちこちの引き出しなり、タンスなりを探して、手頃な桶を見つけ、自分とルイズの洗濯物を持って廊下を出る。
洗濯しろ、と言われても水場がわからない。適当に外を歩いていると、偶然、たくさんの洗濯物を持ったメイド服の少女を見かけた。レックスは、声をかける。
「おはようございます」
「え? ……ああ、おはようございます」
黒髪の少女を見て、レックスは父を思い出した。自分が失踪して、今ごろ大騒ぎになっているだろうか、と申し訳なく思う。
「洗濯をしたいのですが、洗い場は、どこでしょうか?」
かなり筋肉質な男の人で、メイドはだいぶ緊張したが、その屈託のない笑顔でほぐれた。
メイドの少女は、笑顔で言う。
「こちらです。わたしもちょうど行くところだったので、ご案内しますよ」
「ありがとう。助かります」
2人が並んで歩いていると、シエスタがきさくに話しかけてくる。
「もしかして、昨日ミス・ヴァリエールが召喚されたという平民の方ですか?」
うん、実は王族だけど、それは言わないように決めたレックスであった。
「ええ、そうですよ。僕の名前は、レックスと言います。よろしくお願いします」
「わたしの名前は、シエスタです。こちらこそ、よろしくお願いします」
何だかタダ者ではない雰囲気のする人だな、とシエスタは思ったが、見ていて安心させられる笑顔に、シエスタも口が弾んだ。
「いきなり召喚されて大変だったでしょう」
お互いに洗濯板を使って洗いながら、シエスタが声をかける。
「まあね。でも、書類仕事で疲れていたから、そこまで悪い気分ではないよ」
レックスは、敬語をやめて返事をする。
「ご家族の方は?」
「心配していると思うけど、今はどうしようもないから、あの人の使い魔を務めることに専念するだけさ」
「それは、大変ですね。もし困ったことがあったら、ぜひ声をかけてきてくださいね。大したことはできないと思いますが、できる限りのはやりますから」
「ありがとう。君は優しい人だね」
レックスが、洗い物の手を休めて、シエスタに笑顔を向けると、彼女の頬に朱がさした。
「い、いえ、そんなことは」
「まあ、同じ平民同士仲良くしよう」
シエスタは、どもる。
「は、はい。そちらこそ、大変だと思いますが、頑張ってください」
「ありがとう」
レックスとシエスタは、仲良く話ながら洗濯をした。
そして、洗濯物を干してからレックスは、ルイズの部屋に戻る。
まだ、ルイズは寝ていた。起こすことまでは言いつけられなかったので、レックスは、のんびりと体操をしたり、感覚が変わった木刀で素振りをしていた。
その内、木刀の素振りの音がうるさかったのか、ルイズがゆっくりと目を覚ます。
「ああ、おはよう、ルイズ」
レックスは、朗らかな笑顔を向ける。
「え? だれ、あんた?」
ルイズは、盛んに寝ぼけ眼をこする。
「レックス。昨日は召喚されたルイズの使い魔」
「あ、ああ。そうだったわね」
「洗濯はしといたよ」
「あっそ。じゃあ、次は着替えを手伝って」
ルイズは、眠そうに言った。
レックスは、呆れながら訊ねる。
「ルイズは、何歳?」
「何よ、突然。16歳だけど」
「僕も16歳なんだけど」
「それが?」
レックスは、ダメだなコイツは、と本格的に思い始めた。
そして、双子の妹の着替えの手伝いさえやったことがないのに、昨日出会ったばかりの少女の着替えを手伝った。
そうして着替え終わってから部屋を出ると、同じ制服を着用した赤髪の女の子が現れた。全身が褐色の肌で、胸がやたらと大きい。それを強調するためか、ブラウスの上から二つのボタンを外している。
レックスは、ルイーダさんがこんな感じだったな、と思い出す。
その少女は、ルイズとレックスを見ると、嫌らしい笑顔で挨拶をした。
「おはよう、ルイズ」
ルイズは、苦虫をかみつぶしたような表情で挨拶を返す。
「おはよう、キュルケ」
「それがあなたの使い魔?」
キュルケは、レックスを指さす。そうよ、とルイズがうなずくと、キュルケは大笑いした。
「はっはっは! 本当に人間を召喚しちゃうなんてねぇ!」
キュルケの大笑いに、レックスは、本当に異世界なんだな、と思った。
もう元の世界では、どこに行っても握手を求められたり、未だにお礼を言われたり、腕試しを申し込まれたりしていたのに。
それから、キュルケは、自分の使い魔を見せびらかす。すると、彼女の部屋からゆっくりと、トラくらいの大きさがある赤いトカゲが現れた。周りの空気を熱くしながら。
もっとも、レックスが動揺することは全くない。仲間にした魔物が1体しかいないのか、とただ思っただけである。それに、そこまでの強さを感じなかった。せいぜい燃え盛る火炎を吐ける程度だろうか? 幾度もしゃくねつの炎を浴びてきた身からすれば、大したものではなかった。
しかし、キュルケは、自慢げに解説していた。何でも好事家に見せたら、値段が付かないと言う。
この人に黄金の鱗の耀く巨竜グレイトドラゴンを見せたらどんな反応をするかな、とレックスは密かに思った。
そのうち、キュルケは、レックスに目を向ける。
「あなたの名前は?」
「レックスです」
初対面の人には一応敬語から入るレックス。
「ふ~ん」
キュルケは、値踏みするようにレックスを見つめる。精悍な顔つきで、筋肉質な体は悪くない。しかし、粗末な旅人のような服と木刀程度しか握っていないようでは大したことはあるまい。フレイムの炎を浴びればひとたまりもなさそうな少年であった。
そんな見下すような視線にレックスは気付いたが、何も言わなかった。
まあ、特に何かを言うこともないと思った。
じゃあね~、とキュルケは手をヒラヒラさせながら去ってゆく。
キュルケの姿が見えなくなると、ルイズは、キーっと声を上げて、レックスに怒鳴る。
「まったく、なんであの女がサラマンダーで、わたしがあんたなのよ」
「いいじゃん、別に。あのサラマンダーは、洗濯をすることができないんだから。乾かす手伝いくらいはできるかもしれないけど」
「よくないわよ! メイジの実力をはかるには使い魔を見ろって言われているのよ!」
「ふーん」
レックスは、気のない返事をしたが、内心ではこう思った。じゃあ、かりそめにも『伝説の勇者』を呼び出したルイズの実力は、どれほどのものなんだろうか、と。
そう考えている内に、ルイズは、訊いてくる。
「あんた、昨日魔法使えるって言ってたけど、使えるんなら使いなさいよ」
レックスは、首を振る。
「僕は、地味な呪文か、派手な呪文しかないからね。このあたりはどうも不器用でさ。どうしてもっていう時以外は使わないよ」
「何よ、それ。それなら、こっちだって、いつまでも平民扱いするからね」
「ご自由に。まだ貴族扱いされたくないんだ」
それから、広大な食堂へと向かう。これほど大規模な食堂は始めてだったので、レックスは、目を丸くした。
ルイズは、所定の席の前に着く。
「早く椅子を引きなさいよ」
わぉ、いつも自分が椅子を引かれる側だったからと、レックスは驚いた。
それから、レックスも椅子に座ろうとしたが、ルイズに止められた。
「あんたは、床。昨日言ったとおり、朝食抜き」
レックスは、露骨にため息をつく。ずいぶんと記憶力の良いお嬢さまだことで。うちの妹なんか、馬車の食料が少ないときは、自分の分を魔物に与えていたのに。
レックスは、汚れると面倒なので、床に座らなかった。ただ、ルイズたちの食事が終わるまで、美味しそうな匂いに囲まれながら、カチャカチャ食器を鳴らし、モグモグ咀嚼する音を聞き続けるのは、勇者としてでも、王子としてでもなく、食べ盛りの少年として辛かった。
おなかすいた、と言ったら負けだと思ったので、空腹を我慢しながら、レックスはルイズを追って、教室まで付いていった。
ここは、レックスにとっては、斬新な場所であった。教師が大人数に授業をするために造られた広大な空間。階段状に席が設けられ、生徒たちが座るようになっているらしい。なるほど、これは参考になりそうだと、グランバニアに帰ったら、お父さんとお母さんに伝えてみよう、と思った。
とはいえ。
他の人にはそうでも、基本的に勉強嫌いなレックスにはまったく興味のないところであった。どうにもこうにも、落ち着いていられない男の子なのである。
ルイズが着席して、レックスもその隣に座ろうとすると、ルイズから注意を受けた。
「ここはメイジの席。平民は、座っちゃダメ」
それで、床に座ろうとしたが、こんな冷たい石の床に長時間座ってられないと思い、レックスは、『フバーハ』を唱えた。やさしい光のころもがレックスを包み込む。まさか、大物の敵相手に多用した使い勝手のよい呪文を、こんなところで使うとは思わなかったが。
急にレックスの体全体が淡い光をまとったものだから、隣にいたルイズがびっくりする。
「ちょっと、あんた! いま何やったの!?」
「熱さと寒さを和らげるための呪文唱えたんだ。じゃあ、終わったら起こして」
レックスは、器用に机と椅子の間に体を横たえて、眠り始めた。
ルイズとしては、いきなり異世界の魔法を、まったく思ってもいない形で初めて見せられてあ然としたが、幸か不幸か、机と椅子の間にレックスは挟まって隠れるように寝たため、ルイズ以外に気づく者は、誰もいなかった。
しかし、レックスが起こされたのは、わりとすぐであった。
ドカーンと大きな爆発音が轟いたためである。
レックスは、瞬時に目覚め、机と椅子の隙間から出てきた。
すると、隣の席にルイズはいなくて、教室の下の方でもうもうと煙が上がっていた。
驚いた使い魔たちが暴れまわっている。マンティコアが飛んで、窓ガラスを割って出て行った。先ほど紹介されたキュルケのサラマンダーが火を噴いていた。
そして、煙が晴れてきて、教師らしき人物は黒板の側で気絶していた。
ススで真っ黒になったルイズがゆっくりと立ち上がった。ブラウスは肩の部分が丸だしとなり、スカートも裂けていた。
そして、教室中の生徒から、ルイズに対して怒号が飛んでいた。
「成功確率ゼロのルイズ!」とか、「もう退学になれよ!」とか、「いつだって、爆発させてばっかり!」とか。
レックスは、なるほどねぇ、と思った。そして、パチンと指を鳴らして、『フバーハ』の呪文を解除した。
それから、コツコツと階段を降りて、自分の主人に対して近づき、回復呪文『ベホイミ』を唱えようとしたところ、
「待ちなさい」
「むぐっ!?」
振り返ったルイズに口をふさがれた。そして、小さな声で言われる。
「魔法使うなら、教室から他の人がいなくなってからにしなさい。よくわからないけど、あんたは魔法使えるって知られたくないんでしょ」
すると、先生が気絶したから授業はないだろうと誰かが言って、みんなそそくさと、教室から出て行き始めた。全員がいなくなるまでさほど時間がかからなかった。
最後の一人がいなくなったのを確認してから、レックスは、ルイズに『ベホイミ』を唱えた。
すると、強めの青い光が一瞬、ルイズの体を包んで、ルイズの顔を覆っていた黒いススがすぐに無くなり、黒板に背中を叩きつけられたときの打撲の痛みまであっという間に消えた。
「すごいわね、あんたの魔法」
ルイズの賞賛は、実に虚ろであった。今のルイズに、他人に心を傾けられる余裕はなかった。
レックスは、ルイズに何か言う前に、次は倒れている教師が、ピクピクと痙攣しているのを確認してから、体を屈めて『ベホマ』を唱えた。
体全体を一瞬強い光に包まれたシュヴールズ教諭は、あっという間に息を吹き返して、ルイズの顔を見るなり、「きょ、教室の後片付けをしなさい」と命令して、あっという間に逃げていった。
ルイズは、それを確認してから、縋るような声でレックスに問いかける。
「ねぇ、こういう風にわたしが何を唱えても、魔法が爆発するんだけれど、その理由はわかる?」
レックスは、改めて爆発した机や、教室中に散らばったススを見てから、告げる。
「『イオラ』くらいの威力はありそうだね」
「『イオラ』?」
「そう、爆発呪文の一つ。それくらい、かなりの威力があることくらいはわかる」
ルイズは、噛みつくように問いただす。
「だから! なんで、わたしの魔法は、何をやっても、その『イオラ』みたいになるのよ!」
レックスは、首を振る。
「そこまでは、わかんないよ。僕はさっき見ての通り、勉強嫌いだからね。魔法に関しては、妹の方が得意だった」
すると、ルイズはレックスの胸ぐらをつかんで、怒鳴り散らした。
「なんで勉強嫌いのあんたが、あんなに強力な魔法ができて、人並み以上に勉強しているわたしは、全然できないのよ!!」
レックスは、ゆさゆさと体を揺さぶられる。大して激しいとは思わなかったが、それでも、ルイズの全力を感じた。
なるほど、この少女は、このことでずいぶん長らく傷ついてきたようだ。
もはや、レックスを見る目が憎悪にまで至っている。
もっとも、レックスは、敵意むき出しの視線には慣れっこだったため、ほとんど動揺はなかったが。
それから、急にパッとルイズは、レックスの胸ぐらから、手を離して、ごめん、と言った。
「あんたに当たっても仕方ないわよね。悪かったわ」
レックスは、ルイズの鳶色の目を覗きこむように言う。
「残念だけど、詳しいことはわからない。けど、一つだけ言えるのは、君は僕を召喚することには成功した。だから、ゼロのルイズというあだ名は間違っているということくらいかな」
「……そんなの、大した慰めにならないわよ」
「まあ、そうだろうね。でも、世界を貫通して僕を召喚したんだから、実は強大な魔力を持っている、とは言えないかな?」
「いくら強大な魔力を持ってたって、使えなきゃ意味ないわよ。使い魔のあんたは自由に魔法使えるのに、その主人たるわたしは全然使えないのよ」
「その辺りは辛いことだね。僕だって、お父さん、お母さん、妹の魔法をみんな持てたら良いな、と思ったことはあったけど、残念ながら、そうはならなかった。だから、魔法は才能なんだなって、区切りをつけて終わっちゃったからね」
「そんなの……」
ルイズが口を挟もうとしたところを、レックスは畳みかける。
「でも、答えを見つけるまでの支えくらいになら、なってあげられる。直接的なことは言えないけど、寄り添うくらいのことは、僕だってできる。大丈夫、きっと何とかなるよ!」
レックスは、ニッコリと無邪気な少年のような輝かしい笑顔を向けた。
それは、ルイズにはまぶしすぎて、とても直視できなかった。