-ドイツ国内-
ここはかつてドイツ国内において軍需産業の拠点として繁栄と栄光を誇った兵器工場の成れの果て、所謂廃工場と呼ばれる建築物の一角。
廃工場とは言え元々は兵器工場、それを支える強化コンクリートの壁は普通の工場のそれを遥かに越える厚みと強度を誇っており、事実その強度が破格の為に通常の重機では解体が困難とされ建物自体の取り壊しが先延ばしにされていたのである。
しかしこの時、その強固な筈の強化鉄筋コンクリートの壁をぶち抜いて薄暗い通路に叩き付けられた人影が居た。
「グハッ、ゲホッゲホッ! ~っこの化物め!!」
はじき出された通路に膝を付き大きく咽込みながら悪態をつく人影の正体は『IS』……インフィニットストラトスと呼ばれる現代において世界最強の兵器をその身に纏った長い髪の少女であった。
胸を押さえ、嘔吐を堪えるために全身で小さく痙攣を起す彼女の口端から流れる血は顎先から床に向ってポタリポタリと滴り落ち、その身に纏ったISは装甲の大半を破損させている。
この時IS関係者が彼女のISを見たなら、口をそろえて何の間違いだと悲鳴を上げるだろう。
彼女の装着しているISは先週米国が発表した最新型第2世代IS、機体名『ストライク・イーグル』 性能だけで評価するなら現時点で世界最高水準をたたき出した文字通りの最新鋭機が何者かの手によってスクラップ寸前まで追い込まれているのだ。
それは搭乗者である彼女も同じであったらしく、整った顔を苦悶と憤怒に歪め、自身が突き破って出来たコンクリート壁の穴の先を睨み付けている。
カツン……カツン……カツン
無人と化した灰工場の中に靴音が響き渡る。
その足音はあくまで歩調を変える事無くゆっくりと、しかし確実に彼女の元へと近付いてくる。
その距離を10m……4m……1mと縮め、壁の向こうから姿を現したのは一人の『男』であった。
「よぉ、生きてるかぁ?」
ちょいと見知った仲間へ気軽に声を掛けた、そんな雰囲気を纏いヒヨッコリと顔を出した男は2m近くの長身で、癖の無い黒髪は三つ編みにまとめて背中に垂らされている。
上下共に黒のスーツの上から同じく黒のロングコートを羽織った体は一見細身にも見えるが、その実
、鍛え上げられた筋肉が納められていることを、たった今ISごと『蹴飛ばされ』コンクリート壁をぶち抜くハメに陥った少女は知っている。
そして何よりも目を引くのは、ともすれば酷薄にも見える整った顔立ちに浮かぶ猛獣のような獰猛な笑みと、顔の右側を半分ほど隠した前髪の下で右目を覆っている大きな眼帯である。
男は少女が健在であることを確認すると、表情はそのままに相変わらずの気軽さで告げる。
「なぁ、フォールだったっけ? とりあえずアンタの無事は保障してやっからよ、ここらで大人しくケツ捲くって引き上げちゃくれね ぇか? お互い面倒事は これっくらいにしとこうや」
「ゲホッ、……オータムだっ! 知ってて間違えんな!」
「どっちも日本語なら秋じゃねぇか、気にすんなよ」
言葉を掛けられた少女の顔は憎々しげな憤怒の形に歪められる。
さもあらん、彼女こそは世界の裏側を暗躍し社会に混乱と秩序を齎す『亡国機業』所属のエリートエージェント、通称『オータム』。
まだ若輩とは言え彼女の上司の命令の元、数々の破壊工作・誘拐・戦闘を成功させてきた腕利きの工作員なのだ。
その自分がISすら使うことが出来ない下等な男に傷一つ付ける事が出来ない上、あろうことか『素手』で戦闘不能寸前にまで追い詰められている。
「畜生テメェっ、テメェだけはぶっ殺してやるっ!」」
スクラップ寸前の体とISを、生来の凶暴性で鞭打ち無理やり動かしたオータムは目の前の男に襲い掛かる。
右手には量子変換によって呼び出したサブマシンガン、左手には近接用の大型ナイフ。
「死ぃっ、ねぇえええ!」
響き渡る轟音と共にサブマシンガンから火を噴き吐き出される鉛弾。 サブマシンガンと言ってもそこはIS用のサイズである、飛来する弾丸のサイズ・威力共に人間が使用する銃機関銃のそれを遥かに越えた暴力は……しかし男に降り注がれることは無かった。
「なぁっ、また消えやがった!」
先程まで男の立っていた場所はマシンガンの洗礼を浴び、見るも無残な瓦礫になったにも関わらず、肝心の男はすでにその場に居ない。
「畜生っ、ハイパーセンサーにも反応無しだと!? 手前ぇは煙か何かかよっ!!」
ISを纏う者がまず始めに受ける科学の恩恵はハイパーセンサーによる超感覚といっても過言ではない。 元々宇宙空間での活動を想定して開発されたISは、宇宙を音速で飛び交うデブリ回避や長距離間での連携を考慮し、ハイパーセンサーとのリンクによって搭乗者の脳神経のクロックアップや遠距離可視化・感覚鋭敏化・長距離通信を可能としている。 その性能をフルに使用したならば、建物の一室内における人間の挙動などスローモーション以下のスピードで知覚可能だ。
しかし、しかし男は『気配以外』の全てを消し去ってオータムの知覚から消えてしまっている。 この通路内に、しかもすぐ近くに居るはずなのにハイパーセンサーに何一つ引っ掛からないと言うこの現状。
オータムは通常見せることの無い動揺を露わにして、ただその場にてわめき散らすことしか出来なかった。
そんな彼女の耳元で呟かれる男の声
「煙か、確かに例えとしちゃ当たらずとも遠からずだな」
男の声は確かに至近距離、所謂耳元で囁かれるそれだ。 しかし目で追ってもそこには誰も居ない、ハイパーセンサーの超感覚で周囲の情報を拾っても、半径20m以内に自分以外の動体反応が見られないのだ。
確かにそこにあるのに視認出来ないなど、匂いはするのに見ることが出来ない煙草の『煙』そのものだ。
そんなオータムを無視して男の声は続く。
「確かにお前さんのISについてるハイパー・センサーは優秀だろうよ。 間違いなくセンサーに俺は引っ掛かってるだろうさ、そりゃもう心音から筋肉や骨の軋む音一つ一つまでな」
「ざけんなっ、だったら……!」
だったら何故それが知覚出来ない!? そんなオータムの疑問に答えるかのように男の囁きは続く。
「問題はセンサーからの情報を受け取るお前さんの方にある。 なぁ『路傍の石』って知ってるか? そこら辺に転がってる石ころ って意味で取ってもらって構わねぇんだが、お前さんは俺と向かい合ってるこの通路に転がってるコンクリートの破片や舞い落ち る埃を一々認識してるか?」
「誰がそん……な、ってまさかオマエ!?」
「その通り、つまり俺は自分の存在をお前の意識の死角に隠してるんだ。 いくら高性能なセンサー使っても、それを見ている本人が 俺だと認識できていないんじゃなぁ?」
人間は視界の外にある物を見ることは出来ない。 もし視界の外に何かがあると感じたならば、それは視力以外の感覚器官に加え、今までの人生で培ってきた『直感=意識』と言う6つ目の感覚器官で捕らえたと言う他にない。
故にハイパー・センサーと言う増幅装置は確かに彼女の五感を極限まで高めるだろう、彼女のような戦闘者の直感は間違いなくソレを余す事無く捕らえるだろう。
それが意識を向けた対象ならば。
「ご名答、俺は俺の存在をそこら辺に転がってる石ころのレベルまで薄めてるんだ、意識を向けなきゃ認識も何もあったもんじゃ無ぇだろ? ああ、ちなみに俺の現在地なんだが……」
不意にオータムは自身の左側に影が差したことを察知する、今まで沈黙を続けていたハイパー・センサーがまるでさっきから発していたように警報をかき鳴らす。
「お前の左側にくっついてるんだなコレが♪」
「な!? っくぅっ!」
脊髄反射で男の顔に向かい左手の大型ナイフを突き出すオータムであったが、それはこの場において悪手以外の何者でもない。 男は首を捻ってナイフを肩越しに避けると左手で無防備なオータムの左胸、まだ固さの残る成熟しきらない乳房をその大きな手で鷲掴みにして
「はぁ、勿体無ぇ」
「な……グアァァッ!!」
左の乳房ごとその下にある肋骨をまとめて握りつぶした。
「ああ、何で俺の攻撃が通じるのかって事だがな、コレは話すと長くなるんで割愛。 絶対防御も万能じゃないって事で納得しといて くれりゃ良いさ……まぁもっとも」
そう言いながら男はオータムの右腕を掴むとそのまま後ろへ捻り上げ、中途無く肩の関節をはずして右腕をへし折る。
「もっともお前さんが今後も荒事を出来る体で居れば……な」
返事は無い、胸骨を握りつぶされた時点で彼女の意識は落ちている。 しかし男はオータムを破壊する手を止めようとはしない、そのまま気を失った彼女の頭に手を掛けると。
彼女に掛けた手を離し、全力で後ろに飛びのいた。
「そこまでにしておいてくれると嬉しいわ。その子は私の恋人でね?それ以上壊されたら私泣いてしまうから」
飛びのいた男の視線の先にはグレーのツーピースを纏った金髪の女性。 歳の項は男と同じ20歳前後と言った所だろうか、彼女はたった今まで戦闘が行われていたこの空間に似つかわしくない穏やかな雰囲気をその顔に浮かべ、先程の男と同じく「ちょっと気になるブティックがあったから寄って見ました」と言わんばかりの気軽さで気絶したオータムへと近付いていく。
「あらあら、仕方のない子ね。 絶対油断しちゃダメよって念を押したのに、帰ったらお仕置きをしなくちゃいけないわ」
女性はオータムを苦も無く抱え上げると男の方へ向き直り、先程の男がそうであったように、彼に対して友人のような気軽さで問い掛ける。
「そんな訳で、この子は私が叱っておくから今日はこのまま避かせて貰えないかしら?」
交戦の意思は無し。 そんな彼女の雰囲気を見て取った男は自身の纏う殺気を霧散させ、ポケットから煙草を1本取り出し一服し始める。
「あ゛~、持ってけ持ってけ。 目が覚めたら『お大事に~♪』って伝えといてくれ」
男は二人に興味を無くしたかのように煙草の煙を燻らせ、壁の穴から元来た場所へ帰ろうとする。 そんな男に背後から先程の女性の声が投げ掛けられる。
「私の名前はスコール、亡国機業のスコール・ミューゼル。 ねぇ素敵な東洋人、あなたのお名前教えてくれない?」
異性が、いや同性が見ても心を奪われるようなウインクと共に投げ掛けられた言葉に歩みを止めた男は、首だけ振り返りその口元に笑いの形を作り答えた。
「俺の名前は……、エドワード・ロング。 そんじゃスコール、縁が合ったらまた会おう」
男の姿が完全に消え去った後、通路には満身創痍のオータムを抱えるスコールが残される。
「隻眼・黒尽くめの東洋人……、あなたが『スクリーミング・クロウ』なのね。 ええエド、また縁が合ったら」
そう呟いた彼女の姿は次の瞬間通路から瞬く間に消え去り、残されたのは破壊し尽くされた廃工場の通路のみとなった。
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「い~やイヤイヤ、無ぇわぁ。 ……餓鬼一人誘拐するのにISとか、マジで何考えてるんだドン引きだわ!」
完全に緊張を解き、エドワードと名乗った男は根元まで吸い終わった煙草を通路に投げ捨て、先程来た通路を逆しまに戻りながら
そう独りごちる。
とある事情から仕事先で一時的に『アルバイト』として雇われた彼の元に雇用主から伝えられたオーダーは、『たった今誘拐された、日本代表IS操縦者の身内、その身柄の確保および障害の排除』であった。
彼にとってその程度であればさしたる労力でもなく、逆にその程度でおゼゼを頂けるなら割の良いバイトだよなぁ、と喜び勇んで吶喊した廃工場のワンフロア。
椅子に目隠しをされて縛り上げられた10歳ほどの少年の周りに居る男達を駆逐してミッションコン
プリートと思った矢先にまさかのISによる攻撃である。
「ドヤ顔でキメて見たけどアレは怖かったぞオイ、何だよあのフォールって女!? 思いっきり国家代表クラスじゃん?」
ISとの戦闘に勝利した彼ではあったが、楽勝に見えたのは表面上の事で実際にはオータムの技量も相まって彼の心胆を寒からしめる程の死闘であったのだ。
因みにオータムの名前を間違えたのを直すつもりはサラサラ無いようだ。
ともあれ彼にしては結構ヤバめの戦闘だったことは間違いなく、それ故に障害を排除した彼はそれ以上の妨害は無いと確信して気楽に先程少年が監禁されていたフロアへと足を進めるのであった。
「いよ~う少年、無事か?」
到着したフロアには倒れ伏す十数人の男達、その誰もが人間として曲がってはいけない場所、曲がってはいけない方向に両手足をへし折られて昏倒している。
いずれも苦悶の表情を顔に貼り付けてはいるが、誰一人うめき声を上げずに気絶している辺りにエド
ワードの強襲から制圧までの手際の良さが見て取れる。
そんな中、倒れ伏す男達の中央で猿轡を噛まされ目隠しをされた黒髪の少年の下へ、エドワードは鼻歌交じりに近付いていく。
無論倒れ伏した男達はガン無視して踏み付けつつだ。 足元でポキンとかグシャリという何やら人の体から鳴って欲しくない嫌さげな音が響くが、当の本人は鼻歌交じりに至って平常である。
「む~っ、む~っ!」
声を掛けられた少年は声の主の気安さから自分の救助だと瞬時に判断。 縛られた椅子を軋ませながらエドワードへと必死に助けを求める。
「おうおう、誘拐されたってのに元気良いなぁ。 ちょいと待ってな、今縄ぁ助けてやっから……ん?」
少年の戒めを解こうとエドワードが椅子に手を掛けたその時異変は起こった
「…………ぁ」
「ん? 何だこの音?」
遠くから聞こえる女の声と破砕音、次第に大きくなるフロア全体の振動。
……そして
「無事かっ、一夏(いちか)ぁぁぁああっ!!」
「おぁああああっ! へぶっ!」
突如壁を切り裂き薄桃色のISで突撃してきた、少年と良く似た顔立ちの女性にエドワードは先程まで歩いてきた通路へと勢い良く弾き飛ばされ、錐揉み4回点半3捻りしつつ退場することと相成った。