―学生寮前―
「おー痛てててっ、軽い関節炎に筋肉の断裂かよ。 2~3日筋肉痛だなこりゃ」
軽く肩を回しながら自身の状態をチェックする。
あの時6発の魔弾に曝された俺が取った行動は『ISのPIC機能完全停止』だった。 ISに掛かるありとあらゆる慣性を緩和及びベクトル変化させるPIC(パッシブ・イナーシャル・キャンセラー)を停止させる。 それだけなら何の意味も成さない行動であるだろうが、要になるのは「ありとあらゆる」慣性制御を停止させるという1点だ。
総重量数百数十kgというISには、その重量での戦闘を維持させるだけの小型なれど強力な動力
機関、飛翔させるための半重力翼機関が内蔵されているんだが。
そしてそれら動力は通常であればPICによって稼動時の振動や加圧状態を緩和されているのだが、俺はあの瞬間ソレをすべて開放した。
あえて名付けるとするならば『脈動加速(パルセイション・ブースト)』
機体に掛かる動力機関の脈動、その上昇点の加圧超過の出力によるパワー補正と、魔弾の衝撃をすべて推進力に替え通常時をはるかに越えるスピードでの回避を成功させたと言うわけなんだが、当然のことながら搭乗者に対するPICも切れていたわけで目下全身を襲う筋肉痛と急激なGに対する脳内の猛抗議に辟易してると言うワケである。
「う゛~っ、だりぃっ! 眩暈がするっ! ヒザがグキグキ言う……のは千冬のせいか」
思いつきは良かったが、停止するPICの範囲の調整とかは追々しないとまずいよなぁ。 動力機関の脈動利用によるパワー補正、研究の余地ありか。
……まずい、ISって結構面白いわ。 何が詰まってるか分からないオモチャ箱的な意味で。
美津里さんに教育された影響かね、結構この手の興味に貪欲な自分に少し驚きだ。
「で、ココがしばらくのお宿となる学生寮(ネグラ)なワケですか~っと」
学生寮のドアをくぐりエントランスへ移動する。 手に持ったルームキーのナンバーは0035、2階の端の方か。
階段階段……っと、ん? 何だこの視線は!? 辺りを見回すと周囲には俺と同じく新入生だろう女子生徒と思われる少女達。
ヒソヒソ
「ねぇ、あれって噂の?」
ガヤガヤ
「……世界で2人しかいない男子操縦者だよね!?」
ザワザワ
「あれって織斑君……じゃ無いよね、長谷川君の方だわ!」
キャーッ
「目つき悪いけど……怖いけど……、イケメンだ! 」
ボソッ
「わぁ~背ぇ高い!意外と老け顔? 同い年……だよね?」
あ~、珍しいわけね。 うん、まぁ気持ちは分かるさ、散歩してたらマムシを飲み込み掛けてる
ウシガエル見つけちゃったみたいな。
うん解る解る、……しかしな?
「待ちやがれっ、誰だ最後に老け顔って言った奴! 俺ぁ正真正銘16歳だ!!」
「ぴいぃ~っ! ごめんなさいっ、怒らないで殴らないで犯さないで!!」
「……だれが誰を襲うんだよ、そう言うセリフはもうちょっとメリハリワガママボディになってから言いやがれ!」
「うわっ!結構辛口!」
「ああ、でも私もちょっと言われたいかもっ、口汚く罵ってください!!」
あ~、何このノリは? さっきのPICカットした時よりも頭が痛くなった気が。 コミュニケーションは大事だけどな、さすがに今日は退散させてもらうか。 このノリに長時間浸ってると間違いなく倒れそうだし。
「あ~、話が盛り上がってるトコロ悪ぃケドさ。 今日は朝からイロイロあってさすがに疲れてるんだわ、お喋りはまたの機会って事で。 な?」
興味深々で話を続けようとする同年生らに謝りつつエントランスを後にするが、一つ忘れてたな。
俺は振り向き、こっちを見ている女子生徒達に自己紹介をした。
「本日から入寮、長谷川竜兵16歳だ。 これから3年間よろしくな」
向き直り階段へ向かう俺の背後から
「「「っキャ~~~!!」」」
「怖そうな外見に反して意外とフレンドリー!」
「チョイ悪アニキタイプ男子、キーターッ!」
「思い出したようにさりげなく自己紹介とか、ツボ押さえてる!!」
「あぁん、やっぱり罵って欲しい!! そして私を踏んで!」
と、悲鳴にも似た女子の歓声、こっ鼓膜が破れる。 サンダラーの銃声に負けてねえよ、……あと
最後の一人、何かヘンな世界が拓け掛かってないか? 俺は心から心配だ。
それにしても、しばらくはアレが続くのかよ、入学式からしばらくは学園(どうぶつえん)の名物(ぱんだ)状態だな。
もう一人の男子の方に出来るだけ多く行ってもらえるように祈りはするものの、1~2週間は覚悟しておくか。
「にしても、痛ぇわダルいわドッと疲れるわ、もうしばらくISにゃ乗りたくねぇなぁ」
せめて入学前にPIC制御の方法考えておこう、毎回これじゃ体がもたない、とか今後の予定を考えていたら目の前には0035のプレートの付いたドアが一つ。
一応同居者が居た時の用心に3回ノックをして返事が無いのを確認する。 まさかとは思うが同居者が女で、入室したら着替え中でしたなんてラッキースケベは御免こうむるしな。
返事が無いのを確認した後鍵を開け、ドアノブに手をかけたのだが
「……参ったね」
ドアの向こう、部屋の中に『何かの気配』が一つ。 ノックに反応せずドアの向こう3m先に気配がするということは、誰か寝ているか……待ち伏せているか、だ。
前者なら別に問題ないが、後者なら……。 左手はドアノブにかけたまま、右手で胸ポケットに
「隠してあった」日本刀を引き抜く。 これで対処できる相手であることを切に願うぞ?
ガチャン
ノブを回し部屋の中を覗くと、部屋の中央には身じろぎ一つせずに40cmくらいのナニかが座って居た。
全身を覆う皮膚は緑がかった鉛色、頭頂部のみ疎らに白髪を生やした顔は老人のソレにも良く似ているが長くとがった耳に鋭い嘴。 肋骨の浮き出た体からは細い枯れ木のような手足が生えているが指先には鋭い鉤爪、ご丁寧に蝙蝠の羽と先が三角形に尖った尻尾まで生えてやがる。
明らかに生物図鑑には乗るはずも無い、乗ってはいけないナニカがこちらを見たまま部屋の中央に鎮座していた。
「え~と、……アンタ同居人?」
「……」
渾身のボケはむなしくスルーされたようだった