幼いころに誘拐されたことがある
私はしがないウマ娘。名前はあるけど語るに及ばずと言いますか、取るに足りない者だと思っているのでここではモブウマ娘、と呼称させてもらいます。
そんな私には一つ、悩みが存在しています。それは今もまだこうして、面と向かって難色を示す二人のお方にあります。一人は、扇に『苦悩!』と書かれたものを広げてその言葉に恥じないほど眉を顰めた幼い理事長。
嫋やかに頰に手を当て、私困っています、と言った様子を隠さずこちらを見る緑一色の服に、帽子が目立つ理事長秘書。
「懊悩ッ!何故そこまで頑なに固辞するのか!」
「それはですね……」
今私は迫られている。それもこれが初めてではない。幾度となくこうして対面し懇々と説得されているが、私はそれに対していつものようにこう言うのだ。
「嫌です」
「あの〜何故そこまで出走を頑なに断るのでしょうか」
それを話すには長い話が必要になる。そもそも私はレースにそこまで興味を持てないのだ。それを不思議に思うかもしれないが、私は昔から少し普通ではなかったようで、周りに比べウマ娘の本能とでもいうものが薄いようなのだ。レースをいっぱい走るよりも、私は家に帰って飼い猫と戯れた方がいいと考えるのだ。猫はいいぞ。猫と和解せよ。
「えーっと……」
しかし、何よりも私が特定のレースに対し頑なに嫌がる理由は別にあった。それは──
「レースの後には、必ずライブが行われますよね?」
「当然ッ!それは君に頼んでいるレースだけでなく他にもある!」
ええ、私も何度も踊りましたしそこは気にしてません。走る以上必ず付いてくるものですから。ですが、ですがッ!私はどーしてもそれだけは無理です!
懐から、私はウマホを取り出し対面の、ちょうど私と二人を挟む机の上に置いた。画面をぽちぽちと操作して、スピーカーからは音楽が流れ始める。この時点で私の眉がピクピクと動いているがまだこれは序の口である。
ワンコーラスを歌い切ったあたりで、私は音楽を止める。最後まで流していたら私の気がどうにかなりそうだったので。
「お二方に聞きます。今のを聞いてみて、どう思いましたか?」
「愚問ッ!素晴らしい歌だった!」
「そうですね、ウマ娘のパワフルさ軽快さがよく表された曲だと思います」
口々にそんなふうに称賛される音楽。私は息を吐き、眉を思いっきり顰めて口にする。
「これ……恥ずかしくありません……?」
流れていたのは『うまぴょい伝説』であった。これをライブで歌って踊るとか正気を疑う。私はこれをセンターで踊らなくてはならないと考えたら恥ずかしくて仕方がなかったのだ。いや、ここはフォローさせてもらうならリズムは嫌いではないのだ。聞いていて好きになれるものだと言える。しかし、しかしだ。
問題があるのはリズムなどではなくその歌詞にある。あまりに電波がすぎるのではないか?これを歌っていて恥ずかしくなる事はないのか?これに関しては他の、それこそ生徒会長などにも聞いたが、返ってきたのは模範的と言える回答だけ、参考になるものはなかった。
「正直な話、これを素面で歌って踊るとか私には無理です」
そもそもこんな曲を作ったのは誰か。私は猛抗議をしたい気分ですらある。なんだこの歌詞は。正常な判断能力を失い泥酔でもして書いたのか?全力で回転して目を回した状態で書き記したのか。そのような事をお二方に尋ねれば、二人は決まって目を逸らすのだ
「……気持ちはわからなくもないですが、ほら、なんと言うか。ずっと聞いていれば慣れてくるといいますか、スルメ的な味がするといいますか」
それフォローになってないですよね?
モブウマ娘の秘密その2
たずなさんが苦手。時々獲物をみるような目で見られるから。
思いつきを形にしただけなので続きません。多分。