飼い猫が見当たらないと落ち着きがなくなる
はるばる来たよ〜、函館ぇい!イギリスですが。そんな訳でどうもモブウマ娘と申します。飛行機に揺られ1人と猫でイギリスに来たのですが、トレーナーの姿が見当たりません。現地集合との事だったのですが……そういえばトレーナーの出張内容とか聞いてなかったですね、海外にいたのでしょうか。
「おーい!」
空港の出口ゲートを出て左右をキョロキョロと不審者の如く探す私を遠くから声が。私のよく知るあの人の声がした。
「トレーナー!」
久しぶりのトレーナーの姿に私は荷物を放り出してトレーナーに抱きついた。トレーナーの匂いだぁぁ!!
全力で堪能した私はトレーナーの胸に沈めた顔をあげトレーナーを見る。トレーナーは相変わらずの私の様子に苦笑していた。そんな私たちに気にする事なく愛猫は私の頭に掴まってます。可愛い。
「僕がいない間大丈夫か心配だったけどその様子だと平気だったみたいだね」
それは私をちょっと過信してますよトレーナー。トレーナーがいない間大変だったんですからね、主に私のメンタルが。
「ゔうぅん゛」
抱き合う2人を諌めるような咳払いが真横から聞こえた。この声にも私は覚えがある。
「仲がいいのは知ってるけど、節度は守りなさい」
腕を組み、スーツに身を包む女性。バリバリのキャリアウーマンといった出で立ちの女性の名は樫本理子さん。トレーナーの1人で私のトレーナーと知り合いだったはず。
未だ抱き合う私たちを引き剥がし、やれやれと嘆息する樫本トレーナー。
「えー、何故樫本さんがここに……?」
「不満そうね」
そりゃ不満ですとも。せっかくのトレーナーと愛猫と私の旅行ですよ?水をさされた気分になるのもやむなしと言いますか。しかし、そんな事を言えばその鋭い目でこちらを睨むのが想像つくので私は目を逸らして誤魔化します。沈黙は時に金を産むのです。
「うちの担当ウマ娘がこちらでレースに出るので、その調整に貴女のトレーナーを呼んだのよ。後で併走して貰うわ」
えー、マジですか。ていうか何のレースです?
「凱旋門賞だって」
あんまり理解していない私に耳打ちするトレーナー。流石です、私のことをよく分かってますね。しかし凱旋門ですか。フランスですよねそれ。ここイギリスですよ?
「どうせまだ時間はあるわ。こちらの環境に慣れさせる面も含めて前もって入ってるのよ。そんな時にそちらが来るって話を聞いたわ」
ふむふむ。どうせ併走するなら気心知れたこちらの方がいい、と。だからわざわざこちらに合流したんですね。まあ私は海外レースには慣れてますから、そういう意味でも適任だったのでしょう。確か樫本トレーナーの担当といえば──
「初めましてエルコンドルパサーデース!!」
うるさっ、こんなところで叫ばないでください耳に響きます。耳がキュッてなりましたよ。
「えーっと、初めまして?」
トレセン学園にいない時の方が多いので、実は私の知り合いは少ないのです。そもそも出会うことが少ないですからね!
「噂は聞いてマース!」
えっ、何それ初耳です。
「どんな噂?」
「かいぶ──」
「そんな事より早く移動しよう、周りの目が」
エルコンドルパサーの言葉を途中で遮りトレーナーが言った。先ほどから空港のロビーで大声で話してましたからね。視線が痛いですね。
「確かにそうね、こんな所で長話してたら周囲の邪魔よ。移動しましょう」
樫本トレーナーの鶴の一言でその場は纏まり、移動する事となった。
ホテルに荷物を預けてウマ娘のトレーニング施設へ。早速走る二人は時々意見交換しながら走りを調整していく。
「前も思いましたがこっちの芝は走りにくいデース……」
「確かに少し癖があると思いますよ。ダートは走った事あります?いっそダートの時みたいな踏み込みでいった方が合うかもしれません」
「それなら分かりやすいデース!」
そんな二人を遠くから見るのはトレーナーの二人。その視線はまるでレース本番を迎えたウマ娘の如く鋭い。モブウマ娘のトレーナーはエルコンドルパサーを見て、凱旋門賞を今度こそ獲れるのではないか。と思えた。樫本トレーナーは、そのウマ娘を見て天才とはこういう者を指して使われる言葉なのだと理解した。こうして走りを見るのは初めてだったが、これほどとは。
「貴方、どういうつもりなの?」
だからこそ、樫本トレーナーは理解できなかった。あれだけの才を持つ者が、何故こんな所で油を売ってるのか、と。あれは今すぐにでも有名G1に手が届く逸材だ。いや、もしかすると──誰にも到達し得ない領域にまで行き着くかもしれない。
「彼女は、私がスカウトしたんです」
ウマ娘のトレーナーは、言いたいことを理解していた。だが、それをしない理由が彼女にはある。いや、そうさせてしまったのは僕のせいだ。
「彼女はレースに希望を見なくなった」
海外を渡り歩いていた時に、トレーナーは彼女に出会った。何処にでもいるウマ娘だった。体つきを見れば、他にもいいウマ娘はいた。むしろその中では下だったかもしれない。しかし、小さな身体の中で静かに燃える『勇気』に僕は惚れたのだ。スカウトする時にはどう説得しようか悩んだが、対面するとむしろ向こうから行くと言い出したのは驚いたが。向こうもどうやら一目惚れしたらしい。
「どういう──」
「10戦10勝」
意図の読めない発言に疑問を返そうとする樫本トレーナーの言葉を遮り、トレーナーは言った。
「彼女の戦績です」
最初のうちは、皆が驚き目を輝かせた。3、4と勝利を重ねていくうちにその目には諦めと惰性が宿った。勝利を重ねたはずの彼女に祝福は訪れなかった。きっかけは、他ウマ娘の出走回避による不戦勝であった。本人曰くウマ娘の本能に薄いらしい彼女にも、確かにレースを走る楽しさがあった筈だった。だが、現実はその楽しさすら彼女から奪ったのだ。
──自分は走ることすら許されないモブだったんだ。
彼女がそう悟るのに時間は掛からなかったのだ。僕はこの時ほど後悔した事はない。そんな事はないと言いたかった。ウマ娘には、どんな者であれ走る楽しさは皆平等にあるはずなのだ、と。しかし、彼女の才能が否定してしまった。もし僕が彼女をスカウトしなければ。レースの場に出さなければ。今も彼女はレースを楽しそうに走っていたのではないか。
「──」
そんな話を聞いた樫本トレーナーの喉元には、ふざけるな、という罵声が出かかっていた。それはつまり、彼女に肉薄できるウマ娘は居ないと宣言するようなものだからだ。そんなに今のレースは、ウマ娘は不甲斐ないと言うのか。そんな訳はない。シンザンを始め、世界各地で走り続けたウマ娘で脈々と受け継がれていったものが軽い訳があってたまるか。
「……まだレースには希望が残されているわ」
そんな思いを込めて、樫本トレーナーは呟いた。
その後、トレーナーとモブウマ娘に知らされたのは出走回避するウマ娘の多さからグッドウッドカップが開催できず不戦勝となった事だった。
続きませんよ???