変わり映えのない授業を終えて、時間は放課後へ。別に成績が悪いわけでもないですので変わったことは起こりませんよ?強いて言えば授業中に早弁して先生に見つかってボロボロ涙を流しながら
「食べ物は悪くないんだ……タマが作りすぎたからと弁当を分けてくれたから早く食べたいと思って──」
と、刑事ドラマの如く自らの犯行を自白する葦毛のウマ娘がいました。教室が一瞬『そんな過去があったなんて』と犯人に同情する群集みたいになってましたね。いや悪いの早弁した人なんですけどね?
「何言うてるんやオグリぃぃぃぃぃぃぃ!」
と、そんな時に飛んできた他生徒のイナズマのようなツッコミでみんな正気に戻ってました。他には遅刻してきたウマ娘がまるで歌劇団の如く芝居を始めたりだとか。薔薇を比喩じゃなく物理的に撒くウマ娘とか初めて見ましたよ。
と、まあ話せばこのように話題に尽きないです。私も振り回される側なのでこういった事の当事者になることはないです。仮にそうだとして私が知らなければノーカンです。とりあえずトレーニングをさっさと終わらせますか。
トレーナーがいない時の練習はすぐ済ませるようにしてるんです。いた場合はずっとやりますけどね。トレーナーがずっと見てくれるとか神ですか?神でした。今日のトレーニングは……坂路ですね。いつも通り重りをつけて……また重くなってませんか?
「重すぎて地面にめり込んでる……」
トレーナーの指示したことにあまり言いたくはないですが私は一体どこを目指してるんでしょうか?ウマ娘ボディビルダーにでもなるんでしょうか。現役引退後にその道に進む人もいなくもないらしいですけど。日本だとばんえいって言いましたっけ。
て、現実逃避してる場合じゃありません。とにかくこれでトレーニングしましょう。坂路は……よかった、まだ空きがあった。トレセン学園の練習場は大きいですが、それでも特定の場所はスペースが小さいのです。だから場所の取り合いみたいな事もあります。プールとかも人気があって結構混雑しているらしいです。
「はー……」
息を吐いて、一気に駆け上る。ただ坂を駆け上がるだけに見えて、足に来る負担は結構あります。でもこれに慣れておけば本番、平地のレースで楽になります。日本はそうでもないですが、海外は起伏の激しいコースが多いのでとりあえず感覚でやって損は無いと思ってます。全部トレーナーが言っていたことの受け売りですけどね。
──でもそんなことに意味はあるのかな?
そんな言葉がよぎった。このまま練習を続けたとして果たして先があるのだろうか。トレーナーが私を見てくれていないのだってそう言うことなんじゃないのか?
そんなわけがない、そんな風に否定したところで一度沸いた言葉はぐるぐると頭の中で膨れていく。
坂路を登る足が止まった。トレーニングとは別種の汗が地面へと吸い込まれて消えていく。ジャージの袖で拭っても拭ってもそれは止まらない。
「……こんなんじゃトレーニングにならない、かな」
トレーニングを中断し、練習場の端、簡素なベンチに腰を掛けて頭からタオルを被った。
「──」
無言。何を呟くわけでもなく、ただ項垂れていた。
(知ってたんだ、それでもわからないフリをしてた)
だって、それを認めたら。私が走る意味なんて無くなってしまう。レースは1人じゃできない。走る誰かが居て初めて成立する。群れから見捨てられた赤子に待つのが死であるように、ウマ娘にとってそれは死刑宣告も同然だった。私には隣にいてくれるトレーナーと、愛する猫さえ居てくれたらそれでいいと思っていたけど、ウマ娘として生きていく事を自分が思ってた以上に大切なものだと思っていたらしい。
「ねぇ、君暇?暇だよね?」
そんな私に、誰かが声を掛けてきた。誰だろう、タオルをズラせばこちらの顔を覗き込むウマ娘の顔が目の前にあった。
「あ、え」
まさかそんなに近くにいると思わず上擦った声を漏らす私のことなんて構う事なくそのウマ娘は私の手を引っ張って何処かへと連れていく。
「わっ、ちょ」
「ちょうどよかった〜、今から模擬レースがあるんだけど参加者の1人が出れなくなっちゃってさ。アタシもやりたかったから人探してたんだ」
いや、そんな気分じゃ──
そんな言葉は、どうやら聞こえてくれなかったらしく、こちらが戸惑っている間、あれこれとゼッケンをつけられ位置に着くように指示されてしまった。
もうやらないなんて言える雰囲気じゃなくて、私は仕方なく走ることを決めた。
今年も、貴方の、そして私の夢が走ります。貴方の夢はなんですか?私の夢は──
それはそれとして続きません