我は邪王真眼の使い手、めぐみん!   作:桃玉

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23-4 招かれざる…夜の客(ワルプルギスナハト)

突如として夜の静寂を切り裂いた爆音祭囃子に、眠っていた面々は次々に叩き起こされた。

真っ先にテントから飛び出してきた商人のおっちゃんが、半狂乱で俺の元へ駆け寄ってくる。

 

「そちらの方から正体不明の、なんだかめでたいような音が鳴り響いてますが……!」

「な、ななな何なんでしょうねこの音は! 突然のことで俺もびっくりしちゃって、まったく皆目見当もつかないなぁ、あはははは!」

「そうでしたか……いや、お客さんたちが無事なら何よりだ! ですが、このままだとモンスターが寄ってきます。とりあえずここから離れますんで、早く馬車に乗ってください!」

 

冷や汗を滝のように流しながら誤魔化したが……大事になったな……。

そんな俺の横で、めぐみんが杖を構えながらドヤ顔で口を開いた。

 

「ふっ、我が魔力を嗅ぎ取ってまた愚かなる獣がやってきたようですね」

「またお前のせいか!? またお前が余計なフラグ建てたせいなのか!?」

「じょ、冗談です! 本当に冗談ですから……だから手をわきわきさせながら私の方ににじり寄らないでくださいっ! こうなったのは大体、カズマがウィズの魔道具を使ったせいでしょう!」

「だって小便したかったんだ! ウィズの魔道具だからおかしな機能がついてるってのを忘れるくらいには限界なんだよ! 今も限界ギリギリだよ!」

 

本当にまずい。

すぐにここから逃げなきゃならないのは百も承知だ。

だが、俺の膀胱もまた、一刻を争う事態に陥っている。

このまま馬車に乗れば、揺れに耐えきれず、仲間たちの視線を受けながら荷台の上で聖水をぶちまけるという、尊厳破壊待ったなしの状況になるだろう。

 

俺は今、人間としての尊厳を捨てるか、それともモンスターに襲われて命を捨てるかの二択を迫られていた。

……そんなの、選ぶ道は決まっている。

 

「カズマ」

「……何だよめぐみん。肩の手をどかしてくれないか」

「どうして茂みに、魔道具がある方に行こうとしてるのですか」

「言わせんなよ恥ずかしい」

「これから逃げ始めるのに何を悠長なことを!」

「もうカズマさんのカズマさんは限界なんだよ……! 俺のことはおいていけ! どんな障害があろうとも、それを乗り越えて俺は行く!」

「何を馬鹿なことを言ってるのですか! そんな大音量を垂れ流しながらトイレを使用しようものなら、お手洗い中のカズマの背中目がけて魔物が殺到しますよ!」

「大丈夫だ、俺は短いからすぐに終わるしすぐに追いつくから」

 

尊厳を踏みにじられたら堪らなく消え入りたくなるものだ。

あいにく、俺には人前で漏らすして快感を覚えるなんて特殊な性癖は持ち合わせていない。

たとえモンスターに囲まれようとも、俺は簡易トイレに駆け込むことを選んだのだ。

 

「お客さん、早く乗ってください!」

「おっちゃん、俺のことは放っておいてくれ……少しでもみんなが安全に逃げられるように足止めしておくからさ」

「なんと……!」

「あんた、そんなの無茶だ! 俺も残って……!」

「速く逃げろ!! 俺のことは構わないでくれ……これでも魔王軍の幹部やら大物賞金首と渡り合った冒険者だ。逃げ足には自信がある。馬車のことは……頼んだぜ」

「アンタって人は……アンタって人は!!」

「絶対生きて帰るんだぞ! 絶対だからな、兄貴!!」

 

俺は背後に向かって親指を立て、感激の視線を受け流しながら、一度も振り返ることはなかった。

いや、振り返れなかった。

罪悪感と、あと一歩踏み出すたびに襲いかかる決壊の予兆のせいで。

 

 

 

馬車が走り去る音が遠のいていく。

そんな中俺は特殊な呼吸を繰り返していた。

それはこれから来るゾンビの群れを倒すために波紋を練ったり、全集中の呼吸をしたりしているわけではない。

いや、ある意味では全集中の呼吸ではある。

 

「……みんな行ったな」

「行ったみたいね」

「よし、じゃあ早くトイレに………………何でお前いんの」

「何でとは何よ!」「すみません……」

 

そこにいたのは、さも当然といった顔のアクア。

それと、申し訳なさそうに縮こまっているウィズだった。

 

「それにしてもあんな見え透いた嘘で感動しちゃうなんて、あのおじさんも意外とチョロいわね。早くトイレのところに行きましょうよ!」

「何だよ、お前も出したかったのかよ。言っておくが俺が先だからな。お前はトイレなんか行かないって言ってたし、後からにしろよ」

「何のこと? それより早くトイレを見つけて証拠隠滅しないと!」

「何のことだ?」

「えっ、だってそのためにみんなのことを遠ざけたんでしょ? 適当な綺麗事を言って目撃者がいない状況を作り出すなんて、流石カズマね! まさか完全犯罪を成立させるためにあんな芝居を打つなんて、見直したわ!」

「すみません、私の魔道具のせいでカズマさんにこんな犯罪じみた隠蔽工作をさせてしまって……!」

「誰が犯罪者だ! そもそもこれは犯罪じゃなくて不可抗力の事故だろ! あと俺が残ったのはトイレに行きたかっただけで――って、もう無理っ!!」

 

俺はトイレに駆け込んだ。

…………

………

……ふぅ。

音が猛烈にうるさいこと以外は、驚くほど快適だった。

音さえなんとか改良すれば、これ、結構売れるんじゃないか……?

そんなことを考えながら、俺は賢者タイムにも似た安らぎの中で、ズボンのベルトを締めた。

……

 

「……そう言えば全然敵感知スキルに反応がないな。どういうことだ?」

 

いや、反応自体はある。

だが、なぜかこちらに近づいてこないというか、すぐ近くで足止めを食っているような感覚だ。

不可解な現象に頭をひねっていた――そのときだった。

 

「いやぁあああああ!!」

「なんだ!?」

 

アクアの悲鳴だ。

俺は慌ててトイレから飛び出す。

……そこには地獄絵図が広がっていた。

「大丈夫かアクア!! 今すぐ助け……?」

 

アクアの周囲を埋め尽くしているのは、数体どころの話ではない。

何十、いや百に近いアンデッドの大群が、トイレの轟音すら無視してアクア一人に殺到していたのだ。

だが、そこは腐っても女神。

アクアは泣きべそをかきながらも、その手からは容赦のない浄化の光を連発していた。

 

「な、なんなのよこれ!! 何で私にばっかり寄ってくるのよ!」

「アクア様の女神としての生命力を感じて救いを求めてるんですよ」

「そりゃ私の美貌と聖なるオーラに惹かれて、浄化されたくて集まって来るのはわかるけど、だからって限度があるでしょ! 普通、もう少し遠慮するもんじゃないの!?」

「でも流石アクア様ですね、一度にこんなに多く浄化できるなんて……」

「ふふん、それほどでもあるかしら!」

 

女神の力……?

確かに今になってトイレに一部群がっているモンスターがいるが、それはほとんどがアンデッドじゃない獣系のモンスター。

……おい、まさかこんなにアンデッドたちに集られてる理由ってトイレの音量だけじゃないんじゃ……

 

――そう思っていたときだった。

俺の背後から激しい爆音とともに水しぶきが飛んできた。

 

「な、何だ!? 爆裂魔法でも飛んできたのか!?」

「あっ、カズマさん! ご無事だったみたいで何よりです!」

「ご無事じゃねえわ! 何なんだ今の爆発!?」

「ああ、あれはトイレですね」

「…………トイレ?」

「はいトイレです」

 

ウィズが指差す先――

さっきまで俺が座っていたトイレが、まるで間欠泉のように激しく水を噴き出していた。

 

「何だ? モンスターに壊されたのか? 」

「いえ、あれはウォシュレットです」

「ウォシュレット」

「はいウォシュレットです。あれは素晴らしいものなんですよ! 高圧の水流でどんな汚れでもきれいさっぱりと流してくれるんです!」

「……魔物の体が真っ二つになってるんだが」

「ま、まあ、モンスターもある意味では汚れみたいなものですしね!」

「んな訳あるか! あれ、俺が使ってたら俺がああなってたんだぞ!? なんでトイレのウォシュレットが上級魔法以上の威力なんだよ! とんだ欠陥商品じゃねえか!」

 

俺が試しにとウォシュレットを使ってたら……真っ二つになるのは俺だった。

ぞわっと背過ぎが凍る。

そう思っているとウィズが心配そうな目で馬車の方を見ていた。

 

「どうしたんだ?」

「あの、モンスターの一部があちらの方に流れてまして……馬車の方々は大丈夫でしょうか」

「まあ、大丈夫だろ。ゆんゆんもいるし、一応ダクネスは聖騎士だしな」

「ああ、確かにそうでしたね。ウォルバクさんもいらっしゃいますし、大丈夫でしょう。私と同じくらいには強いはずですから」

「ウォルバクさん? ああ、確かめぐみんの師匠だったか」

 

あんなおっとりしてるお姉さんなのに爆裂魔法をめぐみんに教えて……

ひょっとしなくてもアンデッドの王であるリッチーに実力を認められてるあたり、本当に凄腕の魔法使いなのだろう。

意外にすごい実力者なのだと、実感がわかないまま馬車の方を見ているとアクアが。

 

「ウォルバク? ああ、あの子ね。確かに意外と魔力あったし、ちょっと気になる魔力だったけど……まあ、めぐみんも似たようなものね。弟子は師匠に似るのかしら? 胸のサイズは全然違うのにね」

「そんなことよりアクア様! 次のアンデッドたちが!」

「ええ、任せなさいな! さあ来なさい、穢れた魂たち! 私の魔法で浄化してやるわ! 『セイクリッド・エターンアンデッド』――ッ!!」

「「「ほえぇぇええぇぇ……」」」

「ちょ、アクア様! 強すぎて私まで消えちゃう! 消えちゃいまほえぇぇええぇぇ……」

「気合い入れすぎてウィズまで浄化してんじゃねえ!!」

 

俺のツッコミとウィズの悲鳴が響く中、俺はひっそりと心に決めた。

もう二度とウィズの店の魔道具は使わねえ。

 

 

 

 

翌朝。

キャンプ地の周辺には、昨夜の狂乱が嘘だったかのように、アンデッドの塵一つ残っていなかった。

夜通しでアクアが、文字通り根こそぎ、森の生態系を心配するレベルで徹底的に浄化したからだ。

朝日を浴びてキラキラと輝く大地を前に、商人のおっちゃんが再び、震える手で小銭袋を差し出してきた。

 

「カズマさん……夜通しの警護、本当にありがとうございました! まさか、我々を守るために自分を囮として使うどころか、あの大群のほとんどを倒してしまうなんて……! さらにはアークプリースト様のあの聖なる御力……。これは、昨日の分も合わせた追加の報酬です。どうか、どうか受け取ってください!」

 

俺は、静かに、そして重々しく首を振った。

 

「……いえ。我々が……いや、俺が不徳なばかりに、夜を騒がせてしまいました。このお金は受け取れません。アルカンレティアに着いたら、これで旨い酒でも飲むのに使ってください」

「カズマさん……っ! あんたって人は、どこまで高潔なんだ……!! 自分のことを顧みず、我々の懐事情まで察してくれるなんて、あんたは冒険者の鏡だぁ!!」

 

……違うんです。

あの魔道具と駄女神のせいであんな状況になってしまったんです。

あと俺が残ったのは魔物を倒したりみんなを助けようなんて思ってなかったんです。

ただ、俺がただおしっこしたかっただけなんです。

 

だからおっちゃん。

号泣して、俺のことを伝説の聖騎士か何かのように拝み始めないでください。

辛いんです、俺に向けられるその真っ直ぐな尊敬の視線が。

痛いんです、俺の中の良心と仲間の冷ややかな視線が。

そんなことを思っている俺の背後で、その一部始終を見ていたウォルバクさんが、困惑気味にめぐみんとゆんゆんに尋ねていた。

 

「……ねえ。あの子……カズマくんって、実は凄く計算高いの? それとも、ただの極端な善人なのかしら」

「いえ、カズマは確かに計算高いですが、今回に関しては本当に巻き込まれただけというか、自分のしでかしたことへの罪悪感に良心が耐えきれなくなったというか……」

「いつものことですよね、はぁ。何故かわからないですけど、いつの間にか騒ぎのど真ん中に私たちの誰かが突っ込んでいって、最後はカズマさんが全部被るんです……」

「そ、そうなの、大変ね……」

「それで処刑されかけたことも今や懐かしい思い出です」

「ああ、そんなこともあったわね……私が魔力で爆死しかけてたからあんまり覚えてないけど、みんな大変だったもんね……」

「爆死!? 処刑!? それってどういう事なの二人とも!? ねえ、遠くの空を見ないで答えてくれないかしら!?」

 

困惑しているウォルバクさんを除き、めぐみんとゆんゆんは悟りを開いたような顔で溜息をついていた。

そんな、盛大な勘違いと一抹の虚しさを抱えながら、馬車は街道を抜けていく。

やがて、旅の目的の地がその姿を現した。

 

「あ、見えたわよカズマ! 見て、あそこが温泉の街よ!」

 

アクアが身を乗り出して指差す先。

陽光を浴びて煌めく美しい湖畔と、至る所から立ち上る真っ白な湯煙。

水と温泉の街――アルカンレティアが。




全力でアクアが浄化した土地は、後にアクシズ教の聖地となったとかならなかったとか

最近忙しいので投稿頻度が減りそうです。原作小説1巻分を1章として、どこまで書こうかという…

  • 第6章(現在の章)
  • 第7章
  • 第8章
  • リメイクしてテンポよく進める
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