「……今、なんて?」
「えっと、せっかく二人きりだし……貴方に話したいことがある……って」
湯煙の向こうで、ウォルバクさんが少しだけ視線を泳がせてそう言った。
……来た。ついに来た。
温泉、二人きり、そして「話したいことがある」……これはもう、恋愛フラグという名の爆裂魔法が俺の目の前で着火したようなものだ。
いや、告白だろ。百パーセント告白だろこれ!
俺は期待に胸を膨らませ、心臓の鼓動を悟られないよう、波紋一つ立てず湯をスーッと優雅にかき分けて彼女の背後へと回り込んだ。
「話とは何でしょう、ウォルバクさん……。俺でよければ、何でも聞きますよ」
「ありがとうカズマくん……あ、あの、流石に近すぎる気が……あと、その無駄に低い声はどうしたの?」
「ウォルバクさんは恥ずかしがり屋なんですね」
最大限のイケボで、耳元で囁くように問いかける。
もはや俺の脳内では、この後のラッキースケベ展開のシミュレーションが完了していた。
ウォルバクさんが意を決したように俯くのを見て、俺も次の言葉を予想して覚悟を決め――
「やっぱ待ってください! 流石にこんな場所で告白されるのは何というか、特殊すぎるといいますか! こういうのは学校の校舎裏とかでやるべきじゃ――!」
「えっと、何言ってるのかしらカズマくん? 別に告白しようとしてたわけじゃないんだけれど……」
あ、あれぇ!?
耳を疑ってウォルバクさんのことを見るが、その顔には戸惑いが浮かんでいた。
告白が恥ずかしくて話をそらせたような照れた顔じゃあなく、頭に疑問符が見えるほどの困惑顔だ。
「つ、つかぬ事を伺うんですけど、俺のことってどう思ってます?」
「お、面白い人だなーと……そ、そんなことよりもね、大事な話があって。あの子、めぐみんのことなんだけど――って、泣いてる!?」
「何でもないでず……お構いなぐ……」
「もしかしてあなたって私が思ってた以上におかし――面白い子なの?」
この世の春が来たのだと、思ったこともありました。
魅惑のダイナマイトボディをしたお姉さんと一緒に混浴したあげく、告白めいた発言をされ、この年にして童貞の俺は舞い上がってしましました。
でも蓋を開けてみれば俺のことがすきな訳でもなく、困惑と苦笑交じりに出た言葉は「面白い人」……完っ全に、脈なしの空気感。
全部、勘違いでした――
「それで、一体何の話でしたっけ?」
「えっと、めぐみんの話で……さっき一緒にお風呂に入ってた時に見たんだけど……あの子の左目、いつからあんなことに……いえ。どうしてあんなことになっているか、貴方は知っているかしら。少なくとも私があのこと一緒にいるときは両目とも紅魔族の紅い瞳だったわ」
めぐみんの左目。
あいつが「邪王真眼」だの「深淵の魔力」だのと吹聴して、いつも眼帯で隠しているあの眼のことだ。
もちろん本物の魔眼ではあるが、まさか後天的にああなったとは初耳だ。
……いや、そりゃそうか。
もし小さい頃からあの魔眼だったら生まれたてですぐに爆裂魔法してないといけないことになるしな。
「俺たちが初めて会ったときはもうあんな感じでしたよ? まあでも、あいつの眼はカラコンで――」
「本当にそう聞いてるのかしら」
「えっ……?」
「……あの子、パーティーの人に、そういう設定で伝えてるのかしら」
「もしかしてウォルバクさんって、めぐみんのあの目の秘密を知って……るみたいだな」
思わずウォルバクさんの方を見る。
俺をじっと見つめるその黄金の瞳には、明確な心配の色が混じっていた。
「……いや、最初はそう言ってたけどな。爆裂魔法を使わないと死ぬって言われたときはびっくりしたわ」
「そこまで打ち明けたのね、あの子。いい仲間を持ったみたいで安心したわ。でも驚いたわ、まさかあの子がここまで成長してるだなんて。年が過ぎるのは早いわね」
「俺としてはめぐみんのことをウォルバクさんがそこまで知ってることに驚いてるんだが」
「……そうね。何というか、その、一応爆裂魔法を教えてしまったから…………別の魔法の方がよかったかしら」
「それはそうに決まってる。どれだけ迷惑かけられたか。めぐみんの師匠なら知ってるのも納得だな」
「師匠……ではないんだけどね、本当にごめんなさい。私もまさかこんなことになるなんて思ってなくて」
申し訳なさそうに目を伏せるウォルバクさん。
まあ、爆裂魔法がなかったら魔力中毒で普段の生活の大半は魔法を撃ち続けることになってただろうし、結果よかったのかもしれない。
そういう意味では、ウォルバクさんがめぐみんのことを助けてくれたっていっても過言じゃない。
「しかし師匠じゃないのか……魔法を教えたんだろ?」
「何というか、私はあの子の師匠っていうより……どちらかというと、私は……むしろあの子に助けてもらって、あの子は私の恩人よ」
「あれ、そうなのか?」
「ええ。まあ、あの子は私を助けたなんて思ってないだろうし、むしろ助けられたなんて思ってるんでしょうけどね。怪我をしたあの子に応急処置をしたけれど不安定なものだったし……爆裂魔法を教えたのは万が一封印が解け――」
めぐみんのことを治療したんだったらそれはちゃんとめぐみんの恩人だろうに。
そんなことを思っていた時だった。
隣――女湯の方の方から勢いよく扉を開ける音が響いてきた。
「すごいですよダクネスさん、本当に背中の流しっ子ができるだなんて! 私、今、友達と一緒にお風呂に入ってるんですよね!? さっき背中の流しっ子したんですよね!?」
「あ、ああ、そうだな。いくら夢だったとはいえかなり大げさな気もするが……」
「夢じゃない……! 私、もう死んでもいいわ……ぐすっ」
「本当に大げさすぎるぞ!? まったく、露天風呂で泣くやつがあるか」
ゆんゆんとダクネスの賑やかな声だ。
「洗いっ子のをやってみたかった」と鼻息荒く宣言していたゆんゆんが、今まさに念願のイベントを室内で完遂し、露天風呂の方へと移動してきたらしい。
しかしよく響く。
混浴風呂と女湯を隔てているのは、年季の入った木の板一枚に過ぎない。
そのせいで、今し方、ゆんゆんとダクネスが湯につかってお湯があふれる音、それから二人の「ほぅ……」というため息が聞こえる。
普段の俺なら、一も二もなく覗き穴……板の隙間を血眼になって探していたことだろう。
だが今の違う!
目の前にはウォルバクさんだ。
圧倒的な美貌と、ダクネスやゆんゆんがかすんで見えるような圧倒的存在感が目の前にいる。
(……ふっ、今の俺は落ち着きのある大人の男。あっちにいる、ちょっとばかり体の発育はいいが頭が残念な子たちの裸を見るより、目の前のウォルバクさんを見ているだけで、俺の心は満たされている……。女湯なんてのぞかない。そう、のぞく必要がないんだ……!)
俺は賢者のような悟りを開き、視線をウォルバクさんの方へと戻した。
戻そうとしたのだが――俺が目を戻した湯船に、彼女の姿はなかった。
「……話を聞いてくれてありがとう、カズマくん。ちょっと長湯しすぎたみたい。私は先に失礼するわね」
「えっ、ちょ、ウォルバクさ――」
俺が引き止める間もなく、彼女は滑らかな動作で湯船から上がり、タオルを巻いて脱衣所の方へと消えていった。
あまりに鮮やかな撤退。
まるで最初からそこには誰もいなかったかのように、お湯の波紋だけが静かに広がっている。
呆然とする俺。
そして、そんな俺の耳に隣から声が飛び込んできた。
「あれ? 今、混浴の方に誰かいたような……。カズマさん? カズマさんそこにいるんですか?」
「…………」
「あれ、気のせい?」
「いや、さっき話し声が聞こえていたしきっといるはずだ」
「えっ、でもウォルバクさんの声も聞こえてたような……ま、まさか!?」
「かっかか、カズマ!? まさか彼女の裸体を見たのではあるまいな!? 破廉恥だ、なんという破廉恥な男だ……!」
「お前たちのせいで! タオルの先以上を見ることなく終わったわ!!」
悲鳴(主にゆんゆん)と興奮(主にダクネス)が入り混じった叫び声が板越しに突き刺さる。
俺の魂の叫びに、女湯側から一瞬の沈黙、そしてそれ以上の怒号が返ってくる。
「逆ギレ!? なんで私たちが怒られなきゃ何ですか!?」
「せっかくめぐみんに世話になってる分、ウォルバクさんの体を隅々までくまなく洗ってあげようと、恩返しの心構えをしていたのに! お前らがやかましく風情をぶち壊したせいで、全部台無しだ! どうしてくれるんだこの野郎!!」
「カズマさん最低っ!! 本当は混浴の方が広いって聞いてたから入りたかったのに! ダクネスさんの言うとおりでした!」
「ほら見たことか! 普段はへたれて何もしてこないくせに、混浴という大義名分を得ただけで、こうも堂々と入るとは!」
「『クリエイトウォーター』」
「ひゅぅぅううん!」
女湯からの罵声とダクネスの興奮した吐息を冷や水で受け流しながら、俺はしばらくの間ぬるくなった湯船に身を沈めていた。
さっきまでの、ウォルバクさんとのあの幻想的な時間は一体どこへ行ったのか。
俺の脳裏には、彼女の黄金の瞳と、水に濡れた薄布の質感だけがこびりついている。
俺は重い腰を上げて風呂を出た。
脱衣所で浴衣に着替える。
ダクネスたちのせいでろくに風呂につからないまま出てきたので少し物足りない感じがあるが、それでも外での疲労はとれた気がする。
……もしかしたら温泉の効果じゃなくてウォルバクさんのおかげかもしれないが。
そう思いながら、俺は部屋の扉を開け――。
「カズマ! あなた、よくもやってくれましたね! どの面を下げて帰ってきたのですか!」
「うおっ!? んだよ、いきなり!?」
待ち構えていたのは、目も顔も真っ赤にして今にも爆発しそうな、我がパーティーの随一の頭のおかしい魔法使いだった。
「温泉から戻ってきたお姉さんから話は聞きましたよ! お姉さんが入っていると知っていて、わざと混浴に突撃したそうですね!」
「そ、それは誤解だ! 確かに誰かが温泉の中にいると期待してたが、ウォルバクさんがいるとは知らなかったんだ!」
「カズマのことですから脱衣所のかごの中をくまなく探したのでしょう!? ええ、そうに決まってますよ! そんな人が知らなかったなどと抜かすとは片腹痛いですよ!」
こいつ、まさか俺の行動をここまで読んでいるなんて……!
掴みかかってくるめぐみんのことを宥めようとしたのに、逆に火に油を注いでしまった。
「私の恩人に対して、なんて卑劣な真似を……! 覚悟してください、今すぐその薄汚れた両目を私が浄化してあげます!」
「待て、落ち着けロリっ子! 目を指で突こうとするな!」
小さな体のどこにそんな筋肉を画しているのかと、めぐみんの体からは想像もつかない力で俺の胸ぐらを掴み、激しく揺さぶってきた。
俺は必死に手を振り回し、今にも眼球に刺さりそうな彼女の指先を回避する。
「わざとじゃない! そもそも混浴なんだから、誰かが入っているのは当たり前だろ! 俺は日本人として、ただ静かに温泉の情緒を楽しんでいただけだ!」
「嘘を! カズマの場合、その『情緒を楽しんでいる』という顔は、だいたい『エロいことを考えている』と同義ですよ! お姉さんのあんな姿やこんな姿を、隅々までくまなく観察したんでしょう!?」
「観察したけど、それは不可抗力だ! 目の前に芸術作品があったら見るのが人間だろ!」
「やはり見たのですか! 今すぐこの場で爆破して――!」
めぐみんの手が杖に伸び、俺の人生がこの高級旅館の一室で幕を閉じようとしたその時。
部屋の隅、湯上がりのローブを羽織って静かに茶をすすっていたウォルバクさんが、困ったように口を開いた。
「めぐみん、そこまでにしてあげなさい。……カズマくんは別に、変なことをしたわけじゃないわ。私が先にいたのは事実だし、彼もちゃんと礼儀正しく……まあ、視線は熱かったけれど、それだけよ」
「お、お姉さん……。しかし、あのカズマですよ? 何を考えているか分かったもんじゃありません!」
ウォルバクさんのその一言で、めぐみんの動きがピタリと止まった。
彼女は俺の胸ぐらを掴んだまま、信じられないものを見るような目でウォルバクさんを振り返る。
「ふふ、いいのよ。それにね、カズマくんのおかげで、少しだけ……懐かしい話もできたし」
「……わかりましたよ。お姉さんがそう言うなら、仕方ありません。お姉さんの顔に泥を塗るわけにはいきませんから」
ウォルバクさんの慈悲深い聖母のような微笑みに、めぐみんの肩からスッと力が抜けていった。
恩人が許すと言うのなら、これ以上追求するのは「身内」として野暮だと思ったのだろう。
思わず安堵の溜息をついた……
しかしそれも束の間。
めぐみんは俺を睨みつけ、ニヤリと不敵な笑みを浮かべた。
「ですが、カズマ。タダで許してあげるほど、私はお人好しではありません」
「……嫌な予感がするんだが」
「お姉さんが言うので今回は不問にしてあげますが……その代わり、今から散歩に付き合ってください。それで勘弁してあげましょう」
最近忙しいので投稿頻度が減りそうです。原作小説1巻分を1章として、どこまで書こうかという…
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第6章(現在の章)
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第7章
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第8章
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リメイクしてテンポよく進める