「ひどい目に遭った……」
「本当ですよ。しかしここはいいところでしょう?」
俺たちは街の外に逃げるように出て、巨石とクレーターが見える、少し小高い丘に腰を下ろしていた。
先ほどの喧しさはどこへやら、そこには嘘のような静寂が広がっている。
ただ風の音だけが聞こえる平穏に、俺は心底安堵の息を吐いた。
「いいな、ここ……最高だ。マジで生きた心地がする。よくこんな場所知ってたな?」
「昔ここを訪れた際に、毎日爆裂魔法を撃ちたいと言ったら、次期最高司祭がここをあてがってくれたのですよ」
「それってゼスタさんのことか? というか、さっきもここで爆裂魔法撃ってたのか?」
「ええ、そうですよ。しかし、まさかカズマが知っているとは……ああ、あの人たちがここに向かっていたと言っていましたね」
めぐみんは懐かしむように目を細め、眼下に広がる荒涼とした岩場を見渡した。
どうやら過去にも、このアルカンレティアで盛大に爆裂魔法をぶっ放していたらしい。
それでこの街の人たちは平気な顔してるやつが多かったのか。
「もしあの人たちがいたらめんどくさいことになりそうですが、もう撤退したでしょう。辺りに人影もありませんしね」
「だろうな。まさか岩陰に隠れて待ってるなんて危険な真似しないだろうしな」
「……さて、ではそろそろ本日2度目の爆裂魔法を披露するとしましょうか」
めぐみんは俺の言葉に頷くと、眼前にそびえる複数の巨石を見据え、一歩前に出た。
マントを翻し、眼帯に手を当てて、かっこよく名乗りを上げる。
出現する魔法陣が空高く積み重なっていく。
爆裂魔法の詠唱が、高らかに響き渡った。
大地を揺るがす轟音と、視界を白く染め上げる閃光。
土煙が晴れた後には、見事に粉砕された巨石の残骸と、さらに巨大化したクレーターだけが残されていた。
「ふう……今日も良い爆裂でした」
全てを出し尽くし、満足げに地面に倒れ伏すめぐみん。
俺がめぐみんを背負い起こそうとした――その時だった。
「いたわ! 爆裂魔!」
「アクアさん、確保ですよ!!」
岩陰――それも、爆心地からそう離れていない絶妙な死角から、人の影が土煙をかき分けて飛び出してきた。
誰かと身構えた……
いや、正しくは爆裂魔法のせいで誰か怪我とかさせてしまったんじゃないかと不安に駆られたのだ。
……しかし、それは杞憂だった。
「あれ、アクア? それにゼスタも……怪我とかしてないのか!?」
「あら? カズマとめぐみんじゃない。この通りピンピンだけど……この人がここに魔王軍がくるから張り込もうって言ってたのにどうして二人が……もしかして魔王軍に寝返ったの!?」
「なんでそうなるんだよアホ女神!」
まったく悪びれる様子もなく、アクアが素っ頓狂な声で指を差してくる。
どうやら本気で俺たちが魔王軍だと勘違いしているらしく、そのポンコツぶりに頭が痛くなってきた。
俺が盛大なツッコミを入れていると、その横からゼスタがギラギラとした目を光らせて進み出てきた。
「これほど強力な魔法を、我がアルカンレティアの聖地に向けて放つとなれば、魔王軍の幹部かもしれません! ええ、そうに違いありませんとも! しかし相手は大魔法の反動で弱っています! 悪魔っ娘でもアンデッドでもありませんし、これなら合法的におさわり――もとい、優しくお仕置きをすることができますよ!」
「ちょ、いつからそこにいたのですか!? というか誰が魔王軍ですか! あなたがここで爆裂魔法を撃ってもいいと言ったからここで使ったのですよ! 私ですよ、めぐみんです!」
「…………おや、めぐみんさんではないですか。以前お会いした時から見事にお変わりなく」
「白々しいですね! それに、誰の体が変わっていないですか、少しは成長していますよ!」
不思議なことに、普通の挨拶のはずなのにゼスタがいうと卑猥に聞こえる。
そんなゼスタの言葉に、めぐみんは地面に倒れたまま抗議の声を上げる。
しかしゼスタはそんな非難などどこ吹く風。
無言で懐から魔道具のカメラを取り出すと、地べたに這いつくばるめぐみんの周囲を回り始めた。
『パシャ』
「ちょ、今何か音がしたのですが!」
「せっかくの再会なので記念にと思いまして」
「私がこんな状態なのに記念写真ですか!?」
「ええ、そうですとも……『パシャ』……おおっ、ここからの眺め、絶景ですな……『パシャ』……ふむ、無防備な背中、なかなか良いアングルで確保できましたよ」
「どこを撮ったのですか!?」
「言わせないでくださいよ。公衆の面前で私に何を言わせようとしてるのでしょうか、まったく卑猥な娘もいたものですな」
「誰のせいですか!」
ゼスタは巧みなステップでめぐみんの周囲を回り、シャッターを切り続けている。
その手際の良さとアングルの的確さは、もはや熟練のプロかと見紛うレベルだった。
めぐみんは顔を真っ赤にして怒鳴るが、魔力切れで指一本動かせないため、完全に撮られ放題である。
「カズマ! そのカメラをスティールするか何らかの手段で奪ってください!」
「わかった! ゼスタさん、もしよければ俺にも少しその写真焼き増ししてもらえないですか?」
「!?!? な、何を忌むべき写真を増やそうとしてるのですか!? その写真を世に出回らないように破壊してほしいとお願いしたんですが!!」
「なんだ、だったら最初からそう言えよ。てっきり自分の写真がほしいからカメラを奪えって言ってるものかと」
「わかっててやってますよね!? バカなのですか!?」
ワカッテテヤッテタ……? ナンノコトカサッパリデスネ。
めぐみんは涙目でギリッと歯を食いしばったので、これ以上怒られないように俺はそっと顔を背けた。
それはそれとして後でゼスタさんからその秘蔵写真について見せてもらおう。
そう思っているとゼスタは顎に生やしたひげを撫でつけながら。
「しかしながらカズマ殿のいうことも一理ありますな。めぐみんさん、そういう大事なことは具体的に説明してもらわないとわかるものもわかりませんよ。ほら、消してほしい写真が一体どのような写真なのか言ってみてください。このカメラには私の秘蔵写真が何枚も保存されているので破壊されるのは困るのですよ」
「くっ、今私に魔力さえあればその破壊すべきカメラごと爆裂できたというのに……!」
ゼスタに対して悔しそうにギリギリと地面で歯ぎしりをするめぐみんに、俺は思わず乾いた苦笑いをこぼした。
だが、そんな終わりの見えない茶番劇を呆れ半分で眺めているうち、ふと強烈な違和感が脳裏をよぎったのだ。
そういえばこいつら、さっき岩陰から飛び出してきたが、そもそもの時間軸がおかしくないだろうか。
「そう言えば、いつからお前らここにいるんだよ。最初に爆裂魔法の音が聞こえたときに調査しに行くって言ってたが、何時間も前の話だぞ?」
「もちろんそのときからずっとですが……?」
「ずっと!?」
「ええ。犯人は現場に戻ってくると言いますし、あんパンと牛乳片手にずっと待機しておりましたよ。魔王軍の可能性もありますし、次に爆裂魔がやってくるまで張り込む準備を万全にしてました」
「この人、正当な理由っぽく言ってますが、つまるところ私が動けないところを狙って張り込んでいたのですね!? 卑怯ですよ!」
めぐみんの非難に対して、ゼスタはどこ吹く風で涼しい顔をしている。
張り込みの基本だと言わんばかりの態度だが、その動機が不純極まりないことは明らかだった。
呆れるめぐみんをよそに、俺は根本的な疑問を口にする。
「でも危ないだろ、隠れる場所があそこは。めぐみんが岩に向かって爆裂することくらいわかんなかったのか? 正直肝が冷えたぞ」
「めぐみんだってわかんなかったのよ」
「はい、私もわかりませんでしたので」
おい、アクアは爆裂魔法を使ってたのがめぐみんだってどうして思い浮かばなかったんだ……。
いや、仕方がない、アホのアはアクアのアだからな。
……でも、そんなアホの子はともかく、ゼスタに至っては絶対わかってただろ。
俺がジト目を見ると、ゼスタは視線をそらせながら
「まあ、私もアクアさんも反射魔法と身体強化、もちろん回復魔法も覚えていますから。魔王軍の幹部ごときの魔法では死にはしませんよ。流石に今のはヒヤリとしましたがね――いや、温度的にはその逆でしたな」
「そうね、今私たちは全力で魔法をかけてるから爆裂魔法くらいじゃなんでもないわ。まあ、めぐみんの爆裂魔法だとあやしいけど、私は生き残るし、リザレクションでみんな生き返らせるわ」
ゼスタは平然とした顔で言い放った。
アクアもそれに同調する。
狂気だ。
本気で魔王軍を滅ぼすためにここで張り込んでいたのか、それともめぐみんのことをもみくちゃにするためにずっと待っていたのか。
どちらにせよ危険を顧みずこの場所で何時間も待機していたんだ、アクシズ教は常軌を逸している。
「しかし残念です。まさかこの爆裂魔法の仕業が魔王軍とは関係ないとは。……いえ、めぐみんさんたちに出会えたことは至上の喜びなのですがね」
「何を白々しく……最初から魔王軍とは関係ないと知っての所業でしょうに」
ジト目で睨みつけるめぐみん。
しかし、ゼスタはその言葉に対して最高責任者らしい真面目な顔つきで。
「……確かに、この件はめぐみんさんの仕業である可能性が高いと思っておりました。しかし、現状のアルカンレティアの温泉の水質を鑑みるに、魔王軍の関与が否めないのも事実なのです」
「そう言えば言ってたな。温泉の質が落ちてるって。でもそれって配管の劣化とか、そう言うのじゃないのか?」
「自然発生的な原因の特定はできませんでした。誰かが意図的に毒をばらまいているのだとすれば簡単なのですが、その証拠も掴めておらず……。温泉はアルカンレティア、ひいてはアクシズ教にとって欠かせない収入源です。温泉を汚染すれば、財源を絶たれた我らの勢力は弱まり、人類と魔王軍との均衡が崩壊するでしょうな」
……待て。
こんな変人の集まりが、人類と魔王軍の均衡を保つために必要不可欠な存在って、どういうことだよ。
「カズマ、アクシズ教の教義には『魔王しばくべし』って言うのがあるのよ! 私の信者は信仰心が高い子たちが多いから、徒党を組んで魔王軍をしばきにいったり、直接戦えなくても嫌がらせをしまくって、世界平和に多大な貢献をしてるの!」
「紅魔族のことも忘れないでくださいよ。戦闘民族である我等もまた、対魔王軍における最重要戦力として一役買っているのですから」
もう一回だけ言わせてくれ。
こいつらが人類存続のために必要不可欠な存在ってどういうことだよ。
この狂信者たちと、頭のおかしい戦闘民族が世界のパワーバランスを握っている……そんな絶望的な現実を突きつけられ、俺は思わず遠い目をして天を仰いだ。
「それにしても、本当にどういうことなのでしょうか。原因不明の温泉の汚染……アクシズ教のため、強いては世界のためにも早急に対処しなければいけないのですが……」チラッ
「そうね、アクシズ教のためにも早く解決しなきゃいけない問題よね。もし魔王軍の仕業だったらとっちめてやらないと……でも何もわからないんじゃねぇ……」チラッ
「……なんだよ」
「どうでしょうか、カズマさん。私たちが抗して出会えたのも、めぐみんさんと再会を果たせたのも、きっとアクア様のお導きです。どうか我々と共に、この水質汚染の調査をしてもらえませんか」
急に真剣なトーンで懇願され、俺は思わず一歩後ずさった。
ただ温泉を楽しみに来ただけなのに、なんでこんな面倒事に巻き込まれなければならないのか。
俺が全力で断りの言葉を紡ぎ出そうと口を開いた、その瞬間。
「もちろんやるわ! ねえ、カズマ!」
「おまっ、何勝手なこといっ――」
「流石はアクシズ教のプリーストが所属するパーティーの一員。魔王軍の関与が否めない現状……街の住人の不安の種を解消するのに一役買っていただけるとは」
めんどくさいことになった。
ゼスタは早口で俺の退路を断ち切り、嬉々としてアクアと握手を交わしている。
勝手に話を進められた挙句、完全に外堀を埋められてしまった。
俺は力なく項垂れ、めぐみんに助けを求めるように視線を向けた。
「なあ、アクアのことアクセルの街に帰らないか?」
「カズマ、面後くさい気持ちはわかりますが……」
「わかってる。わかってるが……」
アクアがあんなにやる気ってことは、絶対何かやらかす。
はぁ、なんで湯治に来てるだけなのにこんなことをやる羽目に……
「ところでカズマさん、もしよろしければ後でアクシズ教の本部へ来てください。もしこの事件が解決したら報酬をお渡ししたいと思っているのですが……」
「そ、それは……!」
仕方なく、そう、仕方なくだ。
アクシズ教がいなくなると魔王軍が優勢になるっていうしな。
それになにより、取り返しのつかない事態に発展する前にアクアのことを、そしてゼスタのことを止めなきゃな。
「よしお前ら! 世界平和のためだ、行くぞ!」
最近忙しいので投稿頻度が減りそうです。原作小説1巻分を1章として、どこまで書こうかという…
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第6章(現在の章)
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第7章
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第8章
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リメイクしてテンポよく進める