紅魔の里が無事……ではないが、とりあえず滅亡の危機はないとわかったすぐ後のこと。
俺たちの屋敷のリビングには、どこかホッと胸を撫で下ろしたような、ゆるい空気が流れていた。
無事に妹と再会できためぐみんと、故郷の無事(?)を確認できたゆんゆんが、ソファーに並んで座り、温かいお茶を飲んで落ち着きを取り戻している。
その向かいの席では、原因を作った張本人であるこめっこが、アクアとダクネスに挟まれて嬉しそうにクッキーを頬張っていた。
「主様、お茶のおかわりはいかがですか。程よく冷ましておきましたよ」
「うむ、くるしゅうないですよ、アーネス。そこの茶菓子もこちらへ寄こしなさい」
「かしこまりました。主様のご学友殿も、ご遠慮なくお申し付けくださいね」
「あ、えっと、あ、ありがとうございます……。今は十分です……」
そこには、甲斐甲斐しくめぐみんにお茶を注ぐアーネスの姿があった。
つい先ほど、私もお茶のおかわりがほしいと、すっかり人間に馴染んだ発言をしたアーネスだったが、めぐみんに「なら自分で淹れてきてくださいよ。ついでに私の分も持ってきなさい」と一蹴されていたのだ。
上級悪魔であるはずのアーネスは、文句を言うどころか嬉々としてキッチンへ向かい、完璧なメイドムーブをかましている。
めぐみんは満足げに頷き、ねりまきと悪魔二人に労いの言葉をかけた。
「しかし、里が大変な騒ぎになっている中、よく我が妹を無事に送り届けてくれましたね」
「感謝するまでもねえだろ。あのチビのお守りを命じたのは、他でもないご主人なんだからな。悪魔は契約に絶対だ」
「ホーストの言うとおりです。しかしそれとは別に、妹君はひどく庇護欲がかき立てられる。こう、契約を抜きにしても、彼女を守っていたかもしれない」
「違いねえ。あのガキの無邪気な笑顔を見ていると、どうにも胸の奥がくすぐったくなるんだ」
アーネスとホーストが、どこか遠い目をしながら深く頷き合う。
その目線の先には、両手にクッキーを持ってご機嫌なこめっこの姿があった。
アクアが「ほら見てこめっこちゃん! 水が勝手に踊るわよ!」と宴会芸を披露し、こめっこが「すごーい! 水色のおねーちゃんどーなってるの? まかふしぎ!」とはしゃいでいる。
ダクネスは「ふふっ……幼子に懐かれるこのも悪くないな」と、母性本能から笑みを浮かべていた。
「おや、お茶が進んでいませんね? どうしましたかカズマ、あなたらしくもない。一応、アーネスは悪魔とはいえ、見てくれがきれいなお姉さんなにお茶を注いでいるのに……」
「めぐみんは俺のことをなんだと思ってるんだよ。……い、いや、そんなことは今はどうでもいい。なあ、めぐみん。一つ聞いていいか」
「なんですかカズマ。改まって。まさか私の妹の可愛さに当てられて、ロリコンの血が騒ぎ出したとでも?」
「誰がロリコンだ! 真面目な話をしてるんだよ。お前、そいつらのこと本当に分かってんのか?」
俺は差し出された湯呑みを啜りながら、リビングの異様な光景を改めて見回した。
アーネスは俺の視線に気づいても嫌な顔一つせず、静かにめぐみんの後ろに控えている。
その横では、天井に角をぶつけないよう不自然なほど腰を屈めた巨漢のホーストが、巨大な指先でこめっこの食べこぼしを拾い集め、ゴミ箱に捨てていた。
どう見ても、ただの人のいいおじさんとお姉さんだ。
しかし、こいつらの本来の力は違うはずだ。
「いや、どう見てもおかしいだろ。そいつら、さっきギルドで上級悪魔って言われてたよな? 本気を出せば、街一つ滅ぼせるような連中なんだろ?」
「まだ心配しているのですかカズマは。まったく、小心者ですね」
「いや、まあ心配はしてるけど、そうじゃなくて……なんでお前、そんな化け物みたいなやつらを使い魔にしてるんだよ」
「そりゃ、かっこいいからですよ。自らを邪神の下僕だという悪魔が、私のことを主と認めているのです。そりゃあ、その設定に乗らねば紅魔族の名折れというものでしょう」
めぐみんは、フンスと得意げに胸を張り、全く悪びれる様子もなく言い放った。
俺は思わずこめかみを押さえ、深く深呼吸をした。
「……うん? えっと、ちょっと待て。どういうことだ? その話し方だと、その悪魔たちを暴力で従えたとかいうわけじゃなさそうだが……」
「ええ、私が何かすごい力で屈服させたというよりは、この悪魔たちが勝手に私に忠誠を誓ってきたんですよ」
「……? 余計に意味が分からなくなったんだが」
「では順を追って説明しましょう。あれは数年前のことです。アーネスとは私がまだ学園に通っていた頃、ホーストとは卒業後に、里の近くにある邪神が封印されている墓のあたりで出会い――」
「ちょっと待て!? 邪神が封印されている墓!?」
「何ですかやかましい人ですね! せっかく私が話してあげようとしてるところなのに話の腰を折らないでください」
俺は思わず立ち上がり、テーブルに手をついた。
なんだその物騒極まりないワードは。
俺が激しくツッコミを入れると、隣で小さくなっていたゆんゆんが、おずおずと手を挙げて補足を入れてきた。
その内容は、俺の想像を遥かに超える斜め上のものだった。
「あ、あれはですね……紅魔族の大人たちが、『近くに邪神の墓があったら、なんかかっこいいよね!』っていう理由で、本当に邪神を封印して、そこにお墓を建てたらしいんです……」
「紅魔族って馬鹿なんじゃないのか!? どんだけ命知らずなんだよ!」
「何を言っているのですか。邪神の墓とか、名所としてこれ以上ないくらいかっこいいことこの上ないでしょう」
「……私も、あの大人たちは少し馬鹿だと思います」
ゆんゆんが、顔を真っ赤にしながらも俺に同意した。
しかし、めぐみんはそんなゆんゆんを信じられないものを見るような目で見つめ、ビシッと杖を突きつけた。
「族長の娘なのに、何を言っているのですかゆんゆん!? やがて族長になると意気込んでいたのに、紅魔族の崇高な感性を馬鹿にするとは何事ですか!」
「そ、崇高じゃないわよ! カズマさんの言う通り、ただの命知らずよ!」
「それよりお前、そんな危ない場所に子供の頃から行ってたのか!?」
「危ない場所ではないですよ。今はもう、邪神の封印は解けていますので」
「そうそう。昔、すごい爆発とともに封印が解けちゃったんだよね」
ねりまきが横からあっけらかんと付け足した。
封印が解けた……しかもすごい爆発とともに。
俺の脳内に、最悪のシナリオが瞬時に組み上がっていく。
この世界で『すごい爆発』を引き起こすトラブルメーカーといえば、俺の目の前にいるこの爆裂魔しかいない。
「管理体制ザルじゃねえか!? というかまさか……またお前のせいじゃないだろうな!?」
「またって何ですか! 違いますよ、カズマは私のことをなんだと思っているのですか!」
「堅くて大きくて立派なものを見ると、興奮して本能のままに爆裂魔法を撃ち込まずにはいられない、歩く火薬庫」
「よく分かっているじゃないですか。その的確な評価への直々のお礼に、今すぐカズマの股間にあるカズマにも爆裂魔法を撃ち込んであげましょう!」
めぐみんが杖を強く握りしめ、俺の下半身に向けて冷たい視線を送ってきた。
瞳の奥がガチで据わっているのを見て、俺は思わず両手で股間を隠し、ソファーの端へと後ずさった。
冗談抜きで撃ち込まれかねない。こいつはそういう奴だ。
「そ、それよりお前、本当にそんな危ない場所に行ってたのか!? まさか、本当に爆裂魔法を撃ち込んだわけじゃないだろうな!?」
俺は冷や汗を流して話をそらせた。
すると、めぐみんはふんっと鼻を鳴らして杖を下ろす。
「はぁ……そんなまさかですよ。当時の私はまだ5歳です。いくら紅魔族随一の天才である私であっても、そんな年齢で爆裂魔法を使えるわけがないでしょう」
「そ、そうだよな……。5歳児にそんなことができるわけがない。そんな危ないことしてたら、親御さんも止めるはずだし――」
「ええ。当時、あそこは私とねりまきの、格好の遊び場で――」
「はぁああああぁあぁあ!?!?」
「っ……! 耳が痛いですよ! 顔の近くで叫ばないでください!」
「そんなこと言ってる場合か! 今なんて言った!?」
俺の絶叫が、リビングの天井を震わせた。
5歳の子供の遊び場が、邪神の封印された墓!?
公園の砂場感覚で邪神の墓に行く村、それが紅魔の里。
俺は改めてあの村の狂気を思い知らされた。
「やむを得ない事情があったんですよ。いちいち大げさに騒がないでください」
「大げさにもなるだろ! どういう事情があったら邪神の墓で泥んこ遊びするんだよ!」
「紅魔族にとって、行ってはいけない禁忌の場所というのは、ロマンの塊なんですよ。私とねりまきは、よくあそこで遊んでいましたね」
めぐみんが胸を張って自慢げに話すが、ねりまきはふいと目を逸らす。
ねりまきの表情が一瞬だけ暗く沈んだように見えたが、もしかして悪いことをしていた自覚があったのだろうか。
俺は二人のことを問い質そうと身を乗り出した。
「普通そういうところには立ち入り禁止で封鎖されてるだろ。何子供の時から危ないことしてんだよ」
「あ、あははは……でも、あそこはなかなかいい場所だったんだよ。変な魔力のせいで凶暴な魔物も寄り付かなかったし、私の家と違って酔っ払いのおじさんたちも来ないしね」
「ええ。それに、お母さんには『立ち入り禁止の場所には、すごい宝が眠っているものだ』と教えられていましたので」
「何してんのお前の母さん!? 紅魔族の教育方針どうなってんだよ!?」
めぐみんのお母さんの顔を思い浮かべ、俺は激しい頭痛を覚えてこめかみをグリグリと揉んだ。
紅魔族の母なら言いかねない。そして、紅魔族の娘なら真に受けかねない。
過去の出来事とはいえ、一歩間違えれば大惨事になっていたはずの話を、こいつらはまるで「近所の空き地で秘密基地を作った」くらいのテンションで語っている。
俺は深い深い溜息を吐き、ソファの背もたれに体を預けた。
「まあ、そういうわけですので、私が12歳かそこらの頃にアーネスたちと出会った時には、邪神はもういなくなっていたのですよ。ですので安心してください」
「……いろいろと掘り下げるたびに、安心できない材料ばかりが揃っていってる気がするんだが」
「それよりカズマ。私と悪魔たちとの出会いについて、もっと詳しく聞きたかったのではなかったのですか?」
「……確か、あの二人が勝手にお前に忠誠を誓ったって話だったよな」
俺は全く納得していないながらも、これ以上余計なところにツッコミを入れる気力を失っていた。
紅魔族の常識を真面目に追及するのは、時間と体力の無駄だ。
話を本筋に戻すと、めぐみんは満足げに頷いた。
その時、今まで背後で静かに控えていためぐみん専属のメイド――アーネスが、静かに口を開いた。
「我ら悪魔は、力ある者に惹かれることもあります。ですが、我々が惹かれたのは主様の腕力ではありません」
「悪魔は、契約と代価からできている。俺らは、主の左目に宿る瞳……いや、その瞳の奥底に眠る権能と契約したと言っても過言じゃねえ」
「分かりましたかカズマ」
「わからん」
「つまり、アーネスとホーストは前世の私と契約を交わした悪魔なのです。前世から受け継いだ我が邪王真眼は、高位の悪魔をも支配するほどに強大だということです。わかりましたか?」
「ちっとも分からん」
懇切丁寧に説明したのになぜ伝わっていないのですかとめぐみんは怒り心頭の様子だが、前世とか持ち出されても信じようがないだろ。
だが、確かにめぐみんの魔力は強大だし、前の邪眼の持ち主と云々かんぬんって部分はあながち間違っちゃいないのか?
悪魔たちも否定してないし、めぐみんの異常な魔力量を思えば、悪魔が惚れ込むのも無理はないのかもしれない。
現に、アルカンレティアでの温泉を吹き飛ばした爆発は、いくらなんでも威力が桁外れすぎた。
「そういえば、アルカンレティアのときは少し魔力が暴走気味でしたが、最近は落ち着きを取り戻していますし。この力を完璧に制御できる日も近いかもしれませんね」
「確かに、最近はお前、『魔力が漏れそうだ』って騒がないしな。なんか妙に静かだと思ったら、そういうことだったのか」
「漏れるとは失礼な! 私はいつだって完璧な淑女ですよ。しかし、いずれその日が来れば、引きこもりの魔王ごとき、魔王城ごと一撃で破壊してみせましょう!」
ビシッと杖を突きつけるめぐみん。
その表情は自信に満ち溢れ、迷いなど微塵も感じさせない表情を見て、こめっこも「ねーちゃんかっこいい!」といつの間にか混ざっていた。
そんなこめっこを見るや否や、めぐみんはこめっこを抱きかかえ、シスコンともいえる溺愛っぷりを見せた。
だが、こんなに愛くるしい妹がいたら、こうなってしまうのも無理ないか。
最近忙しいので投稿頻度が減りそうです。原作小説1巻分を1章として、どこまで書こうかという…
-
第6章(現在の章)
-
第7章
-
第8章
-
リメイクしてテンポよく進める