昼下がりのアクセル。
俺たちがいるのは冒険者ギルドのいつものテーブル席。
目の前では、こめっこが冒険者たちの串焼きにかぶりつきながら、もきゅもきゅと口を動かしている。
そんな中、めぐみんはというと異様なほどの気合いに満ち満ちて、ギルドの受付のお姉さんに「一番難しくて、一番派手で、一番私の凄さが伝わるクエストを出しなさい!」と勢いよく詰め寄っていた。
こめっこから「落ちこぼれ」と言われてしまったのがよほどショックだったのだろう。
「ルーシーゴーストの討伐……?」
受付カウンターの方から訝しげな声が聞こえてきた。
ギルドのお姉さんが苦笑いしながらめぐみんに提示してたのが、その『ルーシーゴースト』とやらの討伐クエストらしい。
面倒ごとの匂いを敏感に察知した俺は、嫌な予感がしてそっと耳を傾けた。
「はい、実は北郊外の山腹にある廃教会に棲み着いているゴーストでして。ただ、これが少し特殊で……」
「特殊? ふっ、まさか、この紅魔族随一の天才である私の爆裂魔法すら弾き返すような、鉄壁の魔法耐性を持った強大なゴーストだとでも言うのですか。いいでしょう、燃えてきました! 我が最強の魔法をもって、その驕った魂ごと天界へ送り返してやりましょう!」
「違いますよ。そもそも、そんな強力な耐性を持つ未知のゴーストがアクセルの近郊にいたら、真っ先に王都の騎士団か高位の神官が動きますし、間違ってもめぐみんさんたちのパーティーに単独指名で頼むわけないじゃないですか」
「……」
受付のお姉さんは、にっこりと完璧な営業スマイルを浮かべながら、めぐみんの厨二病発言をバッサリと切り捨てた。
なんならその笑顔の裏には呆れが混じっているようで、出鼻をくじかれためぐみんは不服そうな顔をしている。
「じゃあどういうクエストなのですか。ゴーストの討伐というからには、魔法使いである私よりもプリーストが適任なのに。物理攻撃が効かないアンデッドの類なら、浄化魔法で一掃するのが定石でしょう? それをしないということは――」
「私の出番ってことね! どんなゴーストでも、この美しく慈愛に満ちたアークプリーストが一撃で成仏させてやるわ!」
ドンッ、とテーブルを叩く音が響いた。
先ほどまで回復魔法を使ってやった冒険者からお小遣いをという名の寄付金をせびっていた、聖職者にあるまじき駄女神のことだが、いつの間に背後にいたのだろうか。
そんなアクアが、目をキラキラさせて身を乗り出してきた。
今にも浄化魔法の詠唱を始めかねない勢いのアクアだったが、めぐみんはその顔面を手のひらでぐいっと容赦なく押し返した。
「却下です。これは私の雄姿をこめっこに見せつけるための、私による、私のための、私の絶対的プロモーションクエストなのです。ここでアクアが神聖魔法で活躍してどうするんですか。アクアは向こうで、余った串焼きでも食べててください。ほら、シュワシュワのお金も貸してあげますので」
「むぐぐっ!? ちょっとめぐみん、あんたアンデッドを舐めてるの!? ゴーストってのはね、生前の未練とか恨みが凝り固まった厄介な存在なのよ! 脳筋の爆発娘じゃ太刀打ちできないんだから!」
そう言ってめぐみんからのお金を受け取って離れていくのは女神とか以前に人としてどうなんだ。
アクアはウェイターさんに早速シュワシュワを注文してこめっこと串焼きを頬張っていた。
「お姉さん、もっと他にいいクエストはないのですか! 例えばこう、巨大なドラゴンが火を噴いているとか、魔王軍の幹部がうろうろしているとか!」
「あるにはあるのですが……今ギルドに出ている高難易度クエストで、めぐみんさんたちにおすすめできそうなのは、安楽王女の討伐くらいですし……」
「でもあれは、対象が植物系の魔物で動きませんし、派手な戦闘にはなりませんね。そもそもカズマの仕事でしょうから」
「おい、どういうことだよ。どうして俺なんだ?」
受付のお姉さんの胸ぐらを掴まんばかりの勢いで詰め寄るめぐみん。
今まで聞かないふりをを貫いてきたが、流石に俺の名前が出てきたら無視するわけにもいかない。
「カズマは知らないのですか? 安楽王女は安楽少女の進化先です。庇護欲をかき立てさせる見た目で旅人や冒険者を誘い込み、餓死したところを養分として吸い取るという、精神的にかなりえげつない魔物ですよ」
「じゃあめぐみんが遠くから爆裂魔法で倒せばいいじゃないか。聞いた感じ、そんなに討伐難易度は高くないように思うが。ほら、動かない的を遠くから魔法で吹き飛ばすだけになるだろうし」
「あなたには人の心というものがないのですか!? いえ、その冷酷さがあるからこそ、カズマの出番なのですが……流石にクズマの異名は伊達じゃありませんね」
「おい、そのクズマって言い出したやつは本当に誰なんだよ」
「それに、もし爆裂魔法で遠方から狙い撃ちしても、こめっこに激しい戦闘を制するかっこいい姉をアピールすることはできないでしょう」
コイツのこと殴ってもいいかな。
そんな俺の怒りを無視して、めぐみんは受付の方に向き直る。
「それで、他にはいいクエストないのですか?」
「そうですね……ですが、このゴースト討伐のクエストもめぐみんさんにしか頼めないんですよ」
「……ほう。それで、そのゴーストとやらの話を聞きましょうか。なぜ私にしか頼めないのですか?」
「実はこのゴーストなのですが、死してもなお祭壇で祈り続ける非常に信仰深い霊でして……。夜な夜な廃教会からすすり泣く声が聞こえるという報告はあるのですが、人間に危害を加えるわけではないんです。ただ、その一途に祈る姿に同情してしまって、多くのプリーストが討伐をためらっているんですよ。それに、生前の信仰心が一種の防壁になっているのか、中途半端な神聖魔法にはかなりの耐性を持っているようでして……」
お姉さんの説明によれば、そのゴーストは「ルーシー」という名のシスターで、とある超マイナーな女神を信仰していたらしい。
その女神があまりにもマイナーすぎて、他に信者が一人もいない。
つまり、最後の信者であるルーシーが成仏してしまったら、地上からその神への信仰が完全に消え去り、結果として女神様そのものも消滅してしまう――そんな哀しき事情を抱えているというのだ。
「なるほど、それは実に哀れですね。つまり、アンデッドに堕ちてなお、消えゆく女神のために迷い続けるプリーストを、我が爆裂魔法で一息に天国まで送ってあげればいいというわけですね。慈悲深い私にぴったりの役目です。物理が効かず神聖魔法も通じにくい相手なら、圧倒的な火力で丸ごと消し去るのが一番の救済というものです」
「お、おいめぐみん! 流石に思い切りがよすぎるのではないか!? 女神を想い、誰も来ない廃墟で孤独に祈り続けるという、乙女の健気な魂を、そんな物理的かつ暴力的な手段で……! めぐみんもクズマなどととやかく言えないではないか!」
たまらず口を挟んだのはダクネスだった。
彼女は、そのマイナーな女神を自分の信仰するエリス様に置き換えて想像したのか、ひどく複雑な、今にも泣き出しそうな顔をしていた。
「私のことをクズマと一緒にしないでもらおうか! 流石に私だってそこまで墜ちては――」
「いや、お前の方が冷酷だぞ、げすみん」
「げ、げす――!?」
「俺だって流石にその幽霊のことかわいそうに思って討伐を受けないと思うのに」
「わ、私だって良心が痛みますよ。ですが、こめっこにかっこつけるためには致し方がないことなのです! とにかく、その依頼私が受けます!」
そう言ってめぐみんはクエストを受けるサインをし始めた。
そんな中、少し悲しげなダクネスに。
「仕方がありませんね。ダクネスの顔がかわいそうなことになってきましたし。せめて、爆発させる前に話くらいは聞いてあげることにしましょう。そのあとに爆裂魔法で全てを無に帰すことには変わりありませんが」
「ああ、よろしくたの――ちょっと待ってくれ! 説得して穏やかに成仏させてくれるのかと思ったが、今の言い方だと、少し同情するフリをして話を聞いたのちに、問答無用で爆裂魔法を撃ち込むという非道な流れになっていないか!?」
涙目になって必死に訴えるダクネスを華麗にスルーして、めぐみんはバサリと黒いマントを翻した。
こめっこの前で良いところを見せる舞台が決まり、実にイキイキとしている。
その活力に満ちた背中を見送りながら、俺は「ああ、今日も元気に頭がおかしいな……」と、まるで縁側で熱いお茶を啜る隠居おじいちゃんさながらの達観した気分で、そのままこっそり屋敷に帰ろうとギルドの出口へ向かって歩き出した。
「待てカズマ! パーティーのリーダーであるお前が、どうして勝手に帰ろうとしているのだ! というか、お前から何かめぐみんに言ってやってくれ! このままでは、ただ祈っていただけの薄幸のゴーストが、理不尽に爆散してしまうぞ!」
「離せよ、首が締まる! そもそもなんで俺がそんな面倒ごとに付き合わないといけないんだ。そもそも相手はゴーストなんだから、この世に留まっているより早く天に返した方が本人のためだろ。そのマイナーな女神とやらも、今頃は天界のどこかで別の信者とお茶でも飲んでるか、別の就職先を見つけてるって」
「なんて冷酷な男だ……! やはりクズマには信仰心というもの以前に慈しみの心がない! 神に仕える者の切なる願いを、無碍にするなど騎士道が許さん!」
ダクネスに冒険者特有の強力な腕力で襟首を掴まれ、ズルズルとカウンターの方へ引き戻される。
俺が「俺に慈愛と騎士道を求めるな」と必死に抗議していると、そこへ、大きなリュックを背負って出発準備を整えたゆんゆんとねりまきがやってきた。
「あれ、カズマさんクエストに行かないの? こめっこちゃんがついてくるのよ? カズマさんがいないと、森の中の道中の索敵とかどうするのよ」
「ゆんゆん、お前は覚えてないのか? 敵を察知する『エネミーサーチ』とかの魔法。紅魔族なら、その手の基礎的な魔法は一通り使えるだろ」
「そ、そういう補助魔法は、ちゃんとスキルポイントを消費して習得しないといけなくて……私は、その、上級魔法を覚えるためにポイントを消費しちゃったというか……」
「……お前もめぐみんと大差ない脳筋じゃねえか」
「!?!? の、脳筋じゃないわよ! 私はちゃんと実用的な中級魔法も使えるし、めぐみんみたいに一発撃ったら倒れるような燃費の悪さは……!」
「はいはい、わかったから泣きそうになるな。じゃあ、ねりまきはどうなんだよ。お前なら便利魔法の一つや二つ、当然のように覚えてるだろ?」
俺が話を振ると、ねりまきは肩をすくめて、どこか大人びた余裕のある笑みを浮かべた。
「まあね、私は器用貧乏だから、そういう探索系の魔法も一通りは習得してるよ。でもごめん、カズマ。私は今から、里へ向かう反撃作戦に参加するためにここを離れるから、そのクエストにはついて行けないんだ」
「おや、ねりまきは紅魔の里に帰るのですか? つまらないですね、この私が大魔道士として活躍する勇姿を目に焼き付ける、またとないチャンスだというのに」
「はは、めぐみんの分まで魔王軍相手に働いてくるよ。向こうは結構な軍勢が攻めてきているらしいし、レベルも上がり放題、経験値稼ぎ放題かもね。カズマ、めぐみんとこめっこをよろしく頼むよ。結構危なっかしいし――」
「あなたは私の母親ですか! 余計なこと言ってないで早く行ってください! 無事帰ってくるんですよ!」
「はいはい、行ってくるね。ほら、ゆんゆんも」
「う、うん……」
ねりまきは、まるで近所に買い物にでも行くかのような軽い調子でそう言い残す。
その隣では、「えっ、私は? 私には声かからないの?」と言わんばかりにオロオロしているゆんゆんがいた。
それにしても、魔王軍幹部クラスすら参戦しているかもしれない敵の軍勢を相手にして、「経験値稼ぎ放題」と言ってのけるとは。やはり紅魔族の神経は、常人のそれとは一線を画す太さだ。
めぐみんは、どこか寂しそうにしているゆんゆんを、ジト目でじっと見つめた。
「何ですかゆんゆん、そんなに私を見つめて。まさか、紅魔の里へ帰らずに、私へのライバル心から邪魔をしに来るつもりですか?」
「そ、そんなつもりじゃ……でも、どうしようかな! なんか里の方はねりまきもいるし余裕そうだし、私が参加してもしなくても大勢に影響はない気がするし……。そ、それに、めぐみんが、どうしても一人じゃ不安だから、親友の私に残って助けてほしいっていうんだったら、残ってあげてもいいわよ!」
「いえ、別に。どうせすぐ帰ってこれるんですからテレポートの魔法でパッと飛んで行って、とっとと働いてきなさい」
「えっ……本当に!? 本当に私に残ってほしくないの!? 今ここからテレポートで移動できる人、他には誰もいないわよ!? 帰り道は長いし、魔物も出るかもしれないし、こめっこちゃんをおんぶして歩くのはすごく大変だと思うんだけど!」
顔を真っ赤にして必死に食い下がるゆんゆんだったが、めぐみんのガードは鋼鉄よりも固かった。
「魔力切れの心配なら、別にカズマにドレインタッチで魔力を分けてもらえば回復しますし、歩くのは健康にいいです。次期族長を自称するなら、こんな辺境の街で油を売っていないで、早く行って手柄を立ててきなさい!」
「う、うぅ……とっとと行きなさい、だなんて……ひどい……。ねりまき……!」
「はいはい。よしよし、ゆんゆんは私が連れて行くから。……じゃあ、行ってくるからね、みんな!」
涙目になってめぐみんに突き放され、泣きべそをかきながらねりまきに縋り付くゆんゆん。
ねりまきは、そんなゆんゆんをまるで手のかかる妹のように優しく宥めつつ、テレポートの詠唱を完了させギルドから消えていった。
「……というわけですので、索敵と護衛はお任せしますよ、リーダーのカズマ。それに、こめっこの前で魔力切れを起こし、情けなくおんぶされて甘えるのは、偉大な姉として格好がつかないのです」
「しょうがねえなぁ」
仲間の見栄とプライドに付き合うのも、不本意ながらリーダーである俺の仕事ってか。
俺は深いため息をつきながら、改めて手に持った依頼書の内容を頭に叩き込んだ。
正直言ってやる気は微塵もないし、できれば安全なギルドで昼寝でもしていたいが、こめっこがついてくるというのなら、道中の安全確保のために不要な戦闘は絶対に避けるべきだろう。
今回は幸い、強力な上級悪魔であるホーストやアーネスも護衛についている。俺は後ろで適当に指示を出して、あとは見守るだけでいいはずだ。
「ねーちゃん、早くかっこいいところ見せて! 悪い幽霊を、どかーんってかっこよく倒すの?」
「ふふっ、よく見ていなさいこめっこ。これから私たちが向かうは、魑魅魍魎が跋扈する禁忌の境界。生と死の狭間にあるその領域を、この私が、類まれなる知略と圧倒的な魔力で踏み越えるのです」
「わぁっ! ねーちゃんかっこいい! 本物のべてらんみたい!」
「みたい、ではなく、正真正銘の本物ですよ。さあ、私が本物であるという絶対的な証明を、今ここから始めましょう!」
めぐみんは、満足げに微笑むこめっこの小さな手を引き、意気揚々とギルドの扉を開け放って飛び出していった。
その後ろ姿は、昨日の夜に「落ちこぼれ」と呼ばれた悔しさと悲しさを燃料にして、かつてないほど高く、熱く燃え上がっているように見えた。
最近忙しいので投稿頻度が減りそうです。原作小説1巻分を1章として、どこまで書こうかという…
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