「こめっこ、ちゃんとアーネスかホーストと手をつないでいるのですよ」
「わかったー!」
アクセルの街を出て数時間。
俺たちは北郊外の山腹へと続く、緩やかな勾配の街道を歩いていた。
木々の隙間から差し込む木漏れ日が心地よく、時折吹き抜ける風が森の葉をさらさらと揺らしている。
遠足にでも行くようなウキウキとした足取りで、道の先を跳ねるように進むこめっこを見ていると、これから命がけの討伐クエストに向かうというのに、ついこちらの心までほっこりとしてしまう。
だが、そんな平和な空気の中でも、パーティーの空気は真っ二つに分かれていた。
「ねえねえダクネス? どうして今日はそんなにがっかりしてるような感じなの? カズマがやる気ないのはいつものことだけど、いつものダクネスなら我先にって前に出てくれるのに……」
アンデッド浄化のクエストということで鼻歌交じりにスキップを踏むアクアが不思議そうに首を傾げて尋ねる。
先頭を意気揚々と歩くめぐみんとアクアの二人はやる気に満ち溢れ、今にも走り出しそうなほど活気づいているのに、その後ろを歩く俺とダクネスは、どうにも足取りが重く、一人と一匹からどんよりとしたオーラを撒き散らしていたのだ。
普段のダクネスであれば、強敵や未知の魔物と聞けば「私が盾になろう!」と息を荒くして最前線に飛び出していくはずなのに。
「……私は、幽霊に効果のある神聖魔法も使えなければ、魔物を一掃できる爆裂魔法も使えない。今回の戦闘面では何一つ役に立てないではないか! これでは、こめっこにかっこいいお姉さんだと見せつけられない……!」
「くだらねえ見栄張って落ち込んでるんじゃねえよ。というか、だったらいい加減、新しい攻撃スキルでも習得しろよ」
「カズマ、私は防御特化型のガチビルド編成だ。この美学に基づいた戦闘スタイルを、今更崩すことができようか。何なら代償なしに私の堅牢な防御力はあり得ないと自負している」
「いや、冒険者なら攻撃してナンボだし、少しくらい剣スキルにポイントを振り分けるくらいできるだろ。かっこいい騎士を目指すんなら、少しはポイントを割けよ」
「断る。私の持論だが、クルセイダーの本懐とは敵の猛攻を一身に受けてボロボロになることだ」
こめっこの前だから言えないが、ダクネスはいつもブレないな。
俺はまるでピクニックにでも来ているかのような警戒心のない現状を見てため息をついた。
「一応これ、高難易度の討伐クエストなんだけどな……緊張感のかけらもねえな」
「安心しろ。変な仲間を持って苦労しているようだが、このガキの護衛は俺とアーネスできっちりこなしてやる。指一本触れさせやしねえよ」
「ああ、何も心配することはない。命に代えてもこの子のことは死守しよう」
ホーストが巨大な腕を組み、アーネスはこめっこの手をつなぎながら不敵な笑みを浮かべて断言する。
上級悪魔が二人、本気でこめっこのボディガードしているのだ。
ある意味、世界で最も安全な討伐隊と言えるかもしれない。
「まあ、俺が乗り気じゃない理由は別にあるんだけどな」
「そうなの? どうせ怠惰なカズマのことだから家で引きニートしてたいだけでしょ?」
「ち、ちがわい! というか引きニートはやめろよ! マイナーな女神とはいえ、信仰がなくなって消滅するのは何だかなって思ってただけだわ!」
嘘である。
いや、女神のことを思ってたっていう部分じゃなくて。
家でゆっくりしてたかったってのが乗り気じゃない理由の7割を占めてるってだけだ。
そう思っていると、ダクネスもふっと真面目な顔に戻って頷いた。
「ああ。私もだ、カズマ」
「さっきまでこめっこにかっこいいところ見せられないって嘆いてただろ」
「そ、それはそれ、これはこれだ! ……いくらアンデッドとはいえ、たった一人で女神に祈り続けている敬虔なシスターを討伐するなど、エリス教徒の私としては寝覚めが悪すぎる。もし我々が彼女を討伐してしまえば、そのマイナーな女神とやらは完全に信仰を失い、消滅してしまうのだろう? 神殺しに加担するような真似は、あまり気が進まない」
「珍しく意見が合ったな。俺もそこが引っかかってるんだよ。女神が消えるってのは、流石に後味が悪すぎる」
俺たちがそんな深刻な会話を交わしていると、前を歩いていためぐみんがくるりと振り返り、得意げな顔で口を開いた。
「何をそんなに暗い顔をしているのですか、お二人とも。そのことなら心配には及びませんよ」
「心配には及ばないって、お前、爆裂魔法の光の中で消えるなら女神も本望でしょうとか言い出すんじゃないだろうな?」
「違いますよ! 実は先ほど、ギルドでねりまきと話していたときに思い出したのですが……そのルーシーゴーストが信仰している女神というのは、恐らく私の故郷である紅魔の里に関係しているのです」
「紅魔の里? マイナーな女神がどうしてそんなところに」
「カズマも以前、紅魔の里で邪神が封印された墓の話を聞いたでしょう? 実はそれとは別に名もなき女神が封印された土地というものもあったのです。そして、その女神こそが、恐らくルーシーの信仰する女神と同一の存在だと思われまして」
「なるほど、じゃあその封印されてる女神が消えちまうってことか?」
「いえ、それがですね」
俺とダクネスは顔を見合わせる。
めぐみんは、なぜかふんすっと鼻息を荒くして胸を張った。
「私が初めて爆裂魔法を撃ったときに、その余波でその女神の封印を盛大にぶっ飛ばして解いてしまったのですよ」
「はあ!? おまっ、何やってんの!?」
「しょ、しょうがなかったのです! 生命を脅かすほどの緊急事態だったんですよ! 話が進まないので、この続きはまた今度話しますから!」
この爆弾娘は、幼少期からとんでもない特大のやらかしをしていたらしい。
いてもたってもいられず俺は問いただそうとしたが、その気配を感じ取ったのか、めぐみんは強引に話題を戻した。
絶対後から問いただしてもはぐらかされるやつだ。
「というわけで、その女神は数年前にとっくに封印から解き放たれて自由の身になっています。今頃はどこかの土地で、新しく口車に乗せた信者を獲得して元気にやっていることでしょう。つまり、ここで最後の信者であるルーシーゴーストを討伐したところで、女神本体が消滅することはないというわけです」
……そのやらかしのおかげで、今回ばかりは俺たちの胸のつかえが取れた。
俺とダクネスは、複雑な表情のまま今回の討伐に関しては納得し、足取りを少しだけ軽くした。
やがて森の奥深くに足を踏み入れる。
ひんやりとした空気が肌を撫で、ツタに覆われた古びた廃教会が見えてきた。
「さて、ターゲットはこの廃教会に棲み着いている悪霊、ルーシーゴーストですね」
「わぁ、お化け屋敷! ねーちゃん、ここをどかーんってするの?」
「いえ、まずは中を調べます。周囲の安全を確認し、標的の特性を把握する……何故なら、これが『ベテラン』だからです!」
「おおーっ! べてらん、すごーい!」
普通に「中に人がいたら危ないから確認する」とか「ルーシーゴーストを説得する」とか言えばいいのに。
いちいち格好をつけるめぐみんに、こめっこが目を輝かせて拍手を送る。
俺たちは周囲を警戒しつつ、苔生した石段を上り、廃教会の重い木の扉へと手をかけた。
軋む音を立てて開いた扉の先は、冷たく淀んだ死の気配に満ちていた。
崩れかけた祭壇、ひび割れたステンドグラスから差し込む鈍色の光、そして埃を被って朽ち果てた長椅子。
いかにもな廃墟の風景だが、ふと祭壇の前に、ぼんやりと青白く光る半透明の女性の姿があることに気づいた。
シスターの修道服に身を包んだその姿こそが、今回の討伐対象、ルーシーゴーストだった。
「うおっ、出た!」と、俺が声を上げた瞬間、ルーシーゴーストがビクッと肩を震わせ、こちらを振り返った。
『ああ……誰か、誰かいらっしゃったのですね……。どうか、どうか私を祓わないで……私は、誰かを害そうとしているわけではないのです』
「いきなり命乞いか……。しかし害がないのなら、本当に除霊する必要があるのだろうか……?」
半透明のゴーストは、胸の前で両手をギュッと組み、悲痛な表情で俺たちを見つめてきた。
そのあまりに清らかで健気な佇まいに、ダクネスが真っ先に同情の声を上げる。
いくらアンデッドとはいえ、これほど信仰心の厚そうな霊であれば、破戒僧でもない限り、まともなプリーストなら討伐を躊躇うだろう。
だが、俺たちのパーティーには、その「破戒僧」を遥かに通り越した、情け容赦のない獣のごとき駄女神がいた。
「ふふん、アンデッドが神聖なアークプリーストの前に姿を現すなんていい度胸ね! 『ターンアンデッド』!!」
「ひゃぁあああぁあぁ!?!?!?!?」
「あ、アクアーーーっ!! お前は何をやっているのだ!?」
ダクネスの絶叫が教会内に響き渡った。
問答無用で放たれたアクアの浄化魔法を浴び、ルーシーゴーストは悲鳴を上げて床を転げ回った。
だが、驚いたことに、アクアの直撃を受けてもなお、そのゴーストは一撃で消滅することはなく、苦しげに立ち上がった。
「やめろぉ! 汚らわしいアクシズ教徒め! それ以上私に近づくなぁ!」
「ちょっ、誰が汚らわしいよ! アクシズ教の素晴らしさに比べれば、あんたの信仰してるレジーナ教なんて、どうせ中身のないマイナーな邪教でしょうけど。私、こういう『同業他社』には厳しいのよ?」
「流石に思い切りが過ぎるぞアクア! 女神を自称するなら霊を導こうと話くらい聞いてやってもいいだろうに!」
「この私から直々にお説教してあげるわダクネス! 悪魔倒すべし、魔王しばくべし、アンデッド払うべし! それによ、女神の立場からすれば、同業者が減ればそれだけシェアが広がる……じゃなくて、信仰が得やすくなるんだから、弱ってる異教徒のアンデッドはサクッとやっちゃうのが慈悲ってもんなのよ!」
女神の口から平然とシェアなんて言葉が飛び出すとは思わなかった。
本当に、この駄女神はろくなことを言わない。
だが、レジーナ教か……。
その名前に、俺はふと、以前遭遇した出来事を思い出していた。
以前、このエルロードを混乱に陥れようとした魔王軍幹部のダークプリースト、セレスディナがそんな名前を口にしていたような気がする。
「偉大なる復讐と傀儡の女神レジーナ様、この青髪女に天罰を! アクシズ教め、呪われろ!」
「ふん、呪いなんて私には効かないわよ!」
「アクアは一回静かにしてくれ! ゴーストよ、うちの仲間がいきなり攻撃したのは謝る。だからここは一つ穏便に、ちょっと話を聞いてくれないか」
「私が崇めるレジーナ様は復讐と傀儡の女神なのよ! やられたらやり返すのが教義なのに、何も知らない部外者が口出ししないで!」
「しかし復讐は何も生み出さん! 私の信仰するエリス様は、慈愛と許しを説いておられる。お前もその憎しみを捨てて――」
「エリス教団は信者が多くて羨ましいですね! ウチみたいな小さなところは毎日が戦いみたいなもんですよ! 争いを嫌う? それは持っている者しか言わない言葉で、持たざるものは戦い続けるしかないんですよ!」
「ご、ごめんなさい……」
ダクネスの正論は、ゴーストをさらに煽る結果となってしまった。
その様子を見て、「やれやれですね」といわんばかりの表情で、めぐみんは大仰な動作で前に歩み出た。
「そこまでです、迷えるゴーストよ。あなたのレジーナ様への忠誠心、しかと見届けました。ですが、案ずることはありません」
「な、なにを……?」
「レジーナとかいう女神なら、きっと紅魔の里にあった名も無き女神が封印された土地のアレでしょう」
「えっ……? 女神様が……紅魔の里に……? どうしてあなたがそんなことを知っているの?」
「実は数年前、私の爆裂魔法の余波で、その盛大な封印をぶっ飛ばして解放しまして。ですので、今頃別の信者を見つけているでしょう。ですので安心してください」
ただの環境破壊活動が、結果的に復讐の女神を解き放ったという事実を、めぐみんはドヤ顔で言い放った。
ルーシーゴーストはポカンと口を開け、半透明の体がピクピクと震え、その顔からは次第に憎悪が消え、安堵の笑みが広がっていった。
「そう……ですか。レジーナ様は、もう自由の身に……。ああ、これでやっと、私も肩の荷を下ろして眠りにつくことができます……」
「ええ、どうか安らかに眠ってください。あなたの懸念は、私がこの杖とともに爆砕しておきましたから」
「ありがとう、名も知らない優しい人。本当ならお礼をしたいところなのだけど、それを聞いて安心したからなのか、この世への未練がなくなっちゃったの。となればもうあまり時間がないわ。ごめんね、ちゃんとしたお礼ができなくて」
ルーシーゴーストの体は、先ほどのアクアの暴力的な浄化の光とは違う、温かく穏やかな光に包まれていった。
彼女は最後にめぐみんに向かって深く一礼すると、光の粒子となって教会の天井へと昇り、ふっと消えてしまった。
廃教会の中には、清々しい空気と、本来あるべき静寂だけが残された。
血を血で洗う戦闘も起きず、言葉による説得だけで終わった、非常に綺麗で平和的な、ベテランらしい見事な解決だった。
俺たちは教会から出た。
「ふう、どうですかこめっこ! 争うことなく悪霊を浄化に導く、私のこの慈愛に満ちた姿! 知略によって相手の未練を絶つ、これこそが最高峰のアークウィザードのあり方なのです!」
「……じみ」
「なっ!?」
「ちっともかっこよくない。どかーんってしないの? お肉も出ないし、つまんなーい。ねーちゃん、やっぱりぶっころりーが言ってたとおり」
こめっこがぷくっと頬を膨らませて、容赦のない言葉をめぐみんに突き刺した。
せっかく綺麗に終わったというのに、その無邪気な地味という一言は、今のめぐみんにとって最大の地雷だった。
めぐみんの体がワナワナと激しく震え、手にした杖の先端から、凶悪な赤い魔力がバチバチと漏れ出し始める。
しまった、こめっこに姉の威厳を見せつけたいがために、こいつの情緒と理性が今、完全に崩壊している。
「……じ、地味じゃありません! 今のはほんの挨拶です! 見ていなさいこめっこ、私の……紅魔族最強の、真の力を!!」
「おい馬鹿やめろ! もう依頼は達成したし、ターゲットの幽霊もいねえだろ! こんな廃墟に無駄撃ちするな!」
「黒より黒く闇より暗き漆黒に、我が深紅の混淆を望みたもう……!」
「ああもう、詠唱始めちゃったよ! 全員伏せろ!! アーネス、ホースト、こめっこを!」
俺の悲痛な制止を完全に無視して、めぐみんは眼を血走らせながら、高らかに爆裂魔法の詠唱を紡ぎ出した。
もはや彼女の目には、標的である廃教会など一切映っていない。
妹の尊敬の眼差しを取り戻すこと、ただそれだけのために全魔力を練り上げている。
ホーストが慌てて舌打ちをしながらこめっこを抱きかかえ、アーネスがその前に幾重もの強力な魔法障壁を展開する。
そして、めぐみんの杖の先端から、世界の終わりを予感させるような極大の光が放たれた。
「無謬の境界に落ちし理、無行の歪みとなりて現出せよ! 『エクスプロージョン』!!」
「わぁああああっ! すっごーーーい!! お空がまっかだー!」
「ちっともすごくなぁぁぁいっ!! 俺たちのクエストの報酬があぁぁ!!」
鼓膜を破るような轟音と共に、廃教会は跡形もなく消滅した。
凄まじい爆風と熱波が山肌を容赦なく削り取り、アクセルの空を禍々しく赤く染め上げる。
静かで平和的だったはずの解決策は、妹の「地味」というたった二文字によって、大自然と歴史的建造物への理不尽極まりない破壊活動へと変貌してしまった。
俺たちはもうもうと舞い上がる土煙の中で、全魔力を使い果たして満足げに仰向けに倒れ込んだめぐみんと、目を輝かせて無邪気に拍手するこめっこを交互に見つめ、ただ深く、深すぎる溜息を吐くことしかできなかった。
最近忙しいので投稿頻度が減りそうです。原作小説1巻分を1章として、どこまで書こうかという…
-
第6章(現在の章)
-
第7章
-
第8章
-
リメイクしてテンポよく進める