我は邪王真眼の使い手、めぐみん!   作:桃玉

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28-5 最悪の…領域(レヴィーア)

安楽王女の討伐から数日。

アクセルの街に降り注ぐ、うららかな春の日差し。

厳しい冬の寒さもすっかり和らぎ、街路樹には青々とした新芽が顔を出し始めている。

冒険者ギルドの建物もその暖かな陽光に包まれており、昼間からギルド内は活気に満ち溢れていた。

というのも、冬の間に誰もやりたがらなかった面倒な依頼――塩漬けクエストをようやくやり終えた冒険者たちが、その達成感と解放感から、盛大にシュワシュワを呷って宴会を開いていたからだ。

 

「ぷはーっ! やっぱり仕事の後のシュワシュワは最高ね!」

 

そう言ってジョッキをテーブルに叩きつけるアクア。

バカで忘れっぽいせいか、シュワシュワで忘れたのか、とにかくアクアは安楽王女に抉られた心の傷はすっかり癒えたらしく、他の冒険者に混じっていた。

アクアの宴会芸も加わり、賑やかで暖かなギルドの中だったのだが……

ただ一カ所、片隅にある俺たちのテーブル……の中でもめぐみんの席だけはどんよりした空気に覆われていた。

すっかり定位置となった壁際で、両膝を抱えて体育座りをしているめぐみん。

安楽王女にアイデンティティを全否定されたこと……いや、それ以上に、こめっこからの無邪気な追撃により抉られた心のダメージは、あまりにも深かったようだ。

 

「…………大丈夫、大丈夫。私は落ちこぼれなんかじゃ……」

「はぁ……いい加減立ち直れよ。安楽王女の言うことなんてただの植物の戯言なんじゃなかったのか?」

 

もう数日間、食事はツンツンと料理をつつくだけで、喉に仕えるどころか口にすら運ばず、ずっとこの有様だ。

自己暗示のようにブツブツ言ってるめぐみんに、思わず呆れ半分でため息をつく。

ゆんゆんも、向かいの席で心配そうに見つめていたが、ふと俺の方へ視線を向ける。

 

「そう言えばカズマさんは立ち直るの早かったわよね。安楽王女から一番酷い言葉で罵倒されてたのは、きっとカズマさんでしょ?」

「そう言われてみれば確かにそうだ……。私たちが駆けつけるまでカズマと安楽王女の一対一の対決で、一番精神に傷を負っていてもおかしくないはずなのだが……うん、流石はカズマと言ったところだ」

「確かに、流石カズマさんね」

「……何だか流石だって言われても嬉しくないんだが」

 

何となく俺のことを微塵も尊敬していないような気がする。

そう思ってジト目で聞き返すと、ゆんゆんとダクネスは気まずそうにスッと明後日の方向へと顔を逸らせた。

 

「そ、そんなことよりめぐみんを早く元気づけましょうよ!」

「そ、そうだな! パーティーメンバーがこうも落ち込んでいるのに慰めないのもな!」

「おい、露骨に話題をそらせるんじゃない! 思ってることがあるんだったらはっきり言ってもらおうじゃないか!」

「あ、アクアさんとかどうですか! 何かいい方法とか思いつきましたか!?」

 

……後でじっくり問い詰めてやることにしよう。

拳を握りしめながらいると、ゆんゆんに話を振られたアクアが自信満々にふんすと胸を張った。

 

「もちろんよ! でも、さっき私の華麗な宴会芸『花鳥風月』を特等席で見せてあげるって言っても、全然顔を上げてくれないのよ。女神の恩恵を無下にするなんて罰当たりね。見てくれればすぐに元気が――」

「そもそも何で励ますにあたって使うのが宴会芸スキルなのだ。普通は言葉で優しく励ますものではないのか」

「そういうダクネスはどうなのかしら。さっきから隣でモジモジしてるだけで、めぐみんをちっとも励ませてないような気がするんですけど」

 

ダクネスの真っ当なツッコミに、アクアが不満げに唇を尖らせて反撃する。

名指しされたダクネスは、気まずそうに視線を泳がせた。

 

「うっ、そ、それは、心の傷はゆっくり時間をかけて癒していくものだし……」

「そういうけど、めぐみんってば何も反応してくれないのよ? 完全に耳栓をしてるか、右から左に聞き流してるかしてるわ。私もよくカズマのお説教とかめんどくさい話の時にはそうやって現実逃避してるしね」

 

おい、だからお前は何度も同じ借金トラブルを起こすんじゃねえか。

いい加減学んでほしいと心の中で強めのツッコミを入れていると、ねりまきが身を乗り出してダクネスに尋ねた。

 

「ところでダクネスは、めぐみんに何て言って励ましたの?」

「えっと、安楽王女の言葉など嘘だとか、こめっこもめぐみんのことを本当は心の底から尊敬してるだとか……」

「ダメダメだね。今のめぐみんは、こめっこ本人から直接『ただの派手な花火屋』ってぼろくそに言われてるのに、そんな取ってつけたような励まし方じゃ二十点もあげられないよ」

「なっ、そ、そういうんだったらねりまきが励ましてはどうだ! 私の励まし方に難癖付けるなら、実際に一番の親友としての手本を見せてくれ!」

 

ねりまきの鋭い指摘に痛いところを突かれ、ダクネスが涙目でポンと丸投げした。

腕を組んで得意げに笑うねりまき。

 

「そうだね、私に任せてよ。そうだな……じゃあ……めぐみん、爆裂魔法を撃ちに行かない?」

 

その瞬間。

ピクリ、とめぐみんの肩が微かに反応したように見えた……が、それ以上の反応は見せない。

相変わらず膝に顔を埋め、固く目を閉じている。

しかし、今まで何を言っても微動だにしなかったのに、『爆裂魔法』という単語を出しただけでこれとは。

この調子で押していけば、めぐみんを励ませるんじゃないか……俺たち全員がそう思ったのだが。

 

「あれ、おかしいな……おーい、めぐみん、爆裂魔法撃ちに………………ごめん、こりゃ打つ手なしだわ」

「ええっ!? まさか今の励ましの言葉以外、引き出しにはないのか!? あれだけ私に任せてと豪語していたのに!?」

「今まではこれで百パーセント復活してたんだよ! 最終的にへこんでるめぐみんは、大自然に向かって爆裂魔法をドカーンと撃てば、気分爽快で全部発散できるって寸法で今までやってたのに!」

 

いや、今ぴくって動いてたし、もう少し粘り強く押せばその作戦もうまくいく気がするんだが。

早々に諦めるなよ。

そんな俺たちの重苦しい空気を打ち破るように、ギルドの受付嬢であるルナが満面の笑みでやってきた。

 

「カ・ズ・マ・さーん。ちょっと頼みたいことが――」

「いやです」

「なんですか、私まだ話もしてないのに逃げようとしないでくださいよ」

「どうせめぐみんの株を上げるためだとかいって、ろくでもないクエストを持ってきたんだろ。俺たちは今、パーティーの存続の危機なんだよ」

「惜しい! 最近こめっこちゃんに『お義兄さん』呼びさせて、すっかりその気になっているカズマさん、非常に惜しいです!」

「惜しいってなん――って、今なんて言った」

「いえ、別に何でもないですよ。ただ、今回のクエストは本当に、今のめぐみんさんに向けたぴったりのお仕事なんです」

「……今までのクエストはめぐみん向けじゃなかったって言ってるようなもんだろソレ」

「まあ、今まではめぐみんさんに率先してやる気を出してもらって、他のやる気のない人たちを動かすってだけでしたので。でも今回は違いますよ、ちゃんとめぐみんさんにぴったりなんです!」

 

そういってルナさんは、有無を言わさぬ迫力で俺の目の前に一枚の依頼書をバシッと差し出し、クエストの内容を見せてきた。

そこには『縄張り争いをしているグリフォンとマンティコアの討伐』と書いており――

 

「却下」

「お願いですよカズマさん! これが一昨年からずっと残っている最後の塩漬けクエストなんですよ! 最近、こめっこちゃんのことを財力と美味しいご飯で買収して、紅魔の里への婿入りを企んでいるともっぱらの噂のカズマさんにしかお願いできないんですよ!」

「誰だそんな変な噂を流してるやつは! そいつらのせいだろ、最近ギルドでたまに俺のことを『ロリマ』とか呼んでくるふざけた奴がでてきたの!」

「というわけですので、これ以上変な噂を流されたくなかったら私の言うこと聞いてください。ギルドはこめっこちゃんから、毎日いろいろな有益な話を聞かせてもらっています……この意味、わかりますよね?」

「…………ちなみにどんな話を聞いてたり?」

「例えば『俺のことはお兄ちゃんかお兄様って呼ぶんだぞ~。そうしたらこのお菓子を買ってあげよう』とか」

「わーわーわーーー!! それはアイリスロスのせいで妹成分が足りなかっただけで――!」

 

俺の言葉を受け流しながら、どす黒い笑みを浮かべる受付のお姉さん。

クエストを拒否すればとんでもない噂を広められる……ルナさんからはそんな凄味を感じた。

 

「わ、わかったよ、受けりゃいいんだろ受けりゃ!」

「ありがとうございますカズマさん! 流石はアクセルが誇る大物冒険者ですね!」

「その代わり、討伐報酬はきっちり弾んでもらうからな!」」

 

任務を完遂した満面の笑みでカウンターの奥へと素早く消えていったルナさん。

残された俺は、手元の依頼書と、未だに吹雪が舞うテーブルを見比べる。

対象は空の覇者たるグリフォンと、猛毒の尾を持つマンティコア。

合計2体の大物モンスターだ。

 

ゆんゆんがいるから、ギリギリ遠距離からの魔法攻撃はできるだろう。

だが、両方とも非常に強力なモンスターで、魔法攻撃に対する耐性も、そもそもの俊敏性だって高いはずだ。

上級魔法使いでも、二匹同時はかなり辛いだろう。

だとしたら、やはりより遠くから一体でもめぐみんの爆裂魔法で討伐するしかないのだろうが――

 

「…………」

 

チラリと視線を向けると、今のめぐみんは御覧の通り、すっかりミイラ化している。

クエストに行くにせよ行かないにせよ、何とかしてめぐみんのことを励ますしかないのだが……。

そう思いつつ、俺はふと隣のテーブルへと視線を向けた。

そこでは、優雅にティーカップを傾けて香り高い紅茶を飲んでいるアーネスと、山盛りの唐揚げを小鳥に餌付けするかのようにこめっこに食べさせているホーストの姿があった。

 

「そうじゃん、お前らがいるじゃん」

「……はぁ? お前、急に何を言ってやがるんだ?」

「いや、これからクエストに行くんだが、お前らって腐っても上級悪魔なんだろ? そんな強い奴が二人もいたら、大物相手でも楽に勝てるなって思ってさ」

 

俺がそう言うと、悪魔たちは心底理解できないというように首を傾げた。

 

「私たちがなぜ、人間の冒険者の真似事などしなければならないのですか? 私は今、こめっこ様のお食事の世話という、魔王軍の作戦よりも重大にして神聖な任務の最中ですが」

「そうだぜ兄ちゃん。俺たちは暇を持て余してるわけじゃねえんだよ。それに、そんな雑魚モンスター数匹、俺らがいなくてもお前らだけでどうにでもなるだろ」

 

アーネスは冷たい目で俺をあしらい、ホーストも面倒くさそうに手をヒラヒラと振る。

こいつら、実力は魔王軍幹部クラスのくせに、最近は完全にこめっこのお世話しかしていないじゃないか。

実力があるのにそれを生かさないのは宝の持ち腐れ。

俺は身を乗り出して必死に説得を始めた。

 

「あのなぁ、めぐみんがこんな状態でどうやって倒すってんだよ。、アクアは回復魔法こそあれど攻撃手段はないし、俺はか弱い最弱職だし、ダクネスは足止めしかできない……何なら空を飛ぶモンスター相手に足止めすらできないかもしれない。頼りになるのはゆんゆんだけなのに、全部ゆんゆんに丸投げしろってか?」

「わ、私は別にそれでもいいわよ? 大変そうだけど、そんなに期待してくれてるんだもの。私、めぐみんがいなくてもグリフォンもマンティコアも討伐して――」

「ちょっとゆんゆんは黙ってろ? とにかく、今の戦力じゃ不安が残るんだよ。めぐみんの使い魔なら代わりを務めてくれてもいいだろ?」

「俺たちは行かないぞ。ガキを守るのが俺たちの仕事だからな」

 

ホーストは頑として首を縦に振らない。

くそっ、どうしようもないのだろうか。

そう思っていた時に、俺の脳裏にひとつの妙案がひらめいた。

こめっこの世話を至上の喜びとしているこの悪魔たちを動かす、一番手っ取り早い方法が。

 

「なあ、こめっこ」

「なあに、ねーちゃんの男」

「うん、ちょっとここでその呼び方はよしてくれ。というかいつの間にそんな言葉覚えたんだ? お兄ちゃんと呼んでほしいとはいったけど、教えてないと思うんだが」

「ぶっころりーが『めぐみんの近くに優良物件そうな男がいたら背中押してやれよ? そうすればヒモ――じゃなくて、きっと美味しい食べ物を毎日恵んでくれるぞ』って言ってた!」

「……そのぶっころりーってヤツのこと、今度この街に来たら紹介してくれよな。たっぷりの感謝と説教してやる」

 

時々話題に上がる紅魔の里のニートが、純真な妹に変な知識を吹き込みやがって。

俺は内心でぶっころりーとやらへの復讐を誓いつつ、こめっこと目線を合わせるようにしゃがみ込んだ。

 

「それで、こめっこ。これからお兄ちゃんたち、でっかいモンスターを倒すクエストに行くんだが、一緒に来ないか? 一緒に来れば、もしかしたらすっごく高級なモンスターの肉が食えるかもしれないぞ」

「最高級の、お肉……! じゅるり」

 

肉という単語を聞いた瞬間、こめっこの目がキラキラと輝き、口の端から涎が垂れた。

完全に食欲に支配されたこめっこを前に、悪魔たちは止める言葉を失っている。

 

「それに、めぐみんのかっこいいところも見れるかもしれないぞ。めぐみんがドカーンと、かっこよく高級肉を仕留めるところ、見たくないか?」

「ほんとにー? 今までのしょぼい感じじゃない?」

「しょぼくないぞー。派手派手で、すっごくかっこいいめぐみんが見られる。なあ、めぐみん?」

 

俺がわざとらしく同意を求めると、ピクリ、とまたしてもめぐみんの体が動いた。

その様子を見たこめっこは、ホーストの膝から降りてトテトテと歩み寄り、不思議そうに首を傾げ。

 

「ねーちゃん、お空の鳥さん、たおせる? こめっこ、お肉食べたい」

 

ビクッ、とさらに大きくめぐみんが動く。

しかし、まだ立ち上がろうとはしない。焦点は合っていないままだ。

こめっこは、未だに体育座りで虚無を見つめているめぐみんの顔を下から覗き込むようにして、その袖をちょいちょいと引っ張った。

 

「ねーちゃんのかっこいいところ、見たい」

 

――――その、何の混じり気もない純真無垢な妹からの言葉。

それを正面から浴びせられ、めぐみんの中で、何かが限界突破して爆発する音がした。

 

「ふふっ、ふは、ふーはっはっはっは! いいでしょういいでしょう! こめっこに、最高にかっこいい姉を見せてあげましょう!」

 

めぐみんは勢いよく立ち上がり、マントを翻す。

数日ぶりに見開かれたその瞳には、強烈な紅い光が宿っていた。

 

「誰が弱いですって! 誰が花火屋ですか! 見ていなさい。私こそが、紅魔族随一の天才にして最強の魔法使いであることを、今度こそ証明してみせましょう!」

 

安楽王女にアイデンティティを否定された自分を、愛する妹の前でこれ以上、惨めで情けない姿として晒すわけにはいかない。

姉としての譲れない意地とプライドが、完全に燃え尽きていた灰の底に業火を点けた。

 

「フフッ……ハハハハ! 我が内に眠る紅蓮の衝動が、今まさに解き放たれんとしています! 我が従順なる僕、ねりまき、アーネス、ホースト! 我が覇道を妨げる敵を排除せよ!」

「仕方ねえな。ご主人様のご命令だ。しかもガキも肉を食いたがってるんだ。俺たちが少しばかり手伝ってやるよ」

「ええ、久しぶりに我々上位悪魔の力を見せてあげましょう」

「えっ、あの、もしかして私もなの?」

「もちろんですよ! その小鳥と野良猫どもに、私がいかに恐ろしい存在であるかを教えてあげるのです!」

 

めぐみんの命令に、こめっこの護衛をしていたホーストとアーネスはやれやれと重い腰を上げて立ち上がる。

ねりまきは困惑気味な声を漏らすが満更じゃない様子だ。

 

「お、おお……。復活したのはいいが、テンションの上がり方が怖いな……」

「まあいいじゃないか。ようやく本調子といったところだろう」

「……この調子だと爆裂魔法で森が更地になる未来しか見えないんだが」

「むしろいつも通りじゃない! しかも不本意だけどあの悪魔たちもついてくるんでしょ? 本当に不服だけど、ちゃんとした紅魔族が二人もいるのに、そこに悪魔もいたら過剰戦力よ。これは勝ったわね、早く終わらせてシュワシュワ飲みましょ!」

 

尋常ではないめぐみんの気迫に押されながらも、俺たちは意気揚々と、アクセル近郊の山岳地帯へと向けて出発した。

相手は凶暴にして凶悪――グリフォンとマンティコア。

何か不確定事項で乱されなきゃいいんだが……俺の胸の奥には、一抹の不安が残っていた。

最近忙しいので投稿頻度が減りそうです。原作小説1巻分を1章として、どこまで書こうかという…

  • 第6章(現在の章)
  • 第7章
  • 第8章
  • リメイクしてテンポよく進める
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