ここはアクセルの街のすぐ外。
ゆんゆんとねりまきが他の全員を引き連れてテレポートでそこに帰ってきた。
「……なんとか、無事に終わったわね」
俺は全員の無事を確認すると地面に膝をつき、激しい心臓の鼓動を鎮めながら、ホーストに乗っかっている爆裂魔法使いを見た。
力尽きた様子で横たわっているが、その表情には疲れや不調の色は見えない。
それどころか、憑き物が落ちたような、清々しい爽快感に満ち溢れた顔をしていた。
俺はふと、自分たちがついさっきまでいた山の方角へと目を向けた。
遠くに見える山の中腹には、地形を根こそぎ変えてしまうほどに抉り取られた、巨大なクレーターが口を開けていた。
ついさっきまで、あの場所で凶悪な縄張り争いを繰り広げていたグリフォンも、二体のマンティコアたちの姿も、もうどこにもない。
文字通り「跡形もなく」消し去られていた。
「あーあ、またお肉なくなっちゃった……」
戦闘後の余韻で静寂が周囲を支配する中、最初に響いたのはそんな間の抜けた声だった。
声の主は、ホーストの足元からひょっこりと顔を出したこめっこ。
期待していたグリフォン肉が得られず、残念そうに小さな肩を落としていた。
山を丸ごと削り取ったような破壊の痕跡を眺めながら、最初の感想がそれか……
めぐみんの妹ながら、大物になるに違いない。
そんなことを思っていると、ホーストの頭の上で爽快感に浸っていためぐみんの表情が落ち込んだ。
「……あ、あれ? こめっこ……? 私の爆裂魔法は? あなたの姉の渾身の一撃についての感想は!? お肉がなくなったことにしか触れないのですか!? 敵を倒したかっこいいお姉ちゃんの姿はかっこいいでしょう!?」
十分すぎる……というよりも過剰な威力。
地形が変わるレベルの魔法を見てお肉の心配ができるこめっこの方が、ちょっと大物すぎるだけだと思う。
俺はめぐみんの頭を軽く叩いて宥めつつ、クレーターを見つめているこめっこに声をかけた。
「……なあこめっこ。お前の姉ちゃんは凄かっただろ」
「うん! 今度はちゃんと倒したね! お空の鳥さんたち、みーんなドカーンってやっつけた! お肉ないのは減点、でもねーちゃん、すっごくかっこよかった!」
その言葉を聞いた瞬間、めぐみんの瞳が煌めく。
涙なのか、それとも紅魔族特有の感情の高ぶりか、しかし悲壮感は消え失せていた。
「ふ、ふふ……ふはははは! 聞きましたか! 見ましたか! こめっこが、私のことをかっこいいと言いましたよ! そう、我こそはめぐみん! アークウィザードにして爆裂魔法を操る者! 紅魔族随一の天才であり、そして――世界で一番かっこいい最強の魔法使いなのです!」
それから数日後。
アクセルの街の正門前は、朝から異様な熱気と、どこかお通夜のような重苦しい空気に包まれていた。
「うぅぅ……こめっこちゃん、俺たちのこと忘れないでくれよぉ……!」
「ありがと、ハンバーグのお兄ちゃん」
「これ、俺の故郷の木彫りの熊だ……おっちゃんが奢ったからあげの味、たまには思い出してくれよなっ……!」
「うん、飾っておく」
「フッ。俺たちは雛の旅立ちを、未来の英雄の大いなる一歩を目の当たりにしてるのかもしれないな」
「機織りのおじちゃんも元気でね」
モヒカンの男や、顔に大きな傷のある強面の大男たち――アクセルの街を拠点とする荒くれ冒険者たちが、揃いも揃って大粒の涙を流しながら、一人の幼女を取り囲んでいた。
彼らの手には、色とりどりのお菓子や、謎の民芸品である木彫りの熊などが握らされ、次々とこめっこへと献上されている。
「うん! おじちゃんたち、美味しいお肉いっぱいありがとう! アクセルにご飯食べにまた来るね!」
「うおおおおん! いつでも来いよぉぉぉ!」
無邪気に笑って手を振るこめっこに、冒険者たちの涙腺が完全に崩壊していた。
俺たちが塩漬けクエストに明け暮れている間、ギルドの酒場で留守番したりしていたこめっこは、その純真無垢な笑顔と底なしの食欲で、アクセルの荒くれ者たちを完全に骨抜きにしてしまっていた。
「……なんだこの光景。てか、木彫りの熊ってなんだよ、絶対転生者が伝えただろ」
小さな子に大勢のガタイのいい大人たちが取り囲んで泣いている異様なこの状況、遠巻きから見ててもツッコミしかないんだが。
隣に立っていたゆんゆんは少し困ったように微笑んで。
「あはは……こめっこちゃん、本当にこの街の人たちに愛されてたんですね。でも、里の戦いも無事に終わりましたし、これ以上こめっこちゃんをアクセルの街に置いておく理由もないですから」
ゆんゆんが紅魔の里から帰ってきたときに、もう戦いがほとんど終わったみたいなことを言っていた気がする。
それと同時に、里の復旧や戦いの後処理のせいで多少時間はかかるだろうが、上級魔法を使えるアークウィザードばかりの紅魔の里の再建スピードは通常の何十倍も速い。
それはつまり、避難目的でアクセルに預けられていたこめっこが里へ帰る時が来たということでもある。
「そろそろこめっこのことを開放してやってください。というかそこ、こめっこに餌付けをして引き留めようとするのをやめてください! いつまでめそめそ泣いているつもりですか!」
冒険者たちの群れをかき分け、こめっこの前へと進み出るめぐみん。
その顔は、いつもの自信に満ちた紅魔族のものだったが、その瞳の奥には隠しきれない寂しさが滲んでいた。
「こめっこ……紅魔の里へ帰っても、お父さんやお母さんの言うことをよく聞いて、しっかりご飯を食べるのですよ。そして、いつか私のような立派な紅魔族になるのです」
「うん! ねーちゃんも、お肉いっぱい食べて、もっとおっぱい大きくするんだよ! そしたら狙ってる男も喜ぶって、ぶっころりーが言ってた!」
「ね、狙ってませんから! あ、あのニート、次に会ったら絶対に爆裂魔法の的にしてやります!」
しんみりした空気を一瞬でぶち壊すこめっこ。
めぐみんは顔と瞳を真っ赤にして杖を震わせた。
そんな中、アーネスがこめっこの手を引いて。
「さあ、妹様。そろそろ出発の時間です。道中の安全は、この私、アーネスが命に代えてもお守りいたしますので」
「何言ってるんだオマエ、テレポートで一瞬だろうが」
「き、気持ちの問題だ! それに私たちは妹君の護衛を任されているのだから当然の意気込みだ!」
この二人がいる限り、道中のモンスターなど全く脅威にはならないだろうが、ホーストの言う通り、テレポートで一瞬で帰れるのだから命に代えてもはどこかおかしい気がする。
ホーストの指摘に顔を赤くするアーネスだが、その二人が両脇を固めるようにこめっこの横に立つ。
「じゃあ、めぐみん。こめっこちゃんのことは私に任せてね。また手紙書くから!」
「ええ、頼みましたよ、ねりまき。あと、ぶっころりーのことしばいておいてください。こめっこに変なことを教えないように」
「言われなくても。そけっとにも協力してもらっおっかな」
ねりまきが、こめっこと手を繋ぐ。
「ばいばーい!」と元気に手を振るこめっこ。
涙ぐむアクセルの冒険者たちに見送られながら、こめっこたちは紅魔の里へと転移していった。
「……行っちゃいましたね」
こめっこの姿が完全に見えなくなった後、めぐみんがポツリと呟いた。
その声は少し震えており、握りしめた杖の先端が地面をツンツンと小突いている。
無理して姉としての威厳を保ってたが、やっぱり相当寂しいだろうな。
「まあ、里にはテレポートですぐに行けるんだし、そんなに落ち込むなよ」
「お、落ち込んでませんよ! むしろ毎日母への報告用に変なメモを取ってましたので、それが変は風に伝わるのではないかと心配の方が勝りますよ」
「そんなこと言って寂しいくせに。まあでも……」
俺は両手を頭の後ろで組み、大きく伸びをした。
「これでようやく、俺たちに平穏な日常――もとい、素晴らしいニート生活が戻ってくるってわけだ! 冬から溜まってた塩漬けクエストも全部片付いたし、金もたっぷりある! 明日からは昼まで寝て、起きたらシュワシュワを飲んで、ダラダラするぞ!」
「こ、この男、私のことを慰めようとしてるのかと思いきや、ニートに戻ると宣言しましたよ!?」
「お金持ちのカズマさーん、私、晩酌用にいい感じのシュワシュワ飼いたいんですけど」
「こうたるこうたる! グリフォンとマンティコアの報酬がたんまりあるからな!」
「さっすがカズマさん、羽振りいいじゃない!」
俺の輝かしい堕落宣言に、アクアが諸手を挙げて歓喜する。
ダクネスが「全くお前という奴は……」と呆れながらも少し嬉しそうに微笑む。
「割に合わないしょっぱいクエストだと思ってましたが、まさかマンティコアがもう一体いたせいで追加報酬がたんまりもらえるなんて……。おかげでカズマがまた自堕落になってしまいますよ」
「まあいいじゃない! もし冒険に行きたかったら爆裂魔法撃って、すぐテレポートで帰れるんだし」
「ゆんゆんまで……戦闘民族である紅魔族の血が流れているとは思えない発言ですよ」
「とにかく、今日からはゆったりまったり過ごすぞ。帰宅だ帰宅!」
そういって俺は踵を返し、街の中へと歩き出そうとした、その時だった。
「――っ! くっ……! しずまれ、我が左目……!」
背後から、突如としてめぐみんの切羽詰まった声が聞こえた。
振り返ると、めぐみんが右目の眼帯を片手で押さえながら、大げさに身をよじっている。
「おいおい、なんだよ急に。いくら冒険に行きたいからって駄々こねるなよ。それとも本当に寂しすぎて頭がおかしくなったのか?」
「ち、ちがわい! い、いえ、寂しいのは少しありますが、それとは別に、我が邪王真眼が疼くのです。これは、ただならぬ強者の気配……!」
めぐみんが眼帯越しに一点を凝視している。
その視線の先、こちらに向かってゆっくりと歩いてくる一人の女性の姿があった。
その姿を見るや否や、めぐみんの眼が見開かれ、嬉しそうに顔をほころばせた。
俺も目を細めてその人物を見ると、思わず同じような反応になる。
長く艶やかな赤みがかった髪。
豊満すぎる胸を強調するかのような、妖艶でありながらもどこか神聖な雰囲気を纏ったローブ姿。
そして、アルカンレティアで別れた時と変わらない、優しげで落ち着いた微笑み。
――ウォルバクが、そこに立っていた。
「……早い再開になったわね」
「お、お姉さん……!? なんでこんなところに……っ!?」
「また色々と用事があって、少しこの街に立ち寄ったのよ。相変わらず、元気そうですね」
ウォルバクがふわりと微笑んだ。
しかし、細めた目には、再会の喜びだけではなく、何か別の色が見えたような気がした。
しかし、めぐみんはそんなウォルバクさんの様子に気づかず、瞳を輝かせる。
俺は、予想外の再会と、めぐみんの珍しいデレ姿に驚くも、その心温まる光景を静かに見守っていた。
何よりこれからお姉さんがしばらくこの街にいるというなら、めぐみんが冒険に行きたいと駄々をこねることもしばらくはないだろう。
つまり、自堕落な生活を満喫できるということだ。
ああ、いろいろあったけど、やっぱり最後はこうやって平和な日常に帰結するんだな。
これこそが俺の求めていた、異世界でのゆるやかな――。
と、そこまで思っていた時だった。
「――あ。あ、ああああああああー!!」
「うっさ!? なんだよ耳元で急に大声出しやがって!! 鼓膜敗れるだろ!!」
「で、でも思い出したのよ!!」
突然、本当に前触れもなく。
俺の隣で、ずっとボケーッと空を見上げていたアクアが、ポンッと強く手を叩き、目をひん剥いて叫び声を上げた。
「思い出したって何をだよ……」
「ずっと引っかかってたんだけど、ウォルバクを見て思い出したわ! アルカンレティアのこと! ウィズが言ってたのよ、自分は魔王軍の幹部だって!!」
…………いきなり何言ってんだこいつ。
俺の思考が数秒間フリーズした。
ウィズが魔王軍の幹部……確かにそんなこと言っていた気がする。
あの、商売下手で、いつも貧乏くじを引かされているポンコツ店主が仮に魔王軍の幹部だとしても、何か理由があるはずだ。
今更思い起こす必要もないだろう。
いや、それ以前に、なんでお前はアルカンレティアでの出来事を、何週間も経った今頃になって急に思い出したんだ。
「絶対そう言ってたわ! あの時はデッドリーなんちゃらスライムのせいで有耶無耶になっちゃって、頭から抜け落ちてたけど、今、ウォルバクを見てたら急に思い出したのよ! あのリッチー、温情で見逃してたのにまさか魔王軍だったなんて! 私がいるこのアクセルの街でぬくぬくと商売してるなんて許せないわ! 女神として、今すぐ浄化しイタイ!?」
「魔王軍に敵対しない代わりに、魔王軍も城の維持結界の仕事以外はしない。戦いに無関係の民間人を巻き込まないって約束したって言ってたの忘れたのか!」
「で、でもでも! そんなこと言ったって魔王軍に入ってるってことは何かしら悪だくみしてる可能性だってるじゃない!! こうしちゃいられないわ!」
アクアはそう叫ぶなり、ウィズの店に走り出した。
俺が慌てて制止しようと手を伸ばした時には、もう遅かった。
「おい馬鹿やめろっ! ウィズが悪いことするわけないだろ! それに、今から店に行ったら絶対またトラブルに――」
「待ってなさい! 私の眼が青いうちは不届き者をのうのうと見過ごしてあげないんだから! 私の『ターンアンデッド』で、骨の髄まで浄化してあげるわぁぁぁぁっ!!」
「あ、こら、アクアーーーッ!!」
めぐみんとウォルバクの感動的な再会のはずだった。
しかしそんな感動の余韻をかみしめることなく、一瞬で吹き飛び、アクアは土煙を上げながら、ウィズ魔道具店がある裏路地の方角へと、猛ダッシュで駆け出していった。
最近忙しいので投稿頻度が減りそうです。原作小説1巻分を1章として、どこまで書こうかという…
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