我は邪王真眼の使い手、めぐみん!   作:桃玉

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ウォルバクさんがこの屋敷を去ってから、俺たちの生活はいつもの日常を取り戻していた。

いや、いつもと言うには、どうにも妙な違和感が付き纏う。

いやに静かなのだ。

 

それはウォルバクさんという同居人が一人減ったからという単純な理由だけではない。

この息が詰まるような静寂の最大の原因というのは他でもなく――

このアクセルの街で一番やかましい爆発音を放つアークウィザードが。

いつもなら朝から晩まで騒々しく、短気で喧嘩っ早い頭のおかしい方の紅魔族が。

不気味なほどに、静かなのだ。

そんな中、めぐみんに聞こえない音量の囁き声が聞こえてくる。

 

「おい、めぐみんはどうしてしまったのだ。ここ最近カズマのだらしなさが移ったかのように外に出ないぞ」

「確かにここ2日も爆裂散歩に誘われてないのは異常だわ。本当にカズマさんになっちゃったみたい……」

「おいお前ら、揃いも揃って俺が怠け者の引きこもりみたいな物言いをするのはやめ――ごめんなさいなんでもないです」

 

こうして俺の名前が悪口に使われるのは、つい先日までの俺のせいだ。

ダクネスたちに厳しい視線を向けられ俺は目をそらす一方で、めぐみんは今日も朝からリビングのソファに座り込み、暖炉の火も入っていない虚空をただぼんやりと見つめている。

手元には愛用の杖が置かれているが、ここ数日、それが持ち上げられた形跡はない。

 

「まあ、めぐみんがカズマ化しちゃったのは、それだけウォルバクとの別れが寂しいってことでしょ? そう気にすることないんじゃないかしら? 私だってシュワシュワを酌み交わした仲なのに、挨拶もなしに出て行っちゃって寂しいもの」

「いや、別れを言いそびれたのはお前らが勝手に祝杯とか言い出して、めぐみんがいない中で酒盛りし始めたせいだろ」

「まあウォルバクは理由もなく別れるようなヤツではない。何か急用があったのではないか? めぐみんなら事情を知っていそうだが……だ、誰か聞いてきてくれないか?」

 

ダクネスがそう言うが、今のめぐみんに聞けるようなやつはそうそういないだろう。

不神経なアクアでさえ、パーティー加入以前の付き合いであるゆんゆんでさえ話しかけるのに躊躇するような状態なのだ。

皆が互いに「誰か聞いてきてよ」といわんばかりの目配せをする中、俺はしょうがねえなと重い腰を上げ、わざと少し足音を立ててめぐみんに近づく。

そして話し始めの軽いジャブを放つ。

 

「おい、今日は爆裂散歩は行かないのか?」

 

いつもなら「1日1爆裂は私のライフワークなのです!」と即座に乗り気になるはずの言葉。

しかし、めぐみんは俺の方をチラリとも見ず、ただ膝に顔を埋めたまま、ぽつりと呟いた。

 

「……まあ、そうですね。今日はやめておきます」

「なんだよ、お前らしくないぞ? どこか具合でも悪いのか? 爆裂不足なんじゃないか?」

「限界は来てないので大丈夫ですよ。それに私にだって、ゆっくり休みたい気分の時くらいあります。しかしカズマこそ、爆裂魔法のお誘いなんて珍しいですね。どうしましたか、もしかして我とともに爆裂道を歩む気に……!」

「なってません」

「……そうですか。それは残念です」

 

めぐみんの声に張りがなければトゲもない。

俺は気の利いた返しもできず、頭を掻きながらそそくさとその場を離れ、アクアたちの元へ戻った。

そして――

 

「本当にどうしちまったんだアイツ!?」

「おかしいわ! 絶対におかしい! あのめぐみんに限って、爆裂魔法を撃ちに行きたくないなんて言うはずないじゃない!」

「そうは言っていないが……確かに、アクアの言う通りだな。常日頃、何かにつけて爆裂魔法をばかすか撃ちたがるめぐみんが、自ら外出を拒むなど……」

「事件よ! もしや天災が起こる予兆なんじゃ……!?」

 

アクアとゆんゆんは慌てふためき、ダクネスは腕組みをしたまま深刻そうに眉を寄せている。

ダクネスの大剣は綺麗に手入れされているが、ここ数日クエストにも行けずに屋敷でくすぶっているため、どこか落ち着かない様子だった。

普段であればめぐみんの方が先にそういうことになっているはずなのにも関わらずだ。

 

「それに……めぐみんはあの邪眼のせいで、定期的に爆裂魔法を撃たないと体調が崩れちゃうはずなのに、これからもこの調子だったら……」

 

言い淀むように口を開いたのは、テーブルの端で小さくなっているゆんゆん。

不安げに両手を握りしめ、二階のめぐみんの部屋がある方向を見上げながら言った。

 

「確かにあの瞳……あれだけ強大な魔力を生み出すのだ、いつ扱いきれなくなった魔力が暴走してめぐみんの体を蝕むか」

「今のめぐみんはまるでこの前のカズマさんそのものだし、めぐみんに限って爆裂魔法が嫌いになったりなんかはないと思うけど、なんだか心配だわ……」

「確かにずっと屋敷に引きこもって、いつもの爆裂散歩に行かなければクエストにも行かず、ただダラダラしてご飯を食べるだけの生活……これは間違いなく、この屋敷に蔓延るカズマの惰性がめぐみんに感染ったに違いな――ふぎゃあっ! はなひなはい、かずは! めがひのほほがのひるぅ!」

 

俺のことを菌みたいに言ったからだ。

小学生のいじめじゃあるまいしもっとちゃんと考えろよ……

そう思いながらアクアの頬を引っ張っていたのだが……何だろう、この違和感。

 

めぐみんが最後に爆裂魔法を撃ったのは、あのヒュドラ戦の時。

つまり、何の予定もないのに爆裂魔法を撃たないのが今日で二日目だ。

一日一爆裂をモットーにして、3日撃てなかったら禁断症状で手が震え始めるあのめぐみんが、だ。

しかしそんなめぐみんはまるで気持ち悪さや禁断症状などないかのように、ただぼんやりとしている。

俺は違和感を胸に抱えたままアクアの頬をバチンと放した。

 

 

 

 

さらに時は過ぎ、ヒュドラ討伐から数えて、今日で丸一週間だ。

その間、めぐみんは依然として一度も魔法を使っていない。

しかしどうしてか、めぐみんはぼんやりすることはあれど、気持ち悪そうにしている様子はなかった。

 

「カズマさん、めぐみんと撃ちに行きましたか?」

「いや。というかどこにいてもあの音は聞こえるだろ。ゆんゆんこそテレポートでどこかに連れて行って撃たせたりなんか……」

「いえ、それが全くしてなくて……。もうめぐみんも魔力量が許容量を超えちゃわないか心配で……でも、めぐみんは大丈夫の一点張りで」

 

そう。

今のめぐみんは朝起きて、朝食を食べ、ソファに座り、昼食を食べ、たまに屋敷の中を意味もなくうろつき、夕食を食べて寝るという生活。

そこに爆裂の二文字はない。

本当に、あの駄女神が言ったように以前のおかしかった俺になってしてしまったかのような、気力の一切を感じさせない生活だった。

そんな日の朝食の席。

 

「おいおい、こりゃまた物騒な記事が出てるぞ」

「む? どうしたカズマ、魔王軍の動きでもあったか?」

 

トーストを齧っていたダクネスが身を乗り出してくる。

俺はチラリとめぐみんの方を見やりながら、記事を読み上げた。

 

「ああ。王都の最前線にある砦で、魔王軍の幹部が大暴れしてるらしい……アイリス、大丈夫かなぁ」

「アイリス様なら大丈夫だろう。お前が心配する気持ちもわからんでもないが、最前線の砦は王城からは遠い。だた、その砦がもし破られるようなことがあれば……」

「しかもその幹部ってのが、とんでもない威力の魔法を使って人類の砦を吹き飛ばしてるってよ。王都の騎士団も大パニックらしい。……見た感じ爆裂魔法か何かじゃないか?」

 

ピクリ、とめぐみんの肩が揺れたのを、俺は見逃さなかった。

爆裂魔法……その単語を聞けば、普段のめぐみんなら「何ですって!? 私以外の者が爆裂魔法を!? 許せません、今すぐ王都へ向かい、どちらの爆裂魔法が格上か分からせてやりますよ!」とテーブルをひっくり返さん勢いで食いついてくるはずだ。

しかし。

 

「……カズマ、今日のご飯、お昼は何にする予定ですか?」

「……は? いや、えっと、今日はまだ決めてないけど」

「そうですか、なら少しお肉が食べたい気分です。この間買ってきた霜降り肉、まだ残っていますよね? あれをステーキにしてくれませんか」

 

めぐみんは、俺の持っている新聞には一切目を向けない。

それどころか話題を逸らすように昼食の話を切り出してきた。

 

「お、おいめぐみん。お前、今の話聞いてたか? 魔王軍幹部の……」

「聞いていましたよ。アイリスが心配ですが今まで耐えてきた砦がそう易々と突破されることはないでしょう。それにアクセルの街にいる私たちには関係のないことです。それよりもお昼ですよ」

 

淡々と、まるで本当に興味がないかのように言い放つめぐみん。

その顔色は、傍目には平常そのものに見えるが――無理に作ったような平坦な表情の奥で、彼女の目は酷く淀んでいる――つまり、随分と調子が悪そうなのだ。

ゆんゆんの『邪眼の影響で、魔力を定期的に排泄しないと死ぬ』という言葉が脳裏をよぎるが、それとはまた別の調子の悪さに見える。

 

「……ダクネス、アクア、ゆんゆん。ちょっと準備しろ」

「えっ? 準備って、何のだ?」

「決まってんだろ。冒険だよ。いい加減、ニート生活にも飽きた。今日は全員でクエストに行くぞ」

 

俺は新聞をテーブルに叩きつけ、立ち上がった。

そんな突然の提案に、ダクネスとゆんゆんは顔をほころばせ、アクアは面倒くさがりながらも腰は軽やかに持ち上がった。

しかしめぐみんだけはあからさまに嫌な顔をしている。

 

「私は行きませんよ。お留守番しています」

「な、なんでよ! たまには冒険に行かないとボケるわよ! カズマさんみたいになりたくないでしょ!」「流石に傷つくんだが」「あっ、いや、今のカズマさんのことを言ってるわけじゃなくて……!」

 

「……何ですか、カズマらしくもない。そんなクエストなんて、普段のあなたなら『割に合わない』『リスクが高い』と文句をつけて絶対に受けないじゃないですか。私は行きませんよ。屋敷に帰ります」

「どうしようカズマさん!」「カズマです」「本当にめぐみんがカズマさんみたいなこと言い出しちゃったわ! もう終わりよ……! 三人もクエストに行きたくないなんて、このパーティーの過半数じゃない!」

 

さらりとクエスト反対勢にアクアのこともカウントしているゆんゆん。

普段の俺とアクアならめぐみんの意見に大賛成すること間違いなしだが、今日はそうも言ってられない。

少なくとも、めぐみんの魔力を吐き出させないといけない……屋敷でポンっと人体爆発されては困るからな。

 

「大体、どうしてですか。面倒くさがりのカズマに限って」

「やかましい! 今は何となくめぐみんの爆裂魔法を見たい気分なの! 別にいいだろ!」

「……どうしても、ですか」

「ああ、どうしても!」

「私、今日も特に爆裂したい気分では――」

「ああっ、もう! 早く行くぞ!」

 

俺は焦れったくなってめぐみんの腕を掴んだ。

驚くほど、その腕は細く、そして冷たかった。

 

「離してください! カズマたちだけで行けばいいじゃないですか!」

「いいから来い、お前には今日絶対に爆裂魔法を撃ってもらうからな!」

「嫌です! 撃ちません! 私はもう……!」

「いいのかぁ、俺のスティールが火を噴くぜぇ?」

「このっ、最低ですよカズマ! せめて最後まで言葉で説得してくださいよ! 何で頼にもよってパンツを盗むスキルで脅すんですか!」

「パ、パンツ盗るスキルじゃねえし!? というか、お前が一生駄々捏ねてるからだろ! いいから行……ひぎゃぁあ!?」

 

このロリ、俺の腕ひねり潰そうとしてくるんだが!?

 

「ああ、もういい! 事前通告はしたからな!」

「やれるものならやってみなさい! 私の下着を盗んだら、そのことを街中に言いふらしてやりますよ!」

「へっ! もうすでにパンツ盗み魔なんて不名誉な二つ名があるんだ! そんな脅しなんかきくかよ! 『スティール』!!」

 

めぐみんは思わずスカートを掴んでいた。

そして、俺は少し後悔した。

 

最初はロリマの異名が浸透しそうだったから。

最初だけ「これを返してほしければクエストに着いてくるんだな!」と言って、家を出る前に返してやろうと、そう思っていた。

しかしそんな思考はすぐに頭の片隅に追いやられる。

 

「あっ……」

 

誰かの声が漏れた。

みんな口を開けているから、めぐみんが言ったのか、他の誰かが言ったのか、それとも俺が言ったのかさえ判別できない。

俺はごくりとつばを飲み込む。

 

「お前……それ……」

 

めぐみんの顔を指さす。

そして、俺の手の中にある感触を確かめる。

 

それはパンツなんて不名誉なものじゃない。

少し堅くて、平らな布。

俺の名誉は守られた。

 

――守られなかった方がよかったかもしれない。

少なくとも安堵の吐息が漏れることはなかった。

 

めぐみんの前髪の隙間から露わになった、彼女の左目。

そこにあるのは、あの禍々しくも美しい、深淵を覗き込むような真紅の輝き。

紅魔族の名を冠する紅の瞳。

 

「めぐみん、お前の、目……」

 

俺は、自分の声が震えているのを誤魔化すことができなかった。

 

一瞬、左右を間違えたのかと思ったが、そうではない。

めぐみんの右目も赤だ。

そして、左目は、ただの、何の変哲もない、光を失った虚ろな紅が、そこにぽっかりとあるだけだった。

最近忙しいので投稿頻度が減りそうです。原作小説1巻分を1章として、どこまで書こうかという…

  • 第6章(現在の章)
  • 第7章
  • 第8章
  • リメイクしてテンポよく進める
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