俺は黙って、差し出されたカードを受け取った。
指先から伝わってくるめぐみんの体温は、やはり驚くほど冷たい。
いきなり上級魔法を覚えると言い出して、結局泣きそうな顔をして。
どう見ても本心じゃないのは丸わかりだ。
「なあ、なんでいきなり上級魔法を覚えるとか言い出したんだよ。お前は爆裂魔法一筋でいいだろ」
「ふ、普段は私に上級魔法を覚えろと勧めてくるくせに、そんなにあっさりと……!」
「だってそうだろ。お前が上級魔法を習得したらいよいよまともになっちまって、ただでさえ俺は荷物持ちのポジションなのに、何もしないお荷物みたいな扱いになるだろうが」
「いいことじゃないですか。というか爆裂魔法が絡むとまともじゃない時があるみたいな言い方はやめてもらおうじゃな――もしかして荷物って私のことですか!? 普段爆裂後の私のことをお荷物と思ってるのですか!?」
事実そうなんだが、今は言わないでおいてやる。
俺はため息をつきながら、必死に取り繕っている彼女の顔を覗き込んだ。
「それとも何だ、爆裂魔法を撃てない理由でもできたのか?」
「そ、それは……」
あからさまに動揺して目を逸らす。
泳ぐ視線が、嘘をつききれない彼女の不器用さを如実に物語っている。
ぎゅっと唇を噛み締め、何かを言おうとしては飲み込むのを繰り返していた。
そんな分かりやすい態度をとられては、これ以上厳しく追及する気も失せてしまう。
「はぁ……。別に、爆裂魔法を撃ちたくなきゃ撃たなくていいけどさ。お前のそういうなよなよしてるところ見ると、対応に困るんだよ。なんというか、もっと男勝りなめぐみんっぽい感じでこいよ」
「私のことを男勝りだとかなよなよしてるとか、馬鹿にしてるようにしか思えないのですが!」
「しょーがないだろ! 女の子の慰め方なんかわかんないんだから! 童貞なめんなよ!」
「そんなことで逆ギレしないでください! 少なくても慰めようとしてる人の口から出る言葉ではなかったですよ!」
本当にわかんないんだって、ごめんて!
でも、中途半端に優しくしたところで、この意地っ張りが素直になるわけがない。
いつものように憎まれ口を叩き合って、強引に本音を引きずり出すしかない。
「大体、みんな心配してんのに一人で閉じこもってるお前が悪いんだぞ! 誰にでもいいから相談しろよ!」
「さっきまで言えない理由なら聞かないみたいな雰囲気だったのに台無しですよ!」
「いいからとっととすっきりさっぱりして、いつものお前に戻れよ! それともお前の爆裂魔法は、仲間に言えない後ろめたい理由でやめられる程度だったのか! がっかりだ! 嘘でも何でもいいから、爆裂魔法を撃たないなら撃たないなりの理由をとってつけてみやがれ!」
「なにおう! 我が爆裂魔法を愚弄するとは! 私だって……私だって撃てるものなら撃ちたいですよ! でも……!!」
「……でも?」
めぐみんは勢いよく言い返そうとして、ふと口をつぐんだ。
ぎゅっとローブの裾を握りしめ、言いよどむ。
「……仲間に、いらない心配をかけたくないのです」
「…………さては馬鹿だろ、お前。いや馬鹿だったわ」
「ば、馬鹿とは何ですか!」
「だって俺らがこんなに心配してるのに、心配をかけたくないとか……ブッ」
「は、鼻で笑われた!? この私が、カズマごときに馬鹿にされた……!?」
屈辱でわなわなと肩を震わせているめぐみんを見て、俺はこれ見よがしに大きなため息を吐いた。
本当にこいつは、普段は爆裂魔法のことしか考えてないくせに、変なところで気を回して勝手にドツボにはまる面倒くさいやつだ。
心配をかけたくないという理由で引きこもられては、余計に心配するに決まっているだろうに。
「お前は変に考えすぎるんだよ。一回頭で考えるばっかりじゃなくて、ちゃんと周りを見渡してみろよ」
「……確かに、カズマの言うことも一理くらいありますか」
悔しそうに唸っためぐみんは、やがて俺を見る。
全てを打ち明ける覚悟を決めたような、そんな意を決した真剣な眼差しで。
「……カズマに、言っておかないといけないことがあります」
「おう」
「私は、邪王真眼が制御できたと言いましたね」
「……ああ」
「あれは嘘です」
うわあああああああああああ…………
なんて言うことはなく、なんというか、あんまり驚きはなかった。
薄々勘付いていたし、何よりこいつが自ら爆裂魔法を封印するなんて普通じゃないからな。
「実際は、私は今、邪眼が使えない状態です」
「それは……ウォルバクさんが関係してるのか?」
「……ごめんなさい、それはまだ、言いたくないです」
……まだ、か。
理由を聞けないのは残念だが、それ以上無理矢理に聞き出すような真似はする気にもなれなかった。
いつかめぐみんの整理がついて、話す気になった時にじっくり聞かせてもらえばいいか。
「しかし私の健康に問題はないのでご安心を」
「それだけしょんぼりしててか?」
「しょ、しょんぼりしてたのは……その、邪王真眼が使えないということは、爆裂魔法の威力が落ちるということで、私にとっては死活問題なのですよ……」
「……」
「カ、カズマ? その、何で無言で私の方に近づいて――いっ!? ほ、頬を抓りゃないれくだひゃい!」
俺は両手でめぐみんの柔らかい頬を思い切り横に引っ張ってやった。
こいつ、今まで散々心配させやがって、しょんぼりしてた理由がそんなことだなんて……!
「そんなくだらない理由で、爆裂魔法をやめて上級魔法に切り替えるとか言い出したのか!」
「く、くだらないとはなんですか……! これでも私なりに真剣に考えたのですよ!」
俺が手を離すと、めぐみんは赤くなった両頬をさすりながら涙目でこちらを睨んできた。
しかし、その目には先ほどまでの暗い翳りはなく、いつもの負けん気の強さが戻りつつある。
彼女は一つ咳払いをして体勢を立て直すと、ぽつりぽつりと真面目な顔で本音をこぼし始めた。
「私にとって、爆裂魔法はロマンなのです。すべてを打ち砕く必殺の魔法、それが爆裂魔法……なのに、今の私には邪王真眼がなく……威力は低い、はずです。そんな爆裂魔法を使っていいのか。そんな爆裂魔法を使ってみんなが、いえ、私が私自身に、爆裂魔法に幻滅しないか、恐ろしいのです」
めぐみんは帽子の端をつかみ、深くかぶる。
その手は震えていた。
……正直、そんなこと言われても誰も共感できないだろう。
むしろ爆裂魔法の威力が落ちるなら、近所迷惑による苦情が減っていいことだ。
だが、めぐみんは至って真面目にそんなことを言った。
「今までは邪眼のおかげで爆裂魔法の威力が強すぎるがあまり、スキルポイントを使ってきませんでした。そして、私のこのカードに残ってるスキルポイントをすべて爆裂魔法の威力上昇に費やしたとしても、それに届き得ないでしょう……」
めぐみんから預かった冒険者カードに目を落とす。
そこに並ぶ数字を見た瞬間、俺は思わず息を呑んだ。
めぐみんの現在のレベルは、すでに50を超えている。
数々の強敵や魔王軍幹部を討伐してきたのだから当然といえば当然だが、さらに驚くべきはその下に表示されている未消費のスキルポイントの量だった。
10や20なんてものじゃない。
100に近い、莫大なポイントがそこには手付かずのまま残されていた。
正直、俺自身のカツカツなスキルポイントと比べて、天と地ほどの才能の差を見せつけられたような気がして、一瞬だけひどく悲しくなった。
だが、それ以上に俺の目を釘付けにしたのは、その豊富なポイントの使い道だった。
スキルを雑多に習得している俺とは違い、めぐみんのスキル欄は、不気味なほどに真っ白だったのだ。
あるのは『爆裂魔法』と『詠唱速度上昇』のみ。
驚いたことに、爆裂魔法の『威力上昇』や『消費魔力軽減』にすら、ポイントは一切振られていなかった。
いや、めぐみんのことだ、消費魔力軽減のスキルは取らないだろうけど。
「今まで、皆に心配をかけまいという建前を使って爆裂魔法を撃たないでいましたが、もう使えませんね。……爆裂魔法を撃ちたいのに、撃つのが怖いんです。……カズマ、酷いこと頼んでもいいですか」
……爆裂魔法は、もう十分ですから。
そんなのめぐみんの言葉が脳裏に蘇る。
違う、十分なんかじゃない。
「私のスキルポイントを振ってください。カズマならきっと、リーダーとして間違いなく選んでくれるでしょうから」
上級魔法を覚えると言いながら、その実、スキルポイントを使っても自分が満足する爆裂魔法を撃てないんじゃないかと恐れている。
だからこそ今、上級魔法に変えようと揺れ動いているんだ……。
正直に言えば、もしめぐみんが爆裂魔法を使わなくなるのだとしたら、毎日毎日、撃った後に木偶の坊になる魔法使いを回収する手間に追われることもなくなる。
何より、アクセルの近所迷惑に関しては、それはもう多大なる迷惑をかけているからな。
ギルドの弁償金やクレーム処理から解放されると考えれば、上級魔法への転向は、パーティーのリーダーとしては諸手を挙げて喜ぶべき事態のはずだった。
「……はぁ。しょうがねえなぁ」
俺の指が、冒険者カードの表面をなぞる。
上級魔法の習得欄に指を伸ばし、確定の魔力を込めようとした。
そう思ったのに。
どうしてか、俺の手は、俺の貧相な脳味噌の命令を無視して、勝手に動いた。
「ほい」
「……ありがとう、ございます」
俺はカードの表示を消し、めぐみんへと返した。
彼女は中身を確認することなく、寂しそうにカードを懐にしまう。
「では、帰りましょうか」
「いや、帰る前に爆裂魔法、撃ってみないか?」
「……は?」
俺の言葉に、めぐみんは信じられないものを見るような目で顔を上げた。
彼女の唇は微かに震えていた。
それは、わずかな恐怖と、そして隠しきれない期待。
「……意地悪ですね、カズマは。私がどれだけ爆裂魔法に幻滅するのが恐ろしく思っていたか、分かっているくせに」
「でも、撃ちたいんだろ?」
俺がそう笑いかけると、めぐみんはふらふらとした足取りで杖へと近づき、その細い手でしっかりと握りしめた。
そして、覚悟を決めたように、赤く染まる荒野へと向かって構える。
「……放った後に、私を笑ったり、失望したりしないでくださいね。私の爆裂魔法は、もう……」
弱気な、自信のない言葉。
神の瞳を失い、魔力がきれいに整ってしまった自分には、もうあの頃のような強大な爆発は起こせない。
邪王真眼を失った自分の爆裂魔法なんて、きっと見る影もない。
めぐみんはそう確信しているようだった。
だが、めぐみんは深く息を吸い込むと、その小さな体からは想像もつかないほどの声量で、いつもの聞き慣れた詠唱を紡ぎ始めた。
「黒より黒く闇より暗き漆黒に、我が深紅の混淆を望みたもう。覚醒のとき来たれり……!」
詠唱が進むにつれ、彼女の周囲の大気が鳴動を始める。
不吉で、けれど圧倒的に美しい魔力の奔流が、めぐみんの杖の先へと集束していく。
「……これが、人類最大威力の攻撃手段! これぞ、究極の攻撃魔法! ………………」
力強く、恐怖をかき消すように叫ぶ。
その瞬間、めぐみんの真紅の瞳に、一瞬だけ、かつての黄金色の輝きを幻視した気がした。
しかし目をこすって見直すと、そこにあるのは純粋な彼女自身の紅の光だけだ。
めぐみんは、最後の詠唱の直前で、小さく息を継ぐ。
「………………『エクスプロージョン』――ッッ!!!!」
杖の先から放たれた光軸が、遥か彼方の巨岩へと突き刺さる。
刹那、天地を揺るがすような、凄まじい轟音と爆風が、俺たちの体を容赦なく叩いた。
視界の全てが真っ赤な炎と爆煙で埋め尽くされ、激しい衝撃波が丘の土を派手に巻き上げる。
その爆発の威力は――。
確かに、あのヒュドラ戦の時のような、世界の法則を書き換えるほどの神がかった超威力に比べれば、ほんの多少は弱いかもしれない。
だが、そんな微々たる差などどうでもよくなるほどに、それは紛れもない、魔王軍の幹部を震え上がらせるアクセルの街の風物詩、あの圧倒的な大爆破そのものだった。
爆風が止み、もうもうと立ち込める煙の向こうで。
魔力を使い果たし、いつも通り地面にバタリと倒れ伏しためぐみんが、信じられないものを見たというように目を見開いていた。
「え……、どう、して……? あ……、ああ、カズマ、あなたって人は……! なんて、なんて馬鹿なことを……!」
めぐみんは震える首を動かして地面についた頭を持ち上げると、俺の方を視線で捉えた。
その瞳には驚愕と、そして隠しきれない歓喜の光が溢れそうになっていた。
めぐみんは、口では文句を言いながらも、瞳は光輝き、緋色の夕日が深く色づいていた。
「……っ! 我が名はめぐみん! アークウィザードにして、爆裂魔法を操る者! いつか爆裂魔法を極める者!」
そこにはいつものめぐみんがいた。
情けなく地面に体を預けて名乗りを上げる彼女の顔に、俺はもう涙など見えなかった。
「カズマ、今日の爆裂魔法は何点でしたか?」
「そりゃあもちろん――――」
俺の声は、空に溶けていく爆裂魔法の残響とともに、夕暮れの荒野へと吸い込まれていった。
最近忙しいので投稿頻度が減りそうです。原作小説1巻分を1章として、どこまで書こうかという…
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第6章(現在の章)
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第7章
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第8章
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