めぐみんの邪眼が使えなくなったというのは、俺たち二人だけの秘密になった。
余計な心配をかけたくないという、いじらしくも不器用なめぐみんの意向だ。
夕日に照らされる荒野の中、俺は倒れ伏すめぐみんを見下ろして軽く息を吐いた。
「よし、帰るか。みんな心配して待ってるだろ」
「そうですね。必死に心配事を隠し通してるつもりでしたが、今考えれば私の行動は皆を心配させるものばかり……あとでアクアとダクネスには謝らないとですね」
「一人忘れてないか?」
「あの子に謝るのはなんだか負けた気がして癪なのですが……」
「一番心配してたのはきっとゆんゆんだぞ?」
「わかってはいるのですがね。……はぁ。どうして私はこうなのでしょう。自分に嫌気がさします」
素直に反省して肩を落とす姿なんて、めぐみんにしては珍しい。
「素直になれないなんて誰だってあるだろ。特別な仲ならなおさらってのもあるんじゃないか」
「カズマに言われると説得力がありますね」
「それって俺が素直じゃないって言いたいのか」
「ええ。カズマはツンデレというやつでしょうし……あれ、もしや無自覚ですか?」
「俺はツンデレじゃない」
「おや、凄い渋い顔してますね」
誰がなんと言おうと、ツンデレだとは認めない。
よしんば俺が女の子なら需要はあると思うが、男のツンデレの属性なんて誰が喜ぶというのだ。
俺はクール系とか、影の立役者とか、その辺のポジションのはずだ。
「普段は口が悪いのに、本当に助けてほしいときは『しょうがねえなぁ』って言いながら体を張ってくれるじゃな――あ、耳を塞いで聞くまいとしないでください!」
「あーあー! もう帰るったら帰るからな!」
「あっ、ちょっとカズマ! 待ってください!」
「わかったよ。さっさと来いよ、待ってるから」
顔が熱くなるのをごまかすように背を向けたが、待てど暮らせど、後ろから足音が聞こえてこない。
振り返ると、めぐみんは地面に倒れ伏したまま、起きようとするそぶりすら見せていなかった。
「お前、いつまで寝転がってるんだよ。早く起きろよ」
「いえ、その、なんというか……邪眼が使えなくなった影響で、小休憩では歩けるようになるまで魔力が回復しなくなったようで……」
「つまり?」
「おんぶ、お願いします」
頬を赤く染め、上目遣いで両手を伸ばしてくるめぐみん。
俺は深々とため息をつきながら、その小さな体を背中に負ぶった。
「まさか爆裂魔法を撃った後に一歩も動けないなんてな」
「いえ、今までが人類として異常だったのですよ。まあ、こうして背負ってもらうのは気恥ずかしいですが、これから毎日よろしくお願いしますね」
「おい、流石に遠慮しろよ。今までは爆裂魔法を撃たないと死ぬって言うからしょうがなく付き添ってただけなんだからな」
「何を言いますか。これからも毎日付き添ってもらわないと困りますよ。邪王真眼を失った今、爆裂道は1から、いえ、0からのスタートです。これから元の状態を超えて究極の魔法へと昇華させるべく、私の素の力のみを以てして、飽くなき探究が始まるのです! ……何ですか、そのしかめ面は」
うげーって思ってる顔だ。
また爆裂魔法の騒音で苦情が来るじゃないか。
こんなことになるんなら、めぐみんの冒険者カードを操作してスキルポイントを全部爆裂魔法の威力上昇に振らなきゃよかった……なんて、そこまでは思わない。
背中から伝わってくる体温と、耳元で響く気だるげながらも気力のある声。
めぐみんがめぐみんらしくなってくれただけで、馬鹿なことをした甲斐はあったってもんだ。
「まさか、か弱い少女のことを重いとか言うんじゃないでしょうね……。言葉によってはこのまま首を絞め落としてあげましょうか」
「違うわ!」
「……ならばいいのですがね」
「はぁ、しょーがねえなぁ。付き合ってやるよ、爆裂散歩」
「ほんとですか!」
「でも、たまにはゆんゆんとかほかの奴らにも頼めよ」
「わーっはっはっはっは! 我は今まさに、伝説の一歩を踏み出した! 我が前に立ち塞がる敵は悉く灰燼に帰してやりましょう!」
「おい、バランス崩れるから背中で動くなよ!」
俺は僅かに口元を緩めながらため息をついた。
何はともあれ、爆裂魔法を取り戻しためぐみんはすっかり引きこもりをやめ、以前と変わらぬ爆裂狂へと見事な復活を遂げたのだった。
……正直、少し後悔してるかもしれない。
しばらく歩くと家の前に着いた。
久しぶりに外に出たっていうのもあるが、めぐみんを背負っての帰路はなんだかひどく疲れた。
俺は早くベッドで休みたいと願い、後ろのめぐみんは少し気まずそうに息を呑む中、家のドアを開け――
「ただい――」
「めぐみぃぃいいいん!!」
「――ぐぼっはぁ!?」
中から弾丸のような速度で飛び出してきた何かに衝突され、俺は肺の空気を押し出されるような衝撃とともに後ろへ吹き飛んだ。
「……って、カズマさん!? ご、ごめんなさい! めぐみんが帰ってきたと……」
「帰ってきましたよ、ゆんゆん。帰ってきたので、まずはカズマのことをどかしてくれませんかね、いの一番にタックルをかまして私をカズマの下敷きにしてくれたゆんゆん」
「め、めぐみん!?」
玄関先で折り重なるように倒れた俺たち。
感動的だったり、感傷に浸れるような展開になどなりやしなかった。
「まったく、心配してくれたと聞いたので少しくらい感謝しようと思ったのですが、全くなくなってしまいましたよ」
「そんなこと言わないでよぉ! 爆裂魔法の迷惑音が聞こえてちょっとテンションが上がっちゃったけど、心配してたのは本当なんだからね!」
「もう、泣かないでください。どれだけ心配してたんで……今、私の魔法の音を迷惑って言いましたか?」
大泣きしながら抱きついて離さないゆんゆんに、めぐみんがジト目で問い詰めようとする。
そこへ、奥の部屋から騒ぎを聞きつけた面々が顔を出した。
「おかえりー、めぐみん!」
「また騒がしい音が響いたと思ったら……。おかえり、めぐみん。その様子なら、調子は戻ったようだな」
「……ええ。すみませんでした、ご心配をおかけしたようで」
「まったくよ。みんなソワソワしちゃって、大人しく待ってたのは私だけだったんだからね」
「アクアだって楽しみに取っていたシュワシュワを飲まなかっただろうに」
「だって屋敷中がお通夜みたいな雰囲気なのに、楽しく飲めるわけないじゃない」
どうしてそんなに悩んでいたのか。引きこもってたのは何が原因だったのか。
誰もめぐみんに野暮なことは聞かなかった。
ただ、今は元に戻ったように見えるめぐみんのことを、当たり前のように迎え入れていた。
「本当に迷惑をかけましたね。しかしもう大丈夫です! また明日から……よろしくお願いできますか」
言わずもがな、魔力を使い果たして木偶の坊になっためぐみんに、アクアやダクネスたちは呆れ顔を見せた。
だが、その表情は誰もがどこか嬉しそうで、心なしかホッとしたように顔をほころばせていた。
これでようやく、平和で怠惰な日常が戻ってくる――。
そう思っていた時期が、俺にもありました。
翌朝。
まだ東の空すら白んでいない夜明け前、俺の平和な睡眠は唐突に破られた。
「さあ、ともに王都へ行きましょうカズマ!」
バンッと勢いよく部屋の扉が開かれ、聞き慣れた高らかな声が響く。
俺は一瞬で現実に引き戻され、無言で掛け布団を頭までかぶって丸くなった。
見なかったことにしよう。
これは夢だ……二度寝の神様、どうぞ俺を安らかな眠りへとお導きください。
「何を布団に潜り込んでいるのですか! ほら、とっとと起きて準備をしてください!」
「おいやめろ! ふざけんな、引っ張るな! 俺はてこでも布団から出ないぞ!」
がしっと布団の端を掴んだめぐみんが、小さな体からは想像もつかない力で引っ張ってくる。
昨日はあれだけ格好よくスキルポイントを振ってやった手前、無下に追い払うのも気が引ける……という気持ちがゼロではない。
ゼロではないが、行きたくないものは行きたくない!
「どうせ厄介ごとだろ! 俺は寝る、昨日の一件で疲れてるんだ! どこかの、誰かさんのせいで!」
「私のことですか! ええ、私のことでしょうね! ですが問答無用です! というか昨日私のことを元気づけてくれた、私のやる気を引き出してくれたどこかの誰かさんには、しっかり責任をもって最後まで付き添ってもらわないと!」
「俺は爆裂魔法の練習に付き合うとは言ったが、厄介ごとに首を突っ込む馬鹿じゃない! 行くなら一人で行ってこいよ!」
「昨日ちょっとでもかっこいいと思ってしまった私の気持ちを返してください! いいじゃないですか、ちょっと王都に行って、そのついでにちょっと最前線に寄るくらい!」
「ほら見たことか! やっぱり厄介ごとじゃねえか!」
いや、気持ち的には力になってやりたい部分はある。
ウォルバクさんと話さなきゃならないことがあるのかもしれないと思えば、なおさらだ。
だが、現実問題として、俺たちが行ったところで何ができるってんだ。
むしろ、戦いの足手まといになる未来しか見えない。
パーティーの戦力を冷静に分析してみろ。
俺とゆんゆんを除けば、揃いも揃って重度のポンコツ集団だぞ?
絶対危ないし、何より超絶面倒くさい。
「大体な、王都の最前線なんて魔王軍の本気が出ている場所に、俺たちみたいな弱小パーティーが行ってどうするんだよ!」
「言いたいことは分かりますが、私には行かねばならない理由があるのです! それにカズマ、あなただって王都にいるアイリス様が心配ではないのですか!?」
「おま、そこを引き合いに出すんじゃあない! アイリスは可愛い妹だが、ダクネスが言うには最前線の砦には上級の冒険者や兵士がいるらしいじゃないか!」
「ならむしろ安全ということですね! であればなおさら行きましょう! お姉さんに会って話したいことがあるんです!」
「新聞見てないのか! そんな強い奴らが魔王軍幹部の手によって押されてるんだ! ゴブリンの群れに囲まれたら袋叩きにされて死ぬレベルの俺たちには無理だって話だ!」
俺の話を聞いてぐぬぬと唸っためぐみんは、ついに俺を布団ごと引っ張り出そうと力づくに出た。
「おい! 布団をめくろうとするなよ! 痴女認定するぞ! あ、アクアー! アクア様ぁー! ロリっ娘が俺にいたずらしようとしてくるー!」
「何を今更恥ずかしがる必要がありますか! 昨日、私の大事な物をいじくったくせに……っ!」
「変な言い方するんじゃないぞ!? あれはお前の冒険者カードを……」
そのとき、ドアがキィと音を立てて開いた。
いやな予感とともに、その音が頭の中に響く。
気配を感じてドアの方を見ると、パジャマ姿で目をこすりながら入ってきたアクアが、信じられないものを見るような目で俺を凝視していた。
「カズマ、あなた……」
「あ、あの、アクアさん? 何か勘違いして――」
その瞳は、人間以下のゴミ虫を見るかのようだった。
アクアはすぅーっと息を吸い込むと、屋敷中にその声を響かせた。
「ダクネスー! ゆんゆーん! カズマさんがクズなロリマさんになってるんですけど! 伝えないと……街のみんなに伝えないと……!」
「ち、ちが! 誤解だぁああ!!」
このすば!!
早朝からそんな不毛な押し問答と大騒ぎを繰り広げた後。
ようやく服を着替えてリビングへ降りた俺たちは、テーブルを囲んで緊急会議を開くこととなった。
「――それで? 朝からカズマの部屋で騒いでいたと思ったら、急に王都へ行くなんて言い出して……一体どういう風の吹き回しなの、めぐみん?」
アクアがまだ疑いの目を俺に向けつつ、不思議そうに首をかしげる。
めぐみんは真剣な面持ちでテーブル中央に一冊の新聞を広げた。
そこに躍っていたのは、見る者の心をざわつかせる大きな見出しだった。
『――戦況を一変させた魔王軍幹部は、邪神ウォルバクとのこと――』
最近忙しいので投稿頻度が減りそうです。原作小説1巻分を1章として、どこまで書こうかという…
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第6章(現在の章)
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第7章
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第8章
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