ゆんゆんは冒険者カードを握りしめたまま、瞳を潤ませ、こみ上げる喜びをどうにも抑えきれずにいた。
「ついに、ついに私……上級魔法、覚えられるようになったんですよ、カズマさん……!」
「ああ……よかった、な……」
そう言いながら、俺はそのカードから目を逸らした。
上級魔法は諦めてテレポートを覚えてほしい――そんな酷い言葉のせいだ。
それでも「さっきの魔法を上回る威力の魔法を使えたらもしかしたら」なんて現実味のない希望にすがりつくなんて俺はできない。
極限状態の今、もっとも確実な方法を選択せざるを得ない。
それに必要なのはテレポートの魔法だ。
ダクネスと一緒に爆発するポーションを設置しに行ったときにいた魔法使いの冒険者も使っていたが、あれは人間だけじゃない物体も転移させることができる。
彼女がここにいれば、少なくとも最悪の事態は避けられるのだが……
「……ゆんゆん、上級魔法、覚えたいよな……?」
「はいっ……ずっと、ずっと夢だったんです。めぐみんには敵わないかもしれないけど、それでもこれで、私だって……!」
ゆんゆんは涙で頬を濡らしたまま、こくりと大きくうなずいた。
聞く意味などなかったのに、ゆんゆんなら俺の意図を察して別の魔法を覚えたいと、友達のためなら上級魔法じゃなくてテレポートを覚えてくれると言ってくれるんじゃないかと……
はぁ……まったく自分が嫌になる。
「……悪い、ゆんゆん」
「え……? どうしたんですかカズマさん、急に謝るなんて……。も、もしかしてデストロイヤーに乗り込むときに私のスカートの中見ちゃったとか? 安心してください、今日は見られても大丈夫なように中に短パンを――」
「いや、見たけどそれじゃない」
「それじゃないってどういうことですか! スカートの中見てそんな風に堂々としないでください!」
「ゆんゆん、今はそんなどうでもいいことを話してる暇はないんだ!」
「ど、どうでもいいこと…………!?」
何かショックを受けた様子のゆんゆんだが、刻々と時間は過ぎていく。
俺は意を決して話を切り出した。
「今、目の前にあるコロナタイト……仮に上級魔法を覚えたとしてもそれで冷やしきれると思うか?」
「そ、それは……で、でも……!」
俺の言葉を聞いて俯いていたゆんゆんは何かを訴えかけるように顔を上げる。
少し冷静さを取り戻したゆんゆんなら自然と気づくだろうとは思っていたが……
「わかってるだろ。仮に上級魔法を覚えたとしても残りの魔力量的にこれをなんとかするのは無理だってことくらい」
「で、でも、それじゃ……上級魔法は……!」
「……カズマくん、それはあまりに酷だよ。彼女がここまで努力して、ようやく掴みかけた夢なんだ。僕は剣士だから魔法のことはよく分からない。でも、上級魔法が彼女にとっての目標だということくらいは理解してるつもりだ」
「ああ……俺だってわかってるよ」
「ならどうして軽々しくそんな言葉を口に出せるんだ! 彼女は……ずっと努力してきて、それで上級魔法を習得するために……どれだけ努力したのかわからないのか!」
「わかるだろッ!! …………ずっと近くで見てきたんだ。嫌になるくらいわかってる」
パーティーメンバーでもない自分に何がわかるんだと、はっとした様子で口に手をやるミツルギ。
俺たちの目の前では、コロナタイトがますます輝きを増し、白い光を放ち始めていた。
時間がない。
「お願いだ、ゆんゆん。テレポートを覚えてくれ……! 上級魔法で冷やせても一時的だ、テレポートが必要なんだ……」
俺はカードを、彼女の胸元に押し戻す。
ゆんゆんの嬉しさに染まっていた顔が、まるで水をかけられたように冷め、その手は震えていた。
「カズマさん、ごめんなさい。わかってたんです……カズマさんの言ってることが正しいって。現実を見れば、冷やしきれないってわかってたのに……」
「ごめんって……それはこっちの台詞だぞ……」
俺の言葉に首を振るゆんゆん。
その瞳は揺らめく。
「カズマさん。テレポートは転移地点を事前に登録してないと、目的地がランダムになるんです……。紅魔族の本能で覚えたばかりでも使える確信はあります。でも万が一、人がいる場所に送ってしまったら……」
……そのテレポートが転移地点を事前に登録してないといけない魔法だってのは初耳なんだが。
でも、ゆんゆんはそれでもテレポートは使えるだろうって言ってた。
「大丈夫だ。俺に任せろ。責任は全部俺がとる」
「責任とるから任せろって……こんな安心感のない言葉もない気がするんだけど」
「お、俺の幸運値をなめんじゃねえ! また双六無双してやろうか!」
「ふふっ、すっかり忘れてたけどカズマさんの幸運って人外じみてましたね」
「俺のこと貶してるんじゃないよな? 幸運の女神的な存在だって言いたいだけだよな?」
「流石にエリス様と並べるのは不敬な気もするけど……」
「おい」
最近アクアに連れ回されてるせいで調子乗ってきてるし、ここらで一度しめておくべきか……
そう思って拳を握っていると後ろでコロナタイトがギィィ……と不気味な金属音を立てた。
「……ゆんゆん」
「信じます……カズマさんの作戦だもの。きっとうまくいくわ。でもその代わり……今度のクエストは私のレベル上げ手伝ってくださいね?」
「……っ! ああ、もちろんだ!」
ゆんゆんは俺の言葉を聞くと、躊躇なく冒険者カードの一つの項目をなぞる。
カードの、テレポートの項目に光が宿った。
後悔などみじんも感じていない強気な笑顔……
その紅き瞳はすでに迷いを断ち切っていた。
ゆんゆんは目を閉じ、精神を集中している。
彼女の髪がふわりと揺れ、足元の魔法陣が静かに輝き始めた。
紅魔族の本能で魔法の使い方を理解しているとは言え、その洗練された魔法陣……もはや迷いは見えなかった。
そんな中、俺はゆんゆんの詠唱が終わるまでの時間稼ぎで別の魔法を発動させた。
「『フリーズ』――ッ!!」
といっても焼け石に水のような状態で、気休め程度だが、最終的にゆんゆんの魔法が間に合えば何でもいい。
最後の魔力を込めて放った冷気が、白く輝くコロナタイトを包み込むが、その色は赤に戻ることはなく、どんどんと熱さを増していった。
魔力は底をつき、今はもう魔力の代わりに体力をひねり出して……ついには立ってられるだけの体力もなくなり俺は力なく地面に倒れ込もうとして……
「おおっと、カズマ君、大丈夫かい!?」
「ナイス、タイミング……魔力切れだ……」
「ナイスタイミングはこっちの台詞だけどね。ほら彼女を見てごらんよ」
ミツルギが指し示す方を見ると、そこにはテレポートの魔法陣を完成させた状態のゆんゆんがいた。
そしてゆんゆんは、はっきりとした声で最後に魔法名を唱えた。
「『テレポート』――ッ!!」
眩い光がコロナタイトを包み、爆発寸前のそれが瞬時に消え去ると同時に、ゆんゆんは意識を消失したかのような形でその場に崩れ落ちるように――
「……ふふっ……できた……やった…………」
「おおっと、大丈夫かい? ゆんゆんさんも魔力切れ――」
「へぶぅ゛ッ!? ちょ、ミツルギてめぇ、急に離すなよ……!」
「ご、ごめん。女の子が転びそうになったら助けないとと思って……」
「俺のことはどうでもいいってのか!?」
「……世の中には優先順位があると、さっき学んだんだよ」
「この! こっちこい! ドレインタッチしてやる!」
「さあ、帰ろう! 機動要塞をも打ち倒した凱旋だ!」
「あっ、おい! 勢いに任せて逃げようとすんな!」
このすば!
「おかえり、カズマぁああああああああ゛ッ!?!?」
デストロイヤーの外に出るとダクネスが出迎えてくれたので、ミツルギに抱えられて帰還した俺はダクネスにドレインタッチを行った。
正直、今回のダクネスはほとんど役に立っていないし、体力も有り余ってるだろうから俺とゆんゆんが動けるだけの体力と魔力を吸わせてもらった。
そんなことをしたからか、ダクネスは不機嫌な様子で腕を組んでいた。
「急に吸ったのは悪かったって! でもゆんゆんも俺も魔力使い切って……」
「こういうのはアクアに回復魔法を頼めばいいものを」
「でもアクアいなかったし……」
「だとしてもドレインタッチする前に何か言ってくれればいいものを……どうして出会い頭にドレインタッチをするのだ!」
「だってお前、今回特に何の役にも立ってないじゃん。少しくらい活躍させてやろうかと思って。あと回復魔法じゃ魔力回復しな――」
「お前というやつは! お前というやつは!!」
「うぉわ!? か、肩を掴んで揺らすな! 吐くぞ、いいのか吐くぞ! さっきまでグロッキーだったから爆速ではき散らかせるからな!」
そう言うとダクネスは若干涙を浮かべながらも手を引いた。
さすがにここで吐かれるのは嫌だったのだろうか。
そう思いながらも少し動けるようになった俺はゆんゆんに手を当てて体力と魔力を受け渡す。
だが――ゆんゆんのまぶたは、まだ動かない。
「眠ってるだけだろう、きっと。ずいぶんと疲れているようだしな」
ダクネスはミツルギからゆんゆんを受け取ってそのまま背負った。
……普通、ドレインタッチしたら力が一時的に抜けるってウィズから習った気がするんだが?
ドレインタッチしてすぐの状態で人一人背負えるのって普通なのか?
そんなことを思っていると、どういうことか低く唸る地鳴りのような音が聞こえてくる。
ダクネスもそれに気づいたようで……
「カズマ……なんか、地面が……変な音していないか?」
「……なんだ、この振動……」
足元からじわじわと響く震動。
最初は気のせいかと思ったが、明らかに次第に大きくなっていた。
「まさか……!?」
慌てて後ろを振り返る。
そこはさっきまで俺たちが乗り込んでいた巨大な影。
それが、それ自体が振動しており、音の発生源だった。
「デストロイヤー……っ!?」
「コロナタイト、転送しただろ!? 止まったんじゃなかったのか!?」
焦りと混乱が入り交じる中で、ダクネスが何かに気づいたように目を細め、指差した。
見るとデストロイヤーの外殻――そこに、深く大きな亀裂が走っており、そこからプシューと何かが漏れているような音が聞こえてきた。
「……あれは……まさか、デストロイヤーの中にたまってた熱が外に漏れ出ようとして……!?」
ひび割れた装甲の隙間から吹き出している高温の空気。
テレポートで危機は去ったはずだったのに――
「どうするんだカズマ! このままじゃアクセルが火の海に……!」
ダクネスは剣を握りしめるが、物理でどうにかなるような相手ではない。
魔力のない俺やゆんゆんではどうしようもないし、どうすれば……!
どうしようもない状況に頭を抱えていると、後ろの方から聞きなじみのある声が聞こえてきた。
「――カズマっ!」
「あ、アクア! めぐみんにウィズまで!」
「真打ち登場、ですよ」
そこには赤いマントをひるがえし、杖を掲げた少女とその仲間たちがいた。
めぐみんの表情は凛としており、本人は格好をつけているのだろうが……
鼻にまだティッシュを詰めたまま、鼻声で……俺は何も言えなかった。
「ふふっ……このタイミングでの再登場、実に美しい……! あまりのかっこよさに言葉を失ってしまったようですね!」
「いや、鼻血出して倒れてたのに大丈夫なのかと思って」
「ふっ、心配無用なのです。我が肉体はアクアの魔法により絶好調も絶好調!」
「アクア、そうなのか?」
「私を誰だと思ってるの? 女神よ女神、鼻血くらいちょちょいのちょいよ!」
「いや、鼻血の原因だよ! 本当に大丈夫なのか!?」
「大丈夫ダイジョブ! 大体あれね、私も気になってちゃんと見たんだけど本当にただの鼻血っぽいのよね。興奮しすぎて出た……みたいな?」
みたいなって……このヤブ女神、本当に信用していいのか!?
そう思いながらウィズの方を見るとコクリと頷く。
アクアの言ってることはウィズからしても間違ってるわけじゃないらしい……
ウィズが言うんだったら間違いないだろうが、なんとなく心配だ。
そう思っているとめぐみんが。
「とにかく、今はあのデストロイヤーを破壊すれば万事解決なのでしょう?」
「そりゃ、そうだけど……」
「言ったではないですか、よくあることだと。というわけで安心してドレインタッチをしてください。アクアがドレインタッチを嫌がるので説得するのに時間かかったんですよ?」
「はぁ……わかったよ。まったく、爆裂狂いの魔法使いめ……」
爆裂魔法絡みだとどうしてこんなに先を読んで行動するのがうまいのだろうか。
俺はため息をつきながらアクアとめぐみんに触れ、ドレインタッチで魔力を動かし始めた。
「よし、じゃあめぐみん……頼んだぞ」
「任されました。最強にして最凶、我が爆裂を、しかと見よ!」
『エクスプロージョン』――ッ!!
最近忙しいので投稿頻度が減りそうです。原作小説1巻分を1章として、どこまで書こうかという…
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第6章(現在の章)
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第7章
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第8章
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リメイクしてテンポよく進める