冬の夜の静けさを破壊する、昨晩と同じ爆裂音が耳に届いた。
ふと目覚めると、やはり昨日と同じようにアクアが鉄柵越しに覗いていた。
「カズマ、ねえカズマ! 起きて! ……ヘクチっ!」
「おやおや風邪かい? 気をつけるんだよ?」
「何で仏のように悟った雰囲気出しちゃってるの! 大体、私が風邪気味なのは昨日カズマがいつまでたっても脱獄しなかったせいじゃない! 私、寒空の下ずっといて、職質されたりして大変だったんですけど! どうして脱出しないのよ!」
「いや、ここの鍵はダイヤル式なんだよ」
「な、なんてこと、まさか私の考えた完璧な脱獄プランを上回る対策がなされてたなんて……カズマがさじを投げるのも納得ね」
投げたのはさじじゃなくて針金だけどな。
というかダイヤル式の鍵ごときで完璧な脱獄対策とか……
ゆんゆんとかめぐみんとかダクネスとか、他にもっといい案あったはずだろうにお前の脱獄プランだったのかよ。
そもそも、こいつの根拠のない自信は一体どこからわいて出てくるのだろうか。
「……? 何よカズマ、ずいぶんと面白い顔してるけど、もしかしてにらめっこしたいの? 今は時間がないからやるなら無事脱出できたらね」
「……無事、脱出できたら、ねぇ。なあアクア、今回の作戦は誰が立てたやつだ? 今日の作戦が成功しなかったら明日には俺、王都にドナドナされるんだが」
またアクアの作戦だったら俺はふて寝だふて寝。
どうせアクアの計画なんてどっか穴があって破綻してるに決まってるんだ。
前回だって、そもそも解錠スキルなんて覚えてないのにどうやってあれで脱獄しろと。
そう思っていると、アクアが自信ありげにフフンと笑う。
あぁ……今回もダメそうだ…………
「もちろん私よ!」
「はい、おやすみ」
「あっきらめないで! 諦めないでよカズマさん! 今日の作戦は完璧だから諦めないでよ!」
「…………一応聞くだけは聞いておいてやる。一体どんな作戦だ」
「昨日はやり方がまどろこしかったからね、今日は糸鋸を持ってきたの。しかも二つ!」
「ほう。まさかとは思うが、俺とお前で鉄格子を切って脱出するって算段か?」
「さっすがカズマ、察しがいいわね! 二本用意したから二人でやりましょう! タイムリミットは朝までよ!」
そう言ってアクアは窓から糸鋸を落としてきた。
昨日よりまともな作戦に若干の期待を抱くが、この策には一つ問題がある。
「なあ、こっからだと窓の位置までジャンプしても届かないんだが」
「大丈夫よ、私だって馬鹿じゃないの、その辺は抜かりないわ」
「ほほう!」
「今からね、この踏み台を差し入れして届けてもらうから……ちょっと待っててね?」
アクアはそう言い残すと、俺の期待の失せた眼差しを受けて、どこかへと行ってしまう。
やがて遠くからアクアと警察官のやりとりが聞こえてきたが、俺の視線は月明かりに照らされた金属の刃に落ちる。
……あのバカの前向きさだけは見習うべきかもしれない。
そう思いながら俺は糸鋸を拾い上げ――
「ソォイ! …………ねるか」
証拠を隠滅して床についた。
手錠につながれた俺はセナに誘導されて法廷に立つ。
俺の向かい側には検察官、裁判官、告発人の席がある。
告発人の席には見ただけでお偉いさんだとわかる細かい意匠を凝らした服を着た貫禄のある男性。
それと、この場に不釣り合いな少女――金髪碧眼で、こちらもまた衣装を凝らした服で、貴族然とした優美な立ち振る舞いであった――と、その付き人も席に着く。
やんごとなき人なのだろう、その告発人の後方や傍聴席には兵がおり、厳重な警備体制が敷かれていた。
俺はその兵の威圧感、告発人の冷徹な視線を感じて思わず萎縮する。
そのせいで少女がダクネスの方を見て何やら驚いたような顔をしていたそうだが、俺には見えなかった。
さて、この世界の裁判は至ってシンプルだ。
検察官が証拠を集め、弁護人がそれに反論する。
もちろん中世程度の文明でしかない異世界には弁護士なんて役職はなく、被告人の知人や友人が弁護を請け負うことになる。
そんな即席の弁護人が法律に詳しいなんてあるわけなく、逆に検察官はそれを熟知している……
裁判官が疑わしい、法を犯していると判断すればそれで実刑。
被告人は圧倒的不利を背負った状況にあるわけで、俺はそんな被告人な訳で……
だが今回に限っては検察官は俺の話した真実に感動して俺に適切な判決を求めてくれる、むしろ味方的な存在だ。
死刑がちらついて視界が歪んで見えるが、俺は負け――
「ウ゛ォエッ……!」
「カズマ、そんなに緊張することはないですよ。大丈夫、私たちがついていますから安心してください」
――嘔吐く俺の背中をさするのは弁護人めぐみん。
その隣には親指をグッと立てているアクア、それから厳しい顔で下を見ているダクネス。
ゆんゆんは体調不良を理由にウィズの店で休養中だ。
……半分は建前だが。
「なんでホントこういう重要なときにゆんゆんがいないんだよ……」
「ですから話した通り、あの子は友人が窮地に陥っていたら自らを犠牲にしてでも助ける狂気じみた覚悟があるのです。カズマも不本意でしょう、ゆんゆんが裁判中に魔法を使って暴れたり、自分が主犯だと名乗り出て身代わりになるというのは」
「まあ、そうだが…………確かにゆんゆんにそう言う気はあるけど、流石にそこまでヤバいことは――」
「あの子はやると言ったらやってのける、やると言わなくてもやってしまう……そんなスゴ味があるのです」
ここにゆんゆんが、頼りになる常識人がいたら安心できたのに……
吐き気を催すほどの精神的ストレスに俺の胃が悲鳴を上げ、ここ数時間でげっそりした気がする。
「深呼吸ですよカズマ。紅魔族は知能が高いのです。あの理不尽な判決をしようものなら私が涙目になるくらい論破してやりますから」
「めぐみん……!」
「ああ。もし、本当にどうしようもない事態になったら私がなんとかしてやる。今回の件に関してはカズマは何も悪くない」
「ダクネス……!」
「この私に任せなさいな! 聖職者である私の言葉は国のお偉いさんでも無視できないはずよ! ドンと任せてちょうだい!」
「…………」
「あ、あれ、カズマ? 私の名前も呼んでほしいんですけど……」
「頼むから余計なことは言わないでくれ」
「なんでよぉぉおお! 私、二人より裁判には詳しいから! 百点裁判とか言うゲームで遊んだことあるから! ちゃんと『異議あり』って言ってあげるから!」
「本当に黙ってろ!? 高級霜降り赤蟹買ってやるから!」
ゆんゆん程ではないがめぐみんやダクネスの言葉は頼もしく感じる。
だがアクア、お前は駄目だ。
理由は昨日と一昨日の出来事を思い出して胸に手を当ててみなくてもわかると思う。
「ではこれより、外患誘致罪及び内乱罪の容疑に問われている被告人サトウカズマの裁判を始める。告発人はエルロード王国より国王代理ラグクラフト宰相、ベルゼルグ王国より国王代理ベルゼルグ・スタイリッシュ・ソード・アイリス第一王女。検察官は前へ」
そんな声が裁判員席の方から聞こえてくる。
俺の手は氷のように冷たく、心臓が痛いほど早く脈打つ。
それもそのはず、告発人は位の高い人だとは想像していたが、方や国の中枢を担う宰相、なんならもう片方は王族とだ。
あの少女の言葉次第では、最悪その場で俺の首が飛ぶなんてことも――
それを想像するだけで呼吸できているのかどうかわからないほどの緊張、立っていることもままならないほどだ。
息苦しい中、セナが前に出るときのコツコツと地面を蹴る音が嫌に耳に残る。
「では、王国検察官セナが起訴状を読ませていただきます。被告人サトウカズマは機動要塞デストロイヤー襲来時、これを他の冒険者とともに討伐。その際に、爆発寸前であったコロナタイトをテレポートで転送するように指示。転送されたコロナタイトはエルロード王国領土内で爆発。人的被害、混乱等はないものの、エルロード王国の施設を破壊。金銭的被害は甚大。モンスターや毒物、爆発物などをテレポートで転送する場合はランダムテレポートの使用は法により禁じられております。被告人の指示した行為はその法に抵触し、そしてまた国家間の戦争に発展しえる事態です。被告人に外患誘致罪、国家転覆罪の適用を求めます。以上です。」
「異議あり!」
それは、アクアの声だった。
セナが元の位置に戻る前に、アクアは片手をあげて声を張り上げたのだ。
どうしてだろう、期待はしていなかったはずなのにこんなにも自信に満ちあふれた「異議あり」聞いてしまった俺は藁にもすがる思いでアクアのことを見てしまった。
裁判長はそれを見て、ため息をつきながら。
「弁護人の陳述の時間はまだです。発言がある場合は許可を求めて発言をするように。……しかしまあ、裁判は今回が初めてでしょうから大目に見ましょう。弁護人、発言をどうぞ」
「異議ありって言いたかっただけなのでもういいです」
「弁護人は弁護の時だけ口を開くように!!」
満足げな顔のアクアは裁判官に叱られながらも「もう役目は終えたわ」と言わんばかりの様子で元の位置に引っ込んだ。
本当にお前は何しに裁判に来たんだ!?
裁判中じゃなきゃ引っぱたいてやりたい……というか裁判が終わったら引っぱたいてやる!
気勢をそがれた裁判長はセナが席に着くのを見届け。
「では続いて、被告人と弁護人による発言を許可する。では陳述を」
目配せをすると、ダクネスは了解したとアクアの腕を捕まえる。
前に飛び指していきそうな駄女神を抑えてもらっているうちに俺は陳述を始めた。
俺は、いかに格好よくベルディアと戦ったか、いかに機動要塞デストロイヤー戦で見事な指示をしたかを話すことで、借金を背負わされながらも街のために、誰にも認められなくとも世界のために戦っていたのだと、高潔な冒険者に慈悲をと、盛りに盛って話しまくった。
途中裁判長や告発人の席に座っている少女が何度も嘘を発見する魔道具を凝視していたが、魔道具は鳴らなかった。
「――とまあ、このように俺の活躍で魔王軍幹部ベルディアを倒したわけですよ。こんなにアクセルの街、引いては世界に貢献している俺が国家転覆を企んでいるだとか甚だおかしな話ですよね。では次が本題、機動要塞デストロイヤーを見事な指示で討伐した話を――」
「も、もう結構です! 被告人の言い分はよくわかりました!」
「ちょ、まだ話は終わってな――!」「ま、まだお話の続きが――!」
まだ俺が喋ってる途中なのに話を遮って、全部を語らせない……これが国のやり方か!
と、思って声を張り上げたのだが、俺の声に重なるもう一つの声。
思わずその方を見ると、告発人の席にいる凜とした少女の顔が赤く染まっていた。
その少女は側にいる白スーツの付き人に耳打ちをすると――その付き人が挙手をして発言の許可を求めた。
裁判長はそれを見て頷く。
「告発人の発言を許可します」
「では……アイリス様が『被告人の話が終わっていない中、次の段階に進めば公平性が損なわれる』とのことだ。裁判長、次へ進むのは待っていただけないだろうか」
さっきまで国の偉いヤツは理不尽に権力を振りかざすものだと思っていたが、何事にも例外というものはあるらしい。
俺が目を大きく見開いていると、王女様と目が合う。
頬を赤く染めたその小さな姫様はその瞬間俺から視線をそらした。
あの表情、あの視線……
ははーん、さては俺の虜になったな?
あの目はまさしく英雄に向けられる羨望の眼差しであろうし、何より俺のことを擁護してくれた。
うん、間違いない。
希望が見えてきた。
そんな状況が気にくわないのか、裁判官は嫌々というか渋々というか、どこかげっそりとした様子で俺に向けて話を促した。
「さて、検察官。被告人に国家転覆罪が適用されるべきだという証拠の提出を」
俺の話を聞き終わった裁判長はげんなりとした顔でセナに証拠の提出を促した。
それを受けてセナは……彼女もまたどうしてかげんなりした表情で中央に進んだ。
「ではこれより、被告人に質問をすることでそれを証拠としたいと思います。被告人は私の質問に対して簡潔に……事実に対して”はい”か”いいえ”だけで答えるように。後で弁明の時間があるので、何かあればそこで発言するように」
セナは俺の方に検察官としての顔を向けてきた。
いや、さっきの話が長くなったのはちょっと悪かったって。
でも王女様がキラキラした視線を送ってくるんだぞ、俺のファンを、ましてや王族をむげに扱うことなんてできないって。
セナの圧を感じる言い方に頬をかきながら視線をそらせていると。
「では被告人に問います。今回の事件において、デストロイヤーを討伐した。間違いありませんね」
「はい」
「その際にデストロイヤーの動力源であるコロナタイトをランダムテレポートさせましたね」
「ま、間違いありません」
「ランダムテレポートが違法であると知っていましたか」
「知らなかったです……」
「ではコロナタイトをランダムテレポートすることで起こりえるリスクについては考えませんでしたか」
「せ、世界は広いし、人がいないところに送られると――!」
「被告人は質問に”はい”か”いいえ”だけで答えるように。理解していた、ということで間違いありませんね」
「……はい」
魔道具は鳴らない。
俺が肯定したことに法廷中がざわつく。
しかし、セナはそれを無視して。
「転送する以外の方法でアクセルの街を救えなかったと、そう思いますか」
「……はい」
「では最後に、そこに、人や国を害す意図はありましたか」
「いいや、全く……!」
俺がそう答えると、セナは厳しい顔をふっと一瞬ゆるめたように見えた。
瞬きをした瞬間に元の顔に戻っていたから見間違えか幻覚の類いだと思ったが、セナは裁判長の方に体を向ける。
「以上より、被告人はランダムテレポートの危険性を理解した上でコロナタイトを転送させ、国家を揺るがす行為をしました。一方で、アクセルの街を救うための緊急措置でやむを得ない状況下であったのもまた事実。法律を知らなかったから無罪というのは罷り通りませんが、被告人がテロリストや魔王の手先のような危険人物ではないと思われます。エルロード王国の領地に爆発物を送りつけた罪は、この証拠を加味した上で判決を下していただきたい。以上です」
セナがそう言い終えて元いた席に戻ろうとしたとき、法廷中はさらに騒がしくなる。
それもそのはずだ。
本来であれば被告人を庇うような発言は検察官側からは言わない。
悪党である証拠を揃えて被告人を死刑や終身刑に追い詰める、それが検察官なのだから。
しかしセナの正義はそれを良しとしなかった。
完全な悪であれば徹底的に追い詰めていただろうが、公正を重んじた結果だった。
俺としてもまさかここまで働きかけてくれるとは思っておらず、わずかに驚いたが……
「おい、どうしてお前らが一番驚いた顔してるんだよ」
「あの厳しいことで有名な王国検察官があのカズマのことを擁護するような発言をしたのですよ! い、一体どんな賄賂を使ってあの検察官を買収したのですか!」
「でもめぐみん、あの検察官の人はそんなのには応じないって顔してるわよ。きっと姑息なカズマだもの、卑怯な手を使ったに違いないわ」
「……も、もしかして、弱みを握って脅したとかですか!? えげつないですね……」
「いや、しかしそれではあの検察官の発言が嘘偽りないことになる。心にもないことを発言したら鳴るはずだ。…………も、もしかして! カズマ、私もついて行ってやる。だからあの魔道具に細工したことがバレないうちに自首を――」
「おまえら俺のことなんだと思ってるんだ!! 裁判が終わったら覚えとけ!!」
弁護人選び、間違ったかもしれない。
最近忙しいので投稿頻度が減りそうです。原作小説1巻分を1章として、どこまで書こうかという…
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