この異世界にはレベルというものがある。
おおよその人は異世界なんだから当たり前だと言うだろう。
そして異世界人も。
それはあまりにも浸透しすぎた、疑問に思うことすらない固定観念。
そのようなものであると、それ以上の追求をやめてしまうのだ。
しかしここに、そんな当たり前で普遍的な考えに疑問を呈する男が一人いた。
「はぁ……はぁ……っ! レベル差って何なんだよ! あんな日頃ぐーたらしてる駄女神にスピードで負けるとか……マジでありえねぇ!」
疑問というよりどちらかと言えば不平不満だったが。
カズマは走った。
自分より体力、筋力などのステータスが高いアクアを追いかけるのは至難の業だった。
しかし諦めない。
人混みをすり抜け、路地を駆け抜け、俺の視界から逃げるように進むその姿を追跡する。
そして、なんとか視界から見失わずにその背中を追った先。
そこには派手な看板ときらびやかな照明が輝くカジノ。
中へ入ると、そこはまさに別世界。
煌びやかな照明の下でチップの音が響き、人々の歓声や溜め息が入り混じる。
そして、その一角にはアクア――早速ポーカーテーブルに陣取り、賭け金をすべてベットしようとしている姿があった。
「……おい、何してんだ!」
「カズマ! ちょうどいいところに来たわ!」
「何が丁度よかったんだよ。もしかして負けたからお金貸してってか」
「何で私が負けたって決めつけてるのよ! むしろここは勝負に出る時よ。追加でカズマの分も賭けるわ!」
「いや、賭けねえよ! 勝手に人の金を賭けんな!」
「でもここで勝てば返済に一歩近づくのよ!」
そんなに自信満々に言われると信じてかけてやろうかと思ってしまう。
もしかして今の手札はかなりアタリなんじゃないか? と。
そんな期待とともにアクアのカードを覗き込むと、そこには……役らしい役が一つもない、完全なるブタだった。
「よくそんなこと言えたな!? 俺たち借金あるんだぞ!? そこんとこわかってんの!?」
そんな俺の制止もむなしく、アクアはニヤリと笑ってレイズを宣言し、勝ち誇ったようにカードを伏せた。
そして次の瞬間、カードをオープンすると同時にディーラーが冷酷無慈悲にアクアのチップをすべて没収した。
「……」
「何黙ってんだよ」
「ふ、不正よ! 絶対このディーラー、不正してるわ! チート行為でノーカン、ノーカン!」
「普通に負けただけだが!?」
「そ、そんなバカな!」
「バカなのはお前だわ! その手札でよくもまあ勝負に出たな!」
「で、でも! ここで私の圧倒的な自信を見せつければ、ブタでもみんな勝負から降りてくれると思ったのよ! ……やっぱりもう一押し、カズマのも賭けないと駄目だったわね」
「いや、賭けたところで駄目だろ」
力なく泣き崩れるアクアだったが、幸いにも被害金額はアクアのお小遣いだけだ。
結局、有り金をきれいに溶かしきり、もうこれ以上エルロード王国で遊ぶことができない運命になってしまった駄女神を、俺は首根っこをつかむようにして引きずりカジノから出た。
「ねえカズマさん! カズマさんは幸運値だけは高いんだから私の仇とってよぉ!」
「だけじゃねえし!? 知力だってお前よりいいからな!? というかいい加減泣き止めよ。周りからの視線が痛いんだが」
街中を歩くと俺に突き刺さる冷たい視線。
アクアは見てくれだけはいいからな。
こいつの中身を知らない人ばかりなこの街では俺が女の子を泣かせてるくず男にしか見えないだろう。
しかしそんなに長く滞在するわけでもないし、そう思えば俺のメンタルは最強だった。
泣き叫ぶアクアとウザい視線を無視しながら向かった先は、エルロード王国の冒険者ギルド。
中に入ると、流石はエルロード王国というべきか、ほとんどの冒険者たちが賭博で盛り上がっていた。
アクセルのギルドでもよく賭け事をしている連中はいるが、エルロードみたいに堂々とテーブルを囲んでカードやサイコロを転がしている輩がギルドのあちこちにいるなんてことはない。
……さすがはカジノ大国と呼ばれる国のギルドだな、と妙に感心しながらも、俺はドラゴン討伐のために何か役立つ情報がないか、職員に聞こうと受付カウンターへ向かおうとして。
「プリーストはいるか! サウナで我慢対決して倒れてるやつがいるんだ! まったく、賭に勝つためだとかいって無茶しやがって! お願いだ、誰か診てやってくれ!」
そんな切迫した声が、ギルドの入口近くから響いてきた。
冬なのに熱中症みたいになってるなんて、ずいぶん我慢したみたいだ。
その瞬間、泣きじゃくっていたアクアの耳がピクリと動く。
さっきまでの泣きっ面はどこへやら、アクアはすくっと立ち上がり、腰に手を当てて自信満々の笑みを浮かべた。
「フフン、私の出番ってわけね! 女神であり、アークプリーストでもある私に任せなさいな! そして、ここでいい感じに治してあげて、その後で治療費をせびって……今度こそカジノで――!」
「いや、前半ちょっと感動してたのに! 人助けに下心混ぜんな!」
「ごめんねカズマ。
「患者を資金源として見るなよ!」
腐ってもアクアは駄女神……傷ついた人を癒やす慈愛の人なわけなかった。
俺の制止を聞かず、アクアは颯爽とギルドの外へ駆け出していった。
嵐のように騒がしいやつがいなくなり、ぽつんと俺はギルドに取り残された。
「……まあいいか。動機はあれだけど一応人助けは人助けだし。俺はもう走る体力残ってないし」
アクアを追いかけてたせいで走る気力がない俺は諦めてアクアを放置する方針に切り替えた。
そうして俺はカウンターへと足を運び、ギルドの職員がいる受付カウンターの列に並ぶ。
そして俺の番になったとき、職員はぱちぱちと瞬きをしてから俺をまじまじと見つめ――
「こんにちは。見かけないお顔ですね……もしかして新人さんですか?」
「え、まあ、新人ではないんですがね、ベルゼルグ王国からやってきたばかりで」
「そうでしたか。本日はいかがされましたか?」
「えっと、金鉱山にいるっていうドラゴンについて聞きたいんですが……」
俺がそう言うと受け付けのお姉さんの表情が変わる。
先ほどまでのほほんとしていたが、緊張感漂う様子に俺は何事かと身構える。
「それを知ってどうするんですか? まさか討伐に行くつもりではありませんよね?」
「そのまさかだったり。あはは……」
「危険行為です! 英雄志望の冒険者から死ぬんです、冒険者は冒険をしちゃ駄目なんです!」
「いや、本当は行きたくないんですけど、事情があって――」
「事情、ですか?」
「ええ、実は――」
身を乗り出して俺のことを注意する職員のお姉さんに俺は事情を話す。
初対面の俺に心配してくれるこのお姉さんはいい人なのだろうが、俺としてはドラゴンの討伐をしなくちゃならない……支援金を打ち切られたらアイリスに迷惑かけるしな。
裁判や政治がらみだという話は伏せながら、要点を掻い摘まんで説明した。
「――という訳で、知人に頼まれたんです」
「まさか、噂には聞いていましたがあなたが魔王軍の幹部を討伐したパーティーの……すごい……! そんな有名人がこんな遠路遙々エルロード王国まで来てドラゴンの討伐をしてくれるなんて!」
「それで、ドラゴンの情報については教えてほしいんですが……」
「は、はい! ただいま!」
そう言って職員さんはカウンターの奥へと消えていった。
お姉さんの姿が完全に見えなくなると俺は肩を振るわせて――
(ああっ……すごく、いいっ……!)
歓喜で身を震わせていた。
アクセルの街では俺のことをクズマだの言うやつばっかで誰も尊敬も何もしてくれないがエルロード王国ではこんな有名人扱いされて……!
もういっそのことアクセルの街に帰らずにここに住もうか、うん、そうしよう。
俺ならギャンブルで食っていけるだろうし、アクアたちだけベルゼルグ王国に帰して、俺はのんびり隠居生活決め込む、決めた、俺余生はここで過ごす!
そう思っているとお姉さんが戻ってきて。
「こちらがドラゴンの資料です。ドラゴンがいる場所を示した地図や道中の注意など、様々なことが書いてあるので役に立つと思いますよ」
「ありがとうございます。……ドラゴンは数年前から住み着いてるんですね」
「ええ。光る物をため込む習性がありますから、金鉱山の金の輝きが気に入ったんでしょうね」
……どうやらこの世界のドラゴンはカラスと同じ習性で金属や宝物を奪い取るらしい。
なんて迷惑な奴らだ。
「それから今は冬ですので冬眠していると思われます」
「……冬眠するのか」
「ええ。は虫類ですので」
「は虫類なのか」
確かに言われてみればは虫類だが、魔法生物なんてそういうカテゴリーから外れた奴らだろうに。
何でそんなところだけファンタジーっぽくないのか。憧れが崩れていく音がする。
ドラゴンなんて男のロマンの塊みたいな魔法生物なら、冬眠せずに堂々と待ち構えていてほしい。
……いや、よく考えたら冬眠してるってことは動きが鈍いだろうし、討伐しやすくなってるはずだから、俺としてはいい状況なのか。
「ちなみに鉱山の洞窟で松明を使おうものなら熱と光を感知して起きますから注意してくださいね。物音や魔法を使うときに漏れ出た魔力も感知しますから、それも注意です」
「光は暗視のポーションで代用するとして……となると潜伏スキルとか意外と役に立ちますかね?」
「ええ、それはもちろん!」
「となるとアクアに洞窟に入る前に支援魔法、ダクネスを前、ゆんゆんを後ろに、俺が潜伏スキルを発動させながら近づくか。いや、でもゆんゆんは一応病み上がりだしなぁ……ねりまきに頼むか。紅魔族だし上級魔法も使えるだろ。それで、ねりまきが一撃で仕留められればいいが、無理だった場合はそのまま魔法を使いながらドラゴンを洞窟の外におびき寄せて、めぐみんの爆裂魔法で一撃ってのがベストか?」
俺がそんなことを呟いているとお姉さんは目を輝かせながら俺の方を見ていた。
さながら有名な勇者パーティーの一員に出会ってしまったファンのようだ。
「あ、あの、ちなみにレベルを伺ってもいいでしょうか! それとパーティーメンバーの方は!」
「えっと、パーティーは5人組で、10レベルくらいのクルセイダーと」
「クルセイダーですか! あの鉄壁の守りを誇る上級職の!」
「20レベルくらいののアークプリーストと」
「また上級職!? アークプリーストが!」
「後は20と30レベルくらいのアークウィザードが二人。あ、最近付き添いでレベルはわかんないけどもう一人アークウィザードが」
「アークウィザードが3人も!?」
「で、俺はそのリーダー」
お姉さんの目が大きく開く。
それは尊敬するような眼差しだった。
ヤバい……ニヤつきが直らない。
「ま、まさかリーダーだったとは! ではあなたも上級職でレベルも高い冒険者なのですか!?」
「ま、まあそんなことは置いておいて、他に何か重要なこととかありませんか? 道中の話だったり、討伐方法のセオリーだったり……」
「もちろんお話させてもらいます! でもその前にあなたの職業を! それから恋人がいるかとか――。ちなみに私は今独り身で、家事とかは得意で――」
ギルドのお姉さんの目はキラキラを通り越してギラギラだった。
アクセルの街に関しては例のサービスがあるせいで男性たちの結婚願望がなくなっているだけだが、このお姉さんは俺という優良物件が目の前に転がっている状況であって……
いや、自意識過剰じゃなくて!
期待を裏切りたくないという思いもあったが、この肉食獣のようにギラついた視線に思わず身をギクリと翻して――
「すみませんちょっと用事ができたのでこの辺で失礼します!」
「あっ、待ってくだ――」
情けなくも俺の体は本能的に逃走を選んでいた。
一先ずさっき貰った資料は読み込んだ。
ドラゴンは高い物理防御力とそれ以上に高い魔法耐性があり、討伐することは至難である。
そして具体的な倒し方を見ても、何でも切れる魔剣で一撃だったり、酒を仕込んで寝むらせて首を一撃で切り裂いたり、大体物理攻撃一発で決めているので参考になるものはなかった。
その他に得られた情報といえば、道中にいるモンスターの種類や、ドラゴンがいるという洞窟への行き方くらいだ。
いや、めぐみんの爆裂魔法なら倒せるかもしれないけど魔法に耐性があって不安だし、だからってダクネスの腕でドラゴンを一発で仕留められるか!
……アイリスは俺たちなら成し遂げられるって励ましてくれたが、さすがに無理難題過ぎやしないだろうか。
かと言って逃げたら支援金打ち切りだし……仕方ないか。
俺はもう少し何か有益な情報がないかギルド内の冒険者に話を聞いてみることにした。
「おっす、ちょっと話聞いてもいいか?」
「……もしかして新人か?」
「一応一年くらい冒険者してるぜ。ベルゼルグ王国から来たんだよ」
「観光か?」
「どってかって言えば出稼ぎ? ベテランっぽいアンタにいい情報ないか聞きたいんだが……」
「そんなこと言っても何も出ないぞ? まあ、お前と比べたら俺がベテランであることには違いないが。遠慮しないで先輩に聞くといい」
「おう、ありがとな! じゃあ早速なんだが、金鉱山に住み着いてるドラゴンについて――」
ベテランの冒険者風なやつを見つけて、そう話しかけたんだが……
返ってきたのは馬鹿にしたような笑いだった。
「ドラゴン討伐か? そんなのは止めておけ命知らずめ。俺だってそんな馬鹿げたことやらないぞ」
「……討伐はしないぞ? まあ、何というか近づかない方がいい場所とか教えてほしいんだ」
「へぇ……。まあ、死にたがりを止めはしないが。俺のせいで死なれたら目覚めが悪い」
俺は何も言っていないのに、その冒険者はそう言いながらシュワシュワを呷る。
……どうやら俺は本当にポーカーフェイスが苦手らしい。
やっぱりカジノに行ってギャンブルするなら純粋な運ゲーにしよう。
そう思っていると冒険者がジョッキをテーブルに打ち付けるように激しく置いて。
「まあ、何でもっと言ったたのは俺の方だ。ここはエルロード王国……運試しといこうか、ベルゼルグ王国のルーキー? 俺との勝負に勝てたら話してやってもいい。まあ、その様子じゃ無理だろうけどな」
「……勝負、か」
「もしかして怖じ気づいたか?」
「いいや。ただ、もしアンタがドラゴンの情報持ってなかったらゲーム受け損だなって。一応保険でなんか賭けてくれよ」
「……その場合はカジノの年パスをやろう。まあ万が一にもないと思うがな。お前は一体何を賭けるんだ?」
「じゃあ俺は今ここにある手持ち全てを賭けるよ」
「グッド! この歴戦のギャンブラーである謀略のクロードが――」
まあ、俺の所持金は1000エリス程度なんだけどな。
残りは宿泊所においてきたのでローリスクハイリターンの勝負。
受けるしかない。
そうして始まったゲームは、まあ、遊○王とかデュ○マみたいなカードゲーム。
俺は一応コレ系のカードゲームは一通り通ってきた人間だ。
そんで大体手札の引きは自前の強運で事故らない。
つまり何を言いたいかと言えば――
「なっ……だ、誰が一回で勝負が決まるって言った! 基本こういうゲームは三ポイントとった方の勝利だ!」
「ま、まあ、二連勝おめでとう。俺、今日に限って調子が悪いのか……? だがしかし、謀略の二つ名にかけてここで負けは終わりに――!」
「ばか、な…………!? ありえない!! 俺が負けるなんて、そんなことがあっていいはず……!!」
――まあ、俺の圧勝でした。
結局、三回どころか五回もやって、すべて俺の勝ち。
対戦相手は机に突っ伏し、「なんでだ……」と意気消沈している。
それにしても謀略とか大層な通り名がついてる割に呆気なかったな。
多少トラップカードの使い方が嫌らしかったが、まあ、俺には及ばないな。
幸運値が高くてレア運だけのカズマさんだのハイエナマスターのカズマさんだの、不名誉な通り名ばかりつけられた俺の前にひれ伏せ……なんて。
「まさか何かイカサマでもしてるんじゃないだろうな!」
「言いがかりはよせよ。大体、お前も通り名くらいあるんだったらかなり強いんだろ? もしイカサマしてたら見破れるだろうに」
「グゥッ……!」
「まあ、勝ちは勝ちだ。ドラゴンの情報について……」
そう言おうとしたときだった。
このやり取りがなぜか周囲の耳目を集め、「謀略を打ち倒したぞ!?」とか「次は俺だ!」とか「いや、俺と勝負しろ!」と、あっという間にギルドが熱気で暑苦しくなった。
もちろん俺はドラゴンの情報を求めて勝負しただけだったからそんな勝負を受けようとは思ってなかったんだが……
「俺もドラゴンの情報知ってるぜ! 1万エリス賭けてもいい!」
「ほう!」
「俺はドラゴンの情報はないがその道中にある一撃熊と一匹狼の群れについて情報があるぞ! 2万エリスだ! 保険で2万エリス賭ける!」
「ほほう!」
いや、情報は命に直結する大事な情報だ、俺の財布の中身くらい賭けてもお釣りがくるだけの価値がある。
決してさっきの戦いで燃焼不足だなぁなんて思ってないし、古の記憶が刺激されてゲーマー魂が再燃しているわけでもない。
まあ、そうやって冒険者とゲームをしているうちに――
「次の対戦者求む!」
「1万……いや2万エリスだ! 対戦、よろしくお願いします!」
――本当に火がついてしまい、ギルド全体を巻き込む大イベントに発展してしまった。
金鉱山のドラゴン情報を得るつもりが、なぜか俺はギルドの中心で無双して、千エリスしか入っていない財布を狙いに群がるハイエナどもをちぎっては投げちぎっては投げ……
気づけば財布ははち切れんばかり。
――どうしてこうなった。
そんなこんなで、ギルドでの大賭博大会の副産物として、ドラゴンとこの国の経済状況に関する情報を手に入れることができた。
いや、副産物はお金だと思うんだけどな?
想像以上の成果でなんとその金額何十万エリス。
正直、この金額もアクアのせいで吹き飛びそうな予感がするが、まあ、今更憂いても仕方がない。
とにかく、これでドラゴン討伐の準備はできた――はずだ。
最近忙しいので投稿頻度が減りそうです。原作小説1巻分を1章として、どこまで書こうかという…
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第6章(現在の章)
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第7章
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第8章
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リメイクしてテンポよく進める