王子に対しての第一印象はバカっぽい子供。
こちらを小馬鹿にするように笑い、率いていた家臣たちも同調するかのように笑い声を上げた。
なんだこの国の連中、初対面で随分だな。
確かに俺は爆発物を送りつけてしまったし、いい顔はされないとは思っていた。
でもベルゼルグとエルロードとの同盟関係は続いているはずであって、俺だけじゃなくアイリスにまでこんな挑発して……
「……俺の聞き違いか? い、今なんて?」
「許嫁チェンジ、と。この国の王族は約束の時間を破って遅刻したことに謝りもしないし、俺のアイリスと結婚させるなんて認められな――ヘブゥッ!?」
「あああああああっ! すみませんすみません! うちの者が本当に申し訳ありません!!」
レベルが上がってなかったら頭蓋骨が粉砕されてたかもしれない勢いで俺は地面に叩きつけられた。
ダクネスが顔を引きつらせながら俺を押さえ込み、必死に謝罪している。
そんな中だが、ふと横を見るとクレアが口元を抑えながら――グッと親指を立ててグッジョブのサインを送ってきていた。
よし、それじゃあ次はクレアの番だ。
クレアからも言ってやれ、この王子にうちらのアイリスは任せられないってな!
そう俺が目配せしたのだが、それを邪魔するように王子が眉を吊り上げて怒鳴る。
「平民のくせに、なんたる無礼な! ベルゼルグの王族はろくに平民の躾もできないのか!」
「うちのアイリスをバカにする方が悪いだろ!」
「そうだそうだ! もっと言ってやれ! 婚約破棄だって言ってやれ!」
ヤジを飛ばすクレア。なお、王子に聞こえないくらいの小声だった。
おい、安全圏から煽らないで聞こえるように言ってやれよ!
そう思ってクレアに視線を飛ばすと……
クレアは逃げるようにそっぽを向いた。
あ、あんのアマ、保身と私欲天秤にかけて保身に走りやがったな!?
あとで絶対こいつにドロップキックをお見舞いしてやる!
そう思っているとアイリスが慌てて割って入った。
「お兄様、おやめください! 王国を悪く言われて腹を立ててくれたことは……その、国を愛してくれているのだと思うと悪い気はしませんが……」
「……お兄様、だと?」
レヴィ王子の耳がぴくりと動く。
「金髪碧眼ではないが……まさか、先祖返りか?」なんて言いながら一瞬考え込む様子を見せる。
どうやらアイリスが俺をお兄様と呼んだことで混乱しているらしい。
ダクネスが俺に「早く弁明したらどうだ」と言わんばかりの視線を送ってくるが、俺とアイリスは血は繋がってなくても兄妹であることは確かだ。
弁明する気はないと思っていると、俺と王子の言い合いが途切れた隙を突いて、アイリスが前に出てきた。
「あなたがエルロード王国第一王子、レヴィ様ですね? 私はベルゼルグ王国の第一王女、アイリスと申します。お兄様の先ほどの無礼、どうかお許しください」
「……はん。まあいいだろう。平民だったら死刑だが、さすがに他国の王族を処罰するわけにはな」
どうやら俺のことをベルゼルグ王国の王子だと勘違いしてくれたらしい。
ダクネスはあわあわしながら俺のことを解放して「早く誤解を解け! 弁明しないか!」と無言でうるさく指示する。
……が、その誤解は誤解じゃない。
俺は押さえつけられて痛む顔を摩りながら。
「……アイリスの顔を立ててこれ以上は言わん。その代わり、うちの妹を泣かすような真似をしたら目に物見せてやるから覚悟しろ」
威勢よく啖呵を切ってやった。
おい俺、なんだかんだで兄貴っぽいじゃないか。
ダクネスは顎が外れたのか、目をかっぴらきながら口をあんぐりと開けていた。
そんな唯一空気を読めず場違いな行動をしている駄クネスを置き去りに、話は進んでいく。
「それで、今回の件だが――我が国に爆発物を送り込み、カモネギ養殖場を爆破した件については被害総額は十数億エリス程度だと宰相から聞いている。死刑の代わりにあのドラゴンを討伐するのだろう?」
俺はその養殖場に関して聞いてないんですが?
国の施設を壊したっては聞いたけど、カモネギ養殖場って何?
そんな変な養殖場を爆発させちまったせいで死刑になりかけたの?
死刑の代わりにドラゴンの討伐しなきゃいけなくなったの?
そんな俺を無視して、レヴィ王子は俺とアイリス以外を値踏みするように見渡した。
「しかし……冒険者というから期待していたが、どうにもパッとしないな。若すぎるし、人数も少ない。装備も高級品には見えない。所詮は駆け出し冒険者か。まったく、これでは死刑と大差ないだろう」
その瞬間、俺は慌ててめぐみんの方を見た。
頭のおかしい爆裂魔法使いの名は伊達じゃあない。
こんな挑発を受けて黙っていられるわけが――
「…………」
めぐみんは一瞬、赤い瞳で王子を射抜くように見る。
しかし次の瞬間、帽子のつばを下げて口をつぐんだ。
……えっ、無視した?
あのアクセル随一の喧嘩師で悪名を轟かせているめぐみんが!?
驚愕のあまり思わず二度見してしまったが、そんな俺の表情が見えていない王子はさらに言葉を続ける。
「加えてベルゼルグの王族は武闘派と聞いたが……弱そうだな。もっと強そうで凛々しい姿を想像していたのに、拍子抜けだ」
「えっ……あ、その……すいません……」
「こんな奴らに支援金を払っていたのか……全くの無駄だったんじゃないか?」
レヴィ王子がそんなことを言うと、アイリスが泣き入りそうなほどか細い声で謝る。
それを聞いた瞬間、俺はもう一度文句を言ってやろうとして――
それより先にめぐみんがいつになく静かに、そして冷静に立ち上がった。
「……おい、取り消してもらおうか。今の言葉」
低く落ち着いた声で告げためぐみんに、場の空気が一変する。
今まで黙っていためぐみんの赤い瞳がギラリと光り、杖の先端に魔力が集まりはじめるのがわかった。
「基本温厚な私ですが、どんな理由があろうと盟友を傷つけられて黙っていられるほどの器量は持ち合わせていないのですよ」
「……めぐみんさん……」
顔を俯けていたアイリスが、めぐみんの言葉に顔を上げる。
その瞳は涙に揺れていたが、尊敬と感動の色が混じっていた。
いや、感動してる場合じゃないぞアイリス?
お前の頭の上に魔力が渦巻いてるんだぞ?
ゆんゆんも「かっこいい……」って呆けてる場合じゃないんだぞ?
あのゆんゆんにも紅魔族の感性あるんだ意外な一面だな――じゃないから。
あとねりまき、お前も後方で腕組んで頷いてる場合か?
あの子はやるときはやる女だって知ってたよ私は――じゃないんだわ。
「しっかりしてくれゆんゆん! 私が右から押さえつけるから反対側から!」
「はっ!? 私は何を……りょ、了解しましたダクネスさん! めぐみん、お願いだから詠唱やめて! かっこいいけど今は駄目! 私も結構カチンときてるけど爆裂魔法は駄目よ! 死なば諸共だけは勘弁してー!」
ダクネスがゆんゆんを正気に戻すと、ゆんゆんは慌てて飛び出し、めぐみんを止めにかかる。
しかし押さえようとしても、めぐみんはレベル差でゴリ押して詠唱を続行する。
ビリビリと大気を震わせる魔力。
政ばかりで武芸に関心のない王子やその家臣たちですら異常を察知して青ざめ、慌てて王子の前に立ちはだかる。
「ち、違うのです! レヴィ王子はそちらの国に詳しくなく、紅魔族の存在を知らなかっただけでして! 本気で喧嘩を売ろうとしていたわけでは決して――!」
「わ、わかった! 悪かった! 俺たちが悪かったから魔法を唱えるのは止めろ!」
あれほど尊大な態度だったレヴィ王子が、今や必死で謝罪している。
完全に力関係が逆転した状況。
めぐみんはなおも睨みつけていたが、やがてフッと息を吐き、詠唱を止める。
「……今回は見逃します。ですが次はありませんよ? 我が名はめぐみん。爆裂魔法を操り、魔王軍幹部を屠りし者。この私を怒らせない方がいい」
大魔法使いさながらの堂々たる宣言。
正直、かっこよかった。
かっこよかったけどさ……
「なあアクア、さっきアイツ自分のこと基本温厚だって言ってなかったか? 温厚とは対極の位置にいると思うんだが」
「しぃー! 余計な口挟んで邪魔しちゃ駄目よカズマ。格好つけたい年頃なのよ、めぐみんは」
「そうだぞ。さっきのお前ほど経歴詐称はしていないんだし、この程度のかわいい意地は見守ってやれ」
アクアとダクネスのフォローが聞こえていたのかめぐみんは帽子のつばで目元を隠す。
だが隠しきれていない。
さっきまで威圧感たっぷりに構えていた顔が、見る見るうちに真紅の瞳と同化していた。
めぐみんの騒ぎで空気が張り詰めていた王城の前。
その場に割って入るように、落ち着いた低い声が響いた。
「一体何を騒いでいるので……。ああ、なるほど、貴女方でしたか」
現れたのはラグクラフト宰相。
見間違えるはずがない――俺に死刑を求刑した張本人だ。
その冷たい視線が、まるで蛇に睨まれた蛙のように背筋を凍らせてくる……やっぱ苦手だ。
そんな俺を守るようにすかさずダクネスが一歩前に出る。
普段はポンコツのくせに、こういう場面では一応貴族らしい気品を出してくるんだから不思議だ。
「これからドラゴンの討伐に行くので、一報しに参ったのですが……」
「ふむ。どうやらこちらの者が無礼を働いたようで」
「いえ、先に無礼を働いたのがどちらであれ、こちらも失礼だったのは事実です。申し訳ない。……しかし随分と待たされたが、一体何をしていたので?」
一応頭を下げるダクネス。だが言葉の端々にトゲがある。
内心は決して穏やかではないのだろう。
「アイリス様もお越しいただいていますのでね。これから王城で歓待を、と準備を進めていたのです。本来なら時間に間に合わせるつもりだったのですが……皆、気合いが入りましてな。つい細部にまでこだわりすぎてしまったようなのです」
ラグクラフト宰相は、ダクネスの皮肉をまるで春風のように受け流す。
食えないヤツだ、本当に。
そして、さも当然のように言葉を続けた。
「では、王女殿下と護衛の方々は王子が王城へご案内いたしましょう。仲を深めるためにも、冒険者の方々がドラゴン討伐をしている間は、王城にてごゆるりとお過ごしください」
――暗に「さっさと行け」と言っているのが見え見えだ。
しかしそれに反抗するメリットもなく、従うほかない。
クレアは前に出て、苦渋の表情を浮かべながら言葉を口にする。
「……我々はここから先は別行動のようだ。ダスティネス殿、どうかご無事で」
王族の護衛として、クレアはアイリスに手を差し出す。
アイリスは、その手を取ろうとして――。
「クレア……ごめんなさい。少し待ってください」
クレアの手に触れる前に、アイリスは俺たちの方へと歩み寄ってきた。
その声はか細く、今にも泣き出しそうに震えていた。
「皆さんなら、きっと討伐してきてくれると信じています。信じているのですが……どうか約束してください。帰り道に……もう一度、全員で……」
そう言って俯くアイリス。
その小さな背中が、不安で押しつぶされそうになっているのが痛いほど伝わってくる。
だから俺は、自然と手を伸ばし、そっとアイリスの頭を撫でていた。
「もちろんだ。みんなでまた飯作って食べよう。約束する」
「本当に、約束ですからね?」
「ああ。ちゃちゃっと片づけてくるから、帰りの準備して待ってろよ? 今夜はドラゴンのステーキにしようぜ!」
「ドラゴンのお肉は筋張ってて美味しくないので別のがいいです」
「ああそう…………」
「では待っていますので、どうか皆さんご無事で!」
流石はアイリス、好き嫌いをしっかり言うことは大事だ。
けど、何というか『俺の言葉にアイリスは大きく目を見開き、そして涙を堪えるように笑った』みたいな展開を期待してたんだ、お兄ちゃんは。
こうしてなんとも言えない感覚になりながらも、俺たちはドラゴン討伐へと出発するのだった。
数時間後。
俺たちは約束通り、全員でアイリスと再会することになった。
「お兄様…………どうしてこんなことになったのですか」
――牢屋の中で。
最近忙しいので投稿頻度が減りそうです。原作小説1巻分を1章として、どこまで書こうかという…
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第6章(現在の章)
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第7章
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第8章
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リメイクしてテンポよく進める