アイリスたちと別れ、いよいよ俺たちはドラゴン討伐に向かうことになった。
昨日ギルドの職員から仕入れた情報を頼りに、ダクネスを盾役として前に立たせ、俺は敵感知スキルを使って慎重に鉱山に続く森の奥へと進む。
この森は一撃熊のような名前からして冒険者殺しなモンスターが出没する危険地帯。
緊張感を持って進まなければならない。
――そう、慎重に、緊張感を持って進まなきゃなはずなのに。
「ねえめぐみん、今日はまだシてないけど平気? まだ金鉱山までは距離があるし、もし我慢できないならそこの茂みでちょろっと……」
「何を言い出すのですかこの子は! 私がはたしないことするみたいではないですか! 大体、一発で全てを放つのでちょろっととかありませんから!」
「つまりめぐみんは限界まで我慢して貯めに貯めて堪らなくなったら漏らすと……十分はしたないと思うなぁ」
「ねりまきまで!? あなたは私のサーヴァントではなかったのですか! これは裏切りですよ! そもそもこれって爆裂魔法の話ですよね!? 今爆裂したらドラゴン退治できないのですから嫌でも、限界を超えてでもドラゴンスレイヤーの称号のために我慢しますから!」
わめき散らすめぐみんと、それを冷静にからかう二人。
普段はからかい上手なのはめぐみんなのに逆の立場になってるのは新鮮だなぁ――じゃなくて!
こいつら、本当にドラゴン討伐に行くテンションなのか!?
「おい、流石に大声でそんな話してたらモンスターが寄ってくるだろ。もう少し静かに行こうぜ?」
「ちっちっち。心配には及ばないよカズマさん。私、消音魔法と屈折魔法を使ってるから」
確かサイレントとライト・オブ・リフレクションだったか。
いざとなったら俺の潜伏スキルでやり過ごそうと思ってたんだが、いつの間に使ってたんだろうか……。
「ってことで気にしないでオッケーだよ」
「なるほどな、それなら気にしすぎなくてもいいか…………いや、それでも緊張感なさすぎるだろ!」
ピクニックに来たわけじゃないんだぞ、本当に。
ほらそこを見てみろ、疲れたっていうアクアのためにゆんゆんがシートを敷いて小休憩とろうとしてるぞ。
唯一常識的なのはダクネスだけか……と思いきや、ダクネスがポットのお湯で紅茶を淹れている。
その光景を見て思わず愚痴りそうになったその時。
「あ、カズマさんカズマさん。そっちの方からモンスターくるっぽいよ」
「えっ? でも俺の敵感知には何も反応は………………あ、いた、いたわ!」
「でしょ? 私のエネミー・サーチに引っかかったから」
ねりまきの言葉を聞いてからしばらくして敵感知スキルがモンスターを捉えた。
確かに俺のスキルはちゃんとした盗賊職より性能は劣るが、だからってそれより先に魔法使いが敵に気づくとは。
テレポートとかさっきの魔法以外にも便利な魔法覚えて……これ、俺がいなくてもねりまきに全部任せとけばいいんじゃ?
そんなヒモまっしぐらな思考に首を振りつつ、俺はこちらに近づいてくる敵の方を見る。
「どうする? 今から逃げるのは大変だと思うけど……」
「俺の潜伏スキルとねりまきのさっきの消音と屈折の魔法でやり過ごしたいが、流石に匂いがなぁ……迎え撃ってみるか」
「だったら準備運動がてら私とゆんゆんで先手打ってくるよ」
「じゃあ任せた。俺の弓とかで下手に手を出すより確実だろ」
「りょーかーい! じゃあ先行って対処するね。行くよ、ゆんゆん!」
「あっ、待ってよぉ!」
軽やかな声とともに、ねりまきはゆんゆんを片腕で引っ張り、そのまま森の奥へと駆けていった。
まるで風に溶けるように音を消し、視界からもすぐに消えてしまう。
「……ねえ、今の身体強化の魔法?」
「いえ、あれは魔力による身体能力強化ですね。以前見たときもねりまきの練度は中々なものでしたが、いくらステータスがレベルアップで底上げされていたとしても、そこに至るまでどれだけの鍛錬を積んだことやら」
「いや、あれもう魔法使いの皮を被った忍者だろ。音も消えるし、姿も消すし、敵感知もお手の物って。何だよあいつ」
「忍者……いい響きじゃないですか! 私としてはアサシンの方が好きな響きですが忍者も悪くありませんね。あとでねりまきに教えてあげましょう。きっと喜びます」
めぐみんの言葉を聞いてダクネスも呆れながらも苦笑する。
……まあ、あいつらがいればドラゴン戦も少しは楽になるかもしれない。
そう信じつつ、俺たちはねりまきとゆんゆんが駆けていった方へ歩き出した。
もうその頃には俺の敵感知スキルに反応はなかった。
「はっや、もう倒したみたいだぞ。ゆんゆんのもう体調も問題なさそうだな」
「……結構前から大丈夫でしたよね? カズマは過保護というか、心配性すぎるのでは?」
めぐみんが呆れ顔で首を振る。
だが俺は知っている。
こいつがこっそりと起き出して、ゆんゆんの様子を覗きに行っているのを。
しかも心配そうに眉を寄せながら、ちゃんと毛布を掛け直したりしてるのを。
「……何ですか、ニヤニヤして。その顔でこちらを見るのはやめてほしいのですが」
「……何でも」
後でゆんゆんにこの話暴露してやろ。
そう思いながら俺はそれ以上突っ込まないことにした。
そんなやり取りをしているうちに、だんだん血のにおいが強くなっていく。
そこには、紅魔族二人が怪我一つなく、俺たちを襲おうとしていたモンスターの首と胴が切り離されていた。
「ほう、これはまた見事な切断面ですね。ねりまきの仕業ですか?」
「いんや、ゆんゆんだよ」
「ええっ!? これをゆんゆんがですか!? い、いつの間に上級魔法を覚えたので!?」
「べ、別に覚えたわけじゃなくて、レベルが上がって威力が上がったから……」
確かにめぐみんが言うとおり、今回の戦闘の痕跡は今までのゆんゆんじゃあり得ない。
レベルアップしたからと言って、あんなに不調になってたのに初っぱなこの威力が出せるなんて誰が想像できただろうか。
「やるよねぇ。威力が上がってて私も一瞬上級魔法覚えたのかと思ったもん」
「そ、そんな、えへへ……。で、でもねりまきこそ新しい魔法使ってたし、スリープとアンクルスネアは初めて見たわよ? しかも高レベルの魔物に効くなんて!」
「ふふん、あれはゆいゆいさんが超強力に魔改造した特別仕様をこっそり伝授してくれたんだよ」
「すごい……。私なんてまだ中級魔法とテレポートくらいなのに、もう上級魔法どころか支援魔法まで幅広く……。卒業した時は同じくらいだったのに、どんどん私を追い抜いて強くなって……」
「いやぁ……あ、あははは…………」
羨望を込めたゆんゆんの声に、ねりまきはさっきまで胸を張っていたのに急に歯切れが悪くなる。
……どうしたのだろうか。
もしかして自分の魔法に自信がないとかか?
「謙遜しなくてもいいんだぞ? 俺より索敵も優秀だしな」
「そ、そんなことないよ! 支援魔法に関してはまあそこそこスキルポイント割り振ってるけど、攻撃は二人に比べたらからっきしだし戦闘中の活躍は期待しないかな……なんて」
「そんなこと言って、ねりまきは私よりレベルは高いじゃないですか」
「レベルは、ね。めぐみんの魔力ステータス見ると自信なくすよ」
「それは知っているでしょう? 邪王真眼は特別なのですから」
「そりゃあまあ、知ってるけど……」
……特別っていう割に今までの道中で活躍の一つもしていない件について。
その特別ってのが本当だとして、それが爆裂魔法とかいうネタ魔法を習得してしまったのは人類規模で大損失だと思う。
「そんな私のサーヴァントだというのであれば堂々としていればいいのです。道中の露払い、頼みましたよ」
「カズマとめぐみんの言う通り。あの鮮やかな動き、まるで暗殺者のごとしよ。この女神アクアが野性の忍者の称号を与えるわ! 謙遜なんかしないで堂々としてていいのよ」
アクアがそう言うとねりまきは困ったように笑う。
……正直に言っていいんだぞ、そんな称号いらないって。
「道中は頼りにならない人たちに代わって私のこと守ってね!」
「おい、誰か言われてるぞ。俺は該当しないしめぐみんかダクネスのことだぞ」
「言われてますよダクネス。私も該当しませんので」
「わ、私なのか!? めぐみんよりは道中役に立つはずなのだが!」
それからもねりまきの支援系魔法とゆんゆんの攻撃魔法の鮮やかなコンビネーションは接近する敵を屠り続けた。
最初こそ二人のフォローにいつでも入れるように準備していたが、むしろフォローされている側で……
俺は敵感知スキルを使うことをやめた。
そもそも紅魔族は戦闘民族として名を馳せている超武闘派集団。
ちゃんとした紅魔族が二人そろってる今、俺たちが恐れるものは何もないのだ。
しばらくして森を抜けると、視界の先にようやくドラゴンが住まうという金鉱山の全貌が姿を現した。
切り立った岩肌は白い雪を抱え、冷たい風が谷間を駆け抜けるたびに、耳の奥を刺すような甲高い音を響かせる。
人の気配など感じられない。
ただ鉱山の入り口だけがぽっかりと口を開け、暗く湿った気配を放っていた。
ここから先にいるドラゴンを討伐しなければならないと思うと胸の奥が重たくなる。
いいや駄目だ、こんなことばかり考えちゃ。
アイリスのためにも俺のためにも、ドラゴン討伐を成し遂げないと。
そう思い、俺は首を振りながら皆に向き直り。
「よし、じゃあ作戦の確認だ」
「いよいよだからな。何か間違って記憶していたら取り返しのつかない状況になる。私としてはそれでもこの命をかけて皆を守るが」
ダクネスの凜々しい声に俺は頷く。
そんなかっこいい雰囲気を出しておいて、心の中ではきっとドラゴンの一撃を想像して悶絶しているに違いない……そんな雑念は捨て置く。
「じゃあまずドラゴンについてだが、今の時期は鉱山の中で冬眠している。ただし、奴は光や音、魔力にはかなり敏感だ。ちょっとした刺激で目を覚ます」
その説明に、ダクネスもめぐみんも、ゆんゆんも真剣な表情で頷いた。
……ただ一人、アクアを除いて。
「おい、そこ。なんでボケーっとしてんだ? ちゃんと聞いてんのか?」
「何かしら、もちろん聞いてるわよ? 聞いてるんだけど……ドラゴンが冬眠してるとか初耳なんですけど?」
「宿を出るときに話してただろ!? お前、絶対あのとき聞いてるふりして聞いてなかったな!」
俺の声にアクアがギクリと肩を震わせた。
その挙動だけで図星だとわかる。
まったく、こいつがパーティにいるだけで神経の消耗が倍になる気がする。
とはいえ、そう意味での確認作業だ。
嫌な予感がして今こうしてもう一度確認しようと思ってよかった。
俺は大きくため息をついてから、改めて続けた。
「いいか、まず洞窟に入る前にアクアが支援魔法をかける」
「……ああっ、その話ね! もちろん知ってたわ! 私に任せてちょうだい!」
急に胸を張って堂々と宣言するアクア。
絶対忘れてたやつだろ。
あんに間抜けな面をして忘れてたのに任せられるのだろうか。
問い詰めてやりたい衝動に駆られたが、時間も惜しい。
今は……そう、今は勘弁してやる。
「それで、だ。鉱山の中には盾役のダクネスを先頭、ゆんゆんを後衛にして、俺が潜伏スキルを使って三人で近づく。暗視用のポーションも用意してある。ゆんゆんは病み上がりだが……」
「大丈夫です! さっき初めて使ったときは魔法が思った以上の威力で自分でも驚いちゃいましたが、戦いを何回かこなしたおかげで体も感覚も慣れてきたと思います。でも、私よりねりまきの方が……その、魔法の種類も多いですし……」
控えめにそう口にするゆんゆんに、俺は一瞬迷った。
確かに言う通り、ねりまきのスキルは索敵も支援も多彩で、今までの戦闘を見ても十分頼りになる。
「そうだな。もし上級魔法で仕留められるならそれが一番だし、ゆんゆんと協力して撃ち込めば可能性はぐっと上がる。……ねりまき、頼めるか?」
「え、えっと……」
唐突な指名にねりまきは言葉を詰まらせ、視線を泳がせた。
明らかに反応が鈍い。
やはり何か事情があるのかと問いかけようとしたところで――
「ちょっと待ってください!」
俺の胸倉をつかんできたのはめぐみん。
瞳を爛々と輝かせ、怒気を帯びた声を張り上げる。
「私がドラゴンスレイヤーになるのではなかったのですか!? ここまで魔力を溜めに溜めてきたというのに、今さらお預けだなんて聞いていませんよ!」
「いや、落ち着け。別に出番を奪おうって話じゃない。あくまで可能性の話だ。ドラゴンってのはとんでもなくタフな相手だ。冬眠中に不意打ちしたとしても、上級魔法の一発や二発は平気で耐えるだろう。俺だってできることなら最初の一撃で片付けたいさ……でも、きっと無理だろうなぁ……」
そう言いながら、ちらりとめぐみんの顔を盗み見る。
するとどうだ。さっきまで怒り心頭だった表情が、次第に綻び、嬉しそうに頬を染めているではないか。
「ふふ……なるほど、やはり最終的には我が爆裂魔法の出番があるかもしれないと。まあ、別に? ゆんゆんやねりまきが倒してしまっても私は構いませんけれど? ですが、もし失敗したときは――仕方なく私が華々しく討ち取るしかないでしょうね!」
どや顔でそう言い放つめぐみんを見て、俺はなんとなく溜息をついた。
……あー、やっぱりこいつにトドメは譲りたくない。
下手すると討伐後に延々と自慢される未来しか見えない。
(よし、ゆんゆんとねりまきには全力で頑張ってもらおう……!)
そう胸の中で決意を固めながら、俺は再び鉱山の暗い入り口へと視線を向けた。
※すみません、現在のカズマのレベルを考えたときに流石に千里眼も狙撃も覚えているのは無理があるかなーと思い、今までの話も含めて、その二つのスキルに関しての説明を変更しました。カズマは今はまだ千里眼と狙撃は覚えてません。ということでお願いします。
最近忙しいので投稿頻度が減りそうです。原作小説1巻分を1章として、どこまで書こうかという…
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第6章(現在の章)
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第7章
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第8章
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リメイクしてテンポよく進める