鉱山の入り口までたどり着いたとき、俺は思わず足を止めた。
遠目に見たときはただの大穴にしか見えなかったが、こうして目の前に立つとその圧倒的な規模に息を呑む。
口を開けた暗闇が巨大な怪物のようにこちらを待ち構えているようで、背筋が冷たくなった。
しかも壁面の岩肌をよく観察してみれば、それが自然に風化してできたものではないのは一目瞭然だった。
鋭利に抉り取られた痕、叩き割られた岩の破片、削り取られた穴は力任せに穿ったドラゴンの仕業だろう。
自分の棲み処にするためにこの山を破壊し、作り変えたに違いない。
「なあ、やっぱり引き返さないか? やっぱり駆け出し冒険者にはドラゴン討伐なんて無理あるって」
「何を言い出すかと思えば、今更怖じ気づいたのか?」
「いやだって見ろよあの穴……」
「確かにドラゴンは強敵だ、岩を穿って巨大な穴作り出す程度には。だが安心してくれ。私はあのような攻撃からお前たちを守るために前に出るのだ。もし危機が迫っても振り返らずに囮にして逃げてくれ。攻撃はからっきしでも時間を稼ぐことは得意だからな」
「……頼んだ。でも無理すんなよ」
「ああ」
凜々しい顔つきでダクネスが俺の肩を優しく叩き前へ出る。
こんなに俺が緊張して不安で吐きそうな中見えた背中はいつも以上に大きく見えた。
……どうしちまったんだろう、この変態クルセイダーがここまでかっこよく見えるなんて。
普段の言動さえなければ惚れてた。
…………そうか、これが吊り橋効果とかいう奴だ。
危ない危ない、ドラゴン討伐の緊張がダクネスに対する緊張にすり替わって変な気を起こすところだった。
いつもより大きく見えた背中はきっと幻覚だったのだろうが、それでも、いつも通りのダクネスを見てどこか心が軽くなった。
「よし……じゃあアクア。頼んだ。ありったけをかけてくれ!」
「待ってました! それじゃあいくわよ……女神の本領見せてあげるわ!」
「ねりまきも支援魔法、役に立ちそうなのを頼む」
「わかったよ!」
アクアとねりまきは両手を広げて詠唱を始める。
二人が複数種類の魔法を重ねがけし、その度に体の内が暖かくなる感覚を覚える。
そして最後にアクアが詠唱を終えて。
「どう? かけれるだけやってみたわ!」
「ああ、いつもより体が軽やかだ。これならきっとドラゴンの攻撃を受けたとしても数十秒……いや、数分はいける気がする!」
「なあアクア。魔法かけてもらってからでなんだが、ダクネスで数分耐えられるんだったら俺は一体どれくらい耐えられるんだ?」
「……」
「目をそらせんなよ」
「ま、まあ強く生きなさいな。致命傷だけは避けるのよ?」
反応を見るにどうも一撃も耐えられないらしい。
まあ知ってたけどな。
「よし……じゃあこれが暗視のポーションだ。入る前に飲んでくれ。めぐみんとアクアは洞窟から離れた場所で待機だ。俺たちが出てきたら俺たちを追ってドラゴンも出てくるはずだからタイミングを見て詠唱してくれ」
「洞窟の入り口ごと爆裂魔法で破壊するつもりで撃てばいいのですね」
「ああ。そうすれば俺たちには当たらないし、当たらなくても生き埋めになるし流石のドラゴンでもそうなればひとたまりもないだろ」
「しかしそうすると我が爆裂魔法でドラゴンを倒したとは言いがたいのですが……」
「でも飛んだら厄介だろ?」
「……わかりました」
渋々と言った様子で返事をするめぐみん。
しかし空に飛ばれたら狙いがつけにくくなるし、遠距離攻撃で攻められたらダクネス一人ではカバーできないだろうし、他にも色々困ることになる。
一番は洞窟の中でねりまきとゆんゆんの魔法で仕留められればなんだがなぁ……
「よし、じゃあ行こうか。ダクネス、先頭頼む」
「任せてくれ」
ダクネスが剣を構え、ずしりとした足取りで一歩を踏み出す。
続いて俺、ゆんゆん、ねりまきの順で列を組む。
暗視ポーションの小瓶を開け、苦い液体を喉に流し込むと、闇に沈んでいた洞窟の輪郭が浮かび上がってくる。
「……行こう」
俺たちはついにその大穴へと足を踏み入れた。
中は外の冬風で冷えた体には場違いなほどの生暖かさで、巨大な獣の吐息を浴びているかのようだった。
湿り気を帯びた空気がじわりと肺にまとわりつき、吐き出す息までぬるく重たい。
一歩、また一歩と進むごとに、全員の表情が硬くなっていく。
ねりまきの支援魔法がかかっている以上、本来なら声を殺す必要はない。
多少の物音や囁き声程度なら外に漏れることはないはずだ。
だが、誰もが無意識のうちに息を詰め、靴底が石を擦る音すら最小限に抑えようとしていた。
暗視ポーションを飲んだとはいえ、その視界はサーモグラフィーのようではっきりと色や質感までは把握できず、慎重に忍び足で音を殺しながら進む。
しばらくゴツゴツとした岩を空間を直進していると……
(ん? 何だコレ……)
俺は思わずその岩とは違う何かを触る。
目を凝らしてその形を見ると……
「も、もしかして金!? これ、金じゃん! そこら中金鉱石か!」
「しぃー! うるさいですよカズマさん! 消音魔法はあくまで音を小さくするだけなんですからこの音がドラゴンの耳に届いたら!」
「でもこれとっておけば借金払ってもお釣りくるんじゃ……あっ、とれた!」
「ああっ、拾わないで! そんなことはドラゴンを討伐した後だってできますから余計な荷物増やさないで!」
ゆんゆんに注意されたが余計な荷物どっさり持ってきたやつにだけは言われたくない。
俺は仕方なしに金鉱石の一部をポッケに突っ込んだ。
「……しっかし辺り一面金鉱石か。これだけあるのにドラゴンの占領されてるとなると大分エルロードは宝の持ち腐れだったというか……」
「仕方ないよ。ドラゴンは私たち紅魔族ですら気軽に戦えるような相手じゃないからね。魔王軍との戦いとは無縁みたいなここじゃあ誰もドラゴンなんて追い払えないよ」
「…………ちょっとくらい持って行っててもバレないよな? ちょっとした報酬代わりに」
「カズマさん浮かれてもいいですけどそろそろ集中してよ? こんなに金が密集してるってことはそろそろかもだからね」
そうは言うが、一本道の洞窟の奥はまだ見えない。
このまま行けば山を突っ切って反対側に出るんじゃないかと思い始めた頃――。
「おっ、なんかあっちの方明るいな」
「本当ですね……もしかして外かな……いや、でも……」
何だ、結構あっけなかったじゃないか。
ギルドの職員さんやラグクラフトが知らないだけでいつの間にかドラゴンは引っ越したってことだろう。
「なんだ、ドラゴンがいないなんて……緊張して損したぜ」
「あっ、ちょっと待ってください!」
ゆんゆんの声が聞こえたが安堵した俺には気にもとめず、汗を拭きながらその出口と思われる方へ足を進める。
しかしそこに出口はなかった。
代わりにしばらく進むと無機質な岩ばかりの洞窟の奥に別の何かが見え始めた。
最初は金の塊かと錯覚したが――
しかしそれはわずかに上下に揺れていた。
洞窟の空間を埋め尽くすような巨大な塊。
まるで黄金そのものが息をしているかのように、ゆっくりと、しかし確かに上下している。
自らほのかに光り輝く鱗を見て背筋に冷たいものが走る。
俺は唾を飲み込み、必死に目を凝らすと――想像を絶する本能的恐怖が身を襲った。
俺が出口だと思っていたものの正体は鈍い光を発している黄金の鱗。
そう、ドラゴンだ。
俺たちはついに辿り着いた――いや、辿り着いてしまったのだ。
目と鼻の先、いきなり恐怖の象徴が現れて、俺は呼吸をすることができなくなった。
肺に空気が入っていかない。
喉が閉じて、胸が締め付けられる。
体が硬直し、足が大地に縫いつけられたように動かない。
「……中々にデカいな。悪食で知られるドラゴンだ。……見ろ、あの金色の鱗。きっとこの鉱山の鉱石を食らったのだろう」
小さく低い声で唸るように言ったのはダクネスだった。
握りしめた剣の柄に汗が滲んでいるのがわかる。
緊張で喉を震わせながらも、視線だけは決して逸らさずに鋭く睨みつけている。
「やっぱり私たちの魔法でドラゴンを倒すのは難しそう……。いくらめぐみんの爆裂魔法でも、魔法耐性のあるドラゴンじゃ、もしかしたら……」
ゆんゆんの声は震えていた。
その肩も小刻みに震え、弱気な言葉が洞窟の湿った空気に吸い込まれていく。
一方で、ねりまきが小声で冷静に言葉を挟んだ。
「大丈夫。少なくとも今は冬だし、ドラゴンも万全じゃないはずだよ。めぐみんもいつもより半日以上爆裂魔法を我慢してるでしょ? ならほぼ確実に倒せるはず」
「そ、そうよね。きっと大丈夫よね」
「そうだよ。私たちはめぐみんが準備してるところまでこいつを叩き起こしてつれてけばいい。心臓を狙っても鱗が魔法を分散させて攻撃は入らないだろうし、首の逆鱗に攻撃したら洞窟が崩落するほど暴れ回る……どこ狙おうかな……」
ねりまきの声は冷静そのものであるが、表情や堅く握る手を見るにやはり緊張しているのだろう。
そんな中でもねりまきは洞窟の奥を示しながら俺に尋ねてくる。
「どうするカズマさん? どの辺に魔法を撃とうか……それより私たちの立ち位置の方が先か。やっぱり離れた位置の方がい――」
「無理無理無理無理!」
思考よりも早く声が出た。
レベルがどうとか、そういう問題じゃない。
いくら支援魔法を重ねがけしてもらっても、たとえさらにレベルアップしたとしても、アイツから逃げ切れるビジョンが浮かばない。
「ええっ!? こ、ここまで来て逃げるの!? せめてめぐみんのところまで……」
「無理ってったら無理だ! あんなのに魔法撃ったら逃げ切れる自信なんかねえよ! 撤退するぞ!!」
自分でも情けないと思うほどの裏返った声で叫び、俺は全力で背を向けた。
足が勝手に動いていた。
洞窟の外へ、冷たい空気を求めて必死に駆け出す。
「カズマさん!? ちょ、ちょっと待ってください! 私とねりまきで攻撃してドラゴンをおびき寄せるんでしたよね!?」
「うそでしょ!? 本当にここまで来て逃げるの!?」
「ま、待てカズマ! 流石に囮にしていいとは言ったが指示をくれないと……!」
後ろでねりまきやゆんゆん、ダクネスの声が追いすがるが、そんなものは耳に入らない。
俺は全力で走った。
足がちぎれてもいい、今ありったけを。
そういう思いで走った。
――今思えばあの走りはダクネスたちより速かったし、今くらい全力で走ればドラゴンをおびき寄せるなんて容易だったのかもしれない。
だが、恐怖で逃走本能が刺激された俺はひたすら来た道を走った。
そして洞窟の入り口まで走りきる。
その後ろをダクネスたちが走ってくるが俺はそんな状況は目に入らず、代わりに見えたのは杖を天に掲げ、魔力を全身からほとばしらせている最中のめぐみんだった。
「めぐみん! 作戦は失敗だ! 爆裂魔法は撃たないでくれ!」
「ど、どうしたのですかカズマ、息も荒いですし顔が真っ青ですよ!? というかもう詠唱は終わったのですが……中止、ですか」
「ああ、ドラゴンを誘導することはできなかった。まだチャンスはある。ドラゴンを起こさないようにだな……」
「無理です。もう詠唱も終わって放つしかない状況ですよ」
時限爆弾めぐみんは解除できない爆弾処理班泣かせの爆弾らしい。
膨れ上がった魔力は暴発寸前。
めぐみんの瞳は陶酔に濡れ、放たれる瞬間を待ちわびている。
「……じゃ、じゃあそーっとだぞ、そーっと撃ってくれ」
「そんなことできるわけないでしょう!? ゆんゆんもねりまきも似たようなこといってましたが私の爆裂魔法をなんだと思っているのですか!? 大体、私が金鉱山ごと爆裂魔法で爆破してドラゴンを討伐すればいい話でしょう? ふっふっふ、あの山を龍の墓にしてあげましょうか!」
「いーやいやいや! 流石にそれは駄目だって! それにめぐみんもそんな間接的にドラゴンを倒したってって言ってただろ!」
「ですが何もないところに爆裂するのは私の流儀に反するのです! いいじゃないですか、簡単にドラゴンを討伐できるんですよ!」
こんのロリっ子、手のひら回しやがって!
大体爆裂魔法の流儀って何だ!
「本当にやめろください! 金鉱山の入り口をちょっと破壊するくらいなら許してくれるだろうが、丸ごと壊したら支援金お話もおじゃんだし、何ならなくなった処刑が復活する可能性だってあるんだぞ! お願いだから鉱山には撃たないでください!」
「じゃあ私はどうしろと!?」
「俺もどうさせればいいのかわからなくなってきたわ! もうそうれじゃあ鉱山とは逆の方の適当な何かに撃ってくれ。それならドラゴンはあんまり刺激されないはずだ」
「わかりました。仕方ないのでドラゴンスレイヤーを名乗るのは明日からにしましょう。では『エクスプロージョン』ッ!!!」
爆炎の柱が空を夕焼け色に焼き上げ、その光景を目にした街の人々が悲鳴が聞こえてきた。
俺の脳みそは恐怖でいろいろとおかしくなっていたんだろう。
今更ながらにどうして街の方に撃っていいと言ってしまったのか。
アクセルのやつらがめぐみんの爆裂魔法になれてしまったのが根本的な原因だろうが、それをどうして普通だと思っていたのだろうか。
窓ガラスは割れ、洗濯物は吹き飛び、人々の悲鳴や警報音がけたたましく鳴り響く……これが正常な街のあるべき姿なんじゃないか。
アクセルの街は狂っていた。
しばらく俺が呆然としていると、いつの間にか十数人の兵士に取り囲まれていた。
槍の穂先がこちらを向く。
「さっきの爆発はお前らが原因か!」
「い、いや、そうなんだけどこれは被害を最小限に抑えるために仕方なかったというか……」
「どの口が言う! 広範囲にわたっての器物破損に住人たちの混乱……被害は甚大だ! さては魔王軍の手の者か!」
「ち、違う! 誤解だ話を聞いてく――!」
必死に弁解したが当たり前のように聞く耳を持たれず、俺らはそのまま連行された。
行きついた先は――牢屋。
石壁と鉄格子に囲まれたその場所で、俺は――
「お兄様…………どうしてこんなことになったのですか」
俺たちは約束通り、全員でアイリスと再会することになった。
こんな形で再開するはずじゃなかったんだ。
最近忙しいので投稿頻度が減りそうです。原作小説1巻分を1章として、どこまで書こうかという…
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第6章(現在の章)
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第7章
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第8章
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