父さん、母さん、お元気ですか。
俺はといえば――異世界で二度目の牢屋生活を送っております。
……なんでだろうな。
異世界に来たときは、もっと冒険らしい冒険を夢見ていたんだ。
ドラゴンを倒して称号を得て、仲間たちと凱旋する……そんな光景を。
だが、現実はどうだ。
ドラゴンに怯えて逃げ、その結果今や鉄格子に囲まれた薄暗い牢屋の中。
藁のようなベッドの上に座り込み、隣では騒がしい仲間たちが元気に暴れている。
どうしてこうなった。
「ちょーっと! 出しなさいよ! 罪状を! 罪状を言いなさいよ! これは完全に不当逮捕よ!」
俺の耳を劈くような声が響く。
アクアだ。
牢の格子をガンガンと叩きながら、今にも鉄が曲がるんじゃないかと思うほどの勢いで抗議していた。
牢の外にいた看守が呆れたように鼻を鳴らし、手にした棒を床に突いて答える。
「罪状だと? まさか抜け抜けとそんなことを言うとは思わなかったぞ。あんな街の近くで大魔法を放っておいて、誰にも怒られないとでも思ったのか。被害は重大だぞ」
看守が指さしたのは牢屋の小さな窓だった。
そこには無惨に砕け散ったガラス片が散乱し、外の建物の窓も同じように割れているのが遠目に見えた。
……あの爆裂魔法の衝撃波のせいだろう。
街全体が被害を受けたのは間違いない。
「ふむ。ですが私の住んでいた街では、せいぜい『街から離れたところでやってね』という忠告だけで済みましたが?」
「そんな街あってたまるか! ここの住人たちは、爆音と炎を見て魔王軍の襲撃かと勘違いし、大混乱だったのだぞ!」
「やれやれ。初回の大魔法で牢屋にぶち込むとは、この国の人々は随分と狭量なのですね」
ため息をつきながらも、めぐみんはどこか満足げに笑っている。
おい中二病、どの口が言う。
反省の欠片もないめぐみんに看守は肩を竦め。
「まあいい。言い訳は後で来る検察官にしてくれ。まあ、多分損害賠償と罰金と、もしかしたら執行猶予付きかもしれないが実刑はないだろう。だがもしお前たちが魔王軍の手先だったとしたら……」
看守がそう言いかけて、牢屋の奥へと視線を移した。
重苦しい足音が響く。
石造りの通路を進む靴音は規則正しく、それだけで威圧感を伴っていた。
やがて、濃紺の外套に身を包んだ赤髪の女性が現れる。
表情は鋭く、眉間の皺は一切の甘さを許さない雰囲気を纏っており、セナさんと同じ雰囲気を感じる。
どうやら、検察官とやらのお出ましらしい。
検察官は羽織っていた上着を壁に掛け、牢屋の中にいる俺たちを一瞥し、看守に「こいつらが?」と視線を送った。
「ええ、さっきほど兵士が捕縛した者たちです。街のガラスを破壊した爆裂魔法が放たれた場所にいましたので。報告書はそちらにあります」
「どうもありがとうございます。ではこちらの方で預からせていただきます」
検察官が王国暑を受け取ると、持参した分厚い書類を机に置き、静かに視線を上げる。
どうやら取り調べはこの場で行われるらしい。
検察官は俺たちの方に低い声で淡々と問う。
「さて、まずは確認させてもらいましょう。あなた方が、街の近郊で爆裂魔法を放った犯人ですね?」
「犯人とはまた大げさな。我が名はめぐみん、爆裂魔法で魔王軍幹部を屠りし者! そんな私の爆裂魔法がすごいのは当たり前で、その究極の攻撃魔法を目撃することができたとありがたがられるべきだと思うのです」
「……そうですか」
検察官がペンを走らせながら小さくため息をつく。
めぐみんが全く怯んだ様子を見せず、むしろどこか誇らしげに胸を張ったことに対してだろう。
反省もしてなさそうで、なんなら自分のことを悪いとすら思っていなさそうな様子……慣れてる俺でさえため息をつきたい。
「では、ご年齢と出身を教えていただけますか」
「13です。出身は紅魔の里です。その後はアクセルの街を拠点としアクセル随一の天才大魔法使いとして活動してました」
机の端に置かれていた小型の魔道具が鳴るかと思いきや――何も起こらなかった。
虚しく沈黙を保つ魔道具に、検察官がわずかに眉を寄せる。
「……鳴らない、だと? 紅魔族……このあたりでは珍しいが瞳は赤いですし嘘ではない……しかし大魔法使い……いや、爆裂魔法を使うほどだ、大魔法いではあるのだろう。しかし、本当に……13……? 大魔法使いにしては若すぎないか?」
「はい、そうですね。しかし、天才故にこの領域に到達するのに時間はいりませんでしたよ」
「は、はぁ、そうですか……」
その声には疑念よりも困惑の色が強く混じっていた。
ペンを止め、彼は視線をめぐみんの後ろに移した。
牢の向こうからこちらを見ている、二人の紅魔族――ゆんゆんとねりまきへ。
「もしかして……そちらのお二人も紅魔族の?」
「はい。13歳の紅魔族です」
「私も同じ……というかここ三人は同級生です」
ゆんゆんとねりまきの言葉に対しても沈黙する魔道具。
検察官は一瞬、口を開きかけて、そして言葉を飲み込む。
その目は、なぜか三人の胸元を交互に見比べていた。
「……魔道具が鳴らない……?」
「おい。私の言葉を聞いて、今お前が何を思ったか、はっきり言うがいい」
めぐみんが椅子から勢いよく立ち上がり、机をバンと叩く。
その目は真っ赤に染まり、何なら顔と耳まで熱を帯びている。
「い、いえ! その……人というのは意外と、年齢と外見が違うものだなーと……。ほ、ほら、二人は、その、大人びて見えて……あなたは年相応と言うか――」
チリーン。
検察官は冷や汗をかいた。
必死に弁解に疚しく思うところがあったのだろう。
それを見ためぐみんの瞳は炎を宿したようにぎらついていた。
「嘘はいけませんよ嘘は。検察官なのですからね。ほぉら、後ろめたいことなんてないでしょう? 包み隠さず話すがいいですよ!」
「あっ、あー! この人はきっと大丈夫でしょう! ええ、身元も確認できましたから! 犯罪を犯すようには見えません! つ、次の方に取り調べを移させてもらおう!」
検察官は顔を青ざめさせながらめぐみんの取り調べをやめた。
さっきまで冷徹な威圧感を放っていた男が、今は完全に防戦一方だ。
めぐみんは身を乗り出し、今にも牢を突き破り飛びかかりそうな勢いだった。
「まあまあ、めぐみん、どうどう……」
見かねたねりまきが立ち上がり宥めるように声をかけるが、めぐみんの荒ぶる気配は全く収まらない。
これでは話が先に進まないと思ったのか、ねりまきは。
「『スリープ』。ほーら、あなたはだんだん眠くなーる」
「くっ、ねりまき離してください! この検察官に話があるのです!」
「き、効かない!? ねりまき、めぐみんに効いてないわ!」
「大丈夫。ほーらワン『スリープ』、ツー『スリープ』、スリー『スリープ』あなたはどんどん眠くなる。ほら、ゆんゆん、膝枕の準備しておいて」
「くっ……ち、力が……卑怯、です……!」
最初こそ抵抗していためぐみんだが、重ね掛けしていくうちにふらりとめぐみんの体が揺れ、力が弱まり、ねりまきがゆんゆんの膝にめぐみんの頭を誘うと、ついには眠ってしまった。
……いや、何回重ねたよ。
「……お騒がせしました」
「い、いえ、ご協力感謝します」
「えっと、それじゃあ次の取り調べは私にする? それともゆんゆんの方が先?」
「いえ、一先ずその方をそのまま寝かしつけておいてもらえればありがたいのですが……」
ねりまきが苦笑いしながら検察官に軽く頭を下げ、検察官も頭を下げる。
そんな中、次に選ばれたのはダクネス。
背筋を伸ばし、まるで騎士団の査問会にでも臨むかのように堂々と椅子に腰を下ろした。
……いや、堂々というよりもどこか嬉々とした顔に見えるのは気のせいだろうか。
検察官は冷静に書類をめくりながら、淡々とした口調で切り出す。
「では、名前を。ご年齢と出身を答えてください」
「黙秘する」
「…………はい?」
「黙秘すると言ったのだ。この私の名前を知りたくば、拷問でも尋問でもするがいい! だが、誇りあるダスティネス家の名にかけて、そう簡単に口を割ったりはしない!」
「ダスティネスさんですね。……ダスティネスと言えば近隣の貴族でそんな貴族がいたような……」
「どうかしたか? もしかして尋問の内容について考えていたのか?」
「いえ、違います」
どこか芝居がかった声色で高らかに言い放つダクネス。
その頬はわずかに紅潮し、目の奥には妙な光が宿っていた。
俺は絶句した。
「では、どうしてあんな場所で爆裂魔法を放ったのですか? そこで眠らされているのはあなたのお仲間でしょう?」
「黙秘する!」
声を張り上げるダクネス。
検察官は額を押さえ、深いため息を吐いた。
「……黙秘されるとなると、こちらとしては疚しいことを隠していると取らざるを得ませんよ。前時代的な方法は使いたくはありませんが……その気になれば尋問や拷問の類いもできます。もちろん今の時代にそんなことをする気はありません。しかし、重大な隠し事をしていると判断されれば、やむを得ず拷問をすることになりますが――それはあなたの望むところでは……」
「望むところだ!」
「……ないでしょう……え? 今、なんと?」
「望むところだと言ったのだ!」
ダクネスの声は震えてすらいる。
が、それは恐怖の震えではなく、昂ぶりのせいだと一目でわかる。
「むしろ、一番キツいやつを! 私が思わず屈してしまうようなものを選んで、全力で使ってほしい! さあ、早く! それともこれは……焦らしプレイというやつなのか!?」
「……」
「くっ、カズマカズマ!」
「カズマだよ?」
「この検察官は相当やり手だぞ! じわじわと問い詰め恐怖をチラつかせて……!」
「違うと思うよ?」
ダクネスの発言で検察官は完全に固まった。
筆記用具を持つ手も止まり、目の前のクルセイダーを見つめたまま、石像のように動かない。
魔道具は、沈黙を保ったまま反応を示さない。
つまり、今のダクネスの発言は、心の底からの真実ということだ。
「もう我慢できん! 早く! 私を試してみろ!」
「……えっと……」
検察官が声を震わせ、視線を泳がせる。
身を乗り出すダクネスの顔は、恐ろしいほどに輝いていた。
検察官は躊躇いがちにねりまきに視線を向けると。
「あー…………はい、『スリープ』。これでいいですかね?」
「は、はい……た、助かりました……すみません、ありがとうございます」
「いえいえ」
「……ふぅ……では、次の方に移りましょう」
ねりまきが呆れ果てたように呪文を唱えると、ダクネスは一瞬で力尽きた。
寝息はあっけないほど静かで、先ほどの狂気じみた昂りが幻のように思える。
検察官は心底ホッとしたようにねりまきへ頭を下げ、顔を引きつらせたまま次の相手を慎重に選んでいた。
「えっと、カズマさんがいいと思いますよ?」
「……本当ですか?」
「ほんとほんと」
「……ご協力感謝いたします」
ゆんゆんとねりまきの言葉を聞いて、検察官は少し安堵の声を漏らす。
……なんだか別の意味ですっかり警戒されてしまった。
俺はその様子を見て、思わずため息をついた。
「えっと、出身というか拠点はアクセルの街です。年齢は……十六歳です」
俺は自分から口を開いた。
そうすると検察官はあからさまにほっとした様子を見せる。
何ならちょっとした感動か安堵かで目に涙をためていた。
いや、ほんとすんません、うちの仲間たちが本当にすみません。
「ご協力ありがとうございます。本当に……」
「本当に、すみませんでした。あの、ハンカチいります?」
「いえ、お見苦しいところを……。取り調べに戻りますね。あの、どうしてあんな街の近くで爆裂魔法を?」
俺は視線を落とし、言葉を選びながら答える。
下手に後ろめたいと思っているとこの魔道具は反応するからな。
「その……ドラゴン退治に行こうとしたんですが、実物を目にしたらあまりにデカくてですね。もう、呼吸が止まるかと思うくらいの恐怖で……結局、逃げ出しました」
「逃げた?」
「は、はい。……いや、本当は、鉱山の外に誘き寄せて仕留める予定だったんですよ。だからスタンバってためぐみんの爆裂魔法も要らなくなったんですが……」
「それじゃあ何で撃ってしまったので?」
「何と言いますか、もう撃つ準備が整ってて魔法をキャンセルできなくてですね。で、金鉱山に直撃すると色々と問題になるだろうってことで……反対方向に撃たせ、まし、た……はい」
チクショウ、惨めだ……やっぱこの魔道具嫌いだ!
本当のことを言っていると胸が痛くなる。
検察官の「そ、そうですか……」という微妙な反応がさらに心を抉ってきた。
場の空気がなんとも言えない沈黙に包まれたその時――。
不意にねりまきが口を開いた。
「あの、すみません。実は明日も、もしかしたら明後日も、爆裂魔法を撃つかもしれないです」
「……えっと、それはどういうことですか?」
「ああ、えっと、俺たち、あのドラゴンを討伐するようにって宰相に言われてて、もう一回再チャレンジするって言う……まだ予定は決まってませんけどね」
「ああ、そういうことでしたか…………いや、またあのドラゴンを討伐しに行くんですか!? それは……大丈夫なので?」
「大丈夫そうにみえますか?」
「……」
検察官は視線をそらせた。
ビビって逃げてきたって言ってるんだからそりゃそうだろう。
「あの、諦めるってことはできないんですか? もちろん冒険者の夢というか、偉業の一つにドラゴンスレイヤーはありますし、エルロード王国もあのドラゴンには辟易していますが……」
「妹との約束みたいなのもあるし、時間はかけてられないんだよ」
「迷惑もかかっちゃうしね」
アイリスにみんなで帰ろうって言ったが、ドラゴンを討伐できなかったら俺は……
だから討伐しなきゃならない。
だが、ねりまきは別のことを心配してるようだった。
ねりまきの言葉を聞いて、検察官は首をかしげる。
「あの、迷惑とは?」
「具体的に言うとこれから毎日爆裂魔法を撃ちます」
「迷惑すぎませんか!?」
「一応場所は考えますよ? 慣れてるアクセルの街では風物詩になってますし、エルロードの人も次期なれますよ」
「日課!? 風物詩って!? というかそもそも爆裂魔法を撃つのやめてください!」
「無理ですね。めぐみんにとってそれはトイレに行くなと言ってるようなもんです。人間、トイレに行くのを我慢し続けたら爆発して死んじゃうでしょ?」
「何というか……もっといい例えなかったんですか?」
「ないね。これが一番的確だよ。ね、ゆんゆん」
「比喩としては的確だけど表現としては不適切よ!!」
確かにめぐみんにとっての爆裂魔法は日課というより水を飲むとかご飯を食べるみたいなものだ。
依存症か何かだと思っているが、爆裂しないと体調が悪くなる。
しかしそんな光景を見ていない検察官にとっては普通の考えではないし、到底理解できないだろう。
「……毎日爆裂魔法を撃つというのは流石に認められません。そんな、どうしても我慢できないものなので?」
「えっと……めぐみんって人より魔力量が多いんだけど、爆裂魔法しか使える魔法がなくて……毎日とは言わずとも爆裂魔法を撃たないと魔力量が人間の許容量を超えちゃうんですよね。下手したらボンって」
「……は?」
声を発したのは検察官か俺か。
聞き捨てならない言葉をサラリと言ってのけたねりまき。
俺も検察官も思わず魔道具の反応を見るが、それからは何も音が聞こえない。
つまり――ねりまきが言ってることは真実である。
横にいたゆんゆんは真っ青になって慌てふためいていた。
「ね、ねりまき! それ、カズマさんたちに話してないんだけど!」
「えっ、そうなの?」
「そうなの!」
「……マジで?」
「マジで!」
「スゥー………………じゃ、今の話なしで!」
「できるかーっ!!」
俺は思わず叫んだ。
最近忙しいので投稿頻度が減りそうです。原作小説1巻分を1章として、どこまで書こうかという…
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第6章(現在の章)
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第7章
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第8章
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