俺はめぐみんとアクアの首筋に片手ずつ触れ、ドレインタッチを発動させているのだが……アクアの魔力の底が見えない。
次から次へと際限なく湧き出してくる魔力の奔流は、吸い上げても吸い上げても減る気配がない。
そしてめぐみんも飽くことなく魔力を受け入れてやがる。
「ねえ、カズマ。まだなの? なんだかんだで結構魔力吸われてる感じがするんですけど。めぐみんもそろそろ限界でしょ? 無理しなくていいのよ?」
アクアが余裕そうに言ってのけるが、その顔を見ると若干頬がひくついている。
しかしそんなアクアをよそに、めぐみんは首を小さく振り、その紅い瞳をぎらりと輝かせる。
「いいえ、まだまだですよアクア。邪王真眼の呪いで私は人間という種族から超越した存在へとなっているのです……もう、純粋な人間ではないのですよ」
……これはいつもの中二病発言なのか? それとも本当に何かあるのか?
さっき「魔力を発散しないと魔力過多で死ぬ」なんて話を聞いたばかりだ。
その事実が脳裏をよぎったせいで、俺の背筋はぞわりとこわばるが――
「……そう、我こそ改造人間である紅魔族にして、邪王真眼を左目に宿す者! まだ限界の七割五分も来てませんよ! ……うっぷ」
「いや、来てんじゃねえか限界!」
めぐみんは顔を青ざめさせながらも強がっているだけだった。
そんな状態のめぐみんを見て、アクアは口元ににやりと笑みを浮かべる。
「なによめぐみん? あんなに挑発しておいて、私の魔力を全部吸い切れないんじゃないの? 『二人分必要』とか言ってたのはどうしたの~?」
口調は余裕たっぷりだが、その額には冷や汗が一筋。
どう見ても張り合ってるだけで、どっちもそろそろ限界だ。
俺は呆れつつ、ドレインタッチの速度を一気に上げてみた。
「ふゃああああ!? ちょっと今体力までドレインしたわね!? いきなり速めるなんてカズマは馬鹿なのかしら!? 馬鹿なのよね!?」
「や、やばいかも……やば……っ……ふぅー……お、思わず吐きそうになったじゃないですか! というか下手したら爆発するって知ってますよね!?」
「悪い、なんかいつまでも意地を張ってるから悪戯してやろうかと思って」
「変なことはやめてください! というかもう、もう結構です! 止めてください! 今ので結構ギリギリまで来てますから!」
俺は慌てて手を離し、ドレインタッチを解除した。
二人は同時に大きく息を吐き、汗をにじませながらぐったりと項垂れる。
こうしてアクアからほとんどの魔力を分け与え終えたあと。
当のアクアはというと、地面に大の字で突っ伏し、両手両足を投げ出して「はぁ~……疲れたぁ……」とだらしなく呻いていた。
一方のめぐみんは気怠げに、肩で息をしながらもその真紅の瞳を煌々と輝かせ、不敵な笑みを浮かべていた。
いつもならもっと体調が崩れるのだろうが、今日はどうしてかそこまで悪くはなさそうだ。
そう思った矢先、めぐみんがぽつりと呟いた。
「すみません。ちょっと……いや、かなり魔力が多すぎて、詠唱していないのに爆発寸前と言いますか……ちょっとの衝撃で、ボンってなりそうです」
「言ってることは完全に不発弾じゃねえか。デストロイヤー討伐の時は平気だったろ」
「あの時は私の魔力もすっからかんでしたし、アクアからもらった魔力もここまでではなかったのです。あの、一歩も動けないのでおんぶか何かで運んではもらえないでしょうか」
「はぁ……仕方ねえな」
俺は肩をすくめつつ、めぐみんを運びだそうとして……
おんぶや抱っこは揺れるし、ちょっとの揺れで爆発するんだったら自殺行為だろうと気づく。
そこで俺は少し考えて、ふと視界の端にあったあるものを使うことにした。
「…………あの、カズマ。流石にこの運び方はどうかと思うのですが」
「何が不満なんだよ。おんぶとかより安定してるし特等席の乗り心地は快適だろ?」
「特等席じゃないですよ! よりにもよってネコ車で運ばないでください!」
そう、めぐみんは農作業や土木作業で重宝する一輪車で運ばれていた。
俺はこいつとは長い付き合いだ。
異世界に来て最初の一ヶ月は毎日毎日土木作業で使ったもんだ。
こいつの扱いに関しては中々のもんだと自負している。
「文句言うなよ、割と快適だろ?」
「だからこそよりムカつくのですが!」
「そう言えば前に土木工事の親方から聞いたぞ? 爆裂魔法使いをこれで運んだってな。お前も慣れてるだろうし本当に何にムカついてるんだよ」
「慣れとかそういう問題ではないのですよ! これからドラゴンを討伐する英雄をこんなもので運ぶのは色々と雰囲気とかぶち壊しですよ!」
不満げなめぐみんは顔を赤くして興奮しているようだが、これ以上は無駄だと無視を決め込む。
それに、これで運ぶとしても段差や石ころひとつに細心の注意を払わなきゃならない。
こっちはわずかな振動で起爆する爆弾を神経すり減らして運んでんだ。
……いやほんと、今の俺完全に爆発物処理班の気分なんだが。
慎重にめぐみんを目的地へと運んでいる中、不機嫌だっためぐみんが不意に口を開いた。
「それにしても、アクアの魔力は尋常ならざる量ですね……この私を以てしてもこのザマとは」
「確かに今回のドレインタッチでも中々底が見えなかったしな。まったく、魔力量が多いのはいいがほかのステータスも高ければよかったのに。……主に頭の方とか」
「カズマはアクアの扱いが酷いですね。普通の子なら泣きますよ」
「長い付き合いだからな。あの馬鹿の面倒を毎度見てればこうもなる」
「そうですか……」
本当にあんなに魔力があってもこういうとき以外無用の長物なんだ。
魔力を知力に変換できるチートがあればいいのに。
俺はため息をつきながらそう思っていたのだが……
「…………あの、つかぬ事を伺いますが……アクアは本当に女神なんですか?」
――めぐみんから爆弾発言が、唐突に炸裂した。
思わず段差への注意が吹き飛び、ネコ車がガタンと揺れる。
「うっ……カ、カズマ! ちょっと揺れ……ましたよ! 無様をさらした私を見たいのですか!」
口元を押さえて青ざめるめぐみん。
だが、今はそんな場合じゃない。
「い、今なんて……」
「揺れたから吐き気が……」
「そんなどうでもいいところじゃない!」
「ど、どうでもいい!?」
「今アクアのことをなんて言った!?」
「……アクアの魔力は尋常ならざる量と」
「いや惜しい! そこじゃなくて、その後の――女神とか何とかって! ま、まさかアクアが自称してるから真に受けたとかじゃないよな?」
思わず俺は視線をそらした。
別に隠していたわけじゃないが、あんな与太話を真に受ける奴なんて普通いないし、言いふらせば頭のおかしいやつとして避けられるのがオチだ。
……そう思っていたのだが、めぐみんの真紅の瞳は揺るぎなく、むしろ確信を持っているように見えた。
そう思っているとめぐみんが。
「まさか。アクアが自称してるからと言って信じるのはゆんゆんくらいなものですよ」
「だ、だよな……。いや、ちょっと待て。ゆんゆんは信じちゃってるのか!?」
「もののたとえですよ。しかしアクアが女神だというのは事実なのでしょう? 別に否定しなくてもいいです。それとも……カズマはアクアのことを知らないのですか?」
俺は驚愕で口が塞がらない。
それを見ためぐみんは俺が何を言わんとしているのかわかったようで。
「私が確信したのは最近です。疑問に思ったのは初めてアクアの魔力を見てからですかね。……知ってるでしょう、私の魔眼は魔力を見ることができると」
「あ、ああ。それは知ってたが……」
「最初は見間違えかと思いましたが、何度見ても結果は変わらず、アクアのは人間の許容限界を超えていました。……アクアはそういった類いの者なのですよね?」
そうか……。
めぐみんは魔力の流れが見えると言っていたし、人間がどのくらいの魔力量を持てるかも、実際に身をもって知っている。
アクアが女神を自称する頭のおかしいヤツじゃなくて本物だと判断したのだろう。
「なあ、それはアクアには言ったのか?」
「言うわけないじゃないですか。アクアに聞かれたら調子に乗ってウザったくなるでしょうに」
「それもそうか……よかった。アクアを頭おかしいやつだって思うならまだしも、敬ったり崇拝したりし始めたらどうしようかとヒヤヒヤしたぞ」
「普段のアクアを知っています。今更態度は変わりませんし、崇拝する要素もありませんよ」
本当によかった。
最初はバレたことに驚いたが、そこにいるのはいつも通りのめぐみんで……安堵して思わず息が漏れる。
しかしそんな安堵はメキリという木々がなぎ倒される音によって遮られた。
「……ダクネスがドラゴンにデコイを使ったようですね」
「だな。……じゃあめぐみんはここで待っててくれ。俺はダクネスにドラゴンを誘導する方向を指示出しに行ってくる。めぐみんは……」
「ええ。任せてください。我が魔眼は狙った獲物は逃しませんから」
めぐみん眼帯を外し、その黄金に輝く瞳を露呈させた。
日は西に傾き始め、黄昏色に包まれた木々の隙間を駆け抜ける影があった。
筋骨たくましいリザードランナーの背に跨がり、荒れ狂う竜の爪をかいくぐりながら走るのはダクネスである。
その姿は、まさに騎士の鑑だった。
手綱捌きは剣とは打って変わり驚くほど精緻。
ほんのわずかな首の動きや足の圧でモンスターを操り、後ろから振り下ろされる竜の鋭爪を紙一重でかわし続けている。
背後では地を揺らす轟音とともに、ドラゴンが咆哮をあげた。
振り返れば、夕日の色を受けて黄金に輝く鱗。
巨体が一歩踏み込むたび、大地は震え、乾いた土が飛び散る。
炎を吐くこともなく、ただその肉体の力だけで十分な脅威となっていた。
「くっ……! 速さを落とせば追いつかれ、離れすぎたら魔法とブレスの餌食になる……カズマもずいぶん無茶な命令をする、な!」
ダクネスは汗を飛ばしながら、ドラゴンの攻撃から身を躱す。
相手がドラゴンである以上、まともに攻撃を食らえばダクネスならまだしも、リザードランナーは一撃だろう。
彼女の役目は、あくまでも囮――場が整うまで盾として敵の注意を引きつけ続けることにあるのだ。
そんな時、遠くから声が聞こえてくる。
拡声の魔道具を使ったカズマの声だ。
『ダクネス! 一回、ドラゴンを街の方に誘導してくれ!』
その言葉にダクネスはぎょっとした。
街の方角といえば、人々が避難を終えたとはいえ、余計な被害が及ぶ可能性もある。
だが、カズマの真剣な眼差しを思い浮かべる。
あの男が無策でこんな指示を出すはずがない――。
ダクネスは剣を掲げ、リザードランナーの頭を街の方へ向けた。
しかしそれはつまり、ドラゴンがいる方で……
四脚歩行をする獣の横を通り過ぎる瞬間、竜の爪が彼女の頭上をかすめ、近くの岩を粉砕した。
破片が頬にあたり、わずかに赤い筋が浮かぶ。
だがダクネスは怯まず、笑みさえ浮かべて走り抜けた。
ドラゴンは吠え、獲物を逃すまいと巨体を揺らして追うが……
「『ライト・オブ・セイバー』――ッッ!!」
その瞬間、空気が震えた。
どこからともなく放たれた光の刃がドラゴンの側面を直撃したのだ。
地面を揺らす轟音とともに周囲の木々が倒れる。
当然の出来事に驚くも、ダクネスが目を凝らすと視線の先に二つの人影があった。
「ねりまき……それにゆんゆん! 上級魔法は覚えられたみたいだな!」
「ありがとうございます、おかげさまで……」
「……うん? どうしたんだ、念願叶って覚えられたのに荒んだ顔をしているが……」
「あぁー……ちょっとカモネギを討伐するのが大変だったんだよ。いろいろな意味で」
「いろいろ……?」
「まあ、かわいすぎてトドメを刺すのに躊躇したというか。まあ、そんなことはどうでもいいんだよダクネスさん! 私たちを乗せて鉱山の方に向かって! ゆんゆんがリザードランナーの上から狙うから!」
「カズマの作戦だな、わかった!」
ダクネスに迷いはなかった。
ねりまきとゆんゆんの手を掴むとそのまま二人を掴み上げる。
「しっかり捕まっていろ!」
「「はい!!」」
ダクネスの声に応じ、リザードランナーは走り出す。
ゆんゆんはダクネスとねりまきに挟まれるような形でねりまきに支えられながら、体ごと後ろを向いて土煙の方をにらみつける。
しばらくすると咆吼が土煙に晴らす。
そこから見えた姿を見ると、鱗に傷はついたものの、わずかに血を流れる程度でダメージ自体はほとんど見えず、ただ煩わしげに首を振るだけだった。
リザードランナーは脚をさらに強く蹴り込み、地を裂く勢いで疾走した。
その背で、ゆんゆんが再び魔法を放つ。
「『ライト・オブ・セイバー』ッ!!」
幾筋もの光刃が空を走り、ドラゴンの胸を、翼を狙う。
眩い閃光が夕日に紛れ、ドラゴンの不意を突く。
今まではただ逃げるだけだった存在が自分にダメージを与えたという事実にドラゴンは怒り狂い、口を大きく開いた。
「ブレスが来るぞ!」
「安心してダクネスさん! ゆんゆんはそのまま攻撃に集中だよ! 『リフレクション』ッ!」
透明な光壁が瞬時に展開され、直後に吐き出された炎の奔流を弾き返す。
火炎はドラゴンに降りかかり、わずかにその身を焦がした。
怒り狂ったドラゴンはそのまま怒りにまかせて空へ舞い上がり、もう一度ブレスを吐こうとするが……
「続けて――『フリーズバインド』ッ!」
続けてねりまきがそう唱えると、今度はドラゴンの口元に氷が走り上下の顎を凍りつかせる。
動きをわずかに鈍くしながらも呻き声を上げ、氷を破壊するために頭を振った。
しかしその隙を逃さず、ゆんゆんの光刃がさらに突き立つ。
胸から翼へと斜めに斬り上げる光の斬撃。
次々に撃ち込まれる刃が、徐々に鱗を割り、血を散らし、翼をズタズタにしていく。
10回、20回と。
その頃には、翼はすでにボロボロで、裂け目だらけになっていた。
それでもドラゴンの飛行能力は衰えない。
だが……。
「これで最後よっ! 『ライト・オブ・セイバー』――ッ!!」
ゆんゆんが震える手で杖を掲げ、全魔力を解き放つ。
光刃が天空を裂き、巨大な翼を一閃に断ち切った。
轟音と共にバランスを失い、重力に引かれて墜落していく。
しかし同時にゆんゆんは全身の力が抜け落ちる感覚に襲われる。
魔力切れだった。
ドラゴンはその瞬間を待っていたかのように、落下しながらも急接近する。
翼を失いなお、魔法で空を滑空し、忌々しげに、しかし勝ち誇ったように残る力を振り絞って襲いかかったのだ。
「くっ……来る!」
ダクネスが剣を構えるが、間に合わない。
――だが、ねりまきの手がゆんゆんの肩に触れた。
「大丈夫、計画通り! 『テレポート』!」
光が弾け、三人と一匹の姿が掻き消える。
その顎は虚空を噛み砕いた。
それと同時に――
『めぐみん今だ!』
拡声器を通したカズマの声が響き、竜の顎に置き土産のように――巨大な魔法陣が発生する。
紅の線が宵闇に妖しく輝き、空気そのものを震わせた。
「穿てッ!! 『エクスプロージョン』――ッッ!!」
ドラゴンの魔力を邪王真眼で正確に捉え、めぐみんの声が遠雷のように響き渡った。
その森の木々に隠れようとも無駄だった。
逃げ惑う間すら与えられず、世界そのものが爆ぜるかのような大爆発に呑まれ――
――ドラゴンの絶叫も、爆炎の中にかき消えていった。
最近忙しいので投稿頻度が減りそうです。原作小説1巻分を1章として、どこまで書こうかという…
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第6章(現在の章)
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第7章
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第8章
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リメイクしてテンポよく進める