誰かの声が夜空に響いた。
群衆がどっと押し寄せ、道を埋め尽くす。
驚きと恐怖でこわばっていた表情は次第に歓喜に変わり、歓声が嵐のように街を揺らした。
カズマたちはその中心にいた。
リザードランナーを引き連れて帰還する彼らの姿は竜を葬った英雄そのもの。
割れた窓ガラスや崩れた建物も、今は激闘の証として受け止められている。
「おお、英雄たちだ! 街を守ってくださった英雄たちの帰還だ!」
「ありがとう! おかげで家族が助かった!」
「まさか、あのドラゴンに勝つなんて……!」
街の人々は次々に駆け寄り、手を取り、深く頭を下げる。
めぐみんは胸を張って杖を掲げて「我こそがかの黄金竜を討ち滅ぼした大魔法使い、ドラゴンスレイヤーのめぐみん! 我が爆裂魔法に不可能はないのです!」とファンサをしている。
アクアも「ふふん。まあ、私たちの手に取っては造作もなかったわね。私のものすごい魔力を込めた魔法なんだから、ドラゴンもひとたまりもなかったはずよ!」と、得意げである。
しかしこの二人が例外なのだ。
ねりまきは引きつった笑みを浮かべ、ゆんゆんはどこか落ち着かない様子で曖昧に手を振って、ダクネスは顔を真っ赤にして視線を逸らしていた。
そしてかく言う俺は……
「……あ、あー……どうも……いや、その……」
溢れかえるように俺たちを取り囲む街の人たちから懸命に視線をそらせていた。
なぜなら――
「いやぁ、さすがは隣国で名をとどろかせる勇者様! 最初に窓ガラスが割れるほどの爆発を見たときには何事かと狼狽えましたが、いやはや、まさかドラゴンと戦っていたとは!」
(いや、すいません……あの街の惨状、戦いの最中にできた訳じゃないんです。戦う前に俺がビビって逃げ出したせいでできたヤツなんです……)
「どうしたんですか勇者様! 皆に英雄の顔を見せてやってください! 平和すぎるがあまりこの街に迫る危機を自覚していなかった我々に代わって、いち早く異変に気づいたあなたに感謝をさせてください!」
(違うんです。あれはあの爆裂魔法のせいで寝ていたところを叩き起こしただけなんです。異変起こしたのは俺たちなんです)
「しかもあの鉱山に眠る資源! 聞くところによるとほとんどあの金鉱山に被害はなかったと……つまり私たちの生活とこれからの経済のことまで考えて立ち回られてたと! あなたこそ真の英雄で――」
「すいません勘弁してくださいッ!! 俺たちそんな大層なことしてませんからぁ!」
「ああっ! 勇者様が逃げ出した! まさか実力だけじゃなく謙虚さも持ち合わせているとは……」
街の被害など考える余裕もなく窓ガラスを粉砕し、ただひたすら死刑回避をするためだけに奔走した勇者(笑)にもうこれ以上感謝しないで!
でもみんなが喜んでるのを見ると余計に言えない……ッ!
俺は夜の闇の中を掻き分けるように逃走し、王城の大門に駆け込んだ。
ダクネスたち3人も遅れてたどり着く。
衛兵が俺たちを城の中へと案内しようと正門を開けた――そのときだった。
「お兄様!!」
その瞬間、甲高い声とともに小さな影が飛び込んできた。
ふわりと花の香りと共に月に照らされたその影は金色の柔らかな髪の少女。
彼女は勢いよくカズマに抱きつき、王族という身分を忘れ、顔を胸に押し当てた。
「ア、アイリス!?」
「無事でよかったです! 本当に……よかった……!」
「……約束しただろ? そもそも俺たちが負けると思ってたのか?」
俺がおどけても、小さな肩は震え、目にはわずかに涙が滲んでいる。
普段は誇り高い王女も、この瞬間だけは年相応の少女に見えた。
そんなアイリスの頭をなでようと、思わず手を伸ばしたのだが。
「あああああーっ! 今カズマがナデポとニコポしようとしたわ! この男ときたら、私たちみたいな美少女とパーティーを組んでるからって増長して、幼い王女様相手に頭をなでて笑いかけただけで女の子を惚れさせる伝説のスキルを使おうとしたわ!」
「そ、そんな訳あるか! というかいつの間に来やがったこのアマ!」
叫び声に反応して思わずびくりと抱きしめかけた腕をどかすと、そこにいたのはアクアとめぐみん。
せっかくいい雰囲気だったのにコイツときたらぶち壊しやがって……こういうときくらい空気を読んでほしい。
「まったく、私が目を離した隙にどこに行ったのかと思えば。私とアクアがいない間に一体何をしているのですか? もしや私がドラゴンを倒せないとでも思ってましたか」
「め、めぐみんさん!? いや、これは、その……し、信じてましたよ! 負けないって信じてましたけど! 心配するのは当然でしょう!」
「今言いよどみましたね!? 何ですか! 私の爆裂魔法を見ておいて失敗すると思っていたんですかこの子は!」
そんな取りの後、一行は城の奥へと導かれた。
床に靴音が反響し、壁に掲げられた王家の紋章が威光を放っている。
奥の広間では、王子と宰相ラグクラフトが待ち受けていた。
「よくぞ戻った。ドラゴンを討ち倒したと聞いた時は信じられなかったが……その健闘、見事だった、サトウカズマ」
「ま、まあ、俺だけじゃないというか……パーティー全員で力を合わせたというか……」
「そうか。何にせよ、我が国の重要な財源となる金鉱山を奪還したことに変わりはない」
王子は椅子の上から、気難しそうな顔をしながらそう言った。
その声には確かな感謝が込められていたが、だとしたらどうしてそのような顔をするのか。
ラグクラフト宰相も冷たい視線を向けている。
ま、まさか、頑張るだけ頑張らせておいてやっぱり死刑にするとか言わないよな!?
不安になり心臓がはじけ飛びかけるも、王子の言葉は不安をかき消すものだった。
「この功績をもって、貴殿らの刑罰はすべて終了とする。それと、黄金竜の討伐の賞金は全額損害賠償に回された。本来であれば金額には達していないし、ガラスの損害賠償も請求したいところだが……金鉱山を取り返してくれたことだし色をつけまくって全額返済したことにしてやる。もはや貴殿たちを縛るものはない」
「え……えっと、つまり俺は――」
「死刑は取り消す。賠償はしなくていい。そういうことだ」
王子の声が広間に響く。
その言葉を聞いた瞬間、俺は胸を撫で下ろし、全身の力が抜ける。
「いやぁ~、よかったー……本当によかった、死刑とかじゃなくて……」
「よかっだぁ……かじゅましゃん、ほんどうによがったよぉ!」
「いや、なんでゆんゆんが本人より派手に号泣してんだよ!」
「だって、私がコロナタイトをエルロード王国に飛ばしちゃったせいで……!」
「まあまあ、とにかく無事でよかったじゃない! だから泣き止みなさいな、よーしよし」
「ひぐっ、アクアさぁん……っ!」
そんな中、めぐみんは自分の胸に手を当てて「私も後数年もすれば成長期でボインボインに……そうすれば包容力も……」と呟いている。
個人差というものがひどく残酷なものに思えてきたが、とにもかくにも俺の処刑はなくなったことに思わず安堵のため息が出る。
これでめでたしめでたしと思った……その刹那、宰相の言葉が場の空気を一変させた。
「まだ話は終わっておりません。すみませんがお静かに」
「終わってない? これ以上何を話すっていうんだ?」
「私たちが言ったのは死刑の取り消しについてのみです。――財政支援については、まだ検討中です」
「はぁっ!? な、なんでだよ! 俺たちは命がけでドラゴンを倒したんだぞ!」
冷ややかに告げられた言葉に、一同の表情が凍りつく中、俺はは机を叩かんばかりに前に出る。
他の面々も鋭い目つきだ。
「……ドラゴン討伐をすれば経済支援をしてくれると、おっしゃっていたではないですか」
「王女殿下。あくまでドラゴン討伐はこの者の処刑を取り消すかどうかだけです。彼の刑罰とベルゼルグ王国への支援は別物ですよ。失った信用は完全に取り戻すことはできないものです」
「ラグクラフト宰相殿。ここにいるカズマが引き起こした事件で受けた実害は養殖場の破壊と待ちの窓ガラスを砕いた、その二つだけだ。それで死刑を求刑すること自体随分なことに思う……が、外交問題である以上目を瞑ろう。しかし、ドラゴンの討伐を成し遂げ、金鉱山を使えるようにした我々に対して支援をしないというのは如何なものか。元々この討伐の結果がどうであれ経済支援を打ち切るつもりだった様にしか見えないのだが?」
クレアの鋭い指摘にラグクラフト宰相は顔を顰める。
そして、観念したかのように。
「……王女殿下、クレア殿。あなた方の都合は承知しております。ですが我々にもやむを得ない事情があるのです。どうかご理解いただけますよう」
「鉱山で金を採掘しても、支援はままなりませんか?」
「はい。申し訳ないですが……私はここで失礼します。現状、この街の被害状況も完璧には把握できておりませんので、少なくとも今すぐに支援をするかどうかを決めることはできません」
アイリスの懇願をかき消すようにラグクラフト宰相は去って行った。
……やむを得ない事情?
単に俺たちに嫌がらせをしていただけかと思ったのだが違うのだろうか。
あの腹黒宰相のことだ、嘘をついている可能性もあるが……
そう考えていると、しばらく俯いていたレヴィ王子はこちらの方を恐る恐ると見ると。
「その、すまないな。こちらにもいろいろと金を出せない事情があるのだ」
「そんな……」
「その、なんだ…………。そうだ、カジノは行ったか! 数日は復興で使えない店舗もあるだろうが俺が紹介してやる……だ、だからせめてカジノで気晴らしをするといい!」
王子なりの励ましの言葉なのだろうが……
もちろんそんな言葉ではアイリスの顔は晴れない。
広間を後にする前、レヴィ王子は従者に用意させた小さな封筒を取り出し、アイリスの手にそっと渡した。
王子の顔には申し訳なさが滲んでいた。
城を出るまで、王子はそれ以上の言葉を口にしなかったが、その沈黙に滲む感情がありありと見えてしまい、かえって俺たちを申し訳ない気持ちにさせる。
ベルゼルグ王国を支援できない事情……
一体何なのか、正直、俺には皆目見当もつかなかった。
「……申し訳ありません、皆さま」
外に出た途端、アイリスはうつむいて小さくつぶやいた。
肩が落ち、握りしめた封筒がわずかに震えている。
俺は黙ってその横顔を見ていた。
さっきまでの凛々しい王女の姿はそこにはなく、ただ無力さに打ちひしがれた年相応の少女の瞳があった。
どう声をかければいいのか、一瞬ためらう。
「アイリス様、気を落とさないでください。まだ終わってなどいません。宰相はこの街の被害の全容を把握していないと言っていました。つまり、意見がまた変わるやもしれません」
ダクネスが真面目な声で慰める。
だがアイリスは小さく首を振った。
目尻が赤く染まり、涙をこらえているようだった。
「私は、皆さまががドラゴンの討伐を命がけで行っている中、自分が何もできなかったのです……。もしかしたらその間に何か行動をしていれば、レヴィ王子と話してみれば結果がどうなったか……」
「そ、そんな! きっとあの王子や宰相に何言っても変わらなかったわ。それに、アイリスが私たちのことを思っていてくれた気持ちははちゃんと伝わってます!」
ゆんゆんが慌てて言葉を重ねるがアイリスの表情は晴れない。
唇を噛みしめ、まるで自分を責めるように黙り込んでしまった。
俺は頭をかきながら、どうしたもんかと考える。
アイリスを肯定してやりたいだけなのに、それを受け入れてくれない。
……こういう時、どうやって慰めればいいかなんてわからない。
そこで、俺はふとアイリスが握っている封筒に目を留めた。
中からは一枚のカードが少しだけはみ出している。
「なあ、アイリス。さっきレヴィ王子から何をもらったんだ? それ」
アイリスは戸惑ったように視線を落とし、ゆっくりとカードを取り出す。
装飾が施された金色のカードは、どうやらカジノのフリーパスのようだった。
「……これは、王都の娯楽施設で使える……その、遊戯場への入場許可証だそうです。もしよかったら皆さんで遊んできてくれませんか? 私は少し疲れましたので先に……」
アイリスは控えめに答え、俺にそのカードを渡す。
そして自分一人で気持ちにつけようとしているのか宿に戻ろうと体を翻した。
――が、俺はその手を掴んで離さなかった。
「お兄様……?」
「アイリス。まだ残念がるには早いみたいだぜ?」
俺は口元が自然と吊り上がるのを感じた。
不安そうに俺を見上げるアイリスに笑いかけ、頭を軽く撫でた。
「任せとけ、アイリス。お兄ちゃんに全部任せ――」
「あああああああっ! めぐみんめぐみん! カズマがナデポとニコポしたわ!」
……スキルポイントを消費して空気読みスキルを習得してほしい。
最近忙しいので投稿頻度が減りそうです。原作小説1巻分を1章として、どこまで書こうかという…
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第6章(現在の章)
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第7章
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第8章
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リメイクしてテンポよく進める