城門を出た一行は、夜の街を照らす明かりを背に、煌びやかなカジノの前に立っていた。
大理石の階段を上がるたび、耳には弦楽器と笑い声が混ざり合うざわめきが届く。
「お兄様、秘策と聞きましたが……まさか、このフリーパスでカジノに入るつもりですか?」
「当然だ。逆にこのカードでほかに何ができるんだよ」
アイリスが不安げにカードを見つめる。
俺は不安に思っている妹を安心させるように胸を張った。
こんな時こそ格好いいところを見せつける場面だ。
「……念のために聞いておきますが、お兄様は無茶な方法をとろうとしてるわけではないんですよね? 強盗のような強硬手段とかではないんですよね?」
「あったりまえだろ。俺のことをなんだと思ってるんだ? 任せろって言ったからには秘策がある」
「す、すごい自信! そ、それならいいのですが……」
俺の一言に、アイリスはわずかに目を見開き、胸に希望を抱いたように見えた。
だが、そんな期待を背負って入場した俺が最初にした行動は――。
「なあ、ダクネス。ちょっと金貸してくれ。ついでにクレアも」
「……は?」
「……あなたという人は」
俺の口から飛び出した言葉に、二人はぴたりと足を止めた。
氷のような眼差しに、背筋が冷たくなる。
横を見るとねりまきは口を開きもしなかったが、静かに向けられた視線は冷ややかで、さらに横を見ると、ゆんゆんがドン引きといった様子で睨んでいた。
「カズマさん……信じて損しました……」
「ゆんゆん、そんなに蔑んだ目をするものではないですよ。カズマのことです、何か策があるはずですよ。そう、例えば…………そう、何かしらの小細工とか」
「そうそう、めぐみんの言う通り! きっとカズマのことだもの、小賢しい技でイカサマして全勝するに違いないわ!」
「…………カズマさん。サイテー」
ゆんゆんの声は心底落胆している響きで、胸に突き刺さる。
めぐみん、アクア、ちょっとお前ら後で集合な?
俺のことをフォローしようとしてより事態を悪化させた件について話がある。
「お前ら違うぞ! これは投資だ! 俺の資金と合わせれば確実に増やして返す! ほら、この前のカードゲーム大会で勝った賞金もあるし、それと合わせて倍々に増やしていこうと――」
「……」
「……」
無言の圧力は強烈で、俺は喉を鳴らした。
まずい、必死に弁明するほどに、全員の視線はますます冷たくなっていく。
アイリスまでもが困ったように眉を下げ、苦笑していた。
「本当に待て!? みんな忘れてるみたいだけど、俺の幸運値は半端じゃないって知ってるだろ!? じゃんけんでもすごろくでも負けたこともないんだぞ? アイリスとクレア、それからねりまきは知らないかもだけど本当なんだからな?」
「そ、そうなんですか? めぐみんさん、お兄様の言う通りならここでお兄様が稼げば、もしかすると支援金を超える額を稼ぐことができるということですか?」
「……わ、忘れてなんかないですよ? ねえゆんゆん?」
「も、もちろん忘れてなんかないわ! でも流石にギャンブルで稼ぐってのいうのは抵抗が……」
「お前ら、揃いも揃って忘れてただろ」
俺から視線をそらせるパーティーメンバーたち。
ため息をつくと、アイリスの瞳が一瞬だけ揺らぎ、やがて小さく頷いた。
「……わかりました。兄さまを信じます」
その一言に、胸の奥が温かくなる。
俺を頼ってくれる以上結果を出さねばならないという、使命感に似た何かを覚えながら俺はエリスをチップに変換した。
そこから始まったのは快進撃だった。
ルーレットを回せば大当たりのベルが鳴り響く。
スロットに触れればジャックポットのランプが光を放つ。
カードゲームでは配られるたびにロイヤルストレートフラッシュが揃う。
そんな光景を見た周囲から驚きの声が上がる。
「おいおい、また当たりかよ!」
「す、すげぇ……!」
積み上がるチップは山のようになり、俺は椅子にもたれながら余裕の笑みを浮かべる。
最初に懐疑的な顔をしていたアイリスに笑顔が戻り……最初の連勝では興奮してイケイケどんどんと勝つ俺を見て喜んでいたのだが……嘘のように連勝するのでどんどん真顔になっていった。
「お兄様、これは一体どんな手を使っているのですか?」
「いや、タネも仕掛けもないただの幸運なんだが」
「そんなわけないでしょう!? 私をからかわないでください! さすがに私でもこれがイカサマしてるってわかりますよ! 私だけ、私にだけでいいですから教えてください! ヒントでもいいですから!」
「アイリス。カズマはこういう男です。いい加減諦めて私たちと同じ境地に来てください」
「そうそう。絶対あり得ないような状況なのに、本当に運だけ…………ねえカズマさん。本当にイカサマしてませんよね?」
めぐみんはいつぞやのじゃんけんのことを思い出して、達観したように静かにお茶を啜りながらアイリスを諭していた。
ゆんゆんもめぐみんと同じようにアイリスに話しかけるのだが……ルーレットでストレートアップ(配当倍率36倍)で賭けてたのが当たってゆんゆんが俺のことを怪しむ。
ディーラーより厳しい視線だ。
……一応俺たちって仲間のはずなんだけどなぁ。
とにもかくにも俺の豪運は止まらない!
このまま連勝の記録を順調に伸ばしていけば……そう思っていたときだった。
幸福な流れに水を差す存在がいた。
「ちょっと、カズマばっかりずるいじゃない! 次は私! 私がやるわ!」
「あっ! ちょっと勝手なこと……!」
「大丈夫よ! なんて言ったて私は女神よ! 女神の加護そのものなんだからきっと…………」
俺が静止する暇なく、アクアは勢いよくチップに手を伸ばした。
女神の加護とやらを口にしていたが、結果は――。
「な、なんでよぉ!!」
「知ってた。アクア、お前はやるな」
無情に消えるチップの山。
俺は慌てて三人の紅魔族に目配せする。
「めぐみん、ゆんゆん、ねりまき。疫病女神をテーブルに近づけさせるな」
「了解しました」
「わ、わかりました!」
「はいはい、アクアさん。しばらくこっちで私たちと遊ぼうねー」
「ちょ、あなたたち! 私はまだ賭けたりないわよ! 離しなさいな! やめっ、私まだカジノ楽しめてないんですけどー!!」
紅魔族トリオに押さえ込まれ、アクアは情けない声を上げてカジノから退店なされた。
こうして足枷を外した俺は、連戦連勝の快進撃を続ける。
やがてカジノ支配人が青ざめた顔で駆け寄ってきた。
「か、勘弁してください! これ以上は赤字で店が潰れてしまいます!」
「知るか! 大体、国営の賭博場だろここ。この程度の赤字で倒産するわけない!」
「いや、そうなんですが、そういうことではなくて、上の人から私が怒られてしまうので――」
「止めたかったら上の人呼んでこい! こちろら王子からの紹介でここに来てるんだぞ! ほら、このカードが目に入らぬか!」
カジノ店員の必死の叫びが聞こえるが、俺は椅子から立ち上がり、フリーパスを高々と掲げた。
まるで水○黄門のような光景……いや、どちらかというと場を荒らしている悪は俺の方なんだが。
最悪、それでも店が引かない場合はダクネスの家とクレアの家の紋章でも見せようかと企てながら、俺はさらに数日ギャンブルに勤しんでいると。
「お客さん。ちょっとこっちまで来ちゃいただけませんかね?」
「お前さんのせいでこっちも商売あがったりなんですわ」
そう言ってきたのはがたいのいいスキンヘッドの集団。
威圧的なサングラスとスーツ姿で俺に迫ってくるが、俺は全くそんな恫喝には動じない。
「今だ! アイリス、言ってやれ!」
「……ララティーナさん。クレアさん。酷き悪漢を懲らしめてやりなさい!」
「何を言っているのですかアイリス様!? それにカズマ殿も一体何を吹き込んだのですか! いくら貴族だからといって一般市民に暴力を加えるなど――」
「ああっ、こんなにもむさ苦しい男の集団が私たちを取り囲んでいるだと……ッ!」
「ダ、ダスティネス卿?」
「こんな男どもに蹂躙されてしまうと考えただけでも……っく! 辛抱ならん! いってくりゅう!」
「ダ、ダスティネス卿ぉっ!?」
俺たちには頼もしい仲間がついている。
邪魔をするアクアとかアクアとか悪漢とかを成敗してくれる頼もしき味方が。
ダクネスの剛力と鬼気迫る執着心に気圧されて、男どもの一部はなぎ倒され、ほとんどは逃げてしまった。
「あ……私を辱める男どもが…………」
「ど、どんまい。と、とにかくこれで!」
「はい、お兄様! これで一件落着ですね!」
「……果たして一件落着と言っていいのでしょうか。私には更なる厄介ごとを招くようにしか思えないのですが」
クレアが何か意味深なことを言っているが、これはある種のお決まりのようなものだ。
翌週も同じような展開で悪党を懲らしめる布石はこうやって張られていたのだろう。
こうして、俺たちは来る日も来る日もカジノに足を運び続けた。
ついでにめぐみんたちは金鉱山を開発するために駆り出され、山へ爆裂魔法をしに足を運び続けていた。
そんなめぐみんにアクアを付き添わせて、不幸女神を遠ざける日々。
本当に順調すぎるくらいに勝ち続け、俺たちの所持金は元々百万エリスもなかったが、今や何十倍、何百倍と膨れ上がって――
「カズマ殿……! 謝る、謝るから……どうか、もうやめてくれ……」
帰った宿に、涙目で必死に懇願してきたレヴィ王子がいた。
今日も勝ち続けてふんぞり返る俺に、王子は小さな声で頭を下げる。
その瞳には涙を溜めていた。
いや……なんだろうな、この状況……普通逆なんじゃなかろうか。
支援金を継続してくれるという嘘で俺らにドラゴンの討伐をさせたのは俺たちで、これは俺たちなりの仕返しなのだ。
なのにどうして俺が非難されないといけないのだろうか。
「何のことですか殿下。王たるもの、軽率に頭を下げてはなりません。それに、俺たちはこれでも感謝してるんですよ? これだけの国営カジノを満喫してくれって言ってくれて、初めてカジノがこんなに楽しいものだと知りました。この前勝ちすぎて、変にがたいのいい男に目をつけられましたが、優秀な紅魔族の護衛がとっちめてくれましたし、まだまだ稼げそうです。あっ、明日はこれからこのチップを全部ストレートアップで賭けようと思ってるんですよ。今まで負けてないし、どうなるか楽しみなんですよ」
そう言ってわざとらしく肩をすくめる俺に、王子はぐっと唇を噛みしめた。
「な、ないわー……カズマってば子供相手に大人げないわー……」
「せめて優しく『支援金の継続を考えてほしい』って言ってあげればいいのに……ドン引きなんだけどカズマさん……」
アクア、ゆんゆんから冷たい視線が飛んでくる。
やめろやめろ、俺を悪役扱いするな!
泣いてる王子の前で味方にまで敵認定されたら立場がないだろ!
「ち、違うんだって。支援金を打ち切ろうとしてるのはそっちだろ? だから俺は、なくなる分をこうして稼いで持ち帰ろうとしてるだけだ。それに、楽しいのは本当だし!」
必死に言い訳するが、場の空気は俺が悪人であると非難している。
むしろさっきより悪化している。
俺の理屈は正しいはずなのに、どうしてこうなるんだよ……。
「……そ、それには事情があるのだ……」
「事情、ねぇ……」
「今日はそれを話す。言い訳にもならないだろうが聞いてはもらえないだろうか……」
レヴィ王子が苦しそうに声を絞り出した。
その顔は、今にも泣き出しそうな子供のようで……
「……我が国は、魔王軍と取引をしている。魔王軍との和平交渉を進めているのだ。魔王軍がもし貴国に勝利したとしても、この国には関わらないこと。その条件として、魔王軍と交戦中のベルゼルグ王国にはこれ以上の支援を行わない……そのような取引を持ちかけられたのだ」
その告白は重く、部屋全体に落ちるように響いた。
最近忙しいので投稿頻度が減りそうです。原作小説1巻分を1章として、どこまで書こうかという…
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第6章(現在の章)
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第7章
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第8章
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リメイクしてテンポよく進める