魔王軍に、和平を持ちかけられた――そんなレヴィ王子のその言葉に、場の空気が一瞬で張りつめた。
「なっ……なんという愚かな! 貴様、魔王軍なぞの言葉を信用するつもりか!」
「人類の脅威である魔王軍の申し出だぞ! 罠に決まっている!」
相手が王子だということも忘れかけ、ダクネスとクレアは鍔に手をかけかける。
正直、俺もそう思った。
魔王軍が和平とか、どう考えても裏があるに決まってる。
だが、隣のアイリスが小さく首を振り、前へ進み出る。
澄んだ瞳を王子に向け、アイリスは続けた。
「レヴィ様は和平に同意したとはおっしゃってはいませんでした。……まだ、和平を結んだわけではないんですよね? 理由を……訳を聞かせてもらえませんか」
「……魔王軍の危険性は、重々理解している。だがベルゼルグ王国は、魔王軍を攻めあぐねている」
「そ、それは魔王軍も同じです!」
「……そうだ。戦況は膠着し、勝敗は読めない。そんな中で、中立を保つならば我が国には手を出さない――そう魔王軍から持ちかけられたのだ。一国を預かる立場として、無下にするわけにもいかない。近日中に魔王軍の者が来たら、そのときには……」
「そんな……!」
視線を合わせることなくそう言ったレヴィ王子を見て、アイリスは口に手を当てる。
しかし俺もわかるようにアイリスも理解しているのだろう。
自分の国を、国民を最優先に守らねばならないという考えは。
同じ国を背負う立場であればなおさらだ。
「し、しかし、事情は理解したが魔王を信用するなどと! 魔王の噂を知らないのか!」
「ダスティネス殿……ああ、その噂についてはいろいろと聞いている」
「ならばどうして! 魔王は女と見ればそれが子供だろうと攫い、姫を攫い、女騎士を攫い、変態的な陵辱の限りを尽くすのだぞ!」
ダクネスは一歩踏み込み、顔を紅潮させるが、それに対してレヴィ王子は短く答える。
その冷静さに、ダクネスの怒りはさらに燃え上がるも、レヴィ王子は首を振った。
アクアが腰に手を当て、得意げに胸を張り声を上げた。
「ふふん、そういう噂をばらまいてるのは、私の信者たちよ! アクシズ教の教義には、悪魔殺すべし、アンデッド祓うべし、魔王しばくべしってあるの。忠実に守った子たちが広めてくれたのね!」
おい待てコラ。
そうなると話が変わってくるぞ……
つまり魔王は被害者で、攻めてきてるのって結構本気でアクシズ教のせいなんじゃ?
いや、冗談抜きでアクシズ教を滅ぼすために攻撃してるって線が濃厚なんだが。
思わず頭を抱えている中、レヴィ王子が話を続ける。
「つい先日、それこそ爆発事件があったわずか翌日のことだ。交渉に来たのは魔王軍に属しているという……人間だった」
「なっ!? 人だと!? 魔王軍の手先はモンスターではなかったのか!?」
「そうだ。しかも魔王軍に属しているのにも関わらず、内面は聖人のようだった。そんな彼女の話では、魔王は配下となった人間をいたぶる趣味もなく、むしろ手厚く保護していると。理由なき略奪や暴力を好まないらしい。自身も、魔王に助けられたと言っていた」
「……っ!」
「加えて、魔王軍の使者はベルゼルグ王国が牙を剥いたのであれば相互無干渉ではなく援軍を送ると、そう言ってきたのだ」
ダクネスが息を呑むのと、俺の心に浮かんだ驚きは同じだった。
魔王のイメージといえば人類を殺し回ってるものだったんだが……
というか、そもそも交渉に来たタイミングがよすぎやしないか?
爆発が起きた翌日って……
そもそもその魔王軍の人間が言ってることもおかしい。
もし理由のない争いが嫌いならベルゼルグ王国にも攻撃をやめて条約やら何やらを申し出るはずだ。
少なくともレヴィ王子の話を聞く限り魔王軍の手先の話は怪しさしかない。
そんな中、ダクネスはレヴィ王子を鋭く見つめ。
「だがその魔王軍の手先が……人間に化けているモンスターという可能性とか、嘘をついている可能性はないのか!」
「嘘を看破する魔道具を使って確認した。間違いない」
「な……なんということだ……」
きっぱりと答える王子に、ダクネスは言葉を失った。
その場に膝をつき、項垂れるダクネス。
「魔王が女騎士を攫うという話は嘘、だと……。それでは、私がクルセイダーになった意味は……」
「ダスティネス卿。まだ魔王が善だと決まったわけではありません。貴殿が聖騎士となった志は、強きをくじき弱きを助ける――その信条は揺らぎません」
クレアが慌てて駆け寄り、肩を支える。
しかし、ダクネスはなおも項垂れたままだ。
心配そうに見つめるアイリスとクレアの姿に、俺は渋い顔をした。
……言えない。
せっかく二人が心配してるのに、本当は「魔王に攫われて陵辱されたい」というアホな夢が潰えたせいで落ち込んでるなんて、言えない……
そう思っている間にもレヴィ王子は話を続ける。
「そういうわけで、魔王が暴君ではないことを聞いてたんだが……俺はもちろん疑っていた。元の噂が噂だからな。だが魔道具はこちらが用意したもので魔王軍の者が細工できる隙はなかったし、何よりラグクラフトが……」
「ラグクラフトが?」
「……ラグクラフトがその話を信用しているのだ」
あの宰相が信用してるからって……一体何を言いたいんだ?
首をひねっていると、王子は声を落として言葉を続けた。
「アイツはただの平民から宰相の座にまで登りつめた人物だ。アイツはギャンブルなどせず、貴族の利権に飲まれず、国のためだけに尽くし、経済を立て直してきた男だ。王族や貴族からの信頼は厚い。実績と信用のまえでは、噂など些末なものに過ぎん。……これで俺からの話は終わりだ」
その言葉が落ちた瞬間、部屋の空気は重苦しく沈んだ。
ダクネスやクレアは憤怒に顔を紅潮させ、アイリスは泣きそうになりながら、めぐみんたち紅魔族は眉間にしわを寄せながら考え込んでいる。
それは、どうやってこの場面を乗り切ろうとか、そういう類いのものではなく……
「なあお前ら、何をそんな考え込んでるんだ?」
「いえ、その……王子様は、わざわざ私たちにこんな話をして……もしかして、魔王軍との和平に反対なのかなって」
「そ、そうなのですかレヴィ王子!?」
ゆんゆんのその言葉を聞いてアイリスが顔を激しく上げる。
俺やダクネスたちも思わず目を見開いた。
しかしレヴィ王子はその言葉に対してため息を吐きながら視線をそらす。
「……反対とは言っていない。ただ、噂と現実との間の差が激しすぎて確証が未だに持てていない」
「それはつまり……!」
「か、勘違いするなよ! これ以上この国のカジノで暴れられては困るから、支援金を継続させないのなら魔王軍との交渉が罠だという証拠を集めろと言いに来た……ただそれだけだからな」
その様子を見てアイリスはうれしそうにこぼれかけていた涙を拭った。
「ええっと……つまり何だ? 魔王軍との交渉にまだ疑念を抱いてるらしい王子様は、俺たちに証拠を集めて和平交渉をぶち壊してほしい……ってことか?」
「言い方がひどいが、まあそういう認識でいい。さっき話した通り、魔王軍の使者は近々来るだろう。それまでに証拠があれば言ってくれ。無ければ無いで我が国としてはいいのだが……どうにも引っかかるからな」
「引っかかるって……具体的にはなんかないのか?」
王子に思わずそう言葉をかけるが、首を横に振られて終わる。
確かに俺たちも違和感とやらは感じているが、当事者ではなく話を聞いた限りで判断している以上の推察は難しいところがある。
「なあお前ら……何かわかりそうか?」
「いえ、ここまで違和感しかない状況だと当事者であろうと絞るにも絞れませんよ。ねりまきはどうです?」
「全然ダメ。魔王の噂も人物像も、それに対して魔道具が鳴らなかったのも、全部が全部変すぎて……ねえ、ゆんゆん」
「そうね。魔王がその人間の子にチャームの魔法を使ったり、その子の前だけいい人のように振る舞ったり……どうやって魔道具を欺いたのかも、そもそも欺いてないのかも……考えられることが多すぎて」
「だよなぁ……」
かくいう俺も、何か点と点が繋がりそうで繋がらない、そんな違和感の糸が頭の中でこんがらがっていた。
しかしこれ以上こうやって考え込んでても何も始まらないと、俺は再びレヴィ王子に質問を続ける。
「なあ、念のため確認したいんだが、その嘘を看破する魔道具って、本当にちゃんと機能してたのか?」
「そのはずだ。魔道具は我らが用意したもので、魔王軍が細工する隙など……」
「そうか……話を聞く限りその嘘を見抜く魔道具は一回も鳴ってないように聞こえたんだが壊れてたりとかは?」
「確かに鳴らなかったが……そもそも鳴らせば信用が損なわれるし、ああ言う交渉の場では鳴らないように細心の注意をする。事前に魔道具が正常に作動することは数時間前に調べたとラグクラフトが言っていた」
「そうか……」
俺は黙って王子を見据えた。
その間に俺の胸中に芽生えた違和感が、じわじわと形を成して……裁判のときの経験が脳裏をよぎった。
「なあ、さっき魔道具に魔王軍が細工する隙はなかったって言ってたよな」
「あ、ああ。あの魔道具を触ったり運んだりする者は片手で数えられる程度だけだ。厳重な警戒態勢での交渉だったし、近寄れるのもそう多くはないはず……」
「じゃあさ、もしもだけどさ……内通者がいたって考えると」
「それは……! いや、あり得ないとは断言できないが、可能性はなくもない……だろう」
レヴィ王子は尻すぼみに答える。
自分の配下に裏切り者がいる可能性は否定したいだろう。
だが、俺のこの考えなら点と点が繋がる。
「落ち着いて聞いてくれ。まず、俺がここに来る前に裁判をしていたって話は聞いてるよな?」
「ああ、爆発事故の件か」
「その時になんだが、少し魔道具が壊れてたんだか細工されてたんだか反応しなくてな。なんかこう、俺の裁判の時とこの魔王軍との交渉の時とで同じような感じがしたんだが……」
「そ、そんな偶然、二度もあるわけ……ッ!」
そう、二度もあるわけない。
裁判で壊れていた道具と、今もまた同じような不具合が生じている魔道具……壊れたのではなく誰かが人為的にやったのではないかと思うのは当然だ。
レヴィ王子の表情が揺らぐ。
背後でダクネス、クレアは息を呑み、めぐみんたちは眉間の皺を深め、ただ唯一アクアはきょとんとした顔で首をかしげていた。
俺はさらにこう続けた。
「で、その二つのどちらにも関与している人物を俺たちは知ってるはずだ」
「…………ラグクラフト宰相がやった。そう言いたいのか」
「よくわかってるじゃないか王子様。ラグクラフトは王族や貴族に関係のない出身だったよな? 元々魔王軍と繋がっていた可能性も……」
「馬鹿なことをいうのはよしてくれ! アイツは! 宰相は今までこの国をより良くするために何十年と尽力してきたのだぞ! 今まで積み上げてきた実績は本物で……だからこそこの国の貴族も国民も宰相を信用しているのだ! それを内通しているだと……!?」
俺は思わず黙ってしまう。
レヴィ王子の言うとおり、今までの信頼の積み重ねは俺にはわからない。
そんな静寂を破ってくれたのはダクネス。
腕を組み、苦い表情でいた。
「……確かに、裁判中、アクアの妄言に反応しなかったのは不可解だった。あの魔道具がそう簡単に壊れるものではないはずだが……立て続けに起こるとなれば話は変わってくる」
「ちょっと! 妄言じゃないんですけど! でもそれはそれとして……宰相の席からアンデッド臭というか、悪魔臭というか、なんか変な匂いを感じたのよね」
アクアが憤慨して机を叩く。
いや、普段のお前の言動を見たらだれだってお前が女神だって気づくわけないだろ。
というかあん時いってた信者が1千万人いるとかも絶対嘘だろ。
でもその変な匂いってのが女神としての嗅覚で悪意を感知してるとかだったら話に信憑性がある……本当なのかはさておき。
アイリスも俺と似たような考えだったようで。
「アークプリーストであるアクアさんがそうおっしゃるのであれば……全くの荒唐無稽とも言えませんね」
「まだ仮定の域を抜けませんが、ラグクラフトが魔道具に細工を施した犯人だとすれば、筋が通ることが多すぎます。……和平交渉の裏に潜む謀略……いかにも怪しい響きです」
アイリスは小さく息を吐き、真摯な眼差しで王子を見つめる。
その眼差しは甘えでも疑念でもなく、ただ真実を求める強さを湛えていた。
そしてめぐみんも腕を組み、眼帯を指で押さえつつ俺の意見に賛同してくれた。
最後の台詞だけは余計だと思ったが。
「仮にスパイがラグクラフトさんじゃなくても、スパイがいるとするなら、魔王軍の使者が爆発事件の直後に現れるタイミングも説明できますよね」
「犯行の手口から二つの件の同一犯……魔道具に細工するっていう同じ手を使ったのが運の尽きだったね! いやぁ、さすがカズマさん! 曲者パーティーのリーダーなだけあるよ!」
「……それ、褒めてんのか……?」
ゆんゆんとねりまきの補足で脳内が整理されて、俺の中でもラグクラフトがスパイなんじゃないかという疑惑が増していった。
これで自分の違和感が間違いでないことを確信する。
その一方で、レヴィ王子は青ざめた顔で首を横に振っていた。
「……いや、違う。ラグクラフトが、そんな真似をするはずがない! アイツは……平民の出でありながら誰よりも国を思い、身を粉にして仕えてきた男だ。あの忠誠に嘘があるはずがない!」
強い否定に、場の空気が再び揺らぐ。
王子の目には確かな信頼と、裏切りを認めたくないという切実さが宿っていた。
俺はそんな王子を見て口を静かに開いた。
「……王子。だったら逆に、ラグクラフトが潔白だって証明すりゃいい。そうすりゃ全部丸く収まるだろ?」
レヴィ王子は一瞬、言葉を失ったように固まった。
そしてやがて、小さくうなずき、真剣な瞳で俺を見据えた。
「……わかった。疑っているようで心苦しいが、これはラグクラフトの潔白を証明するためにもなる。協力してくれないか」
「他にも何か違和感がないか探してみるが……よろしく頼むぜ、王子様?」
最近忙しいので投稿頻度が減りそうです。原作小説1巻分を1章として、どこまで書こうかという…
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リメイクしてテンポよく進める