カジノで暴れるカズマをレヴィ王子が止めにいってから数日が過ぎた。
今日は魔王軍の使いが来るということで、国の代表としてレヴィ王子とラグクラフト宰相はとある部屋にいた。
席に着き、緊張を隠せぬ面持ちで来客を待っているのだ。
そんな中、宰相がちらりと王子の方を見ると、その顔色は芳しくない。
「王子、今日はお加減がよろしくなさそうに見えますが……」
「見ればわかるだろう? はぁ……まったく、ベルゼルグ王国の田舎者ときたら、毎日毎日狂ったようにカジノに入り浸り大金をかっさらって! 加えて毎日毎日毎日爆裂魔法の騒音だ! おかげで寝不足だぞ! 俺以外に止められるやつはいなかったのか!」
「……申し訳ございません。何せベルゼルグ王国の王女殿下と懐刀の貴族がいるもので。ほかの貴族では力不足なのです。……もしよろしければ私だけで交渉を進めて参りましょうか」
「お願いできるか。しかし、元々立ち会う予定だったところを欠席するのは失礼に当たるだろう。最初だけは顔を出そう。……早く来ないものか」
王子はこんな場所からさっさと抜け出したいと言わんばかりの様子だった。
それもそうだろう。
ここは応接室とは名ばかりで、昼の光すら入らない分厚い壁で窓もなく、電気と一つの扉があるのみ。
その外には数人の兵が警備に当たっているが、部屋の中はまるで外界から隔絶されたような静けさに包まれている。
ここで行われるのは、エルロード王国と魔王軍の未来を左右しかねない秘密裏の交渉。
ただでさえ体調が優れない様子のレヴィ王子にとっては早く抜け出したいだろう。
そんな中で十数分。
普通の部屋であれば聞こえるはずの足音などなく、ノックされる音のみが合図。
コンという音から数秒後、交渉の扉が静かに開かれた。
「お久しぶりです、レヴィ王子、そしてラグクラフト宰相」
しとやかな声音が部屋に響く。
姿を現したのは、黒髪黒目の女性。
長い睫毛の下、泣きぼくろが印象的で、その微笑みには清楚な気品が漂っている。
「いえ、そちらこそ遠方はるばるようこそおいでくださいました、セレスディナ殿」
宰相が柔らかい笑みを浮かべ、両手を広げるようにして席へと促す。
しかし、その隣にいるレヴィ王子は口を開かなかった。
挨拶を受けても微動だにせず、憔悴したような顔色で椅子に深く沈んでいる。
不審に思ったのか、セレスディナは小首を傾げ、優しく問いかけた。
「……王子? どうかなされましたか?」
「セレスディナ殿、申し訳ない。王子は少々お疲れのようでして」
「すまない。何せ、最近カジノで暴れている者がいてな。それを抑えるのに毎日忙しい。おかげで寝不足がたたっている」
「それはそれは……」
「流石に顔を出さないのは失礼だと思ったのだが……申し訳ない。以後の交渉はラグクラフト宰相に任せてもよろしいか」
「いえ、むしろお気遣いいただきありがとうございます。レヴィ王子のおかげで余計な詮索なく円滑に話が進みそうです。どうかごゆっくりお休みください」
「ああ、後のことはよろしく頼んだ」
そう言うと王子は目を伏せ、疲労のにじむ声を出しながら立ち上がり、ぎこちない足取りで部屋を出ていった。
残されたのは、宰相とセレスディナ、そして扉の外に控える数名の警備兵のみ。
しかし防音構造のこの部屋の会話は外に聞こえないだろう。
扉が完全に閉まりきると、セレスディナはちらりと宰相に視線を送る。
その瞳には先ほどまでの優美さとは異なる冷ややかさが宿っていた。
セレスディナは小声ながらも鋭い響きで問いかける。
「……もう、誰もいませんよね?」
「ええ、大丈夫ですよ。しかし『おかげで余計な詮索なく円滑に話が進みそう』とは。王子が来てくれたおかげではなく、いなくなったおかげでしょうに。まったく、あなたの猫かぶりには脱帽ですよ」
「あんなんで褒めんな。あんな演技、自分でも鳥肌が立つくらいだぞ」
宰相が頷いた瞬間、セレスディナの仮面は音を立てて剥がれ落ちた。
彼女は腰から細長い煙草ケースを取り出すと、器用に一本を咥え、火を点ける。
紫煙が空気を汚し、先ほどまでの清楚な雰囲気は跡形もなく消え去る。
「はぁ……ったく、なんでこんな辺鄙なところに幹部である私を派遣するかねぇ、魔王は」
「諜報担当といえば、あなたでしょう?」
「そりゃそうだけどよ……こちとら魔王軍幹部だぞ一応。人使いが荒いにもほどがあるだろ」
紫煙を吐きながら、苛立ちを隠さぬ口調で吐き捨てるセレスディナ。
にラグクラフトは肩をすくめるばかりだ。
「大体、元々は私が出る幕じゃなかったはずだし、計画自体ももう少し後で動かす予定だっただろ」
「しかし、絶好の機会だと言ったのはあなたでは?」
宰相は皮肉を交えつつも冷静な声音を保つ。
セレスディナはふんと鼻を鳴らし、煙草の先を灰皿に押しつけた。
「……私以外が派遣されると思ってたんだよ。結局、自分で面倒見なきゃならんとはね。だがまあ、めんどくさいことをした甲斐があったってもんだ」
「それは、こちらの台詞でもあります」
言葉とは裏腹に、二人の顔にはどこか楽しげな色が浮かんでいる。
宰相は目を細め、机の上に両手を重ねる。
「わざわざ嘘を看破する魔道具に細工をして……もし細工ができなかったら、あのときの、最初に和平の交渉を師に来たときの嘘はどうするつもりだったのですか」
「あれか? あたしが魔王に助けられたーとか、魔王は無駄な争いを好まないーとか? そんなもん、その場にいた貴族や兵士を傀儡化して操ってただけさ」
セレスディナは笑いながら煙を吐き出す。
「魔道具がどうであれ、私の術にかかれば人間なんていくらでも真実を語る駒になる。でもまあ、そもそも和平を結びたいってこと自体嘘なのに、連中は疑いもしなかったよなぁ。身内の裏切りも、魔道具の精度も、何もかも。まったく、この国の連中は馬鹿でやりやすかったよ」
「一応、私が裏で信用という地盤固めをしていたおかげだと思うのですがね。しかし諜報能力もさることながら、本当に……味方ながら恐ろしい力ですよ」
「本当にそう思っているんだかどうだかな」
セレスディナの声音には、僅かな嫌悪が混じっていた。
魔王軍の中では幹部という地位についてはいるものの、その戦闘力は一般兵ににすら劣る。
戦闘能力に関して散々下に見られてきた彼女からしたら皮肉にしか聞こえないのだろう。
ため息をついたセレスディナは、椅子にガタリと座るとラグクラフトに手を差し出した。
「さて、早速和平の交渉といこうか。書類とペンをくれ」
「どうぞ。和平でも交渉でもないですがね」
宰相は用意していた紙とペンを差し出す。
セレスディナがそれを受け取ろうと指先を伸ばした瞬間――
「「――確保ォッ!!」」
「なっ……!?」
どこからともなく響いた声にセレスディナとラグクラフトの表情が凍りつく。
空気が揺らぎ、部屋の隅から二つの影が浮かび上がったその顔はカズマとねりまき、そして既にセレスディナとラグクラフトの背後に回り込んでいたダクネスとクレアだった。
背後から飛び出したダクネスとクレアがセレスディナとラグクラフトの両腕を押さえ込み、そのまま床へと押し倒す。
さすがの魔王軍幹部と言えど人間だ、人間の枠組みを超えてゴリラになりかけてるダクネスにかかればこうなるらしい。
ラグクラフトの方も戦闘はからっきしのようで、王女様の教育係兼護衛に押さえ込まれていた。
その様子を見て俺はようやく胸の奥に溜まっていた息を吐き出した。
「気配すら掴めなかった……くそっ、誰だテメェら!」
「我が名はねりまき! 紅魔族随一の酒屋の娘!」
「いや、本当に誰だよっ!?」
ダクネスが地面に抑えつける中、そう突っ込むのは魔王軍幹部であらせられるセレスディナさんだ。
いや、確かにねりまきの自己紹介を聞く限りそういう反応になるのはわかるけど。
「いやぁ、まさか自分から白状してくれるなんて思いもしなかったよ。スキルと魔法で隠れてた甲斐があったね」
「でもわざわざこっちで嘘を看破する魔道具を準備する必要なかったな」
「確かに」
「一体いつからいたッ!」
いつから居たかと言えば丁度レヴィ王子とラグクラフト宰相が入室したとき。
つまりお前らの悪巧みの会話は最初から最後まで筒抜けだったっていうわけだ。
まったく、消音魔法で魔道具の音を消してるからよかったが、最初セレスディナが入ってきたときには鳴りっぱなしで大変だった。
「さて、じゃあ俺がドレインタッチして無力化するからそのまま押さえつけておいてくれよ……こ、コラっ、暴れんな!」
「待て! 待ってくれ! は、離してくれ! 私は無罪だ! この魔道具は人の後ろめたさを読み取る機械で、今のは戯れなんだ! これはたわいのない冗談――」
――チリーン
その魔道具の音を聞いて、俺は思わずニヤニヤと顔をゆがめる。
「……なあ、今、魔道具がなったんだけど?」
「そ、それは……壊れていたり――」
「そんな訳あるか! てか壊れているのはそこに設置してる方の魔道具だろ! そもそも、これだけの人物に目撃されておきながらさすがに見苦しいぞ!」
「離せっ! 私は宰相だぞ! というか冒険者がドレインタッチを覚えてる方がおかしい! 今度裁判になったら覚えておけよ!」
「うるさいな! ほらクレア、もっと拘束する力強くしろよ! 俺に何かあったらどうするんだ!」
「押さえつけてるのは私たちなんだが!? まったく、自己保身においては油断も隙もないな、この男。お前が敵だったらどれだけ面倒くさいことになるか、想像もしたくない。敵がお前のようではなく、油断してくれて助かった」
「普通そこは俺が味方で感謝する場面だろ」
「私がお前に感謝するときなど、アイリス様の婚約破棄を達成できたときだけだ」
「ひ、ひでぇ……」
クレアが宰相を抑え込んだまま、低く言い放った。
必死に口を開くラグクラフトに俺はドレインタッチをしようと手を伸ばす。
しかしそのとき、ピクリとセレスディナの耳が動く。
妙な笑みを浮かべるその様子は、お得意の余裕ぶった演技でもなく、皮肉でもなく……俺の背筋がゾワリとした。
「なあ、あんた今、『油断してくれて助かった』とか言ったか?」
「……それがどうしたというのだ」
「アタシを押さえてるアンタもそう思ってるのか?」
「確かに余計な手間は省けたと思うが……」
「思ってるんだな? つまり……アンタらはあたしらがペラペラ喋ったことに感謝してるってわけだ」
「何を……」
俺と同じく何かいやな予感がしたのだろう。
ダクネスは眉を顰め、セレスディナを抑える力を強めようとした――その時だった。
「……命令だ。あたしとラグクラフトを押さえつけてるヤツらはそれをやめて解放しろ」
最初は何を言っているんだと耳を疑った。
仲間でもないダクネスとクレアにそんなことを言ったって聞くはずがない……そう思って鼻で笑いかけたのだが。
――次の瞬間、ダクネスの手がほんのわずかに緩んだ。
「なっ……!?」
押さえ込んでいたはずの鎧の隙間から力が抜け、セレスディナは蛇のように体をねじって拘束をすり抜ける。
すかさず彼女はラグクラフトに支援魔法を浴びせかけ、ラグクラフトも同様にクレアの拘束からから抜け出す。
「ダクネス! クレア!」
そんな俺の叫び声で二人は我を取り戻す。
慌てて敵を押さえ込もうとするも、時すでに遅し。
二人はドアに手をかけて部屋から脱出しようとしていた。
「しまった、逃げる気だ!」
「逃がさないよ! 『スリープ』ッ!」
「くっ……『ブレイクスペル』ッ!」
ねりまきの魔法を受けたセレスディナだったが、即座に状態異常から回復してドアの外へ逃走してしまった。
俺は咄嗟に叫びながら、セレスディナの動きを追おうと足を踏み出そう――とはしなかった。
本当はこの部屋で全部終わればその分労力が減っていいんだが、ベルディアほど強大な存在でなければ別に逃げられたって問題ではないのだ。
俺の算段通りなら、外には――
「さあ、出てきましたよ。自分たちが袋の鼠だとも知らずに」
「ラグクラフト宰相と魔王軍のセレスディナを生け捕りにせよ! ドラゴンスレイヤーの庇護とアークプリーストの支援魔法があるのだ! 恐れるものはない!!」
万が一に備えて頼んでおいたとおりだ。
レヴィ王子が準備してくれた大勢の兵士の声がこだました。
頑張れセレスディナ! 頑張れラグクラフト!
原作ではまだ捕まったりする時期じゃないはずだ!
最近忙しいので投稿頻度が減りそうです。原作小説1巻分を1章として、どこまで書こうかという…
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第6章(現在の章)
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第7章
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第8章
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リメイクしてテンポよく進める