目を覚ますと、見慣れた天井がぼんやり視界に映った。
ダクネスに絞め落とされたのは覚えているが、まさか一日で二回もやられるとは……
体を起こすと、すぐそばに貴族の女性がいた。
「あ、あのぉ……」
「……ああ、起きたかカズマ。これから晩餐会が――」
「けっ、ダクネスかよ。貴族の人だと思って緊張して損したぞ」
「い、一応私は普段は冒険者だがこれでも貴族なのだぞ! さては貴様、さっきの発言を全く反省してないな! アイリス様の誤解を解くのにどれほど時間がかかったか!」
「誤解も何も、俺はただ事実を言っただけなんだが」
「だとしても言い方というものがあるだろうに」
ダクネスが憤慨した様子で顔を顰める。
しかしダクネスは何を言っても無駄だと諦めたようにため息をついて、俺にスーツのような格式張った服を投げてよこした。
「これから晩餐会が始まる。貴族たちにはドラゴンや魔王軍幹部の討伐などの功績を讃えるためのパーティーだと紹介状を配った。……どちらにせよ、カズマは今回の主役の一人なのだから、あまり遅れずに来るのだぞ」
「ちょ、待て待て! そもそも俺は晩餐会に出るなんて言った覚えもないし、明日もこの城に泊まる予定なんだが! こんな急にアイリスと離れ離れなんて認められるか! パーティーなんて中止だ中止!」
「それこそ認められるか。もう貴族たちに通達してあるのだぞ。そもそも、晩餐会をやろうがやるまいが、私たちが明日アクセルの街に帰るのは決定事項だ。アイリス様に顔を見せに早く準備をすることだ」
「そ、そんな……!」
そう言われて返す言葉がなかった。
無理に残れば、ゆんゆんのテレポートで強制送還されるのは目に見えている。
しかし何も策が浮かばない。
アイリスと別れるのは耐えられないが、アイリスと別れの場もなくさよならするのはもっと耐えられない。
良案が浮かぶことなく、俺は袖に腕を通し晩餐会の会場へ足を運ぶのだった。
会場に足を踏み入れた瞬間、思わず息をのんだ。
煌びやかなシャンデリア、香り立つ高級料理、そして――普段は見ない仲間たちの装い。
「おおっ……!!」
「あ、ようやく来たわねカズマ! …………そんなに見とれなくてもいいでしょ」
「いや、……アクア……何というか、馬子にも衣装ってやつだなと」
「ふふん! そうでしょうそうでしょう! この生ハムメロンが中々いけるのよ! カズマも早くとってきなさいな!」
純白のドレスで何も話さなければ本当に女神のようなアクア……うん、何も話さなければ。
そして、向こうの方に見えるのは少しあどけなさを残しつつも妙に色っぽいゆんゆんとめぐみん。
いや、ゆんゆんが色々と凄すぎて、相対的にめぐみんの身長というか胸というか……ちょっと子供っぽく見えるが、それを加味しても二人とも美少女が際立っていた。
思わず感嘆の息を漏らしたが――それも束の間。
「はしたない真似はしないでくださいよ、アクア!」
「うるさいわよめぐみん! 食べ物が口に入ってるときに話しちゃ駄目でしょ。というか、はしたないのはめぐみんの方よ」
「いや、二人とも落ち着いて食べようよ。この料理、タダで食べ放題だし、いき締めされてるから逃げない……ってめぐみん、落ち着きなさいって言ってるでしょ!? ほら、口の端にソースが……!」
「ふむ、くるしゅうないですよゆんゆん。腹が減っては爆裂もできませんからね」
「今朝アクセルの街でしてきたばっかりじゃない。全く、王都でやったら注意されるからってわざわざテレポートでアクセルの街で撃って、そのまま王都に直行するとか……私、ねりまきと違ってめぐみんのサーヴァントじゃないんだけど」
俺は遠い目で料理をかき込む二人を見つめ、ため息をついた。
その間、ダクネスは貴族に囲まれて姿が見えない。
ゆんゆんは保護者だった。
アクアとめぐみんは目を輝かせながら皿を山のように積み上げ……おいおい、もう少し雰囲気ってもんを考えろよ。
「おいアクア! お前、ワインまでラッパ飲みするな!」
「だっておいしいのよ! 神に捧げる供物みたいな味がするの! パンもおいひいわ!」
「頬張ったまましゃべんなよ! めぐみんも落ち着け! 皿が塔になってるからな!」
「わはひははふれふはほうをふっははんほうでおなかがへほへほはんへふ!」
「何言ってっかわかんねえよ!」
騒ぎながらも、俺の視線は自然と会場中央へと向かっていた。
そこでは――猫をかぶったダクネスが、優雅に微笑みながら貴族たちに囲まれていた。
まるで別人のような淑女の佇まい。いつもならはしたないことをして俺を殴ってくるはずなのに。
だが、その会話の内容をよく聞けば、婚約だの家の継承だの……実に退屈そうな話ばかりだった。
「ダスティネス様ほどの方にふさわしいお相手を……」
「いっそわたくしの甥など――」
「いや、うちの長男が――」
「ふふ……ご冗談を。わたくしなど、まだまだ未熟者ですわ」
内心うんざりしているのが表情からも滲み出ている。
とはいえ、貴族としての立場上、笑顔でかわすしかないのだろう。
助け舟を出してやりたい気もするが、俺が行けば場がさらに混乱するに決まってる。
別に俺のことを二回も殴って気絶させた恨みがあるわけじゃない……あるわけじゃないが放置せざるを得ないと判断した。
ダクネスがどうしても助てくれと懇願するまでニヤニヤと眺めようと思っていたそのとき、低く通る声がホールに響いた。
「魔王軍幹部とそのスパイを捕縛し、エルロード王国の窮地を救ったダスティネス様には、もっと相応しいお相手がいるだろう。少なくとも貴公らでは話にならん」
そんな不遜な声がダクネスと貴族の間に割り込む。
その声はアルダープだ。
正直言って、今回俺の処刑がなくなったのはこの人のおかげだといってもよい。
「アルダープ様、そう言うのであればダスティネス様に相応しいお方とは一体……」
「無論、第一王子ジャティス様だ。国王陛下とともに正規軍を率いて今もなお最前線で魔王軍と戦っておられる。魔王軍と昼夜問わず戦われて前線を維持しているジャティス様と魔王軍の幹部を撃破しているダスティネス様はこの国の英雄と言えよう。そんな英雄に釣り合うお方など、考えつくだろうか」
「なるほど、確かにお二人はこの国の誇り……!」
その瞬間、周囲の貴族たちが口を噤み、ダクネスの周囲から潮が引くように離れていった。
代わりに、ゆんゆんがいつの間にか始めていたトランプタワーの建設が貴族の興味を引き、人が集まっていた。
やがてアクアが「せっかくこれだけ人がいるしね、今日はおいしいお酒も飲めたことだし、私の宴会芸を特別に見せてあげるわ!」と言って、さらにめぐみんが「私がドラゴンスレイヤーの称号を得た秘話を教えてあげましょう!」と、三人の周辺に人が集まっていった。
しかし、まさかのタイミングで登場したアルダープさんだとは……
この人は裁判の時には俺を助けてくれて、今回はダクネスを!
まじでぐう聖だよアンタって人は……!
「アルダープ殿……感謝いたします」
「礼には及びませんよダスティネス様。私は真を見抜いただけのこと」
「……しかしまさか貴方からジャティス様と私が釣り合うという言葉が聞けるとは思ってもいませんでした」
「本心ですよ、ダスティネス様。魔王軍幹部や機動要塞を討伐した時からこの度のドラゴンの討伐の成功は予感していましたが、まさかさらに追加で魔王軍幹部やスパイを捕獲してエルロード王国の窮地を救うとは、いやはや、私などもはや婚約を迫れませんな」
ダクネスは訝しげな顔をするが、俺の中でアルダープさんの評価はうなぎ上りだ。
貴族たちがダクネスから去って静けさを取り戻した会場の片隅で、俺は思わず笑ってしまった。
本当にいいやつだな……見た目はアレだけど中身はツンデレだ。
そう思って、俺はアルダープの方へ歩み寄った。
軽く肩を叩きながら、感謝の言葉を伝える。
「アルダープのおっさん、ダクネスを助けてくれたみたいでありがとな! あと俺の裁判のときも庇ってくれて!」
「おっさんではないわ! ……誰かと思えば貴様か。死んだかと思っていたが、生きておったか。悪運の強いやつめ」
「いやいや、それほどでもありますけど! でも全部アルダープさんのおかげっす!」
「ふん……減らず口を」
いつも通りの冷たい言葉。
でも、その声の奥には確かな温かさがあった。本当かなぁ?
俺は冗談めかして、アルダープの目を見つめながらニヤリと笑う。
少し意地悪く、そして感謝を込めて。
この人への最大限の敬意を込めた軽口を放った。
「さっきダクネスに相応しいのは第一王子とか言ってたけどな……」
「……なんだ?」
「俺は、アルダープさんも負けてないと思いますよ」
「なっ……!? 貴、貴様……何を……!」
赤面したアルダープを横目に、サトウカズマはクールに去るぜ。
人混みの向こうでは、猫をかぶったまま微笑むダクネスの姿。
そして会場の端では、未だぼっちトランプを続けるゆんゆん。
俺は会場の隅でひとり、泡立つシュワシュワを口にした。
晩餐会も終盤に差しかかり、楽団の演奏が優雅に響いていた。
テーブルの上には食べかけの料理と空になったグラスが散乱している。
俺はというと、未だ隅っこで泡を飲みながら場の空気を眺めていた。
……あくまで主役のはずなのに、誰も話しかけてこない。
寂しくなんかない、決して寂しくなんか……!
「カズマ様、泣いてどうしたのですか?」
「お、おお、アイリス! 泣いてなんかないぞ? 強いていえば寂しがってた俺に気遣ってきてくれたアイリスの優しさが目にしみただけだ。ほんと、かわいいだけじゃなくてできた妹だよ!」
「そ、そんな……」
アイリスが顔を赤く染め上げて呟く。
しかしその声にはいつものような元気がなく、どこか暗さが感じられた。
その姿は、いつもの無邪気な王女というより、ひとりの少女のように儚げで。
思わず声をかけるのもためらうほどの、静けさがあった。
「皆さん、賑やかで楽しそうですね。ですが……明日からは少し、静かです。今までクレアと喧嘩していた誰かさんが帰ってしまうので」
「できればまだここにいたいんだけどなぁ……アイリスからダクネスに言ってやってくれないか?」
「そうしたいのはやまやまですが、これ以上レインに負担を強いるわけにも……。そろそろクレアにも戻ってもらわないと。レインの仕事も一人では大変でしょうし」
「……ああ、確かに。晩餐会にも来てなかったな、あの人」
「ふふ、真面目な方ですから」
アイリスの何気ない言葉一つ一つに胸が締めつけられる。
切なそうなその声に、俺は思わず口を開くことができなかった。
賑やかなはずなのに、どうにも冬の夜の風が冷たく感じて、俺とアイリスの間には静寂が流れる。
冗談めかして笑ってみせたいが、アイリスの仕草ひとつひとつが、胸に刺さって何も言えない。
「――そ、そう言えばさ、そのネックレス。見覚えないんだが新しく買ったのか?」
「えっと、これはお兄様――ジャティス王子からいただいたんです」
「ああ、アイリスの実のお兄ちゃんだっけか」
「はい。実は私たちが帰国したときに、ドラゴンの討伐の祝いだと……元々はお兄様宛の魔道具だったらしいのですが、ドラゴンの討伐祝いという名目で届いていたということで、私にくださったんです」
「そうだったのか……」
「どうですか? ……似合って、いますか?」
「もちろん!」
静寂に耐えかねて俺がそう話すと、アイリスは少し驚いたように目を瞬かせ、照れくさそうに首もとへ手を添えた。
金色の月明かりが、その小さな宝石を優しく照らす。
普段は見せない仕草に、思わず見とれてしま――
「……ちょっと待て。兄貴? 今、お兄様から貰ったって言ったか?」
「ええ、実の兄の……」
「いやいやちょっと待て! 兄がいるのは知ってたけど、城にいたなんて聞いてないぞ!」
「いえ、昨夜に帰ってこられましたが、翌朝の日が昇る前には再び遠征へ」
「マジかよ!」
思わず声が裏返るほどに俺は驚愕する。
クレアのせいで挨拶の機会を逃したのが、今になって痛烈に後悔される。
「ちくしょう! クレアなんて気にしてないでまずはジャティス兄さんに兄として挨拶するべきだったのに!」
「あ、あの、それは、お兄様がお兄様にお兄様として挨拶をするのは、色々とややこしくなりそうなのですが! だから敢えていかなくても大丈夫ですよ!」
「そ、そうか? いや、でも普通に挨拶は大事だろう……うん。なあ、アイリスにとってジャティス王子ってのはどんな存在なんだ?」
「ど、どんな存在と急に言われましても……というか挨拶するのは諦め――」
「ません!」
「そ、そうですか……」
やはり、アイリスの実の兄貴がどんなやつなのかは知っておかないとな。
今後もしかしたら義理の兄になるかもしれないんだしな。
……もちろんアイリスは義理の妹だ。
兄弟の杯をいつか交わしたい。
そんなことを思っている俺を見て、アイリスは呆れてるのかと思いきや、何やらより顔を赤らめてるいた。
「大丈夫か? 何か体調が悪いとか……」
「い、いえ、大丈夫でしゅ!」
「本当に?」
「だ、大丈夫です。その、ジャティスお兄様のことですよね……お兄様は私の憧れなんです。国民のために戦ってくださって……優しくて、強くて」
「……そっか」
「エルロード王国では、まるで昔に戻ったようでした。いえ、昔以上かもしれません」
その声は、どこか夢を見ているようだった。
けれど次に続いた言葉が、俺の胸を一瞬にして締めつける。
アイリスは微笑みながら、軽く冗談めかして言った。
けれど、その瞳の奥には本気の寂しさが宿っていた。
「こんなにも寂しいと思うのは……お兄様が爆発物をエルロードに送りつけてくれたせいですよ? 普通なら犯罪ですし」
「あー、それは、ほんと、ごめんっていうか……」
「ふふっ、冗談です。怒ってませんよ?」
正直、今の俺の評価って、ギリギリ犯罪者じゃないだけで客観的に見たら最悪だと思う。
それでも、彼女は笑ってくれる。
それでも儚げな笑みで、心が締め付けられる思いだ。
「本当に、お兄様と一緒に冒険できるララティーナが羨ましいです」
「そうか? 冒険なんて危険がつきものだし、俺は平穏に過ごしたいよ」
「ふふっ、それでも毎日外の世界を冒険して……私も、冒険者になってみたいんです」
アイリスは夢見るように語る。
この時間が終わらなければいいのに、と思いながら。
「王族は代々、高い魔力や素養を持っているんですよ? ララティーナのようなクルセイダーは無理でも、魔法使いやプリーストなら……あ、でもめぐみんさんみたいに一日一発だけはいやですね。なるならゆんゆんさんとかねりまきさんみたいな……」
「アイツがそれ聞いたら泣くぞきっと」
「むしろ殴りかかってくるかもですよ? ……あっ、後は盗賊とかどうでしょう? 巷で噂の義賊になるとか!」
「おいおい、王族が義賊ってのはまずいだろ」
「でも、かっこいいじゃないですか! 正義の盗賊ですよ! 王都で毎晩悪徳貴族を懲らしめるんです!」
「クレアが聞いたら卒倒しそ――って、今なんて?」
「悪徳貴族を懲らしめると……」
「王都で?」
「はい、王都で」
その言葉を反芻して、ふと、頭の中でひとつの考えが閃いた。
「こ、これだぁぁあああっ!!」
確か今って時期としては原作第3~4巻あたりで……
でもさっきまで原作第10巻をやって、只今原作第6巻中……
成り行きで。やべー、時系列度外視で話進めちゃったよ、やベーっ!
最近忙しいので投稿頻度が減りそうです。原作小説1巻分を1章として、どこまで書こうかという…
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第6章(現在の章)
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第7章
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第8章
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リメイクしてテンポよく進める