――そう、これは完全に思いつきだった。
でもアイリスの寂しそうな顔を見て、気づいたら口が勝手に動いていたんだ。
「義賊を捕まえるまで、王都に残ろうと思います」
「……は? 今なんて……」
「義賊を捕まえるまで、王都に残ろうと思い――」
「そういう意味で聞き返したわけじゃない!」
耳が遠いらしいダクネスに真剣な顔で堂々と宣言した。
すると、ダクネスの顔は驚愕の表情になり、次第に青ざめていった。
さすがパーティーメンバーなだけある。建前じゃなく俺の意図を理解したらしい。
「なっ!? な、何を言って……るのですか、カズマ様!? このような場所でそのような冗談はいけませんわよ!」
「何お嬢様みたいな話し方してるんだよ。別に冗談じゃないぞ。いやぁ、最近話題だろ? 金持ち貴族ばかり狙う義賊」
「貴様……っ、どうせ軽い気持ちで言ったんだろうに!? 本気で義賊を捕まえる気など――」
「捕まえればアイリスも安心して暮らせるし、治安維持のために――いぃぃぃいいっ!? 痛い! ダクネス、手が折れる! ちょっ、ほんとうにダクネス待て! 空気読め空気!」
「まったくカズマ様は冗談がお好きですこ……とッ!!」
「ひぎゃぁああッ!? 今ミシっていった! 俺の手から鳴っちゃいけない音鳴ったんだけど!」
俺にダクネスが掴みかかってくる。
ゴリラのような握力で俺の手をもぎ千切らんばかりに。
貴族令嬢モードのダクネスは危機察知能力が異様に高いが、だからって仲間に攻撃仕掛けるのはどうかと思うんだが!!
しばらくして痛みでおとなしくなった俺をポイと放り捨てるようにダクネスは手を離す。
しかしそれは俺がおとなしくなったからではなく――
「おおっ……なんと崇高な心構えだ!」
「す、崇高……!? あの、なんだか誤解が……この男はそのような心構えではなく……」
「流石はダスティネス様の冒険者仲間! 正義の血は、共に流れておるのだな!」
「あ、あの、皆様方? その、カズマ様は冗談がお好きな方でして――」
「まことに素晴らしい! このような若者がまだこの国にいたとは!」
「あの、本当にそんな心構えでの発言ではないと申しますか――」
見ると、晩餐会にいた貴族たちが一斉にこちらを見て拍手していた。
それをダクネスは必死に止めようとしていたが、徐々に大きくなっていく拍手の音にその言葉はかき消されていく。
むしろダクネスが喋ろうとするたびに拍手が増える。
貴族たちのテンションは最高潮だ。
……しっかしわかりやすい連中だ。
義賊の噂は後ろめたいことをしている貴族の屋敷で盗みを働くというもので、別に自分が後ろめたいことをしていなければ俺を応援する意味はないのに、ここまで大勢が俺を持ち上げるとは。
でもこれでいい。
「それに、その……! それは騎士団の仕事では――」
「騎士団も遠征に行ってて手が回ってないって聞いたぞ? だったら、勇敢な冒険者が動くしかないだろう?」
「カズマは黙ってろ! さもなくば私が――」
「感動いたしましたぞ! ダスティネス様の冒険者仲間は魔王軍幹部のような大物賞金首だけではなくドラゴンをも屠りし英雄! これ以上に優秀で勇敢で頼もしい者は他にいますまい!」
「そ、そんな、他にも優秀な方々なら……魔剣の勇者のミルルギ殿など――」
「ふふん。そうでしょうそうでしょう! 私たち以上に優秀で勇敢で頼もしい者を探すのは難しいでしょう! であればこの義賊の調査、私たちに任せていただきましょう!」
「め、めぐみんまで!?」
ここで渋るのは紅魔族としてありえない――なんて思っているのだろうかめぐみんは。
だがめぐみんのおかげで助かった。
俺だけじゃなく貴族やめぐみんまでも相手にしないといけなくなったダクネスは次第に手が回らなくなっていった。
大義名分もあるし、たくさんの貴族からの賞賛ももらえたし、ここまできたらダクネスも引き下がれるわけない。
「ねえねえカズマカズマ! 私は流石にそんな面倒ごとに関わりたくないんですけど!」
「大丈夫だアクア。これはあくまで城に留まるための建前だ」
「……! なるほど、そうすれば明日もこのシュワシュワが飲めるって訳ね! 考えたわねカズマ! カズマ様って呼んだ方がいいかしら?」
「よせやい。俺とアクアの仲だろう?」
アクアとそんなやりとりをしている間にも流れは加速し、もう止まらない。
それに加えてアイリスも嬉しそうに手を叩いていた。
その笑顔を見た貴族どもが、またしても口々に絶賛の嵐を上げる。
「アイリス様の笑顔を守るためとは……なんと気高い!」
「もはや英雄だ! 爆裂英雄カズマ殿とお呼びしよう!」
「おいやめろ、爆裂は余計だ! というかどうして爆裂なんて言葉が出てくるんだよ!」
「誇ってもいいのですよカズマ。人類最大威力の攻撃手段を関するなんて栄誉、なかなかにありませんよ?」
「お前のせいか、頭のおかしい爆裂娘! ドラゴン討伐の話を盛りに盛りやがって!」
「頭がおかしいは余計ですよ! あとそんなに盛ってもいません! ちょっとしたファンサービス程度です」
俺とめぐみんがつかみ合いの喧嘩をしながらも、気づけば会場全体が拍手喝采。
その光景を見て、俺とめぐみんの手は止まる。
そしてそのまま貴族たちの拍手に応えるように手を振ったりしてみた。
ダクネスは慌てたように俺の耳元で。
「……ほ、本当に大事になったぞ! どうしてくれるのだカズマ! まさか本気でこの王都に残る気か!?」
「当たり前だろ。何のためにこうして義賊を捕まえるのに立候補したと思ってるんだ」
「アイリス様と一緒にいたかっただけだろう」
「まあそれもあるが、俺の正義が義賊を捕まえろって突き動かし……おい、なんだその顔は」
「よくもまあ思ってもないことを。という顔だ。詐欺師の才能でもあるんじゃないか?」
同機は何であれ、確実に盗みを働く奴は悪党なんだから、それを捕まえるって言いだした俺を褒めこそすれどそんな引きつった顔で非難されるいわれはないと思うんだ。
そんな中、クレアが虫を潰したような顔で。
「……チッ。仕方ない。こうなっては、私にも止められん」
「おい、王女の護衛が舌打ちしたぞ!」
「もともと今日帰ると言っていたのにその予定を狂わせたのは誰だ! まったっく……アイリス様もカズマ殿の心意気を買っておられる。仕方ない、貴様がここにいることすら不本意だがその期待に沿えるようにキビキビ働け」
「わかってるって。世のため人のため、何よりアイリスの期待に応えるためなら仕方ないよな!」
「本当にわかってるのか? 覚えておけ、成果が上げられなかったらすぐにでも貴様を王都から追い出す」
「はいはい、わかってるって」
「ではさっそく貴族に協力してもらい義賊確保のために張り込んで来い」
「お……う…………?」
「どうじでだよぉぉおお゛!!」
「ほら、泣きわめくな。立て。張り込み先の屋敷に向かうぞ。どうせ自分で言い出したんだ、責任を取れ」
「なんで城から追い出されなきゃならないんだ! 貴族の屋敷より城のほうが来そうじゃん義賊!」
「義賊というのは善政を敷いている貴族は狙わないと聞く。まさか王族のことを疑う気か?」
「そういわれたら違うけども!」
俺は抵抗むなしく夜の王都の石畳を踏みしめた。
ちくしょう……本当だったら今日まで城に入れたはずなのに追い出されるし、ただ厄介ごとを引き受けただけだし……なんて日だ!
「はぁ……こんな面倒なことになるなら、素直にアクセルに帰っとけばよかった」
「今さら何を言うか。まったく、これだから貴様は……」
「そうよカズマ! お城から追い出されはしたけれど、これから貴族のお屋敷にお泊まりに行くんでしょう? そうしたら毎日おいしいものばかり出てくるに違いないわ! ちょっと予定より質は落ちるかもしれないけどそれにしたって上等なものが出てくるもの、だから落ち込まないで!」
そんな見当違いの慰め方されても立ち直れねぇよ……
そう思いながら歩いているといつの間にか立派な屋敷の前についていた。
「わぁ……随分と大きな屋敷ね! ダクネスさんダクネスさん、今日からここで調査するの?」
「ああそうだ。悪い噂の有無はともかくとして、財産はたんまりある」
「ぼやかして言いましたが、ダクネスがそういうということは悪いうわさがそこそこ以上にあるのでしょう?」
「いや、しかし……なんというか、最近の様子を見ているとその噂の真偽もどうなのだろうと――」
「……? 煮え切らない言い方ですね……誰の屋敷なのですか?」
整えられた庭に、昼間でも光沢を放つ白い大理石の壁。
めぐみんの疑問にダクネスが答える前に、門の奥から影が見えた。
その人を見て俺は思わずダクネスの正気を疑った
「ア、アルダープさんじゃないか! おいダクネス! どうして真っ先にアルダープさんの屋敷なんだよ!」
「こ、声が大きい! ……確かに最近の私たちへの行動は善良な貴族だったが、今までの悪い噂と私を見る獣のような視線は忘れん。今日はそれを含めて見定めに来たのだ」
「いやいや、ダクネス。アルダープさんは普通にいい人だろ」
「そうは言うが、噂の中には街で気に入った生娘を娶り、いらなくなったらポイというようなものも……」
「噂は噂だろ? 実際にダクネスは見たことあるのかよ」
「……火のないところに煙は出ないともいう。そもそも貴様がいつまでたっても駄々をこねているから、私が決めざるを得なかったのだ」
アルダープさんに限って悪徳領主だったなんてことはないはずだ。
もし本当にそんな悪いことしてたら証拠がポンポン出て今頃牢屋の中だろ。
それがないってことはそういうことだ。
「とにかく、アルダープさんは城だと思うし、そんな人のところに義賊は来ないから別のところにしようぜ?」
「そんな今更言われても困る。もし行くのならドネリー家あたりだろうが、今ヤツはアクセルの街にいるだろうし……」
俺は思わずため息をつく。
本来は義賊を捕まえるなんて名目で城に残り、アイリスと甘い時間を過ごす予定だったのだ。
なのに現実はどうだ。
気づけば貴族の屋敷で張り込み生活。
強いて言えばアルダープさんの屋敷だし、盗賊と鉢合わせる心配はなさそうだが……
「おいカズマ、何をぶつぶつ言っている。そろそろその不満そうな顔をどうにかしろ」
「……本当は義賊とかじゃなく、アイリスと一緒にお城で生活したかったんだが、こんな顔してたらアルダープさんに失礼だよな」
こうして愚痴を言いながらも、アルダープさんの元での滞在が始まった。
「ダスティネス様はこのわしが義賊に狙われる悪徳貴族だといいたいのですか?」
「その様にあなたに疑念を抱くなどと……。これは調査の一環でして」
「ほう、そうですかそうですか。……しかし、あなたはわしの家になど泊まりたくないものと思っていましたが、案外嫌われてはいなかった様子だ。しかし、ダスティネス様とあろうお方が、巷にあふれる悪い噂を鵜呑みにし、わしに疑念を抱いているのだとしたら心外ですな」
「それに関しては…………最近はどうにもあなたに助けてもらってばかりで、噂通りの人ではないのだと思っております。しかし噂があるということは、義賊もその噂に踊らされてやってくる可能性もあるでしょう。善良な貴族であればこそ、そのような被害に遭われる前に私たちが捕縛できればと思う次第です」
「それはそれは心強い。であればどうぞ遠慮なく、義賊を捕まえるまではいつまでもご滞在ください」
ダクネスの言葉は本心なのか建前なのか。
しかしアルダープさんはその言葉に気にした様子はなく、相変わらず穏やかで、俺たちを客人として丁重にもてなしてくれた。
屋敷の中は広く、食事もうまく、寝具もふかふか。
食事は豪華、部屋は快適、執事の態度も完璧。
「カズマカズマ! この料理おいしいですよ! お城での食事に負けず劣らずなのです!」
「めぐみんめぐみん! こっち来てみて! ものすごくふかふかで大きい布団があるわよ!」
「いい場所を見つけましたね、でかしましたよゆんゆん! ここを私の部屋としましょう!」
「夜はトランプ大会するのよね! みんなで寝落ちするまでやるの! も、もちろん義賊が来るのに備えて起きてるだけだと日まで寝ちゃうからそういう意味を込めて――」
「言い訳なんてしなくていいのよゆんゆん。私も後から参加しようかしら。あ、メイドさーん! 私に高級シュワシュワをもってきてー!」
「おいお前ら! さすがにもう少し遠慮しろよ!」
「すいませんすいません! 私の仲間たちがすみません!」
「い、いえいえ、わしは気にしませんので……」
アルダープさんは貴族の屋敷で遠慮しないヤツらを見ても気にしないと言って――
本当に、この人が裏で悪いことをしているようには思えない。
――成果が上げられなかったらすぐにでも貴様を王都から追い出す。
そんなクレアの言葉が俺の脳内で繰り返される。
このままこの屋敷で張り込み調査をして成果を得られるのか疑問だが、さっきダクネスが言っていた通り、悪い噂があれば屋敷に盗みに来る可能性はある。
アルダープさんの屋敷に踏み入る輩は捕まえねばと、明日からに備えることにした。
静けさの中、屋敷の灯りが一つ、また一つと消えた。
「それでは今日も行ってきますね」
「ねえめぐみん? そろそろ王都のギルドに行ってクエスト探してみない? それで何かしらいいのを――」
「いえ、今日は昨日の続きです! 闇の手先に囚われたねりまきの行方を追うのです」
「最近なかなか会えてないしそろそろ会いたいわよね……いいわ、今日もねりまきを探した後に適当な場所で爆裂してかえりましょ」
「というわけでいってきすね」
アルダープさんの別邸で生活し始めて早一週間。
代わり映えのない日が続いている。
アルダープさんの別邸は快適だし、アクアは毎日食っちゃ寝してるし、爆裂魔法をしにめぐみんとゆんゆんはアクセルの街へ出かけていく。
ゆんゆんの転移魔法で往復するため、日帰り爆裂が可能だが、よくもまあ飽きないなと逆に感心する。
しかし最近では、ねりまきも姿を見せなくなり、二人とも少し寂しそうにしていた。
ねりまきも彼女なりに忙しい身なのだろう。
そう思いながら今日も夜に備えて仮眠をとろうとしていると――
「ただいま戻りました」
数分もしないで日課を終わらせて帰ってきためぐみんとゆんゆんが帰ってきた。
しかしその後ろに――
「おお、闇の手先に囚われたとか言ってたのに随分すんなり見つかったんだな」
「ふっ、私は囚われていたわけじゃあない。自ら敵地に侵入し、邪王真眼を封印から解き放つ魔道具を――」
「あー、はいはい。お疲れさん」
「……さすがに人が真剣に話してるのにそれはないんじゃないかな?」
元気いっぱいなねりまきの姿があった。
仕事かなんかの用事で忙しく疲れてるかと思ったがそうでもないらしい。
俺に中二病の挨拶を中断され、一瞬わざとらしく不機嫌になって見せるねりまきだったが、一度溜息を吐くと中二病発作は終了したようで。
「どうしてカズマさんはノリがいい時と悪い時があるんだろう……もしかしてさっきまで寝てたから不機嫌?」
「一応そういえばそうなる。人の安眠を邪魔して……」
「やっぱり! 駄目だよカズマさんは弱いんだから昼のモンスターを相手にしないと」
「今はモンスター討伐はお休み中だ。夜に活動してる義賊を捕まえるために今は休養してるだけだ」
「本当に? ただだらけてるだけじゃ――」
「だらけてねぇ! 義賊を捕まえるための戦略的昼夜逆転だ!」
「お、おう、そっか、そんなに食い気味に言われるとちょっと驚いちゃうんだけど……」
「……悲しき過去の記憶だ。気にしないでくれ」
「おおっ、かっこいい!」
つい先日、検察官からの尋問で学生をしてたと言ったら経歴詐称したと言われた時の古傷がうずいてしまった。
ねりまきのそんな言葉を無視して、俺はもう一度夜に備えて寝ようと自分の部屋に戻ろうとして――
『魔王軍襲撃警報。魔王軍襲撃警報。現在、魔王軍とみられる集団が王都周辺の平原に展開中。騎士団は襲撃準備。王都内の冒険者各位も参戦をお願いいたします。高レベル冒険者の皆様は至急門前へ集まってください』
日が西に傾き始めたころ、そんな警報が王都中に鳴り響いた。
最近忙しいので投稿頻度が減りそうです。原作小説1巻分を1章として、どこまで書こうかという…
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