俺は今日も今日とて、アイリスの部屋を訪れていた。
目的はもちろん、遊ぶためである。
さっきは「勉強の時間だから余計なちょっかいをかけないでください。クレア様に言いつけ――ああ、でもそうするとまた私の仕事が増えて……」と気の毒なレインに追い返された。
仕方ないので特にやることもない俺はアイリスの部屋の前で待つことにした。
しかしその待ち時間は途方もなく長く、俺は『自分の指紋の数が何本あるかを数え、途中でわからなくなりもう一度最初からやり直す』という非常に生産性のない暇つぶしを開始していたのだが……
そんな平和な時間をぶち壊すように、俺の耳が微かな物音を捉えた。
その足音は俺の方へ向かってくる。
誰だと思いつつ、俺はその音の方へ顔を上げると……
「確保ぉ!!」
「わっ!? ちょ、ちょっと待ってカズマさん!?」
「こんな日中に堂々と犯行に及ぶなんて大胆な! だが俺の目を欺こうだなんて百年早いわ! 大人しくしろ義賊め! 現行犯で確保してやる!」
「待って待って! 今日はそう言うんじゃないんだよ! めぐみんたちと遊ぼうと思って……って、やめっ! 変なところ触らないで!」
そこにいたのはねりまき。
俺は必死にねりまきのことを押さえつけた。
ステータスの差は圧倒的だが、本来の力が出ないように集中できないようなお触りテクニックを多用してなんとか時間を稼ぐ。
この状況に気づいた誰かが加勢してくれるまでの間でいい、時間稼ぎを――
「カ、カズマ……」
「ナニ……してるんですか……」
加勢がきた……!
そう思ったのだが、その声は想像以上に冷たい。
まるで不快な虫けらを見たようなときのような冷ややかな声だ。
俺は何となくいやな予感がして恐る恐る声の主の方に顔を上げると、そこにはめぐみんとゆんゆん。
冷徹でドン引きしている視線だった。
「カズマさん、最低……
「
「めぐみんが思ってるような甘酸っぱい関係とは違うわよ! これはどう見ても無理矢理襲われて……!」
「いや、誤解だ。こいつが勝手に侵入してきたから――」
「クズマさん。二度もお手つきをして言い逃れできると思ってるの?」
そう言ってゆんゆんが俺のことをにらみつけた。
スゥ……いったん整理しよう。
この状況はいつぞやアルダープさんの家に義賊がやってきた状況と同じだ。
俺に抱きつかれる形になって身動きが折れないでいるねりまき。
めぐみんとゆんゆんの目には、俺がまるでねりまきを襲っているようにしか映らないだろう。
「待って」
「待つも何もありませんよ! ゆんゆんはこの場を見張っててください、私は警察を呼んできます!」
「本当に誤解だから! ほ、ほら、普通に考えてお呼ばれしてない人が城の中にいるってのはあり得ないだろ!? そんなやつがいたら義賊以外の何なんだよ!」
めぐみんが慌てた様子で警察を呼ぼうとするので、俺は必死に止める。
その説明の甲斐あってか、めぐみんは立ち止まる。
「……確かにカズマの言うとおり、私たち以外に部外者がいるのはおかしいですね」
「だろ!?」
「ですが今回、ねりまきは普通に許可を取ってここにいるのですよ」
「……そうなのか?」
あやしい。
こいつはノリと勢いだけで義賊になるようなバカだが、紅魔族である以上頭の方が悪いわけではない。
であれば今日のこの瞬間も城の中を偵察しに来たと考える方が自然だ。
確認するようにねりまきを睨むと、ねりまきはコクコクと激しく頷く。
「どうやって入ったんだ」
「そ、それは、その……こ、この前のエルロード王国の件で行動を共にしていたので、そのパーティーの一人だと言ったらすんなり」
「嘘じゃねえか! 別に俺たち同じパーティーじゃないだろ!」
「いいでしょちょっとくらい! というかめぐみんもゆんゆんもいて、どうして私だけ仲間はずれなの!?」
「仲間はずれとかじゃないわ! おまわりさんコイツです! 虚偽親告罪と不法侵入罪の適用を!」
「皆さん! アイリス様は勉強の最中です! どうかお静かにお願いします! 騒ぐなら別のところでやってください!」
俺が再びねりまきのことを取り押さえようと動こうとするも、レインの声が部屋の奥から聞こえてくる。
そういえばそうだった。
今はアイリスの勉強が終わるのを待っている最中だった。
「……わかった。今日のところはアイリスに免じて許してやる」
「ありがとカズマさん! 今度うちの居酒屋に寄ってくれたらサービスでパーティーメンバー割してあげるよ!」
「誰がパーティーメンバーだ! 別に加入を認めたわけじゃ……」
そこまで言って、もしねりまきがパーティーに入ったらめちゃくちゃクエストが楽なんじゃないかと思って、そう口にするのを躊躇ってしまった。
それを見たねりまきはニヤニヤしながら。
「カズマさんはセクハラするけどいい人だね」
「何やかんやいいますが、最終的には仲間思いですからね」
「普段の行動がアレなだけで根はいい人だから……」
……何だろう、三人とも褒めてくれてるのだろうが全く褒められた気がしない。
大体、セクハラするとか普段の行動がアレだとか、それはお前らがおかしな行動する弊害だろうが。
そう思ってるとめぐみんたちは元いた道を引き返す。
「あれ? どこ行くんだよ。こっちの方に用事があったんじゃなかったのか?」
「本当はアイリスも誘って遊ぼうと思ってたのですがね。どうも勉強中みたいなので私たちだけで行ってみるとします。どうせ爆裂魔法を撃つだけですしね」
「私とねりまきは普通にモンスター討伐したいんだけど……」
「まあ今日は早く帰るから、アイリスに後で遊ぼうって言っておいて! それじゃあ……『テレポート』!」
そう言ってねりまきのテレポートでどこかに飛んでいった三人。
まるで嵐が去ったような静けさが戻ってきた。
俺はため息をつきながら、本来の目的――アイリスと遊ぶことを思い出し、また静かに部屋の前で待つのだった。
あれからしばらくして部屋の中から「お疲れ様でした、アイリス様」とレインの声が聞こえる。
さて、今日は何して遊ぶかな……などと考えつつ、部屋のドアを勢いよく開けた。
「アイリス! 遊びに来たぞー!」
「今さっき勉強を終えたばかりなのですが!? あれっ、いつもより早く終われたつもりだったのに……」
「あれ、その嬉しそうじゃない反応……もしかしてまだ遊びたくない気分だったのか?」
「ち、違います! むしろ勉強後の楽しみなのですが……流石にタイミングがよすぎませんか?」
「時間は有限なのだよアイリス君。俺は時間を無駄にしないようにアイリスが勉強終わるまでドアの前で護衛兵ばりに突っ立ってたんだ」
「お兄様こそ時間を有効活用してください」
おっと、呆れた顔をしてらっしゃる。
まあそんな顔してても結局何だかんだ言いながらもアイリスも俺と遊ぶのを楽しみにしてくれてるんだ。
「全くお兄様は。さっきの確保ぉと言う声もすごく響いてきて気になって集中途切れてしまったんですからね?」
「うっ……そ、それはまあ、ごめんな」
「まあ、にぎやかなのは嫌いではないですが、私もお兄様と早く遊びたいのでそういう悪ふざけはほどほどにしてくださいね?」
……悪ふざけではなかったんだが、まあしょうがない。
アイリスの言うとおり、今度からはほどほどに悪ふざけをするとしよう。
「ところで今日は何をするのですか?」
「おう、今日はカードを持ってきたんだ! なんかめぐみんたちが後から遊びに行くって言ってたし、今日はみんなでこれしようぜ! 前回はちょーっとだけアイリスに手加減してたせいで負けが多かったが今日は俺が圧勝してやる!」
「もしかして前回の仕返しをするために待ち伏せしてたのですか? ふふっ、お兄様も子供っぽいんですね」
「あっ、笑ったな!? 俺はこれでもじゃんけんとかカードで負けなしのプロゲーマー、ネット廃人なんて呼ばれるくらいには様々なゲームで注目を浴びてきた男だ。今日こそは容赦しないからな!」
俺がそう言うとレインは部屋の外に出ようと勉強の教材を片付け始める。
しかしアイリスがそんなレインの手を取り。
「ほら、レインも一緒にやりましょう!」
「わ、私もですか!?」
「こういうのはみんなでやるのが楽しいんです!」
「……少しだけですよ? あくまで私は護衛ですから」
「ありがとうございます、レイン! 大好きです!」
その瞬間、レインの顔が固まった。
その後よろめいて机にもたれかかるように倒れるレインを見て、アイリスは心配そうに駆け寄るが、レインはそれを手で制止した。
「き、今日は勉強で頭を使いすぎてしまったみたいで……一度糖分を補給しに行って参りますので、その間は申し訳ないのですがお二人で……」
「そ、そうなのですか? でもフラフラですし、お部屋まで一緒に……」
「いえいえ、アイリス様はカズマ様と一緒に遊んでいてください!」
そう言ってレインはヨロヨロと部屋から出ようとドアの方に。
そしてドアの方にいた俺に耳打ちするように。
「カズマ様」
「カズマだよ?」
「アイリス様が尊すぎてツラいのです」
そんなことを言ってきた。
「なんてことを教えてしまったのですか……」
「一応言っておくとあれはアイリスの本心だぞ? 俺はただこうするとみんな喜ぶって教えただけで……というかこれ教えたとき一緒にいただろ」
「そうですけど……まさかその対象が自分となるとは想定してませんでしたので。クレア様にこれを何度もやられては身が持たず鼻血が吹き出て失血死すると思いますので、アイリス様にはやめるようにそれとなく言っておいてください……それでは」
そう言ってレインは赤くした顔を冷ましに部屋の外に出た。
ただし忠誠心は鼻から出る……ってのはクレアに対する共通認識なのだろうか?
だったら早くクレアをアイリスの護衛から外してほしいんだが……
アイリスに教えた俺が悪いが、そのうちアイリスのこと襲うぞアイツ。
そういうことがあって、ただ今俺とアイリスだけの空間。
どうしよう、今日とランプしか持ってきてないんだが。
二人でババ抜きとかやっても楽しくないだろうし……ここは予定とは違うがトランプタワーでも建設して誰かくるまで時間を潰すか。
そう思っていると、ふと目に留まったのは、アイリスの胸元で光るネックレス。
純金でできているのだろうか、黄金の輝きと真ん中にある大粒の宝石が輝いている。
「……なあ、そのネックレス、最近ずっとつけてるけど重くないのか?」
「確かに少し重いかもしれませんが、見た目ほどではないんですよ?」
「ふーん……そんな大きいの、邪魔にならないのか?」
「私のサイズに合っていないせいで多少ジャラジャラと動きますが……これはジャティスお兄様からのプレゼントなんです。ですから外すわけにも」
そんなアイリスの言葉を聞いて俺はほんの少し胸の奥がチクッとした。
いや、別にジェラシー感じてるわけじゃないんだが、俺も何か贈り物をした方がいいんじゃないかと考えてしまう。
そんな微妙な空気を感じ取ったのか、アイリスは慌てたようすで話を続ける。
「そ、それにですね! これは相当すごい魔道具らしいんですよ。ジャティスお兄様もこの魔道具が私を守ってくれるんじゃないかと渡してくれて……」
「すごい魔道具? どんな効果があるんだ?」
「まだ詳しくは解明されていないのですが、定められたキーワードを唱えると力が発動するそうです」
「キーワードねえ……」
「それらしい文字が彫ってあるんですけど、学者さんたちが読めない古代文字なんですよ」
「どれどれ……って、なんだこれ、日本語じゃないか?」
アイリスが俺の方にネックレスを見せてくるのでそれをよく見ると見覚えのある文字で何か書かれていた。
しかし古代語って……これはどうみても日本語だろ。
どうして日本語がそんな扱いを受けているのかと眉間にしわを寄せて考えていると、そんな俺の何が面白いのか、アイリスはくすりと笑った。
「お兄様、また変な冗談を……学者でも解けない古代文字なんですよ?」
「いや、マジで読めるって。ほら、ここに書いてあるの見えるだろ?」
「口では何とでも言えますから。まあ、お兄様がこの場でこの文字を読めたら信じてもいいですけど……そうなればお兄様は冒険者より考古学者の方が向いてますね」
「いや、それ信じてないヤツの発言! わかった、特別に読んでやるからな! ……でも何が起こっても俺のせいじゃないって言えるか? 約束してくれるんだったら――」
「べ、別に疑ってるわけじゃありませんよ? でも無理しない方が……」
「カッチーン! ちょっと見ないうちに生意気言うようになって!」
俺はアイリスに約束させる前にネックレスの表面を指でなぞる。
そこに書いてある日本語をそのまま読み上げたのだが……
「お前の物は俺の物。俺の物は俺の物。お前になーれ! ……は?」
「……え? 何言ってるんですかお兄様?」
「いや、ちょっと待て、誰だよこのキーワード考えたやつ! いや、アイリス待ってくれ、お兄ちゃん別にほら吹きじゃないから! 適当に読み上げるんだったらもっとかっこいい感じの呪文にするから!」
「わ、わかってますよ? そんなおかしな言葉なわけありませんから、お兄様は私のことを笑わせるために体を張って渾身のボケを――」
「いやいや、本当に書いてあったんだって!」
そのとき不思議なことが起きた。
ネックレスの中央に埋め込まれた宝石が、眩い光を放ったのだ。
「えっ? ちょ、お兄様!? もしかして本当に魔道具にそう書いてあったんですか!?」
「そうだよ! どうしようどうしよう! もしかして爆発するんじゃないか!? アイリス、魔道具を外に放り投げ――」
俺はアイリスからネックレスを毟り取ろうとするが、ネックレスの中央で輝く宝石が閃光を発し……
次の瞬間、部屋中を閃光が満たし、すべてが真っ白に包まれた。
しばらくして、視力が戻ってくる。
「大丈夫かアイリ……ス?」
「お兄様こ……そ……」
おかしい、何かがおかしい。
俺の声ってこんなに高かったか?
というかこんなに身長低かったっけ?
なにより……どうして俺の体が目の前に見えるんだ?
「お、お兄様? 私……なんだか背が高いような……」
「なんじゃこりゃぁああ!?」
目の前の俺から発せられる「お兄様」という言葉。
俺の叫び声はどう聞いてもかわいらしい女の子のもの。
俺はは思わず近くにあった鏡をのぞき込む。
……違う。
声の高さとか響き方とか身長とか、そんなの以前に俺は別人に成り代わっていた。
鏡に映るその姿は、髪の毛はきれいな金髪のロング、瞳は透き通るような碧眼、そして何より来ている服が女の子のもの――つまり、アイリスが立っていた。
俺たちは顔を見合わせ、同時に叫んだ。
「俺たち……」
「私たち……」
「「入れ替わってる!?」」
最近忙しいので投稿頻度が減りそうです。原作小説1巻分を1章として、どこまで書こうかという…
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第7章
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第8章
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