「どどど、どういうことですか!? これが魔道具の効果なのですか!?」
「アイリス。俺の声で敬語を使うのはなんか気持ち悪いからやめてくれ。しっかしマジか……声も姿も全部アイリスじゃねぇか……!」
俺は鏡を覗き込み、自分が完全にアイリスになっていることをもう一度確認する。
ほっぺをむにむにしたり、いたずらっ子のように笑ってみたり、金髪が揺らしながらポーズを決めてみたり……
「よし決めた。アイリスのこの可愛さを世の中に知らしめるために自撮りをする!」
「や、やめてください! 緊急事態なのになんで今の状況を楽しんでるんですか! 流石に怒りますよ!」
「安心しろアイリス。昔の偉い人は言った、急がば回れ、成せばなる、ってな。騒いでいても混乱を招くだけで問題は解決しないし、今の状況を着実に解決するためには様子を見ることも大事なんじゃないか?」
「な、なるほど。確かにお兄様が言っていることにも一理あります……でも、それとカメラはどのような意味が……」
「そう、俺はあくまで客観的に状況を把握するために俺の自撮りをするだけだ。運悪く普段しなさそうな表情をカメラに収めるのもそれは己を客観的に見るためのもので……決して私利私欲で動いているわけじゃあない」
「半分以上お兄様の欲望じゃないですか! やめてください!」
「ははーん。アイリスも撮っていいぞ、俺の体。アイリスも年頃の女の子だもんな。男の体がどうなってるのか興味がない方が不健全ってもんだ」
「そ、そういう問題じゃないですから! それに私は別にお兄様の写真を撮りたい気持ちはほとんどありません! それより真剣にこの状況を解決するための方法考えてください!」
うんうん、アイリスは写真じゃ満足できない欲張りさんなんだよな?
まったくアイリスは恥ずかしがり屋さんだな。
あんなに顔を真っ赤にしてムキになって。
「いやでもなぁ、俺的には今後美少女そして生きていくのもやぶさかではない気もするが、生まれついてからずっと一緒だった自分の体も捨てがたい。どうすべきか……」
「本当に真面目に考えてください! このままだと生活に支障が出ますよ!」
「うーん……別にスースーするだけだけどな。いや、思った以上にスースーする」
「スカートをバサバサしないでください! 恥ずかしいです!」
何というか、この心許ない感覚は……
そうだ、クリスにパンツを奪われた時のあの感覚と同じだ!
あれは戦闘の最中でアドレナリンのせいでそこまで気にならなかったが、日常生活で常にこの状態となると多少支障が出る。
まあ、そのときはズボンを履けばいいだけだと思うが。
「お兄様本当に考え直してください! 流石に一生この状態のままだと、いろいろと生活に支障が出ますから! 特にお兄様が今から王族の作法を学ぶのはとても大変だと思います!」
「…………まあ確かに、王族としての生活とか色々あるもんな……」
「それにこのままだと、レヴィ王子や誰か男の人と結婚することに……」
「元に戻ろう! 今すぐに戻ろう!」
俺は即決で叫んだ。
冗談じゃない。
いくらアイリスボディが素晴らしくても、婚約するとか聞いてない!
俺は焦って元に戻ろうとして、魔道具のキーワードをもう一度唱えて起動しようとするが、宝石部分が光るだけで俺たちの体に変化はなかった。
静まり返る部屋に、沈黙が落ちる。
「ふぅ……どうしよう。いや、本当にどうしよう!?」
「そ、そんな……! ではこのまま……?」
「いや、諦めるな! こういう魔道具に詳しいやつを何人か知ってる!」
「ほんとですか!?」
俺は腕を組みながら、頭の中で候補を並べた。
それはアクア、ウィズ、クリス、ねりまき。
この魔道具はきっと神器だ、ものすごい効果もあるし日本語で書いてあるし、アクアなら女神として神器の効果を知ってるかもしれない。
そしてウィズは魔道具店の店主をしているリッチー、魔道具については詳しいだろうし何か助言をしてくれるかもしれない。
そしてクリスとねりまきは神器や強力な魔道具を追い求める義賊だし、こういう話に関しては強いはずだ。
本当は一番頼りになりそうなウィズに頼みたいが今ここにはいない……となると。
「アイリス、実は今日これからねりまきがここに来るはずなんだ。アイツはこういうのに詳しいはずだし、ここで待っててくれないか?」
「わ、わかりました! ではお兄様は……」
「俺はアクアのところに行ってみる。あいつ、見た目はアレでも解呪とかには強いからな」
「気をつけてくださいね、お兄様……って、待ってください! わ、私の体でそんなはしたない走り方しないでください! ふとした拍子に中身が見えそうですから!!」
俺はスカートの端っこを手でつまみ上げて部屋を出ていった。
……マジでスースーする。
アクアの部屋はこの部屋からそこそこ距離がある。
俺はなるだけ人に会わないような道を選んでアクアの部屋まで風を切っていく。
潜伏スキルがないのが心許ないが、それでも俺はこの城で誰よりも暇な時間を過ごしている。
そのためこの城の構造だけでなく、どの時間帯に誰がいるのかすら把握していた。
そして俺の予想通り、誰にも会わずにアクアの部屋へ辿り着こうとした……のだが。
「こうして顔を合わせるのは久しぶりですねアイリス様。本日も可愛らしく――」
「ミ、ミツルギ……さんこそ」
「おおっ、僕の名を覚えてくださっているとは……! 最近僕の名前を間違える人が多くて――と、僕の話はさておいて、アイリス様は今日はお一人ですか? いつもいらっしゃる護衛の方は……」
「ア、アハハ……実は先ほどまではレインがいたんですが、体調を崩してしまって休ませているんです」
俺は誤魔化すように引きつった笑みを浮かべた。
……まさか
誰にも会わずにいけるはずだったのに、このままミツルギに足止めされてたら誰かと遭遇してしまう。
それ以上にミツルギも俺が護衛の人を連れていないことに疑問を覚えてるし……
「なるほど、つまりアイリス様はレインさんを気遣い護衛がいないと。であれば僕が代わりの護衛の方が来るまで付き添いましょう」
「え゛」
「ア、アイリス様? 今、何か変な声が漏れたような……」
「な、なんでもないですわよ! しかし魔剣の勇者様もお忙しいでしょうし、お城の中は安全ですので」
「そうはいきません! 最近は噂の義賊もいますし、万が一があっては後悔することになります。どうか僕に守らせてください、貴女のことを」
俺の手を取るミツルギ、その白い歯がキラリと光る。
いや、こちとら断ってるんだって!
見ろよ、俺の控えめながらも迷惑そうな顔を!
しかしそんな無言の訴えも虚しく、ミツルギは止まらない。
しかもそろそろメイドの人がここを通る時間だ……
まずい、もしこのまま引き留められ続ければメイドに発見され、護衛がついて俺の自由はなくなる。
でもミツルギに事情を打ち明けるわければ混乱してさらに事態が悪化しそうだし……こうなったら
「…………わかりました。ミツルギさん、これから私はアクアさんの部屋へ行こうと思っていたのですが、それまで一緒に参りましょう」
「アクア様の部屋へ!? もしかしてアクア様は今お城に住んでおられるので!? いや、だとして僕が女神様の部屋へ上がるのはとても恐れ多いような……」
「別に上がらなくてもいいからもたもたしてないで早く!」
「ア、アイリス様!?」
メイドの足音が聞こえてくる。
俺はミツルギの手を引いて走り出す。
王女として振る舞うときはお淑やかなアイリス……ミツルギはひどく驚いた様子で、しかし抵抗することはできず、俺の手におとなしく引っ張られた。
「まさかアイリス様の素がこんな感じだとは思いませんでした」
「少し込み入った事情があって! とにかく、今はアクア……さんのところに行って助けを借りないと!」
「……ッ! なるほど、そういうことでしたか。女神様に助けを求める必要のある緊急事態……アイリス様が一人で動いていたのはそういうことだったんですね」
よし、なんとかミツルギを納得させたぞ!
こいつは何か信じ込みやすいから悪い輩に騙されないか心配になるが、今だけは好都合。
俺は
「ここがアクア様の……」
さすがに城の中ということもあり、かなりの時間歩いたが、無事に到着した。
ミツルギはどこか緊張した顔でドアの前で服についた埃を払ったりしていた。
「アイリス様、少しお待ちください。アクア様に失礼のないように――」
「待たない。起きろアクアー!」
「ちょ、アイリス様ーっ!?」
どうせあいつのことだ、昼間から酒でも飲んで寝転がってるに違いない。
ノックすることなくドアを開けると案の定、部屋の中には空き瓶とスナック菓子の袋、そしてベッドの上でだらけたアクアの姿があった。
幻想を抱いてたミツルギはその部屋を見て愕然としていた。
「も、もしや義賊がアクア様の部屋に侵入して荒らしていった……!?」
「絶対違う」
「まさかアイリス様はこれを察知して急いで僕を引き連れてアクア様の部屋へ……!?」
「絶対違う」
「女神様!! 無事ですか!! 僕です、ミツルギです!!」
ミツルギはもう自分の世界に入ってしまったらしい。
こうなっては俺にはどうすることもできない。
ミツルギはアクアが酒瓶抱えて眠ってるベッドに走り、そのままアクアのことを揺さぶった。
「僕のことがわかりますか!? お願いですから返事を――」
「っるっさいわね! 誰よ、わらしの部屋に勝手に入ってくるのは……!」
「よかった!! 女神様、どこも怪我して……」
「賊がわらしのことを襲おうだなんて百年早いわ! 食らいなさい『ゴッドブロー』――ッ!!」
「へぶはぁあ!?」
魔剣の勇者は酔っ払いのパンチを食らって撃沈した。
いや、確かに端から見ればこの状況はミツルギがアクアを襲ってるように見えなくもないが。
そう思っているとアクアが口元を押さえながら真っ青な表情でいた。
「なんだ、揺さぶられたせいで気分悪いのか? 吐くなよ、水持ってくるから」
「ううっ……み、水……」
「ほら、水」
「ありがろう……んぐっ、んぐっ、ぷはーっ! ついでにしじみ汁もお願いね」
「厚かましいなこいつ!」
あんなに顔色悪かったのに意外と余裕そうなアクア。
ミツルギのことぶん殴ってたし、ミツルギの敵として俺がこいつをぶん殴っていいだろうか。
「……あれ、メイドさんじゃない……」
「もしかして俺のことずっとメイドだと思って話してたのか」
本当にぶん殴っていいか?
毎度こんな酔っ払い相手にしてるメイドさんたちの怒りも込めて。
いや、俺の口調がアイリスと違っても疑問に感じてないし、好都合といえばそうなんだが、この状況にありがたがったら負けな気がするんだ。
そう思っていると、涎を垂らして寝ていたアクアは酒が抜けてないながらも口元を拭いた。
それで今までの醜態を誤魔化せるわけないのだが。
「なぁに? アイリスがわらしの部屋に来るなんれ珍しいじゃない?」
「……まあいいたいことはあるけどいいや。それより折り入って聞きたいことがあるんだが」
「ふっふーん! この女神しゃまに任せなしゃい!」
……本当に任せていいのだろうか。
仮にも女神だし、もし知らなくてもお得意の解呪魔法でなんとかなるかもしれないと思っていたが、なんか任せてはいけない気がする。
しかし一度行った手前、下手に話の腰を折ることもできない。
「まあ聞くだけ聞くか。なあアクア。この魔道具について何か知らないか?」
俺は首飾りを見せた。
アクアは酒瓶を片手に、それをまじまじと覗き込む。
その青い瞳が、意外にも少し真面目な光を宿した。
「それぇ、もしかして神器じゃない? わらしが天界にいら頃はね、それはもー、いろんな神器を見てきたわよ」
「やっぱり神器か! じゃあ、これは人の体と入れ替わったりする力が……!」
「そうそう、確か……こういう形のは、魂を入れ替える……んだったかしらねぇ~」
「それで!? どうすれば元に戻るんだ!」
勢い込んで身を乗り出すと、アクアは途端にぐらりと体を揺らした。
そのままベッドに沈み込み、「もう限界ぃ……」というふにゃふにゃな声を残す。
「おい、寝るなよ! こっちは人生の危機なんだぞ!」
「……しばらくしゅれば元に戻るろ思うから……今は寝しゃせてぇ……」
「おい、適当言ってるんじゃないだろうな!」
気づけばもう、すぴー、すぴーと寝息を立てていた。
もういくら揺さぶろうと起きない。
酒瓶を抱きしめ、幸せそうに眠るその顔が腹立たしくてたまらない。
俺は思わずため息をつき、近くのペンを手に取った。
キュポッと蓋を外すと、そっとアクアの額に肉の字を書き、頬にはひげを描き足す。
それでも目を覚まさないアクアを見届けて、俺は静かに部屋を出た。
……少しだけすっきりした。
最近忙しいので投稿頻度が減りそうです。原作小説1巻分を1章として、どこまで書こうかという…
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第6章(現在の章)
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第7章
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第8章
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リメイクしてテンポよく進める