ミツルギとアクアを放置して俺は部屋を出る。
アクアの言うことが本当なら俺とアイリスの体は元に戻るだろうが、あの泥酔女神が適当抜かした可能性の方が高い。
俺はため息をはきながらアイリスの部屋へ戻る。
アクアの酔いが覚めて俺のいたずらに激怒するのが先か、ねりまきがアイリスの部屋に来るのが先か。
アイリスと合流するために俺は部屋に戻ろうと思ったのだが……
「おや、これはこれはアイリス様。今日もご機嫌麗しく……しかし護衛はどうしたのですかな。お一人とは珍しい」
重々しい声とともに現れたのは大柄な男性の姿。
見覚えのあるその姿を見て、一瞬で俺の背筋が凍りつく。
「げっ……!」
「ん? 今、何か言いましたかな?」
「い、いえっ! なんでもありません! ご、ご機嫌よう、アルダープ様……本日どのようなご予定で……」
やばい、やばい、やばい。
よりによってアルダープさんかよ……!
変な貴族だったら適当に叫び声でも上げて退散させたり方法は思いつくのに、今後のアイリスのことを考えると下手なことできないぞ!
何より貴族相手だと作法なんて知らないしばれる可能性が……!
まったく、ミツルギといいアルダープさんといい、今日は何か厄介な人にばかり遭遇して……俺の幸運はどこいった!?
心穏やかではない状況ではあるが、だがここで挙動不審な態度を取れば怪しまれるのは必至だ。
特に貴族であるアルダープさんならなおさらだ。
もしかしたら賊だと疑われる可能性だって……
俺はゴクリと喉を鳴らし、脳内で「王女っぽい会話」を必死に検索しながら、どうにか口を開いた。
「そ、その……裁判の時はララティーナのことを含めて、大変お世話になりました」
「いえいえ、アイリス様が頭を下げるほどのことではありますま……い……ッ!?」
「……? どうかなさいましたか?」
「い、いえ、何でもございません」
俺がお辞儀をして顔を上げると、アルダープさんは俺の方を見て一瞬驚いたような顔を見せた。
――あっ、そうじゃん、王族はそう易々と頭を下げちゃ駄目だろ!
アイリスの偽物だと疑われたんじゃないかと俺はドキドキと胸を鳴らしていたのだが、アルダープさんはすぐに穏やかな笑みを浮かべた。
危ない……間一髪だったか。
「ワシは運良く、ダスティネス様の窮地に駆けつけられただけのこと。そう、すべては女神エリス様の導きにございます」
……この人、神か?
あの裁判のときに味方して助けてくれた神だわ。
貴族ながらに謙虚で、傲慢さとは無縁なんてクレアに見せつけてやりたい貴族の手本だぞ。
「と、ところでアルダープ様はどうしてこちらに? 何かご用事でもありましたか?」
「大した用では。ジャティス様に謁見を……と思っておりましたが、ご不在のようでしてな」
「まあ……そうでしたの」
「しかし、よかったですぞ。アイリス様がおられて」
「わ、私ですか?」
アルダープがにやりと笑みを浮かべると、懐からハンカチを取り出して額の汗を拭った。
テラリと光る頭頂部が、まぶしい。
「ええ、実はそのネックレスをジャティス様に献上したのは私なのです」
「えっ、そうだったのですか?」
「商人から買い取ったものなのですがね、素晴らしい魔力を秘めていることは判明したのですが、如何せん使い方がわからないもので、使用方法を調べてを国益になればと思いジャティス様に献上したのです」
ここに来てまさかの衝撃発言!?
まさかこれを献上したのがアルダープさんだったなんて……
「それで、この度なんとこの魔道具に関することの一部が判明しまして」
「何がわかったんですか!?」
「は、はい、アイリス様。この魔道具の効果は不明なのですが、どうやら効果時間が数時間だというところがワシのところの調査でわかりまして」
「ほ、本当ですか!!」
「もちろんです」
な、なんてグッドタイミング!
俺がちょうど欲してた情報をこう持って来るだなんて!
「あ、あの、アイリス様? その、離れていただけると……」
「あっ、す、すみません……」
思わずアルダープさんの手を取ってしまった。
慌てて手を引っ込めるも、またしても偽物だと疑われるような行動をしてしまった。
き、きっと精神がアイリスの体に引っ張られて幼くなっているせいだ……
しかしアルダープはそんな俺を気にした様子もなく。
「どうやらアイリス様はこの魔道具について興味深く思われている様子で」
「お恥ずかしいところを……忘れていただけると……」
「いえいえ、恥ずかしいなどと。魔道具はこの国の益になるやもしれません。そのように関心を持つとは、やはりアイリス様にも王の素質がおありのようで」
「……そう言ってくださるとありがたいです」
「そこでご相談なのですが、その魔道具の使い方をより研究するために一度ワシに預からせてほしいのです」
なるほど、見えてきたぞ。
つまりアルダープさんジャティス王子に本当はこの話をしにいこうかと思ってたが王城におらず無駄足になるところだったが、代わりに俺――というかアイリスがこの魔道具を持っていたの、でそれを貸してほしいと。
……このネックレスがなくても自然に体が元に戻るならそれでいいんじゃないか?
アイリスが自分で持ってるよりむしろアルダープさんが保管してくれた方が安心だ。
厭らしい目的で絶対使わないだろうしな。
そう考えると、俺はアルダープさんにネックレスを差し出した。
「もちろんです、アルダープ様。この魔道具は時間経過で効果が解除されるというのであれば、古代文字の読解の手立てはついたということでしょう」
「流石はアイリス様、そのご慧眼には感服するばかりですぞ。しかし、ジャティス様がアイリス様にお譲りになるとは……もしそう仰ってくだされば、もっと相応しい装飾品を準備したところを」
「そ、そんな……お気遣いなく!」
本当ならアイリスに似合うネックレスを見繕ってほしいところだが、今は俺がポンやらかしてアイリスじゃないのが張れないように一刻も早く逃げたい。
アルダープさんにネックレスを渡すと、は魔道具の研究が捗ることを想像してか、それを手にした瞬間に嬉しそうに笑った。
「もしアイリス様さえよろしければ、その首飾りを別のものと交換させていただきたいのですが……いかがでしょう?」
「そ、そうですか? で、では……お願い、いたします」
「光栄でございます。ジャティス様には私の方から伝えさせていただきます」
「ありがとうございます。それでは私はこれで……」
これ以上会話していたら俺がアイリスじゃないと張れるかもしれないと、俺は足早にアルダープさんから去ろうとして……
ふと、一つのことを思い出した。
「あっ、そうそう、アルダープさ……ま! 魔道具の研究について、もしよければサトウカズマ様を頼ってみてください」
「サトウ……? ああ、あの冒険者の男ですか。アイリス様は随分とあの男と親しくしているとの噂ですが、いくらアイリス様の頼みと言えど部外者を……」
「いえ、彼はどうやら古代文字を読めるみたいで、先ほどもこの文字を読み上げられると言ってましたので」
「そ、それは誠ですか? たかが冒険者が古代文字など読めるはず……」
俺はこの魔道具の効果を知ってるし、アルダープさんのために何かできないかと考えた結果だ。
命の恩人だし、困っているなら日本語を教えるくらいなんてことはない。
アルダープさんはそれを聞くと、最初こそ呆れていたが、俺の目を見て妄言でないと気づいたのか、ギョッとした表情をした。
そして、少し考えるそぶりを見せた後、アルダープさんは額から滲み出る脂汗を拭った。
「……わかりました。アイリス様の言うとおり、後ほど彼奴には声をかけてみるとしましょう」
「はい! 私からも協力をするように頼んでみますね」
俺はそう言い残してアルダープと別れた。
俺の心は、アクアの顔に落書きしたとき以上に軽やかだ。
ネックレスの謎も解けたし、効果もまもなく切れる。
変な効果を持つ魔道具だが、あのアルダープさんが悪用するはずもない。
むしろ王国のために研究するというのだから、これ以上の結末はないだろう。
「さて、そうすればあとはアイリスに報告して終わりだな」
そう呟きながらアイリスの部屋のドアをノックした。
中から返事が聞こえ、扉を開ける。
そこには俺の体――と入れ替わっているアイリスがちょこんといった様子でベッドに腰掛けていた。
しかしそこにいたのはアイリスだけではなく……
「あ、三人とももう来てた……んですね?」
「アイリス! よく来てくれました! カズマが! カズマが何か気持ち悪いんです!」
そう言って飛び出してきたのはめぐみん。
俺に向かって気持ち悪いとは何事かと言ってやりたい。
しかしそんなめぐみん以上に重傷なのが一人。
「どうしよう! カズマさんが私のことをゆんゆんさんて他人行儀な呼び方してくるんです! なんでそんな喋り方なのって聞いても教えてくれないし、わ、私、何か悪いことしちゃったかなぁ!?」
「落ち着いてゆんゆん! き、きっとカズマさんは悪いものを食べただけだよ! ゆんゆんはちょっと気を許すとすぐ辛辣だけど、お節介焼きだし意外とけんかっ早いし、めぐみんと一緒にいると影が薄いけど結構いいところあると思うよ……!」
ねりまきも必死の慰めをきいてさらに泣き出してしまったゆんゆん。
ねりまき、お前は本当に慰めようとしてゆんゆんの短所を並べているのか、それともゆんゆんをいじめて泣かせたいのか。
場は混沌を極めた。
「なあアイ――お兄様? その何がどうしてこんな状況に?」
「じ、実は、最初から普通にアイリスとしてめぐみんさんたちに接していたら……魔道具の説明をしようとしたんですが」
「なるほど把握したわ」
そりゃそうか。
体が入れ替わってるという現実的にあり得ない状況……仮に俺がいても説明が難しいのに、俺がいなければなおさらだ。
さらにいえば、めぐみんたちの中で今のアイリスは、自認アイリスのカズマなのだ。
気持ち悪いことこの上ないだろうし、そんな状況で説明は意味をなさないのは分かりきっていた。
俺は、今更ながらに二人で行動しておけばよかったとため息をつきながらも場を収束させるために声を上げた。
「おい、城で毎食大量の飯をかっ込んでるせいで通り名が頭のおかしい爆裂娘から胃袋がおかしい爆食娘に変わっためぐみん」
「そ、そうなのですか!? 私の知らないところで一体誰がそんな不名誉な名で……!」
「俺が広めた」
「!?」
「それから最近アイリスを呼ぶときに様付けかちゃん付けか呼び捨てかを迷いに迷ってるゆんゆん」
「なっ、なんでそれを知って……!? もしかして鏡の前でなんて呼ぶか練習してるところ見られてたの!? 恥ずかし……!」
「いや、それは初耳だ……」
「!?」
「それからクリスと最近夜な夜な激しい運動をしてるねりまき」
「言い方ぁ!! 確かに夜にみんなに言えないことしてるけども!!」
「「「!?!?」」」
「いや待って、みんな違うから!! 誤解だからぁ!!」
俺の言葉を否定しなかったせいで目を真っ赤にしためぐみんとゆんゆん、それから顔を真っ赤にしたアイリス(俺の体)に詰め寄られるねりまき。
別にめぐみんに怒られそうになったとか、ゆんゆんに殴り飛ばされそうになったとか、そういった身の危機を感じて、その矛先をねりまきにバトンパスしたわけじゃない。
俺はねりまきが安らかに眠るように合掌をして拝んでおいた。
「ちょっとアイリス、この状況なんとかしてよ! というかあなた、アイリスの体だけどやっぱりカズマさんだよね!? 私の秘密を知ってるのはカズマさんだけだし! カズマさんも私に質問攻めしてくるのはおかし――ああああっ!! 自分で言ってて何言ってるかわかんなくなってきた!! ややこしい!!」
「やっぱりって……お前、俺とアイリスが入れ替わってるの知ってて放置してただろ」
「だって私が何でアイリスの魔道具の効果知ってるとか、いろいろ質問されるのめんどくさかったんだよ……」
ねりまきがそう叫ぶと、めぐみんたちの動きが止まる。
「……どういうことですかねりまき。アイリスの魔道具が何か知っているとは? それに先ほどのクリスとの件も……」
「…………やっぱり、めぐみんたちにも話しておかなきゃだね。実は私ね、邪眼を制御できるアイテムを探し回ってるんだよ」
「……それは、過去の負い目からですか?」
「どうかな。単純にこの膨大な魔力を完全に制御できたらって考えると……それってとってもかっこいいでしょ! 本当は誕生日プレゼントとかであげたかったんだけどなぁ」
何だよコイツ、ノリと勢いだけかと思ったらそんな理由で義賊になったのか……
いや、結局義賊って面白そうだしかっこいいからって理由からめぐみんのかっこよさを強化するためって理由になっただけで、根本的にはアホ丸出しな理由には変わりないなんだが。
「それで、クリスは盗賊だし、意外とそういう魔道具関係には詳しくて……最近は一緒になって色々してたんだよ。その行動の一環として強力な魔道具がないか王都を探し回ってたんだけど、ちょうどアイリスが持ってたのを見つけてね。クリスが言うには体を入れ替える効果をもってる魔道具なんだ……って…………」
「つまりカズマが気持ち悪いのは中身がアイリスだから、というわけですか。……にわかには信じがたいですが、あのカズマとアイリスの様子がここまでおかしいと納得せざるを得ませんね」
ねりまきめ、うまく自分が義賊だってことを隠しながら話したな。
めぐみんは話を聞いて納得したみたいだし、ゆんゆんも俺とアイリスを見比べて何か納得したように胸をなで下ろした。
アイリスも夜な夜などういう活動をしてたか理解して一安心してる様子……
いや、全然理解できてないというか、厳密な活動内容との齟齬がすごすぎるんだが。
そう思っていると、ねりまきは俺の方を凝視してきた。
「……なんだよ」
「いや、ちょっと聞きたいことがいろいろあるんだけど…………その……魔道具は?」
「あげた」
「…………誰に」
「言うわけないだろ」
「なあああにやってるのぉぉおお!?」
俺がそういうと、ねりまきは勢いよく俺の肩をつかんで来た。
いや、気持ちはわかる。
お前とクリスが探してたものだろうし、こう目的が達成される直前だったのにゴールが遠ざかっていったら絶望だろう。
でも――
「おい! 今はアイリスの体なんだぞ! 俺の妹の体に酷いことするなよ!」
「いやいやいや、何やってるのカズマさん! あの魔道具が悪用されたらどうなるか!」
「そこは安心してくれ。俺が信用してる貴族にあげたから。何でも国のためにその魔道具の研究してるとか」
「カズマさんはあの魔道具の凶悪さを知らないからそう言えるんだよ! ああぁ……本当になんてことを……!」
「凶悪さって……あれは別に体を入れ変えるだけだろ?」
俺がそう言うとねりまきは深刻な顔をして黙り込んだ。
なんだよ、たかが体を入れ替えるだけのおふざけ魔道具だろ?
そんな思いとは裏腹に、俺の額には汗がにじんだ。
「…………あの魔道具はね、体を入れ替えてる最中に片方が死ぬと、元に戻らなくなるんだ」
「……おい、今何て言った」
「あの魔道具は使い方次第では永遠の命だって得られる代物だよ」
補足
原作ではカズマがアイリスの体で自由に振る舞っていましたが、今作ではラグクラフトの件があった直後ということもあり、ばれるリスクを考えて行動する慎重なカズマになっているという。実際、アイリスみたいに偽物だと看破する人は少ないのでここまで警戒する必要はないんですけど。……という余談でした。
最近忙しいので投稿頻度が減りそうです。原作小説1巻分を1章として、どこまで書こうかという…
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第6章(現在の章)
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第7章
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第8章
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リメイクしてテンポよく進める