義賊たちは、まるで影そのもののようだった。
兵士たちが張り巡らせた警戒網を、魔法と技巧で次々と突破していった。
その身のこなしは、正直に言って賞賛に値するほど洗練されていた。
だが、カズマの言っていたとおり、煙によってその姿は炙り出された。
「ケホッ……カズマさん、ゆんゆんに入れ知恵したな!」
「でも宝感知スキルはあと少しだって言ってるよ! ここまで来たらもう少し……! 一気に突っ切るよ!」
「っ……待て、賊ども!」
ゆんゆんの水魔法・氷魔法・光魔法が連続して発動され、義賊二人組の影がぼんやりと浮かび上がるが、まだ輪郭は掴めない。
少年だと思われる体型の義賊がそう声でこちらに飛び込んできた。
私は剣を構え、胸を張って名乗りを上げた。
「賊め! よくぞここまで辿り着いたものだ! だが、ここから先は我がダスティネス家の誇りにかけ——蟻一匹たりとも通さん!! もし通りたくば、この私を倒し! 肉欲の限りを尽くし! めちゃくちゃにしてからいくがいい!!」
「いや、ダクネスが勝手に空振りしてるだけなんだけど!?」
義賊の煽りが聞こえるが、挑発に乗ってはいけない。
相手は私のことをどうやら知っているらしいし、こちらが感情的になれば、その隙を突かれると理解していた。
私は焦りを押し殺し、最後の砦であるカズマのいる部屋へ走る。
だが鎧は重く、思うように早さが出ない。
義賊たちはすでに魔道具の保管部屋へ到達していた。
義賊は怪しげな技で兵士を一瞬で無力化し、そして迷いなく鍵付きの扉を開く。
いよいよ危険だ、と私は歯を食いしばる。
だが——あの部屋にはカズマがいる。
彼さえ時間を稼いでくれれば、きっとどうにかなるはずだ。
そう思っていた。
本気で、そう信じていた。
ようやくたどり着き、魔道具の部屋に足を踏み入れた瞬間、胸の奥がざわめいた。
私は乱暴に扉を押し開け、足を一歩踏み入れる。
ぴちゃり、と靴裏に生温い液体が触れた。
次の瞬間、鼻を刺す鉄臭さが鼻腔を刺激する。
背筋が冷たくなった。
慌てて中を確認しようと目をこらす。
すると、そこにいたのは立ち尽くす銀髪と黒髪の人物。
見覚えのある二人――
「……クリス? それに、ねりまき……? 一体何をして……」
そこに立っていた銀髪と黒髪の義賊の姿を見て、一瞬だけ安堵した。
しかしその安堵は、すぐに胸を鷲掴みにされるような悪寒に変わる。
クリスたちの服装が義賊のそれであることに気づいたからではない。
暗がりの奥、床に広がる黒い影が血だまりだと気づいた瞬間、息が止まった。
その中心に倒れた人影――見間違えようがない、カズマだった。
「……カズマ? どうしたのだ……おい、返事を……冗談だろう? な、何かの手違いだ……立て、立てと言っている……!」
思考が一瞬で凍りつく。
私は声をかけるが、カズマは微動だにしない。
「嘘だ、嘘に決まっている……!」
そんなはずがないと、頭のどこかで否定が回り続ける。
さっきまで元気だったのだ。
だからこれは死ではない。
アクアのヒールで何とかなる。
それ依然に、あの二人――クリスとねりまきがカズマを殺すはずがない。
これはドッキリだ、後でしっかり説教しなければいけない。
そんな無茶苦茶な理屈ばかり浮かんでくる。
だが、濃密すぎる死の匂いが、私の希望を無慈悲に押しつぶした。
カズマは凄惨な殺され方をしていた。
クリスとねりまきの二人も理解が追いついていないのか、血だまりの前でただ呆然と立ち尽くしていた。
私自身も脳が追いつかず、喉の奥がひゅ、と嫌な音を立てる。
理解ができない……いや、理解したくない。
震える声でクリスたちに「何をしてるんだ、カズマは……どうしてこんな――」と、問いかけようとした。
その瞬間だった。
「『フリーズバインド』ッ!!」
背後から突風のような冷気の気配とともに、魔法が飛び込んできた。
直撃の衝撃音が思考をぶつ切りにし、胸の奥に押し込めていた感情が一気に暴れ出す。
振り返るまでもなく、それがゆんゆんの魔法だと気づいた。
まだ室内に入っていないのに、義賊を止めようと魔法を放ったのだ。
「ここにいたらまずいね……多分、私たちがやったと思われてるし……!」
「急いで逃げよう! 早くッ!」
「ま、待て、二人とも!!」
ゆんゆんの魔法を紙一重でひらりとかわし、闇の形になってドアへと走り抜ける。
身体能力だけでは説明がつかない、滑るような身のこなしだった。
私は反射的に手を伸ばし、鎧をきしませながら追いかけるが、絶望的に速い。
ゆんゆんが次々と魔法を撃つが、義賊たちはその全てをすり抜けるように避けた。
「兵士さん! そっちです、逃がさないでください! 我が爆裂魔法で――!」
「やめなさいなめぐみん! そんなことしたら私まで巻き込まれちゃうじゃない!」
ゆんゆんのさらに後ろにはめぐみんとアクア、そして後方から兵士たちも駆けつけてくる。
しかし、義賊たちはその間を細い水流のように滑り抜け、誰の手にもかからなかった。
一瞬の影となり、廊下の向こうの暗闇へ吸い込まれていく。
追いすがる私たちを置き去りにして、二つの影は夜の帳へと消えていった。
兵士たちが義賊を追って廊下を駆け抜け、怒号と足音が渦を巻いていた。
その混乱の中、ようやくゆんゆん、めぐみん、アクアが部屋へ入ってくる。
彼女たちの表情は、一歩足を踏み入れた瞬間に強張った。
この部屋に満ちる、重く濁った死の気配を肌で感じ取ったのだ。
「カ、カズマさん……? どうしたんですかそんなところで寝て……ま、まさかドッキリじゃないですよね? あの……」
「カ、カズマ!? この血、まさか……まさか義賊にやられたなんて言わないでしょうね!?」
私と同じように状況を理解できてないゆんゆんとめぐみん。
カズマ以上に血の気を感じさせない顔で驚愕していた。
だがアクアだけは違った。
蒼白になるどころか、一目で状況を悟り、すぐに走り寄って膝をつく。
「よっとみんな、今からカズマのこと直すから下がっててね」
そう短い声で告げ、光の魔法を立て続けに放った。
その手つきは驚くほど冷静で、それが逆に私たちの焦燥をすこし和らげた。
「アクア……どうなんだ、カズマは……」
「傷は……あ、穴が……こんな……」
「だ、大丈夫なんですか……!?」
「アクアさん、お願いです……っ」
私たちがそう言ってる間にもアクアは黙々とカズマの体を治していく。
アクアの魔力が満ち、カズマの胸の大穴がゆっくりと閉じていく。
肉が再生し、血の跡が消え、まるで最初から何も無かったかのように肌が戻る。
アクアがふうっと息を吐くと、めぐみんも連動するように胸を撫でおろした。
――だが、その直後に放たれた一言で、空気は一気に凍りついた。
「これでカズマの遺体は直したし、あとは生き返らせるだけね!」
「……は?」
「い、今……遺体って……!?」
「し、死んで……!? ど、どうすれば……カズマを生き返らせるには……!?」
「カズマは……死んでませんよね!? アクア、ねぇ!?」
めぐみんがアクアに掴みかかる勢いで詰め寄る。
私も、アクアの言葉をゆっくり思い返しながら、胸の奥がざわついた。
アクアはほんの少しも焦らず、むしろ得意げな様子で頷く。
「これはもうしっかり死んでたわよ。心臓をえぐり取られてたから生やすのに手間取ったけど、我ながら完璧に修復したわね!」
「……心臓……えぐり……えっ?」
「そ、それを……直した……? し、心臓を……!?」
「さっき言っていた『生き返らせる』というのは……カズマを、という意味か?」
「そりゃそうよ。リザレクションで天界にいるカズマの魂をパパーっと連れ戻すだけだもの。今頃この世界の女神様に転生の手続きさせられてる頃でしょうけどそうはさせないわ!」
震える声で問いかけると、アクアは鼻歌まじりに答えた。
まるで軽い雑談でもするような調子で。
……天界に、いる……手続き……女神……考えただけで頭が割れてしまいそうだ。
アクアは日々アークプリーストという概念を破壊している破戒僧だ。
悪行と酒癖では女神らしさゼロだが、時折神のような力を見せる。
少なくとも私の知ってる者でこれと同等以上の実力者は見たことがない。
もっとも、アルダープの高級シュワシュワを勝手に飲んで吐いて、カズマに介抱されていたし、女神ではないな、絶対。
アクアが両手をカズマの胸の上へ翳すと、青白い魔法陣がぱっと花開くように展開した。
その中心でアクアは呟くように語りかけ、天界のどこかにいるであろうカズマへ手を伸ばすように祈り続けている。
私たちはただ固唾を飲み、ひたすら彼が戻ってくることを願うしかなかった。
だが、いくら待ってもカズマは息を吹き返さず、胸の中に焦りがじわじわと積み上がっていく。
「っ……だ、駄女神!? 今私のこと駄女神って言った!? 呪いを解除したりしてたでしょ!」
「な、なにを言ってるのですかアクア! 集中を――」
「それに、今だって義賊にやられたカズマの体を修復して、心臓生やして蘇生してあげようとしてるのに!」
「や、やめるな! 本当にやめるなアクア! お願いだ、続けてくれ!」
「もう魔法やめてもいいかしら!」 「駄目だ! お願いだからカズマのことを蘇生させてくれ!」
「やめっ、とめようとするのとめないでよダクネス! カズマが私のこと馬鹿にしたの!」
「て、天界で何をしているのだカズマは……」
まったく呆れた。
天界だろうとなんだろうと、カズマとアクアはどこでも喧嘩するのか。
もう放っておいてもいいかと思ったが、ここで私が引けばアクアが本当に蘇生をやめてしまう。
状況の真剣さに対してあまりにも緊張感のない会話だが、それでも私は止めるしかなかった。
この場でアクアが拗ねて蘇生を放り出せば、本当に取り返しがつかなくなる。
しかし、事態はさらに悪化の一途を辿る。
「カズマが……死んだ……? 生き返れない……? あ、あああ……あああああああ!! そんな、カズマ! 死なないでください! 死なないで…………義賊……彼らがカズマの魂を盗んだのですね? 義賊を倒せば……カズマは生き返ってくれますよね……カズマ?」
「や、やっぱりカズマのこと蘇生できないんですか!? ど、どうしよう……カズマさんが死んだままで……どうしたら…………そ、そうだ、悪魔よ! 上位悪魔に頼めばいいんだわ! きっとカズマさんはセクハラのしすぎで地獄に落ちるだろうし魂を連れてきてもらえば……! いや、めぐみんの言うとおり義賊が関わってたらそれを最初に……」
めぐみんとゆんゆんは混乱していた。
ゆんゆんの足元には、彼女の錯乱に呼応するように不気味な赤黒い魔法陣が形成されていく。
同時に、めぐみんの体から濃密な魔力が漏れ出し、室内の空気を震わせた。
正気を保てず、意識が朧ろなまま彼女が詠唱を始めると、さらにこの空間を支配する魔力は跳ね上がる。
息が詰まるほどの圧力が押し寄せ、私の全身を冷や汗が伝った。
「アクア! 私はゆんゆんを押さえる! だから早く!」
「しょ、しょうがないわね……カズマ? カーーズマーーー!! しょうがないから高級シュワシュワ5本と霜降り赤がにのセットで手を打とうじゃないの。みんなが早く帰ってきてほしいって泣いてるんですけど!」
「そんなこといってる場合か! ゆんゆんが不気味な魔法陣を作り始めて……!」
「あの、本当に早く帰ってきてほしいんですけど! ぎゃあぁああああ! ゆんゆんやめてぇ! 悪魔の召喚はらめぇ! めぐみんも魔力が暴走し始めてるんですけど!」
ゆんゆんを押さえ込んでも、彼女の震える指先はなおも魔法陣へと力を注ぎ続ける。
めぐみんもまた、涙に濡れた瞳のまま詠唱を止められず、魔力の奔流はもう暴発寸前だ。
私は必死で二人に呼びかけ、揺さぶり、そして噛みつくように叫んだ。
カズマ、早く助けてくれ!!
――そう思った瞬間だった。
「『ドレインタッチ』――ッ!!」
「え……?」
駆け込んできた陰はためらいなくめぐみんに触れ、暴走しかけた魔力を一気に吸い取り鎮めた。
めぐみんは肩を震わせ、驚きと安堵が入り混じった表情で、その人物を見上げる。
「まったく……遅いんですよ、戻ってくるの……」
そして力が抜けたようにふらりと倒れかけ――腕が彼女を受け止めた。
その腕の中で、めぐみんはほっと微笑み、静かに瞳を閉じた。
最近忙しいので投稿頻度が減りそうです。原作小説1巻分を1章として、どこまで書こうかという…
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第7章
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