その日の夜。
王城の大広間では、俺たちの功績を称えるための緊急の晩餐会が催された。
広間には王都の名だたる貴族たちが集まり、豪華絢爛な料理と最高級の酒がテーブルを埋め尽くしている。
「――さあ、皆様! 此度の王都の危機を救った、若き勇者たちに乾杯を!」
クレアの音頭とともに、クリスタルグラスが触れ合う澄んだ音が響く。
ダクネスの周りには、瞬く間に貴族たちの人だかりができた。
「おお、ダスティネス様! さすがは王国の盾! ダスティネス家の令嬢だ。あの悪魔の猛攻を真っ向から受け止め、一歩も引かなかったというその武勇……全貴族の鑑ですな!」
「い、いえ……! 私はただ、あの悪魔の鋭い爪が、私の鎧を無惨に引き裂き、じわじわと体力を削り取っていく感触を……くっ、その、必死に耐えていただけだ。決して、悦んでいたわけでは……!」
「なんと謙虚な! 自らの苦痛を顧みず、民のために耐え忍ぶその精神。まさに聖騎士の誉れだ!」
ダクネスは顔を真っ赤にしてガタガタと震えているが、周囲の貴族たちはそれを「武者震い」か「高潔な謙遜」だと勘違いして、さらに評価を上げている。
……こいつ、内心では褒めなくていいからもっと口汚く罵ってほしいって思ってるんだろうなぁ。
その証拠に、鼻息がさっきから荒い。
「めぐみん殿の魔法も素晴らしかった! あの紅魔族特有の魔眼が光った瞬間、勝利を確信しましたぞ!」
「ふふん、よく分かっているではありませんか。私の邪王真眼が真の力を解放した時、この世に滅ぼせぬものなど存在しないのです。……ゆんゆん、ほら、貴方も何か言いなさい。ライバルとして恥ずかしくない態度を見せるのです」
「えっ、あ、えっと……! ゆ、ゆんゆんです! 次期族長として、えっと、友達のカズマさんの助けに、少しでもなれたなら……」
「なんと、まさかの次期族長殿でしたか! ベルゼルグ王国の大貴族だけではなく、まさか紅魔族の代表まで属するなんてなんと豪華な!」
「そして、この私は紅魔族随一の天才と称されし者! 私たちに任せればこの世のどんな巨悪でも討ち滅ぼして見せましょう!」
めぐみんが眼帯をクイッと持ち上げ、黄金に輝く左目を細めて見せると、貴族たちから感嘆の声が漏れる。
ゆんゆんはおどおどしながらも、「次期族長」という肩書きのおかげで、かつてないほど社交界の注目を浴びていた。
そんな中、俺はといえば、最高級のワインを片手に、天にも昇る心地で称賛の嵐を浴びていた。
「カズマ殿! エルロードでの鮮やかな手腕に続き、まさかこれほど短期間で公爵級の悪魔まで退治されるとは。貴殿のような智略に長けた冒険者がベルゼルグにいたこと、誇りに思いますぞ!」
「はっはっは、いやぁ、それほどでも……ありますよ! まあ、俺の『潜伏』と『狙撃』、そして状況を俯瞰する洞察力があれば、悪魔の一匹や二匹、どうということはありませんからね。あ、そのお肉、もう一枚もらえます?」
智略、洞察力。良い響きだ。
確かに、悪魔に追い回されて泣き言を言っていたシーンもあるにはあるが、黙っていればそれは「敵を誘い出す高度な心理戦」に変換される。
喋らなければ、俺は今この瞬間、間違いなく伝説の英雄なのだ。
「しかしカズマ殿には恐れ入った。まさか王都に潜んでいた正体不明の、それも公爵級の実力を持つ上位悪魔を打ち倒すとは」
「そ、そうか? それにしても、俺としてはこんなに祝ってもらうのは照れるんだが」
「何を言っているのですか。確かに義賊こそ逃しましたが、魔道具の性能もカズマ様のおかげで実証されましたし、この短期間での功績は前例がありません」
「クレアとレインの言う通りです! アルダープ様がいないのは寂しいですが、今日はお兄様たちの功績を称えるためのものです。思う存分楽しんでいってくださいね!」
アイリスだけではなく、クレアとレインが俺を褒め称えている。
そう、いつもは俺をゴミを見る目で見てきたり邪魔者扱いしているあの二人が、今日ばかりは殊勝な顔をしているのだ。
うん、悪くない……なかなか悪くない。
あまりの好待遇ににやつきが止まらない。
「いやはや、まさかカズマ殿がここまで早く功績を挙げるとは! もちろん最初から貴方が素晴らしい冒険者であるとは存じておりましたが素晴らしい快挙ですな!」
「まさに! 流石はダスティネス様と冒険をしているお方だ。やはり荒くれ者の集団と言われている冒険者とは一線を画す冒険者だ! バルター殿も素晴らしい冒険者と縁ができてよかったな!」
「そう、ですね……父上の消息が途絶えたことは心苦しいですが、屋敷に眠っていた悪魔を倒していただき、感謝の言葉もありません。ありがとうございます、サトウカズマさん」
「いえ、そんな……!」
声をかけてきたのは、バルターという名の青年だった。
行方不明になったアルダープの息子らしいが、親父とは似ても似つかない顔つき。
しかし誠実そうな好青年だ。
一瞬、申し訳なさが胸をよぎったが、次に現れた親戚のアウリープという貴族が、その感傷を吹き飛ばしてくれた。
「実は裁判の話を耳にしたのですがな、カズマ殿はアルダープと協力し、むしろあの裁判を逆手に取って敵を炙り出したとか! いやはや、武力だけではなく策略にまで秀でているとは! もっと誇っていいことですぞ!」
「そんなことはないですよ。……確かに俺はチームのリーダーで、作戦を考えましたが……仲間の支えなくしてこの場にはいません」
「なんと冒険者にあるまじき謙虚なことか! 是非私の娘を紹介させてください!」
「そんな、ずるいですぞ! 是非私の娘も!」
貴族の人が次々に自分の娘を呼びつける。
いつの間にか俺の周囲は花で埋め尽くされていた。
「カズマ様! このお城で一目見たときからお話ししたいと思っておりましたの!」
「ちょっとカレン! 私の方がお父様に先に呼ばれたのよ、順番を守りなさいよ成金の男爵のくせに」
「……順番を守るというのであれば先着順ではございません? それとも脳みそに行くべき栄養がその大きな駄肉にいってしまわれたので?」
「あらあら、それは私に対するひがみ? 確かに私はあなたと違って重いですから、そのせいで遅くなってしまいましたわ……ああ、重い重い」
「将来垂れまくれッ!!」
「まあまあ、皆さん落ち着いて。俺は逃げませんから、一人ずつゆっくりお話ししましょうか」
「カズマ様……!」
俺の方に来る全員がこんなにもよいしょしてくれるなんて……
やばい……お世辞だって言い聞かせてもにやつきが止まらん!
今までがおかしかっただけだ。
魔王軍の幹部を倒したのに借金を背負わされるし、大物賞金首を討伐したのに裁判にかけられ死刑判決されるし、今までが悪い夢だったんだ!
「我が膨大な魔力が悪魔の因果をねじ曲げる力を穿った……その時、そこで私は言ったのです『我が眼が導く運命に、敗北の二文字はありません』と! 私の爆裂魔法は神殺しの魔法……つまり、大悪魔だろうと上位悪魔だろうと、私を止められるものは何人たりともいな――」
「ねえ、めぐみん。何だかカズマさんが鼻の下伸ばしてて気持ち悪く見えるんだけど」
「――なんですか、貴族の皆さんに我が活躍を語っていたのに空気の読めない子ですね」
「でもいろんな人に囲まれて、ニマニマしてるっていうか、キショいというか……」
「はぁ……随分とゆんゆんは辛辣な物言いをしますが、男とは、かく言う愚かな生き物なのですよ。お世辞をお世辞だと理解せず、女性に囲まれたらだらしなく……」
「でもそれだと、どうして私たちと一緒に生活してるのにあんな風にデレデレしないの――ってめぐみん! ストップ、ストーップ! カズマさんに殴りかかろうとするのやめて!」
向こう側で何やら騒がしい奴らがいるが俺は気にしない。
あっちは悪夢でこっちが現実なのだから。
「なんですか! 何なんですかあの男! まるで私たちに魅力がないような振る舞いをして……!」
「ちっちっち、めぐみんはわかっていないわね。これだからお子様は」
「子供扱いするのはやめてくださいといってるでしょう! 大体、私たちもそろそろ14歳で成人するというのに!」
「だから、そういうことを言ってるうちはまだ子供なのよ。大人は一歩引いた視線を持って余裕がないといけないわ」
「そういったことに一番縁遠いのがアクアだと思うのですが……。アクアにカズマの何がわかるのですか」
「ふふん、大人である私からすると、カズマが私たちにデレデレしないのはカズマの作戦よ」
違います。
「作戦……ですか?」
「そう。私たちに気が無いフリして、逆に気を引こうとしてる恋愛の駆け引きをしてるの。恋愛慣れしてないカズマの思惑――恋愛マスターには筒抜けよ」
筒抜けすぎてお前の目は節穴だわ。
「ほう……確かに小狡いことしてここまで成り上がったカズマのことを考えれば納得ですね。流石は恋愛マスターを名乗るだけのことはありますね。さぞかし経験豊富なのでしょう」
「まあね。ここに来る前は引く手数多でモテモテだったんだから! まあ、私は恋愛することに興味ないから全員振ったんだけどね」
何がマスターだ、烏滸がましい。
「だから私たちは逆にカズマに興味なさそうにしてればいいって訳!」
「なるほど。……ふっ、あれで私たちの気を必死に引こうとしているとは。お可愛いことです」
「……本当にそうなのかな……もしカズマさんがその作戦をしてるとしたら大分成功してるように感じるんだけど」
「何か言いましたかゆんゆん」
「ううん、何も」
……とりあえずアクアとめぐみんに関してはこのまま放置しておこう。
それよりも今は貴族たちの熱のこもった勧誘と称賛……
これこそが、俺が異世界に求めていた異世界転生系の主人公の扱いだ。
美味しい食事、可愛い妹分、そして自分を称える大衆の声。
思う存分楽しむぞ――
――だが、そんな至福の時間は、あまりにもあっけなく終わりを告げた。
「よし、これにてカズマが王都にとどまる理由もなくなったな。明日の朝一番でアクセルへ発つ準備をしろ」
「……はぁ?」
宴の余韻も冷めやらぬ中。
いつものメンバーとアイリスたちとで部屋に戻ると、ダクネスがとんでもないことを口走った。
「……え? どういうことだ? 俺はまだアイリスと一緒に、このふかふかの城で、美味しいものを食べて……」
「何を言っているのだカズマ。普通、一介の冒険者が王城に長期滞在するなどあり得ないことなのだぞ」
「な、何を! この前も城に泊まっただろ!」
「あれは特例だ。隣国との問題を解決した立役者であり、まだ処遇が決まっていなかったからだ。……そもそも、お前がどれだけ城の者に迷惑をかけているか。これ以上宿泊させることは、アイリス様が許しても私が許さん!」
「俺、今回もかなり頑張ったと思うんだけど!? 体を張って十回くらい死にかけて、なんなら一回死んだし! まだ精神的な傷が塞がってないから、城の温泉でゆっくり休まないと死んじゃうから!」
「安心してカズマ! この女神である私が、細胞のひとつひとつまで念入りに治してあげたから、今のカズマはそんじょそこらの野生動物より健康的よ!」
「何やってくれてんだよこの駄女神!」
「ええっ、何で!? 親切で完全回復させたのに何で怒鳴られるのよぉ!?」
クソっ、アクアの余計なお節介のおかげで、仮病の言い訳すら封じられた。
ダクネスが俺の肩を掴む。その手には、絶対に逃がさないという鋼の意思を感じた。 だが、俺もタダで引き下がるわけにはいかない。
「……観念しろカズマ。お前は少し、王都の贅沢に慣れすぎた。アクセルで待っている者たちもいるだろう」
「…………ああ、そうだ。確かにアクセルには俺たちの家もあるし、みんなも心配してるかもしれない。ここはそろそろ帰る――」
「わかってくれればそれでいい。それじゃあ、帰宅の準備をして」
「――なんていうと思ったか! アイリスも俺にまだ城にいてほしいよな!」
「えっ、あ、はい!」
「アイリスがこう言ってるんだ、俺は意地でも帰らん『ドレインタッチ』!!」
俺はダクネスの腕を掴み、その体力を奪って無力化しようと試みた。
だが――。
「くっ……! だが、こうなることはわかっていた! アクア、魔法を!」
「任せてダクネス! そぉら『ヒール』!」
「ど、どういうつもりだアクア! お前が一番この城に留まりたい筆頭だろうに裏切るなんて……」
「ごめん、カズマ……でもダクネスが家に帰ったらダニエルさんのところのシュワシュワを好きなだけ買ってもいいって約束してくれたの。だから、許して。ごめんね、カズマ……!」
「許せるか! 物でひょいひょい釣られやがって!」
ドレインの吸収速度を、アクアの回復速度が上回っている。
だが、体力とは別にダクネスの気力は徐々にそがれていっているようだ。
ダクネスは少しつらそうに顔をしかめ――
「くっ、回復されているとはいえ、常にダメージを食らうのはつらいな……カズマに吸われつつアクアに回復され……なんだか、生命の根源を弄り回されているようで……悪くないな!」
「せめてもう少し貴族らしく凜々しい表情を保っておけよ! こんなやつに負けるなんて嫌だ! あっ、悪魔もこんな気持ちで倒され……いだあああああ!? に、握りつぶされる! 手がああ!」
「カズマ、もっと本気を出せ! いつもはもっと激しい責めをするだろう! もっと私のことを喜ばせて見せろ!」
「離せこの筋肉ダルマ! 俺が勝ったら、お前には王都では言えないような、ものすごいことをしてやるからな!」
俺の捨て身の脅し文句。
だが、その言葉が広間に変な静寂をもたらした。
そしてアイリスが顔を真っ赤にして、身を乗り出して興味津々な様子で叫んだ。
「い、いい、一体何をするつもりですかお兄様! その『ものすごいこと』というのは、やはりその、どういうことをするおつもりなのですか!?」
「アイリス様、教育に悪すぎます、見ないでください!」
「カズマ、貴様! 姫様の前でなんという破廉恥な宣言を!」
レインがアイリスの目を隠して、クレアがその前に立って剣を抜く。
だが、ダクネスの力は少し弱まる。
チャンスと思って、俺はダクネスの耳元にさらに追い打ちをかける。
「いいのか? このままお前が勝ったらお預けだぞ?」
「なぁっ!? お、お預け……っ!? くっ、そ、そんな誘惑には……!」
「アイリスの前では言えないような過激なことを――」
「め、めぐみん、加勢しろ! この卑猥な男を今すぐアクセルへ叩き出せ! ゆんゆんはテレポートの準備だ! 予定とは違うが、このっまアクセルに帰るぞ!」
ちっ、ドMクルセイダーのくせに誘惑を振り切りやがった!
どうすればいい……ここからダクネスから脱出するにはどうすれば……!
「『テレポート』の詠唱終わりました!」
「よし! クレア殿にレイン殿、世話になった! アイリス様もどうかお元気で!」
「ちょ、待て! せめてアイリスとお別れの挨拶を――!」
視界が真っ白に染まる。
アイリスの「お兄様、またすぐに遊びに来てくださいね!」という叫び。
それに加えてクレアたちの「二度と来るな!」という怒号が混ざり合う。
俺の王都生活は、強制終了という最悪の形で幕を閉じたのだった。
最近忙しいので投稿頻度が減りそうです。原作小説1巻分を1章として、どこまで書こうかという…
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第6章(現在の章)
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第7章
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第8章
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リメイクしてテンポよく進める