我は邪王真眼の使い手、めぐみん!   作:桃玉

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21-3 邪眼の…共鳴(イビル・レゾナンス)

テレポートの真っ白な閃光が視界を焼き、次の瞬間、世界が再構築される。

俺の鼻を突いたのは、王都の洗練された香水の残り香でも、アイリスの部屋に生けられた清潔な花の香りでもなかった。

……馬や家畜の排泄物が入り混じった、鼻が曲がるような強烈な生活臭。

そこら中の酒場から漂う、安酒がこぼれて酸化したような酸っぱい臭い。

そして、冬の湿った土が放つ、どこか野暮ったい冷気だ。

 

「……あ、あ、ああ……あ、あああああああああああああぁあああ!!」

 

俺は、石畳に膝から崩れ落ちた。

視線の先にあるのは、見慣れた、実に見慣れた――そして王都に比べれば、最高に、絶望的に代わり映えのしない、アクセルの街(地獄)への入り口。

 

ついさっきまで、俺は可愛い妹に「お兄様ー!」と呼ばれて甘やかされ、国の中枢に座る貴族たちにちやほやされ、ふかふかの絨毯の上を贅沢に歩いていたはずなのに……。

それがどうして、どうしてこんなことになっちまったんだ!

 

「うるさいですよカズマ、いつまで地面を這いつくばっているのですか。汚いですし、不審者だと思われて通報されますよ?」

「兄妹を引き裂いておいてよく言えるな!」

「別にいつだって会いに行けるでしょうに。全く、これだから王都の贅沢に毒された男は……。まあ、私にとってはこここそが始まりの場所。毎日の爆裂時報が名物の、爆裂の聖地アクセル! 爆裂しても誰からも怒られない、思う存分爆裂魔法を放てる楽園! 我が邪王真眼の疼きも、この懐かしい魔力の流れに呼応して最高潮に達しようとしています!」

 

勝手に聖地にすんなよ……

隣では、めぐみんが誇らしげに眼帯をクイッと押し上げ、妙にテンション高くマントを翻している。

その瞳は、いつになく爛々と輝きを放っていた。

 

「ふふっ、めぐみんは相変わらずね。でも私、めぐみんの気持ちちょっと分かるかも。王都はすごく立派だったけど、やっぱりこの街に帰ってくると『ああ、帰ってきたんだな』って安心しちゃうわ」

「何言ってるのですか、ちっともわかってないですよ。私は、爆裂魔法を撃っても誰の迷惑にもならないからこの場所が好きなだけです。初めてパーティーを組めた場所だからと舞い上がって……これだからぼっちはぼっちなのです」

「どういうことよ! それ関係なく第二の故郷なのよ! ぼっちは関係ないでしょ! ……って、めぐみんってば目が赤い……もしかして照れ隠し?」

「ああ゛?」

 

めぐみんの発したドスの効いた声を無視して、ギルドの方を眺めながら優しく微笑むゆんゆん。

彼女にとっては、ぼっち時代を脱却し始めた思い出深いホームタウンなのだろう。

めぐみんにとっても本心は同じだろうが。

 

「そうだな。王都での生活も騎士として名誉あるものだったが……やはり、私の居場所はこのアクセルだ。肌を撫でるこの乾いた草原の風……。これこそが冒険者の街。ようやく肩の荷が下りた気分だ」

 

ダクネスまでもが、兜を脱いで深く息を吸い込み、実に清々しい表情を浮かべている。

なんだかんだ2ヶ月近く王都やエルロードにいたのだ、そう思うのも当然か。

俺にとっては、妹がいる極楽から苦い思い出にまみれた地獄に落とされたような感覚だがな!

 

そんな俺の絶望をよそに、通りすがりの冒険者が「お、クズマじゃねえか。まだ生きてたのか」と、挨拶代わりにゴミを見るような視線を投げて通り過ぎていく。

……ああ、帰ってきた、本当に帰ってきてしまった地獄に。

 

「ちょっと、全員でしんみり浸ってるんじゃないわよ。特にダクネス。早くダニエルさんの所の酒屋に行きましょうよ、そういう約束でしょ?」

「まあまあ、落ち着けアクア。久しぶりの故郷をゆっくりと感じるのもいいものだ――っておい!?」

「カズマをこの街に連れてくるために、わざわざヒールで加勢までして協力したんだから、約束は守ってもらわなきゃ困るわよ! 早く最高級のシュワシュワをダースで買ってよね!」

「わ、わかった、分かったから引っ張るなアクア!」

 

それまでの雰囲気を一瞬でぶち壊したのは、宴会のことしか頭にない駄女神だった。

アクアは俺の絶望的な顔を土足で踏みにじるようにして、ダクネスの腕をグイグイと引っ張る。

 

「……すまないカズマ、まずはアクアとの約束を果たしてくる。今すぐに酒を買わないと一週間は恨み言を言われそうだからな。……お前たちは先に屋敷に帰って休んでいろ。ほら、行くぞアクア!」

「やったぁー! ダクネス大好き! 今日は朝まで飲み明かしてやるんだからぁー!」

「現金なやつめ。シュワシュワは5本までだからな?」

「しょうがないわね、今日はそのくらいで勘弁してあげるわ!」

 

『今日は』って、一体何本飲み明かす気だよ。

余韻も、情緒も、へったくれもない。

俺を王都の楽園から拉致同然に連れ戻した裏切り者の女神と、その報酬を支払わされるドMクルセイダーは、欲望の赴くままに酒屋の方へと消えていった。

……俺の目からこぼれ落ちたのは、砂埃のせいだけじゃないはずだ。

 

 

 

 

 

「はぁ……ようやくついた」

「誰のせいですか。ゆっくり歩きすぎですよカズマ」

 

ようやく重い腰を上げ、俺たちは数カ月ぶりの「我が家」へとたどり着いた。

王城の白亜の壁に比べれば、この石造りの屋敷もどこか薄汚れて見える。

……ああ、帰ってきてしまった。

夢のような王都生活から、現実という名の泥沼へ。

俺が重いため息をつきながら門をくぐろうとした時、後ろを歩いていためぐみんが、ピタリと足を止めた。

 

「……? どうしためぐみん。もしかしてお前も王都に戻りたく――」

「なってません。それはカズマだけですよ」

「じゃあ早く開けてくれよ、俺は鍵持ってないぞ? めぐみんが鍵持ってただろ。それとも、感動のあまり足が震えて動けないのか?」

「いえ、動けないというか何というか……。カズマ、少しお願い……というか、相談がありまして」

「嫌だ」

「ええっ!? まだ要件も言っていないのに拒否ですか!?」

「当たり前だろ。お前らは俺のことを裏切って無理やりテレポートに巻き込んだんだ。傷ついた俺の繊細な心を癒やすために、俺はこれから最低三日は屋敷に引きこもる予定なんだよ。用があるならアポ取ってから来い。そんじゃな」

「ああっ待って、待ってくださいカズマ! 謝ります、その件については謝りますからちょっと待ってください! 私のポッケに手を突っ込まないでください! どさくさに紛れて体を弄ばないでください!」

 

……一つ言っておく。

俺は別にめぐみんの体を弄ってなんかいない。

確かにめぐみんは美少女といっても問題ないくらい顔がいいが、それはそれとしてロリだ。

お触りをして恥ずかしがらせるくらいはしてもいいが、好みのタイプが年上のお姉さんである俺に限ってめぐみんはない。

うん、ないな。

そもそも、俺はただめぐみんから鍵を抜き出そうとしてるだけだ。

スティールなんて使ったら今の状態より凄惨な結果になるのは目に見えているから仕方なくなのだ。

だからゆんゆん、ドン引いた目で俺のことを見ないでくれ。

そう思いながら俺はめぐみんのポケットに手を突っ込むのをやめた。

 

「それで? 俺に頼み事って何だよ」

「……実は、ちょっぴりアクセルの街への帰還で興奮が高まりすぎたのか、少々魔力が暴走してるといいますか……もう少し我慢できると思っていたのですが、漏れそうといいますか、もうここまで来てるんですよ」

「どこまでだよ。……トイレに駆け込むみたいになんとか間に合わないのか? 最悪漏れそうだったら途中で諦めて街の外で野ションし――」

「その卑猥な言い方はやめてもらおうか! 今ここでカズマが屋敷に入ってしまったら、何かの弾みのちょっとした衝撃で屋敷ごとボン――あっ、10……9……――」

「よぉし分かった! 分かったから我慢しろ! その不穏なカウントダウンを今すぐ止めろ!」

 

めぐみんの左目が眼帯越しでもはっきり分かるほど、パチパチと黄金の火花を散らして発光していた。

いつもの中二病の演出だと思いたかったが、その熱量は明らかに異常だ。

 

……確かに昨日は爆裂魔法を撃っていないが、普段ならまだ限界までは達していないはずだ。

なのに、今のこいつから漂うプレッシャーは、マジでいつ爆発してもおかしくない手榴弾のそれだった。

 

「め、めぐみんってば目をそんなに光らせて、興奮しっぱなしじゃない。どれだけ私たちの家に帰ってきたかったのよ。ちょっと可愛いところあるじゃない」

「ああん゛?」

「ちょっ、ゆんゆん! ナチュラルにめぐみんのことを煽るな! こいつの脳の血管がプチンって切れたら、この一帯ごと消し飛ぶんだからな!? 最悪、めぐみんの肉体が耐えられたとしても、怒り狂ってバーサーカーと化したこいつが、感情に任せてその杖を振り下ろした瞬間ボンなんだよ!」

 

ゆんゆんが「めぐみんを弄れるまたとない機会だ」と、ニヤニヤしながら場違いな冷やかしを飛ばす。

その横で、俺は冷や汗を流しながらめぐみんの肩を掴んだ。

めぐみんは顔を真っ赤にし、プルプルと震えながら鋭い視線を虚空へ向けている。

 

「あの……本当に早くお願いします。さもなくば、王都での英雄扱いから一変して、義賊顔負けの凶悪犯罪者として指名手配されることになりますので。……早く、早くっ!」

「ちっ、人使いの荒い爆弾娘め……! じっとしてろよ!」

 

俺は急いでめぐみんの首に手を当て、『ドレインタッチ』を発動した。

めぐみんの魔力を俺の体へと吸い取っていく。

まるで熱くなったおでこに冷えピタを張るような感覚なのか、めぐみんは「はぅあ……っ」と声を上げた後、気持ちよさげな声を上げ、気持ちよさそうに表情を緩ませた。

しばらくして、めぐみんの魔力をある程度吸ったところで俺は手を離した。

 

「ふぅ……。ありがとうございましたカズマ。助かりました。……さて、行きますよゆんゆん! いつもの爆裂散歩に付き合ってもらいますよ! テレポートで街の門までひとっ飛びです!」

「ええー……せめてもうちょっと待ちなさいよめぐみん。カズマさんに吸ってもらったばっかりなのに、いくら何でも早すぎだし、私、今日はもうテレポートも使ったし、同じ場所にもう一回転移なんて面倒くさいんだけど……」

「いいからカズマから魔力を分けてもらってください。今はかろうじて限界を脱しただけで、数時間もしないうちに、また私の魔力がパンパンになって危なくなる予感がするのです」

「本当に、どれだけアクセルの街に帰ってきたのが嬉しいのよ……。分かったわよ、もう」

「ち、違います! 本当に、これは喜びなどで表されるほど単純なものではなく……警告、あるいは咆哮! 我が邪王真眼が『撃て』と、この地の淀みを全て焼き尽くせと叫んでやまないのです!」

「はいはい。ごめんなさいねカズマさん。そういうわけなので、めぐみんから吸い取った魔力、私に移し換えてもらえます?」

 

めぐみんは、釈然としない顔をしているゆんゆんを強引に俺の前へと押し出した。

ゆんゆんに頼まれて、俺は渋々彼女にドレインタッチを行い、めぐみんから吸った魔力を全てゆんゆんへと流し込んだ。

俺の体を通じた魔力の「入れ替え作業」が終わると、めぐみんは制止する間もなくゆんゆんの腕をガシッと掴む。

 

「さあ、早く、早く行きますよゆんゆん! 早くしないと、我が邪王真眼の暴走の餌食になってしまいますよ!」

「ちょっと、引っ張らないでってば! テレポートの準備してるから!」

 

早くしてくれとせがむその姿は、まるで遠足の帰りにトイレ休憩を挟まなかったせいで、高速バスの途中で決壊寸前になっている子供のようだった。

ゆんゆんのテレポートが完成し、二人は嵐のように去っていく二人の紅魔族を、俺は呆然と見送る。

 

「……しかし、おかしいな。あいつ、いつもなら三日以上は我慢できたはずなのに……」

 

……いや、普段から一日たりとも我慢できてなかったわ。

一日一回撃たないと死ぬとか言って、俺を毎日連れ回して……結局、いつも通りか。

俺は溜息をつくと、静かになった屋敷の扉にようやく鍵を差し込――

 

「俺、鍵持ってねえじゃん」

最近忙しいので投稿頻度が減りそうです。原作小説1巻分を1章として、どこまで書こうかという…

  • 第6章(現在の章)
  • 第7章
  • 第8章
  • リメイクしてテンポよく進める
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