「もう、あんな奴らなんか知らねぇ!」
冬のアクセルの冷気を切り裂き、俺は屋敷の扉をこれ以上ないほど勢いよく蹴り開けた。
俺の帰還を告げる絶叫、そして世の終わりを告げるような悲壮な叫び。
……だが、リビングに広がっていたのは、俺の期待した「おかえりなさいカズマさん、大変でしたね!」という温かい歓迎ではなかった。
リビングにはウォルバクさんをもてなす裏切り者3人。
俺の世の終わりを告げるような叫びが聞こえていないのか、優雅に紅茶を淹れていた。
「もう、あんな奴らなんか――!」
「二度も言わなくていいですよ、聞こえてますから」
「なんだ、聞こえてんだったら反応してくれたっていいじゃないか」
「今は私の恩人であるお姉さんのことをもてなすのに忙しいのです。騒ぎたいのであればアクアを連れて外に出て行ってください」
めぐみんが指さす方、ソファーには空の酒瓶を愛おしそうに抱え、口の端から輝くばかりの涎を垂らして「エリスの胸はパッド入り……むにゃ……」と不敬な寝言を抜かしている駄女神が転がっていた。
即ち、俺の顔を治療してくれるやつがいないことを指し示していた。
さっきまで勝ち組の余裕を振りまいていた男の成れの果て――俺の顔は紫色の痣でボコボコに腫れ上がっているのにどうしてくれんだ!?
「ねえ、本当にあの子がサトウカズマなのよね? 本当に魔王軍の幹部を倒したパーティーのリーダーなのよね? そうは見えないのだけど……」
「そうですよ。まあ、倒したのは全部私の魔法です……そう、お姉さんが教えてくれた爆裂魔法で! カズマは幸運値と悪知恵が働くだけで素のステータスは一般人に毛が生えたようなものですから戦闘力に期待するのは酷というものですよ」
「えぇ……」
……これが本当に、あのベルディアを倒した勇者パーティーなの?
明らかな困惑と疑念の視線が俺の胸に突き刺さる。
だがいいさ、どうせ俺はステータスの低い最弱職……
でもな、その悪知恵に何度も助けられてきたのはどこのどいつだって話だ。
「それにしても随分痛めつけられたみたいだな……羨ましい」
「今羨ましいって言ったか」
「言ってない。だが、やはり私も参加すればよかった……あんなむさ苦しい男どもに揉みくちゃにされ、辱められ、仲間の盾となるために、その、身を挺するべきだったと後悔しているのだ」
「羨ましがんな! 少し聞き心地のいい言葉を混ぜたからって聞き逃せないほど心の声ダダ漏れだわ! せめて俺のことを心配してくれよ!」
「心配……? 自業自得なのにどこを心配しろと」
これが、共に修羅場を潜り抜けてきた仲間の言葉か。
視界が滲んできたのは、顔の腫れのせいだけじゃないはずだ。
「わ、私は心配してましたよ?」
「ゆんゆん……! やっぱり真の仲間って暖か――」
「カズマさんって時々頭がおかしいから。特に欲望を目の前にしたとき。私、その辺が心配で……」
「大丈夫ですよゆんゆん。この男はヘタレですので最後の一歩を踏み出すことはできませんよ。その辺の心配はいりません」
「よかった! それなら安心ね!」
「お前ら、喧嘩なら買うぞ?」
本当にお前ら俺の仲間か!?
女の子相手だからって手加減すると思うなよ!?
俺は男女平等主義のサトウカズマ、女子にも容赦なくドロップキックをたたき込める男!
お前ら、表に出ろ! 今すぐ決闘だ!
……と言いたいところだが、今日の俺は万全じゃないし、1対2は卑怯だと思ったので、特別に見逃してやることにした。
「とにかく決めたぞ! あんな、恩を仇で返すような野蛮な街の奴らなんか知らない! お姉さんのことも、絶対にあいつらには紹介してやらない!」
「カズマ、そんなことより私にその傷を移さないのか? ほら、ドレインタッチでカズマの傷を治すといい。先ほどの喧嘩に参加できなかったのは悔やまれるが、仲間のために体力を分け与えるのはクルセイダーの本懐たる所」
「えっ、な、なんか急に優しくされると照れ恥ずかしいというか……」
「照れることなど何もない! いいから早く私にダメージを流すんだ。さあ、さあさあ!」
「…………」
コイツ、欲望に忠実なだけだったわ。
ドレインタッチで仲間の傷を治そうとしてくれるのかと思いきや、単純に変態なだけだった。
俺の感動を返してほしい。
「……吸わないのか?」
「吸います」
このすば
「はぁ……はぁ……やはりドレインタッチはいいな……。何というか、生命という尊厳を踏みにじられているような、ゾクゾクする感覚がたまりゃん!」
「どういう事なの!? ね、ねえ、今ドレインタッチって言ったわよね? アンデッドの王であるリッチーの固有スキルよね? 彼、本当は強いんじゃないの? というか勇者じゃなくてアンデッドなの!?」
「カズマは最弱職なので、知り合いのリッチーに教えてもらったんですよ」
「知り合いのリッチーって何なの!? 弱いのか強いのか、もうこのパーティーの構造が理解できないんだけど!?」
ダクネスは床にへたり込み、満足げに肩を上下させていた。
その傍らでめぐみんとウォルバクさんが何か盛り上がっているが、そんなことはどうだっていい。
「怪我も治ったことだし、俺はこれから旅に出ようと思う」
「カズマさんはまた脈絡がないことを……一体どうしてそうなったんですか?」
「この街の連中は俺のありがたみをわかっちゃいない。というわけで、彼奴らが反省するまで家を空けようと思うんだ」
俺がいなくなれば、アクアやめぐみんと言ったトラブルメーカーの抑止力がなくなる。
それに、ウォルバクさんのことを、めぐみんたちが彼奴らに紹介することはない。
俺がいなければすぐにありがたみを実感するだろうさ。
ぐふふふ……『助けてくださいカズマ様』とか『生意気言ってすみませんでしたカズマ様』って俺に縋り付く冒険者たちが目に浮かぶぜ!
「俺は家出する」
「カズマ、貴方の年齢はとっくに十代後半……いえ、もうすぐ二十――」
「うるさい! この家のことはゆんゆんに任せた! 俺は家出する! するったらするからな!」
「何言ってるんですかカズマさん! 考え直してください!」
「直さない。俺はこれから、俺を正当に評価してくれる優しいお姉さんがいっぱいいる街で余生を過ごす!」
「何言ってるんですか、本当に何を言ってるんですか! 嫌ですよ!? 私に全部子守を押しつけるつもりですか!? そんな……無理ですよ!」
「大丈夫ですよゆんゆん。私がついてますから。アクアとダクネスの面倒はしっかり私たち二人で見ましょう」
「めぐみんのお守りが一番大変なんだけど! ……何でそんなに不思議そうな顔をしてるのよ!」
ゆんゆん、このパーティーのトラブルメーカーは、自分がトラブルメーカーなことに気づいてないんだ。
むしろ一番まともだと思っているまである。
そんなやつに何言ってもわかるまい。
「とにかく、自由気ままに一人旅してくるからしばらく探さないでくれ。しっかり休んで古傷を癒やしてくるよ」
「全部治ったはずよね!?」
「心のだ」
王都で何度も死にかけて、ようやく帰ってきた英雄に対してやる仕打ちか、これが?
こんな街、こっちから願い下げだ!
俺はクローゼットからカバンを引っ張り出し、衣類を乱暴に詰め込み始める。
「この街の冒険者たちのせいで俺のここは傷ついた……俺のガラスのハートはひび割れたんだ! だからその傷を癒やしに……ウォルバクさんも一緒に行きます?」
「えっ、いや、私は遠慮して――」
「そんなこと言わずに! 俺の心には癒やしが必要なんですよ! 喧噪な世界とはかけ離れた、ゆったりとした癒やしの時間が! きっとウォルバクさんが一緒だったら心の傷も、ついでに将来の不安も全部治ると思うんです!」
困惑しているウォルバクさんもお美しい。
やっぱり旅に必要な癒やし枠として、心のケアをしてくれるお姉さんは必須だと思うんだ。
そう思っていると、先ほどまで深く考え込んでいる様子だっためぐみんが。
「行きましょう」
「……どこに。言っておくが、俺は別にお前らを連れて行くつもりはにからな?」
「アルカンレティアへ行きましょう。水と温泉の街アルカンレティアです」
「…………ほう」
「一度立ち寄ったことがある場所ですが、湯に浸かるのはいいものですよ。お姉さん、一緒に行きませんか」
「わ、私!? 私は……」
温泉か。
日本人としてはその魅力的な言葉には抗えない。
何よりおっぱいが大きいお姉さんと一緒に温泉旅行して、何もなく終わだろうか。
否ッ!
混浴とか、そういったお色気イベントの宝庫である温泉で、何もなく終わるわけがない!
いや、男サトウカズマの名にかけてなにもないままじゃ終わらせない!
「これも邪王真眼の導きです。お姉さんも再会を祝して温泉旅行にいきましょう!」
「め、めぐみん? でも貴女たちはこの街に帰ってきたばかりって聞いてるし……」
「ウォルバクさん! めぐみんもこう言ってるんですし、是非温泉に行きましょう! 俺はもう準備万端ですよ!」
「貴方はいつの間に荷造り終わって!?」
俺の速さに驚くウォルバクさん。
あまりにも素早い荷造りを見てタジタジになっている。
しかしそこに追撃と言わんばかりにめぐみんがウォルバクさんの瞳を覗き込んだ。
「お姉さん……駄目、ですか……?」
「…………はぁ、参ったわ。そんな顔されたら断れないじゃない。完敗よ」
「いいんですか……!」
「ええ。元々、仕事がなければ温泉に行きたいと思ってたのよ」
上目遣いのめぐみんにウォルバクさんは諦めたようにはにかんだ。
花が咲くように喜ぶめぐみんを見て、困ったように頬をかくお姉さん。
そんな二人を見て、俺も心が温かくなっていく。
「よし、みんなでいくか! 早く準備しろよ? 早くしないと二人で先行っちゃうからな!」
「……? 何言ってるのですか? 私はお姉さんと一緒に温泉旅行に行こうといっているのです。カズマのことは誘ってませんよ」
「……は?」
「というわけでカズマが家出している間ですが、ゆんゆんも一緒に温泉旅行に行きませんか」
「えっ、いいの?」
「貴女もあの街にはお世話になったでしょう。せっかくですしダクネスとアクアも誘いますか」
「お友達と温泉旅行……!! すごく楽しみ!」
「楽しみなのはわかりますが浮き足立ちすぎるのもほどほどにですよ? しっかりあの神官たちにお礼参りもしないとですから」
「……ねえ、めぐみんがお礼参りっていうと別の意味に聞こえるけど大丈夫よね? ありがとうって神殿にお礼をしに言いに行くだけよね!? ねえってば!」
ゆんゆんから視線をそらすめぐみんだったが、俺はそんな重要なことを聞き逃すほどに焦っていた。
俺だけお姉さんと一緒にいけない!?
そんなバカな……!!
「なあめぐみん! お願いだ、いや、お願いします! 俺も一緒に温泉の旅に連れてってくれ!」
「冗談、冗談ですから! だから2人で私の肩を揺らすのはやめてもらおうか!!」
「めぐみん本気か? カズマの家出を助長してどうする」
「今までカズマのスキルで呆けていた人が今更口出しするとはどういうことですか」
「た、確かに間違ってはいないのだが……その、なんというか、その言い方は卑猥に聞こえるのだが」
実際にほとんど卑猥でしょうに。
カズマの怪我を治すという建前で、自分の性癖を曝け出していたのに何を言うかと思えば。
私がダクネスに呆れて物言えないでいると。
「そ、そんなことより、本気なのか? アルカンレティアと言えば、あのアクシズ教の……」
「……しっ。声が大きいです、ダクネス。カズマに聞こえてしまうでしょう」
「す、すまない……」
せっかく小声で話しているというのに、カズマにばれてしまっては元も子もない。
カズマの方を見ると、年甲斐もなくはしゃいでいた。
……どうやらばれていないみたいですね。
「いいですか、ダクネス。今のカズマを無理に引き止めても逆効果でしょう。だからこそアルカンレティアが最適なのです」
「だからこそ?」
「ええ。あそこは、温泉も街並みも素晴らしい場所です……アクシズ教の総本山という事実を除けば。あそこに数日もいれば、24時間休まることのない狂気的な勧誘に晒され、カズマは間違いなく泣き叫ぶでしょう」
「ああ……なるほど。アクセルへの愛着を思い出させる作戦か」
「くっくっく、カズマが『アクセルの連中は、まだ言葉が通じるだけマシだった!』『帰りたい、我が家に帰らせてくれ!』と、泣け叫び懇願する様子が目に浮かびますよ」
「……さすがは紅魔族の頭脳は伊達ではないな。知略に関しては、カズマに勝るとも劣らないぞ」
「それほどでもあります……けど、カズマと比較するのはやめていただけませんか? なんだか、小賢しいとか卑劣とか、悪いニュアンスが入ってしまう気がするので」
ダクネスの称賛……少し複雑な心境ですね。
カズマの方を見ると、「ウォルバクさんと一緒に温泉! 美しいお姉さんと温泉旅行! ひゃっほい!」と年甲斐もなくはしゃいでいた。
見ているこちらが恥ずかしくなる。
お姉さんもカズマの様子を見て苦笑いをしていた。
「え、ええ……。まあ、貴方たちが良いなら私は構わないけれど……。……本当について行っていいの? 私、お邪魔じゃないかしら……私抜きでパーティーメンバーで行った方が……」
「駄目です! お姉さんは私たちと一緒に温泉に行くんです! 誰か一人をのけ者にするなんて、神様が許しても私が許しませんから!」
「いいこと言ったゆんゆん! よし、決まりだ! みんなで温泉だ! みんなで混浴だ! 待ってろよアルカンレティア、俺の傷ついた心を癒やしてくれ!!」
「おー!! ……って、今、混浴って言いました!?」
ゆんゆんまではしゃいで…………お姉さんをダシに使ってしまって申し訳ないですね。
しかし、私がお姉さんと一緒に旅をしたかったのは事実。
まさか再会するだけでなく、こんな形で旅行まで叶うとは思っていませんでしたが。
お姉さん……話したいことが山ほどあります。
感謝してもしきれない、あの日のことを。
その後、私が習得した爆裂魔法を。
あなたの名を呼んでいた、悪魔の話を。
最近忙しいので投稿頻度が減りそうです。原作小説1巻分を1章として、どこまで書こうかという…
-
第6章(現在の章)
-
第7章
-
第8章
-
リメイクしてテンポよく進める