走り鷹跳びの群れ、街道を遮る大岩、そして周囲の地形ごと、全てを「無」に帰す圧倒的な破壊の奔流。
爆風が収まり、砂煙の向こう側には、巨大なクレーターだけが残されていた。
走り鷹跳びの一羽すら、羽の一枚すら残っていない。
そんな惨状を前にして、馬車を引いていた商人のおっちゃんは馬車から降りて俺の元へ駆け寄ってきた。
「命拾いしました! まさか、あんな化け物じみた群れを一撃で……!」
「わーっはっはっは! 我は爆裂魔法の使い手めぐみん、破壊の権化にして数多の害悪を退けし者! あのような相手など取るに足りませんとも!」
「なんと、さあ、これは少ないですが、追加の報酬を受け取ってください!」
「ほほう、そう言うのであればありがたく――」
「いやいやいや! 冒険者として当然のことをしたまでですからこんなもの受け取れませんよ!!」
感極まったおっちゃんが差し出してきたのは、ずっしりと重みのある小銭袋だった。
普段の俺なら「いやぁ、そんなに貰っちゃ悪いっすよ」と言いつつも即座に懐へ入れるところなのだが……。
「な、なんと……! 自分の命を危険に晒してまで、見返りを求めないとは……。あんた、あんたは本当の冒険者だ!」
違うんです……原因は俺たちなんです。
――事の起こりは、数十分前。
「カズマ、土煙の向こうから来ますよ。私の魔力に惹かれた愚かな獲物が」
めぐみんが杖を突き出し、いかにも「見せ場が来ました」と言わんばかりに凛々しく言い放った直後のことだった。
大地を震わせて現れたのは、時速百キロを超える速度で疾走する巨鳥の群れ――
「おっちゃん、向こうのモンスターの群れは何だ!?」
「お客さん、ありゃ走り鷹鳶ですよ。異性の目を引こうとしてチキンレースをするヤツらです」
チキンレース――
おっちゃんが言うには、もの凄いスピードで障害物へと突撃し、死ぬ寸前で身をかわすことで度胸を試す走り鷹鳶が行うスピードゲームらしい。
「この時期に見かけるのは珍しいですが、まあ、普通は馬車になんて目もくれませんから」
「そっか、それならいいんだが…………でもこっちに向かってきてないか?」
「……ありゃ、本当だ……」
先ほどまで豆粒のようだった砂煙が、見る見るうちに巨大な壁となって迫ってくる。
しかもこの馬車を狙ってるような……。
「何やってるのよめぐみん! 学校で習ったでしょ先生も言ってたでしょ!? そういう不用意な発言をすると決まっておかしなことが起こるって!」
「これは我が邪王真眼の力だとわざわざ説明したでしょうに! あなたという人は、どうしてこうも様式美というものが解らないのですか!」
「そんな様式美、1エリスの価値もねぇよ! 何だお前、フラグって知っててあんな余計なこと口走りやがったのか!!」
「いひゃい! いひゃいれすよカズマ! ほおを引っ張るのをひゃめれくだはい! ゆんゆん、あなたまで便乗しないでくださいっ!」
こいつの口が余計なことを言わなくなるまで抓るのをやめない!
俺は右側を、協力者ゆんゆんには左側を担当させて、めぐみんの顔をこれでもかと引き伸ばしてやる。
そう思っていると後ろの荷台からウィズがおっとりとした声を出した。
「まあまあ、そんなにめぐみんさんのことを責めないであげてください。旅にハプニングがつきものですから」
「そうやって甘やかすから増長するんだ! あのモンスターの群れを呼び寄せるなんて危険な真似しやがって!」
「あ、それに関しては大丈夫ですよ、カズマさん」
「……大丈夫って?」
「実は今、お店から持ってきた便利な魔道具を使ってるんです。その魔道具の効果で今この馬車の防御力は要塞並みになっていますから、とっても安全なんですよ」
「へぇ! ウィズの商品なのにそりゃ便利だ!」
「ええ、ですから安心してくださ――って、今私の商品なのにって言いましたか!?」
失礼な、とばかりに頬を膨らませるウィズ。
だが実際、彼女の店の在庫は「触れると爆発する」とか「呪われる」とか、そんなのばかりなのだ。
…………ほんと不思議だ。
ウィズの店商品なのに今のところ欠陥が何も見つかんないぞ。
今のところ欠陥が見当たらないのは、それだけで奇跡と言ってもいい。
「悪い悪い、ウィズの魔道具は癖があるやつばっかりだから、ついな」
「どれもいい商品なのに……バニルさんに『返却期限切れの在庫が邪魔だから、旅のついでにどこか遠くで捨ててこい』と言われて持ってきましたが、どうしてわかってもらえないのでしょうか。特にこれは私イチオシの商品で、馬車とその乗客の防御力をアダマンタイト並に引き上げてくれる素晴らしい逸品なのに……。一回きりの使い捨てなのが玉に瑕ですが、それを含めてもこれは破格の性能ですよ!」
使い捨ての割に凄いオーバースペックだな…………ん?
バニルが捨ててこいって言った?
それに、アダマンタイト並みの硬度……?
「……なぁウィズ。ちなみにお値段はおいくら万円?」
「5億エリスです! 安いでしょう?」
「高いわ!!」
万超えて億かよ!
誰が買うんだよそんなもん!
お前の店が赤字なのは、仕入れる商品の単価設定がおかしいからじゃないのか!?
「カズマさんならそう言うと思ってました! もう少しお安く、お求めやすい価格にしてほしい……そのお気持ち、わかりますよ! ですので、ここだけ、ここだけの特別大サービス! 店長権限で2割引、4億エリスでご提供させてもらます! さらに、旅のお供に必須の消音機能付き簡易式携帯トイレもセットでお値段据え置き4億エリスでどうでしょうか!!」
「いらん」
「ええぇぇええええ!?!?」
「私は買ったわ!」
「買うな」
「4億エリスのやつ、後でカズマのツケで買うわよ!」
「買うなんなもん!!」
「でもでも、私のそのトイレの魔道具に興味があるのよ!」
トイレの女神としてのプライドか、変なスイッチが入ったアクアを必死に止めていると。
めぐみんが俺の袖をクイと引いた。
「カズマカズマ」
「なんだよ?」
「先ほど私の魔力に反応したと言いましたが……あれは訂正します。走り鷹跳びは『硬いもの』を標的にしてチキンレースを仕掛ける習性があります。つまり、今この馬車が狙われているのは、ウィズの魔道具のせいか、あるいはダクネスの筋肉に反応しているのだと推測されます」
「いや、お前のせいだよ?」
「その反応信じてませんね!? 走り鷹鳶は本当にそういう習性があって――」
「だとしてもきっかけはお前のフラグ発言のせいだぞ? 安全だからいいけども今更ダクネスの筋肉とかウィズの魔道具に責任転嫁するなよ」
「お、おい! 私の筋肉が堅いとか言うな! 私の筋肉ではなくこのアダマンタイト製の鎧が堅いのだと言い直せ!」
「ダクネスの筋肉が堅いだとかの議論はどうでもいいのですよ!」
「よくにゃい!」
そんなことをしてる間にも、やはり走り鷹鳶は確実にこちらに近づいてきている。
手綱を握っている商人のおっちゃんは御者台から。
「お客さん! 申し訳ないですが一度馬車を止めますね! 冒険者の方々に走り鷹鳶を対処してもらいま――」
「その必要はないのですよ」
めぐみんが御者台の前に躍り出た。
風で飛ばされそうになる帽子を片手で押さえながら立ち上がり、杖を砂埃の方へ指し示した。
その横顔はふざけた様子はない。
俺はいつもの横顔を見て、めぐみんが何をやろうとしているのか察した。
ウォルバクさんはただならぬ異変を感じ取って身を乗り出すが、俺はそれを止めることなく、馬車のシートに背を預けた。
「ねえ、カズマくん!?」
「はいカズマです」
「あの、めぐみんからもの凄い魔力が溢れているんだけど!? どうしてみんなそんなに平常心なの!? これって異常よね!?」
「いや、いつものことですよ」
「いつものって――」
ウォルバクさんを意識しているのか、めぐみんの背筋はいつになく伸び、魔力の練り方も極限まで研ぎ澄まされている。
「お姉さん、見ていてください。これが、貴女に救われた命で、私が磨き上げた――私の魔法です」
「……っ!? めぐみん、その魔力量……まさか、貴女――」
ウォルバクさんが驚愕に目を見開くのと、めぐみんの杖から光が解き放たれるのは、ほぼ同時だった。
大気が震え、空間そのものが魔力の重圧に軋む。
「『エクスプロージョン』……ッ!!」
めぐみんの魔法は、凄まじい轟音とともに、世界を紅に変えた。
爆焔が静まるにつれ、馬車がゆっくりと止まる。
爆裂魔法を撃ち終えためぐみんは、いつものように力なく倒れ込む……
と思いきや、杖を突いて毅然と立ち尽くしていた。
「貴女、今の爆裂魔法……」
「ああ、あいつ、爆裂魔法以外に一切スキルポイントを振らないバカだから、威力だけは一丁前で――どこかの誰かさんが余計な魔法を教えたせいですけどね」
俺は半分冗談でウォルバクさんのことを見る。
きっと冗談で返してくれると思っていた。
……返ってきたのは、予想に反して静かで、鋭い反応だった。
ウォルバクさんは、めぐみんの眼帯に覆われた左目を、射抜くような眼差しで見つめている。
「……いいえ、カズマくん。スキルポイントを全て振ったとしても、人の身でこの領域に辿り着けるはずがないわ。まさか貴女、その眼帯の下……」
「ふふふ……お姉さん、気づいてしまいましたか。我が左目に宿る『邪王真眼』の封印を解き、深淵に眠る邪神の魔力と契約した私にとって、これくらいの山を穿つなど容易いこと……」
「…………」
「まあ嘘ですが」
ウォルバクさんは困惑したように眉を顰めた。
そんな中、めぐみんは立ったまま、ピクリとも動かない。
……いや、動けないのか?
「なあめぐみん、もしかして……」
「……すみません。我慢して倒れないようにしたのですが、逆に絶妙なバランスで立ってることしかできません。このまま倒れると痛そうなので……どうか、優しく回収してください……」
「はぁ……なんだ、結局いつも通りかよ」
せっかく倒れないでかっこついたかと思ったのに。
俺は呆れて溜息をつくと、銅像のように固まっているめぐみんをひょいと担ぎ上げた。
ウォルバクさんはまだ、信じられないものを見るような目で、俺の肩に担がれためぐみんを眺めていた。
「本当に、ただの設定なのかしら……」
「何か言いましたか、ウォルバクさん」
「……いいえ、何でもないわ」
ウォルバクさんはそう言って微笑む。
だが、もう一度めぐみんの方へと視線を戻すと、その表情はフードの影に隠れて見えなくなった。
その夜、野営が始まった。
食事を終えて寝床の準備をしていると、ウィズがと控えめに手を挙げた。
「あの、女性陣も多いですし、夜のトイレは物騒ですよね? そこでこれです! ウィズ魔道具店イチオシの携帯トイレをご用意しました!」
「よっ、待ってました!!」
ウィズが取り出したのは、一見するとただの携帯用トイレ。
……なのだが、何やら複雑な魔石が組み込まれている。
そのトイレを見るなり、駄女神様はたいそう興奮されていた。
「これ、消音機能が付いているんです。お花摘みの音を完全に消してくれるので、デリケートな女性の旅にはピッタリです!」
「ほう、中々いい商品ですね。まあ、紅魔族はトイレなんて行きませんから、私には必要ありませんが……。そうですよね、ゆんゆん」
「えっ、そうなの!? 私、普通に行くしめぐみんも普通に行くわよね!?」
「ちなみに私も女神だからトイレになんか行かないんだから」
「そうなんですか!?」
「わ、私はクルセイダーだからトイレには……トイレには……! ううっ……!」
「無理しないでダクネスさん! めぐみんとアクアさんがおかしいだけですから!」
「そうだぞダクネス。トイレ行かないって言い張る二人は、これから昼夜問わずつけ回して本当にトイレしないのか確かめてやる」
「なっ、やめてください! いえ、別に本当はトイレに行くとかそういうことではないのですが謝るのでやめてください……」
「悪い、ちょっと俺先使ってもいいか?」
「ええもちろんです!」
実はさっきから地味に尿意を我慢していた俺は、ありがたくその魔道具を借りて、少し離れた木陰へと向かった。
周囲に誰もいないことを確認し、魔道具をセット。
スイッチを入れた、その瞬間――。
『ドンドコドンドコ! ジャカジャカジャカ!! ピーヒャラドンドン!!』
静寂に包まれた夜の森に、鼓膜を突き破らんばかりの凄まじい大音量の祭囃子が鳴り響いた。
俺は慌ててフタを閉めるも音が止まらない。
慌てて木陰から飛び出すと、ゆんゆんが血相を変えて走ってきた。
「カズマさん、何やってるんですか! 今の爆音、魔物を呼び寄せるようなものですよ!」
「ごめ……ってなんで俺が謝らなきゃなんだ! ウィズ、この魔道具どうなってんだよ!」
「ごめんなさい! その、『消音』というのは、お手洗いの音を消すのではなくて……『もっと大きな音を流すことで、トイレの音をかき消す』という仕組みでして……」
「そんな原始的な解決策があるか! この魔道具の制作者はバカなんじゃないか!?」
俺はキレながら『千里眼』スキルを発動した。
周囲に魔物がいなきゃいいんだが……という俺の願いは、無慈悲にも打ち砕かれる。
案の定というか、お約束というか。
俺たちを囲むように、興奮したモンスターの集団が殺到しているのが確認できた。
「まずい、モンスターの群れだ! しかも爆音のせいで、お祭り騒ぎだと勘違いした連中がめちゃくちゃ寄ってきてるぞ!」
みんなが武器を持ち構える。
戦闘に備えて皆緊張していたが……俺は別の意味で緊張していた。
そう、膀胱がヤバい。
さっき出そうと思ったのにハプニングのせいで出せなかった。
しかし、すでに脳みそには出そうと信号を送ってしまっていた。
表面張力と括約筋でダムの決壊をギリギリで防いでいる状況……
まさに絶体絶命。
敵の恐ろしさではなく、文字通りの意味で「漏れそう」なピンチだ。
最近忙しいので投稿頻度が減りそうです。原作小説1巻分を1章として、どこまで書こうかという…
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第6章(現在の章)
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第7章
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第8章
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リメイクしてテンポよく進める