Re:ゼロから始める異世界生活 〜憑依者ナオヤの異世界生活~ 作:ヤストモ
01
視界が暗闇に包まれ、意識がゆっくりと浮上するような感覚が広がる。
(……ん? 俺、確かコンビニに……)
思考がまとまらない。意識が戻ると同時に、俺は異様な違和感に襲われた。見知らぬ風景。異様な街並み。
「……なにこれ?」
口に出した声に違和感を覚える。それだけではない。身体が異様に軽い。まるで、これまでの自分の肉体とは別物のような感覚だった。
周囲を見渡せば、目の前に広がるのは西洋風の街並み。日本のコンビニの前にいたはずなのに、ここは明らかに異世界だった。
(いやいや、待て待て……俺、ナツキスバルじゃないか?)
自分の顔を触る。記憶がミックスされている。俺は「カミナガナオヤ」としての記憶を持ちながら、同時に「ナツキスバル」としての記憶も内包していた。スバルとしての経験とナオヤとしての経験が混じりあい、少しずつ一つになろうとしている感覚だ。
激しい頭痛がする。だが時間が経つと、自分でも怖いぐらいに落ち着きを取り戻せた。
そして次の瞬間、頭の中でゲームスキルの説明文のような文章が流れる。
適応の加護:あらゆる事象を体験する事で即座に適応する。
至高の加護:自身のあらゆる技術が全て頂点に達する。
必中の加護:どんな攻撃でも必ず当たる。
修復の加護:あらゆる欠損を修復可能。
※※※※※※※※※
(なんだこれ……俺、異世界トリップついでにバケモンにでもなったのか?)
戸惑いながらも、試しに自分の身体を動かしてみる。
明らかに記憶にある自分の…………スバルの動きと違う。絹のように軽い身体。鋭敏すぎる反応速度。異様に発達した筋力。振るう度に空気が爆発したような音が鳴る拳と蹴り。
…………どうやら俺の異世界生活は前途多難のようだ。
※※※※※※※※※※
結局、自身の頭がおかしい力以外は何も分からないまま、俺は街を歩いていた。
異世界に放り出され、状況が分からぬまま街をさまようこと数時間。俺——ナツキスバルに憑依したカミナガナオヤは、ひとまず食料や金を確保しようと考えた。
何故なら現在、俺はこの世界の金品をこれっぽっちも所持していない。金目のモノもほぼZERO。お先真っ暗である。
とりあえず、考えを整理しようと路地裏に入った——そのときだった。
「——待って!!」
鋭い声が響くと同時に、目の前を白い影が横切った。
それを追うようにして、銀髪の少女が駆け抜ける。
整った顔立ちに、長い銀髪。そして透き通るような紫紺の瞳——とんでもなく美しい。
彼女の横を、小さな白い猫のような生き物が浮遊しながら並走していた。
「リア、焦らないで! まずは周りを確認しないと!」
「分かってるけど、徽章が……!」
徽章? どうやら、何かを盗まれたらしい。
そのとき、俺は路地の先で小柄な人影を見つけた。そいつは金髪を揺らしながら、素早く器用に駆け抜けていく。
(あれが……犯人?)
俺の身体が勝手に動いた。適応の加護のせいか、走るだけで身体が流れるように動く。
「おい、待て!」
声を張り上げると、金髪の影は驚いたように加速した。
(逃げられるか……? いや、いける!)
俺は力強く地を蹴る。次の瞬間——世界がスローモーションになったような感覚に陥る。
「っ!」
気づけば、俺は犯人の背後に回り込んでいた。適応の加護と至高の加護の影響なのか、一瞬で通常の数倍の速度で動いていたらしい。
「お前、それを返せ」
「ちっ……!」
盗人は舌打ちしながら、手に持っていた徽章を投げつけてきた。咄嗟にそれを受け取ると、盗人はすぐに路地の奥へと逃げていった。
「………女の子だったのか。あんな小さいのに、盗みをしないと生きていけない環境にあるのか………」
カミナガナオヤとして生きていた時は小学校の教師をやっていたので、なんだかやるせない。
そんな事を考えていると………
「あなた、すごいのね!」
嬉しそうな声が聞こえたかと思うと、銀髪の少女が目の前に立っていた。
「それ、私の徽章?」
「多分ね。ほら、返すよ」
俺は徽章を手渡す。少女はそれを大事そうに胸に抱き、ふぅっと息をついた。
「ありがとう! えっと、あなたは……?」
「ナツキスバル……と言いたいところだけど、正直自分でもどう名乗るべきか分からないな。まあ、スバルでいい」
苦笑しながら答えると、少女は少し首を傾げた。
「ふぅん? 変な人。でも、悪い人じゃなさそうね。私はエミリア。で、こっちはパック」
「こんにちは、スバル!ボクの名前はパック。リアの精霊兼、父親だよ」
白い猫のような精霊が、ふわりと浮かびながら俺の周りを回る。
「精霊………か。こっちでは普通なのか?」
「こっちでは?スバルの住んでる所では精霊が居ないの?」
「……まあ、そんなとこ」
「へぇ、珍しい国もあるんだね。それに………ボクはスバルの故郷よりスバル自身に興味があるな」
「?俺に?」
「うん。さっきリアの徽章を取り戻してくれた時に見た速さもそうだけど、纏ってるマナと雰囲気が尋常じゃないからね。………まるであの「剣聖」の子みたいだ」
「マナ?剣聖?」
いろいろな能力があるとはいえ、俺はこの世界に来たばかりだから、まだまだ分からないことだらけだ。エミリアとパックと出会えたのは幸運だったのかもしれない。
「もうパック。スバルは私を助けてくれたんだから、あんまり困らせちゃダメよ?」
「ハハハ、ごめんリア。スバルもごめんね」
「いや、気にしてないから大丈夫だ」
今はそれより、この世界についての情報と、あの金髪の少女の事が気になる。
俺はナツキスバルだが、ナオヤとして生きていた時間の方が圧倒的に長い。
小学校の教師として、子どもたちに向き合い、成長を支えてきた。
そんな俺が——フェルトという少女を見捨てるなんて、できるわけがなかった。
それに確証は一切ないが、何か嫌な予感がする。
だから、お礼をしたいと言ってくれたエミリアとパックに「この辺りで待っていて欲しい」とお願いし、俺は盗品蔵へと走った。
——だが、間に合わなかった。
盗品蔵の扉を開けた瞬間、血の匂いが鼻を刺した。
「っ……!?」
視界に飛び込んできたのは、床に倒れたロム爺の姿。
そして、フェルトの首元に短剣を突きつける黒衣の女。嫌な予感の正体はコイツか!!
「腸を見せて頂戴?」
甘く響く声。だが、それはこの場にいる誰にとっても——死刑宣告に等しい言葉だった。
「やめろ!!」
叫びながら、俺は即座に駆け出した。
フェルトの目が大きく見開かれる。
エルザの手が短剣を振り上げる。
間に合わない——否、間に合う!
——ドンッ!
地を蹴り、空気を裂くように加速する。
ナツキ・スバルのはずの身体が、完全に異常な域に到達していた。
そして——
「ふっ……!?」
俺の腕が、フェルトを抱えてエルザの刃から引き離した。
エルザの短剣は空を切り、フェルトの首を掠めることすら許さなかった。
「っ、アンタは……!!」
フェルトが震えながら俺の腕の中で声を上げる。
俺は彼女をそっと降ろし、ロム爺の元へ向かった。
致命傷には至っていないものの、かなりの深手だった。
だが——俺には“修復の加護”がある。
俺は爺さんの胸に手をかざし、静かに念じる。
「……治れ」
すると、爺さんの傷口が光に包まれ、みるみるうちに塞がっていく。
「お、おお……?」
フェルトが驚きながら爺さんの傷を確かめる。
「傷が……治ってやがる……!」
「治したんだよ。それより、下がっててくれ」
俺がそう告げると、フェルトは驚愕しながらも頷いた。
そして、俺は再びエルザへと向き直る。
「……貴方、面白いわね」
エルザが、短剣を舐めながら笑う。
「腸を狩る前に、まずは貴方と踊ってみたいわ」
「冗談じゃねぇな」
俺は、構えを取る。
教師として生きた俺に、本来戦闘経験なんてない。
だけど、この身体にはそれを補って余りある力が宿っていた。
「……教師ってのはな。子どもを守るのが仕事なんだよ」
俺の言葉に、エルザの笑みが深まる。
「なら、守り切れるかしら?」
——次の瞬間、戦いが始まった。
——ガキィン!!
俺の拳とエルザの短剣が交差する。
普通なら刃が拳を裂くはず。
だが——俺の拳は刃を砕いた。
「なっ……!?」
エルザの顔が初めて驚愕に染まる。
「何なの、あなた……?」
「ナツキ・スバルだ」
俺は静かに告げると、次の瞬間——
エルザの腹に、全力の蹴りを叩き込んだ。
——ドゴォン!!!
衝撃でエルザの身体が吹き飛び、盗品蔵の壁を突き破る。
エルザが瓦礫の中から立ち上がる頃には、俺は既に次の一手を放っていた。
「——終わりだ」
俺はエルザの背後に回り込み、渾身の回し蹴りを放つ。
エルザの身体が宙を舞い——床へと叩きつけられた。
「ぐ……ふふっ」
満身創痍のはずなのに、エルザはまだ笑っていた。
「あなた……本当に、素敵ね」
「悪いけど、俺はお前の趣味に付き合う気はない」
俺が拳を振り上げる——その時。
「——そこまでだ!」
青い光が盗品蔵に差し込む。
扉を蹴破り、赤髪の騎士が現れる。
「君が腸狩りのエルザかい? これ以上の被害は防がせてもらうよ」
剣聖・ラインハルト・ヴァン・アストレア。
その姿に、エルザの目がさらに妖しく光る。
「……ふふっ、いいわ。あなたと戦うのも、悪くないかも」
戦いの幕は、まだ降りない——。