世界救うのも四回目。   作:名も無き一人の望み

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青の書庫

 

 

 

 

 夢を見ていた。

 

 誰かが私の隣に居て、誰かが私の隣で笑っていた。

 誰かは分からない。

 

 

 ただ__焼けつくようなあのりんどうの藍色が、やけに脳裏に残っている。

 その誰かが消えた後に夢の中で咲いた、あのりんどうの花。

 

 藍色というよりは青に近かったような……

 

 

 

 思考も覚束ないまどろみの中で、僅かに声が聞こえた。

 低い声。懐かしいような声。

 

 

「…、旅人!」

 

 

 あの夢の誰かじゃない。

 この声の主の名を、姿を、私はちゃんと知っている。

 

 

「お目覚めください!」

 

 

 体が妙に怠くて瞼が重いけれど、僅かな気力を振り絞って瞳を開いた。

 途端、眼前に広がったのはあのりんどうとは違う種類の青。

 ベルベット、と名が付く割には青いじゃないか。 何度か繰り返したそのツッコミを内心でもう一度。

 

 

「……テオドア」

 

「ああ、お起きになりましたか…」

 

 

 こうしてベルベットルームに呼ばれるのは四度目、になるのだろうか。

 一度目は確か5年前、二度目が3年前、三度目が1年前のはずだ。

 いつもいつも大衆の認知の所為で世界の危機に陥っているのはもう深く考えないことにした。 この世界って結構脆いんだなぁ、くらいの認識で生きねば疲れる。

 

 

 高い天井にまで届く本棚が周囲の空間を埋め、下には青の絨毯。

 私の座っているソファも布は青、フレームや足は銀色に鈍く光る何かの金属。

 ソファの前にはマホガニー色の丸いテーブルがあり、その上に数冊の本が無造作に散らばっている。

 

 そして、その丸テーブルの更に向こう側には書斎にでもありそうな巨大な深い茶色の机。

 私の知る限り、その机にはこの部屋の主が居る__筈、なのだが。

 

 

「イゴールは?」

 

 

 鼻が長くて声の高い、この空間の主はそこには居なかった。

 彼は基本的にこのベルベットルーム内に居るし、あまり外には出ない。多少の例外はあれども。

 

 ペルソナ合体も彼が行わねば質が落ちるらしい。 ……いやまあ、今更質を気にしてもなぁ、とは思うのだが。

 そう考えてみるとジョーカーは質の落ちていたペルソナで戦っていたのか。それであの強さ、空恐ろしい。

 

 

「我が主でしたら、今は所用で外されております。…お呼びになりますか?」

 

「気になっただけだから、構わないよ。で…今度は何が起こったんだい?」

 

 

 5年前、初めてこのベルベットルームに訪れた日。

 その日からの一年間、一日は24時間ではなくなり、私は死への恐怖に抗った。

 

 3年前、二度目にこのベルベットルームに招かれた日。

 その日からの一年間、真夜中に向かったテレビの中で、私は私自身を拒絶し、受け入れた。

 

 1年前、三度目にベルベットルームに招かれた日。

 その日からの一年間、人の欲望を凝縮した世界で、私は理不尽へと怒り、戦うことを選んだ。

 

 

 ごたごたと過去の話を並べ立てたが、要は言いたい事は一つ。

 ベルベットルームに招かれた後は、何かしら長期のトラブルに見舞われるのだ。

 まず間違いなく逆で、何かしら長期のトラブルに見舞われる前にベルベットルームに招かれる…が正しいのだろうけれど、巻き込まれる当事者からしてみればたまったものじゃない。

 何が悲しくて世界が滅ぶのに命を賭して立ち向かわないといけないんだ。しかも三回! 正確には今回で四度目になる。

 

 

「端的に言えば、人類は2016年で滅亡致しました」

 

「おい待ちたまえ、私達がやったのはなんだったんだい」

 

 

 端的に言われて飛び出して来たトンデモ発言。 とりあえず話の前提は見えたので純粋な疑問を投げた。

 死に立ち向かって犠牲を払い、命を賭けて死の権化を封印した少年が居て。

 真実を見据えようと自分の側面を受け入れ、まっすぐに真実を射止めた少年が居て。

 理不尽への怒りを募らせ、怠惰を貪る民衆共々この世界を奪った少年が居て。

 

 そうして危機にあった世界は何度も救われたというのに、人類が滅亡する?

 私達のやったことがまるで意味の無いもののようにされているのだが。

 

 

「話をすれば長くなるので…ああ、ちょうど準備が終わったようですね。では、こちらを。」

 

 

 差し出されたのは、イゴールの机の上に置かれていたらしい、薄緑の表紙の本だった。

 特に何か気に留める点も無い。 題名も著者名も無いのは、丸机に散らばった本も同じこと。

 見た目は分厚かったが手に取ると意外に軽い。 立ち上がりかけたソファに腰を落とし、膝の上に本を乗せて表表紙を開いた。

 

 瞬間、視界が青くぐるりと回転した。

 

 

 

 頭の中で動画をコマ送りで見ているような光景が繰り広げられる。

 

 魔術、神秘、英霊、サーヴァント、人理、カルデア、人理焼却、特異点F、藤丸立香……

 

 普通であれば「そんなわけない」と笑い飛ばすような単語やその意味も、すんなり頭に入って来て受け入れられた。

 ペルソナの話を聞いているのだから、今更これを言われてもはいそうですかで済ませられる。慣れってやっぱり怖い。

 

 

「ご理解頂けましたか、マイ・トラベラー。」

 

「……ご理解はしたけど…その呼び名、どうにかならないのかい?」

 

「おや。妹がやっていたので、これが宜しいのかと…」

 

「…いやまあ、呼び名なんて正直どうだっていいんだけども…マイ・トラベラーはちょっと、気に入らないなぁ…」

 

 

 全力でオブラートに包んだが、素直に言うと恥ずかしいからやめてくれ。

 一体誰なんだその妹とやらは。 というか妹が居たのか。道理で不思議と面倒見が良いというか…いや普段は天然さの方が勝っているのだけれど。

 

 

「理解はしたけど、どうして私が? 神秘やら魔術やらとは全く以て無関係__それにこうして人理焼却に巻き込まれて死んでいるであろう訳だ。何ができる?」

 

「それに関しては既に答えが提示されている筈です。…サーヴァントとして向かうのであれば、十分に辻褄が合います。」

 

「……名も無き英雄譚、ってわけか。成程、考えたねぇ…」

 

 

 腕を組んで唸ってしまった。

 断るような理由が見つからない。

 当然、彼が…彼らが断ることを了承するわけがない。

 此方が飲み込むほかに選択肢は用意されていないのだ。

 

 

「わかった、本当に緊急事態のようだね。私がどれだけ力になるかは自信がないけれど、協力しようじゃないか」

 

 

 頷いて承諾の返事を伝えると、テオドアは安心したようにため息を吐いて頷いた。

 

 

「私だけで大丈夫なのかい?」

 

 

 一番大きな疑問。

 私以外にも、強力なペルソナ使いはごまんといる。 蓮、悠、理は当然として、他の面々も勿論強い。

 謙遜するわけではないし、自分が弱いと思っているわけでもない。三度の危機を切り抜けたのだから、それ相応の強さはある…と、思っている。

 ただ……どうしても、悠や理と比べると劣るのだ。 私はワイルドではあるが、彼らのように大量に保持することはできない。一つの召喚方法につき三つが限界。 それによって得ているものといえば、召喚と切り替えがノーモーションでできる、そんなささやかな違いで。

 

 

「他の皆様も確かにお強くはありますが、一つのペルソナのみですと現状を顧みるにかなり難しいのです…かといって、ワイルドの方を送るにはあちら側の器が未だ足りません。」

 

「複数のペルソナを所有して器に収まるのが私、と。

 なんだか都合のいい駒扱いされている気もするけど…仕方ないか」

 

 

 世界の危機には慣れたが、世界が滅んだとなれば話は別。

 どこまでも甘い自分に心の中で舌を出した。

 

 

「で、テオドア。私はどうすれば?」

 

「こちらを。」

 

 

 今度は藤色の表紙の本が差し出された。こちらもイゴールの机の上にあったものなのだろう。

 見た目と寸分違わぬ重さだ。 次の道はそう甘くないと言うことか。

 

 

「…今まで以上に、困難な旅になるかと思われます。お気を付けて。」

 

「ああ、行って来るよ。」

 

 

 静かに息を吐いて、目を閉じて。

 重たい藤色の表紙に手を掛けて、一気にそれを開いた。

 瞼の裏が白く染まる。

 

 

「……行ってらっしゃいませ、旅人様。」

 

 

 四度目の救世劇が幕を開けた。

 今までと違う点と言えば、救う世界はとうに滅びているということ。それから目覚めた先が燃える街であること程度か。

 

 

 

 本棚が空間を埋め尽くすベルベットルームにて。

 或る因果の果てに旅人の補佐と成ったテオドアは、残されたただっぴろい図書館の中で、一人ぽつんと立っていた。

 低い身長できっとこちらを睨みつけた、藤色のあの瞳を思い出していた。

 

 

「…人の成長というものは、随分早いものですね…」

 

 

 隣り合う別の空間でその発言を耳にした姉達と妹が一斉に吹き出したことを、彼はまだ知らない。

 

 

 

 







 ○ 北原白雪

 大学2年生。P3、P4、P5の滅びをそれぞれ経験したペルソナ使い。
 変異した“ワイルド”__召喚方法の異なるペルソナをそれぞれ数体保持できる、というワイルドを持つ。
 ベルベットルームのイゴールの従者はテオドア。
 全体的に口調も態度も尊大。



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