重厚な扉の向こう側、広大な会議室に静寂が漂っていた。
巨大なテーブルを囲むのは、傲慢の階層でも特権階級に属する、悪魔の頂点に立つ者たち——オーバーロードと呼ばれる存在だ。各勢力の支配者たちは、己の権威を誇示するかのように席に着き、互いに冷たい視線を交わしている。漆黒のテーブルには血のような赤ワインが注がれたグラスが並び、その重苦しい空気は刃物のように鋭く、一瞬たりとも気を抜けない。冷え切った視線が交錯し、無言の圧力が渦巻いていた。
しかし、その中で、明らかに場違いな雰囲気を放つ者が二人いた。
一人は、腕を組み、退屈そうに顔を歪めるオスカー。目の下にははっきりと濃い隈があり、不眠と不必要な呼び出しに心底うんざりしているのが一目瞭然だ。
もう一人は——
「おやおや、まさか貴方もこの会議に呼ばれていたとは!」
空気を切り裂くように、陽気な声が響く。
――アラスター。
地獄のラジオ・デーモンと呼ばれるこの男は、いつものように満面の笑みを浮かべ、妙に楽しげに席に座っていた。他の上級悪魔たちが放つ緊張感とは真逆の、まるでパーティーにでも来たかのような浮ついた振る舞いだ。
オスカーは目を細め、心の中で「ウゲッ……」と吐き捨てる。
「.......悪いが、手短に頼むよ」
重苦しい空気の中、オスカーは淡々と告げる。
「仕事がうちの社長(バカ)のせいで溜まってるんだ」
会議室が一瞬、静まり返る。そして、その静寂を破るように、アラスターが陽気に笑った。
「ハハハ!それはそれは、大変ですねぇ!」
彼は肘をつきながら、興味深そうにオスカーを見つめる。
「貴方のような実力者が、そんな小さな組織に“経理”として留まっているとは……まったく不思議な話です!」
「......ああそうかい、そうかい」
オスカーは目の下の隈を指で押さえながら、面倒くさそうに答える。
「お前もだろ? こんな会議に顔を出すってことは、何かしら地獄の支配に興味があるのか?」
「まぁ!私が支配なんて面倒なことをすると思いますか?」
アラスターは相変わらずの笑顔を浮かべ、カップを口元へ運ぶ。
「私はただ、このような“権力を求める悪魔たち”がどのような会話をするのか、見物したくてねぇ?」
(よくもまあぬけぬけと....この狸が....いやこいつは鹿か)
オスカーは半ば呆れながら、アラスターを横目で睨んだ。
「.......どっちにしろ、クソ面倒なことには変わりねえ」
オスカーは椅子にもたれかかり、天井を仰ぐ。
「で?なんで俺たちがここに呼ばれたんだ?さっさと話せよ」
進行役のカミラが静かに説明を始めた。会議の議題は「新興勢力の脅威について」。あるオーバーロードたちが勢力を拡大しようとしており、既存のバランスを崩しかねないというのだ。
「.......で、それが俺に何の関係がある?」
オスカーは眉をひそめる。
ゼスティアルが四つの瞳を光らせながら言う。
「お前はすでに“上級悪魔”の力を持ちながら、どこにも属していない存在だ」
「だから?」
「お前がその新興勢力と手を組む可能性があるのかどうか、我々は知りたいのだよ、オスカー」
オスカーはあからさまに不機嫌そうなため息をついた。
「.......俺が誰かと手を組む?生憎.....そんな面倒なこと、今は微塵もする気が起きないね」
静寂。そして、またしてもアラスターが笑う。
「ハハハッ!それはそれは、ご立派な発言です!」
彼は微笑みながら言葉を続けた。
「しかし、それでは貴方がこの会議に呼ばれた意味がないではないですか?」
「知るかよ」
オスカーはうんざりした表情で、椅子に深く腰掛ける。
「俺はただ、この地獄で“生きてるだけ”だ」
「.....ほぉ?」
「派閥も、勢力も、地獄の支配も、全部興味がねぇ。やりたい奴が勝手にやっててくれ」
オーバーロードたちは、彼の言葉に驚いた様子だった。
「もし俺が動くとしたら、それは“そいつが俺の邪魔をした時”だけだ」
沈黙が流れる。オスカーはゆっくりと立ち上がると、適当に肩を回す。
「......以上。俺の立場は変わらねぇよ」
「なるほど……」
アラスターは少し興味深そうに微笑んだ。
「では、もし私が貴方の邪魔をしたら?」
「.........それをやる前にお前が“面倒な死に方”をすることになるだけだ」
一瞬、空気が張り詰めた。しかし、次の瞬間——
「ハハハッ!!それは実に楽しそうですねぇ!!」
アラスターは、まるで最高の冗談を聞いたかのように、けたけたと笑い始める。
「いやはや、やはり貴方のような悪魔が地獄にいると面白い!!」
オスカーは深い溜息をつき、頭をかいた。
「なあ.......いい加減、帰ってもいいか?」
司会のカミラは、オスカーがもはやこの場に興味がないことを察し、やむを得ず解散を促した。
会議が終わり、オスカーはさっさとその場を後にする。
「やれやれ.......」
スマホを取り出し、ブリッツからのメッセージを確認する。『椅子を壊したのは俺じゃない!!モクシーだ!!』そのついでにモクシーからもメッセージが来ていた。『僕じゃないですからね!!』
オスカーは無言でスマホを閉じ、深々とため息をついた。
「.........もう何も考えたくねぇ」
こうして、“上級悪魔の会議”からの帰りに彼を待っていたのは、相変わらずのI.M.P.(インプ)のカオスだった。
そして、帰り道。どこからか、どこまでも陽気な声が聞こえてくる。
「またお会いしましょうねぇ、オスカー?」
振り向けば、楽しげに手を振りながら帰っていくアラスターの姿があった。
「........あの野郎、絶対また面倒ごと持ち込む気だな」
オスカーは、これからの地獄生活が、さらに厄介なものになりそうな気がしてならなかった。