Hellbound Echoes   作:ゲット虚無

5 / 18
愚痴と愚痴

 

くすんだネオンがぼんやりと灯る薄暗いバー。地獄の街に数多くある酒場の一つで、無秩序な喧騒と煙草の煙が渦巻く空間。

 

オスカーはバーカウンターの端に腰を下ろし、グラスを軽く揺らしていた。琥珀色の液体が静かに波打つ。

 

今日も仕事は大変だった

 

——いや、いつものことだが。

 

「……あぁ、全く」

 

思わず独り言が漏れる。職場のあのバカ(社長)が、今日もまたくだらないことに会社の金を突っ込んでいた。

 

「チッ……明日の帳簿、また修正しねぇとな……」

 

ウイスキーを一口流し込み、思考を遮断しようとする。苦い液体が喉を焼くが、それが心地よかった。

 

そんな時——

 

「よう、そこのアンタ、暗ぇ顔してんなぁ?」

 

突如、隣の席に座っていた悪魔が話しかけてきた。

 

目をやると、ピンク色のファーコートを羽織った長身の蜘蛛悪魔が、片肘をついてこちらを見ていた。

 

——エンジェルダスト。

 

地獄でも名の知れたポルノスター兼、売春も殺しも金を出せばヤッてくれる悪魔。

彼のことは聞いたことがある。だが、実際に会うのは今回が初めてだった。

 

「……俺に何か用か?」

 

「いやぁ、なんかさ、俺の隣でめっちゃ"社畜のオーラ"出してるヤツがいたからさぁ〜?」

 

エンジェルはニヤリと笑い、手元のカクテルをかき混ぜる。

 

「ま、どうせ仕事の愚痴だろ? ちょっと語ってみねぇ?そ・れ・と・も、払ってくれるんならそのストレス....オレが抜いてあげよっか♡」

 

オスカーは一瞬、面倒だと感じたが……

 

(……まぁ、どうせ暇だしな)

 

そう思い、グラスを傾けながら低く答えた。

 

「……ウチの上司がバカすぎる」

 

「おっ、いきなりパンチ効いてねぇ」

 

エンジェルはクスクスと笑いながら、興味深そうに身を乗り出す。

 

「何やらかした?」

 

「今日だけで会社の金を三回無駄遣いした。宣伝用のCMを作るとか言い出して、全部失敗してる。あのバカ、マーケティングの"マ"の字も知らないみたいでな」

 

「HAHAHA!! マジかよ!? そりゃヤバいな!」

 

「おかげで経理の俺が全部穴埋めだ……たっく……」

 

オスカーはグラスを空け、バーテンダーに無言でおかわりを頼む。

 

「へぇ〜〜、で? そいつの名前は?」

 

「ブリッツ。I.M.P.の社長だ」

 

「I.M.P.? あぁ、あの地上の人間限定っていう殺し屋の会社?」

 

「……そうだ」

 

「へぇ〜、アンタ、そんなとこで働いてんのか。てっきりもっとデカい組織の悪魔かと思ったぜ?」

 

「面倒事が嫌いなんでな」

 

「ふぅ〜ん、そっかぁ」

 

エンジェルはグラスの縁を指でなぞりながら、ふと小さくため息をつく。

 

「……まぁ、どこ行ってもバカな上司ってのはいるもんだよなぁ」

 

その声色には、微妙な疲れが滲んでいた。

 

「なんだ、お前もか?」

 

「言うまでもねぇよ」

 

エンジェルはわざとらしく肩をすくめ、グラスを煽る。

 

「俺のボス? ヴァレンティノってんだけどさぁ、そいつの機嫌取りがクッソ面倒なのよ。」

 

「……聞いたことはあるな。あのデカい蛾の悪魔か?」

 

「そ、でさぁ!! あのクソ野郎、"おいエンジェル、新しい撮影の準備しろ"とか言って、何の前触れもなく仕事押し付けてくるんだぜ!? しかも断ると……まぁ、痛ぇ目見るし、クソみてぇなヤツだよマジで……やってらんねぇっての!」

 

 

エンジェルは苛立ったようにカクテルのグラスの底をダン!!とテーブルに叩きつける。

 

 

「……そいつぁ...ご愁傷様だな....お前、なんでまだその仕事続けてる?」

 

「……さぁね。生きてくには金がいるし、まぁ……他にも理由はあるけど行くとこもねぇから?」

 

オスカーはそれを聞いて、ふと自分と重ね合わせた。

 

(俺も、結局あそこで働いてる理由なんて、そんなもんかもしれねぇな……)

 

ブリッツに振り回され、ルーナの不機嫌に付き合い、ミリーとモクシーの夫婦の惚気を眺めながら、赤字になった経費を穴埋めする。悪いやつらではないとは思うし、彼らを本気で嫌ったことは一度もない.....しかし、疲れはするのは本当でもあるのだ。

 

「……まぁ、お互いご苦労なこったな」

 

「ほんとにな」

 

二人は無言でグラスを掲げ、軽くカチンと音を立てる。

 

それぞれの仕事の苦労に、静かに乾杯をするように。

 

エンジェルが、ふとニヤリと笑った。

 

「ねぇ、アンタのとこ、求人とかない? 俺もそっちで働いた方がマシかもなぁ?」

 

「やめとけ。あのバカと四六時中一緒にいたら、精神が持たねぇ」

 

「ははは! そりゃ地獄だな!」

 

くだらない冗談を交わしながら、二人は酒を飲み干した。

 

今夜の仕事は終わり。

 

明日もまた、クソみたいな日々が始まるのだろうが——今はせめて、この時間だけは静かに過ごそう。

 

それが、地獄で生きる者たちの、ささやかな息抜きだった。

 

そしてオスカーには新たな友人が増えた。

 




多分、アラスターを知らなかったエンジェルはオスカーの事なんて知る由もないと思います。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。