薄暗いオフィスの一角、オスカーは静かにデスクに向かいながら、いつものように帳簿を整理していた。
ペンを滑らせ、無駄に増えた経費を確認するたびに、こめかみに鈍い痛みを覚える。
(また赤字か……ブリッツのアホが何をやらかしたんだ)
そんな思考を巡らせながらも、オスカーは淡々と数字を並べていく。
それが今日も変わらない、いつもの日常——のはずだった。
「オーースカーーー!!」
突然、ドアが勢いよく開かれ、派手な足音が響いた。
(……またか)
オスカーは顔を上げることなく、ペンを握りながら低く呟く。
「……今度は何をやらかしたんだ?」
「いやいや! 今回はめっちゃいい話を持ってきたんだぜ!!!」
ブリッツはニヤリと得意げに笑いながら、デスクに肘をつき、オスカーを見下ろした。
「お前もSinstagram(シンスタグラム)始めたらどうだ?」
オスカーの手が止まる。
「……は?」
ブリッツはすかさずスマホを取り出し、画面をオスカーの目の前に突きつける。
「見ろよ! 俺のシンスタ! いいねがめっちゃついてんのよ!!」
画面には、ブリッツがドヤ顔でポーズを決めた写真や、ルーナに殴られそうになっている瞬間の写真、さらには無駄に派手なエフェクト付きの自撮りが並んでいた。
オスカーは一瞥し、心底どうでもよさそうに言う。
「……それで?」
「お前もやれよ!」
「……いや、Hellter(ヘルター)やってるんだから、それでいいだろ?」
オスカーは淡々と反論する。
「は!? ヘルター!? なんでだよ!? なんでシンスタじゃなくてヘルターなんだよ!!」
「なんでも何も、仕事で使ってるし、短文だけで済むから楽だし、それに……別に写真なんか載せる気ねぇし。」
オスカーは再びペンを走らせながら、面倒くさそうに答えた。
「ちょっと待て待て待て! お前、今どきヘルターだけってヤバくね!? シンスタは"映え"がすべてなんだぞ!?」
「……何を映えさせるんだよ」
「例えば!? お前のカッコいい戦闘写真とか!? それに、"今日はオフィスで一仕事終えたぜ"的な日常の投稿をすれば、フォロワー増えるかもよ?」
オスカーは、心底どうでもいいという表情を浮かべながら答える。
「……誰がそんなもん見るんだよ」
「いるって!! それに、お前って結構ファッションセンス悪くねぇし、適当に撮れば絶対バズるって!!」
「……は?」
「例えば、お前が黒いコート着て、サングラスかけて、なんかちょっと"謎の存在感"出してるやつ撮れば、"ダークでクールな上級悪魔"的な人気が出るって!」
オスカーは無言でブリッツを見つめた。
(……こいつは、何を言ってるんだ?)
そして、深くため息をつく。
「……いいか、俺はヘルターで十分なんだよ」
「でもよぉ! シンスタにはシンスタの良さがあるだろ!? 例えば、"映えるメシ"とか、"おしゃれなカフェ"とか! そういうの載せれば——」
「俺がカフェ行って写真撮るタイプに見えるか?」
「……うん、まぁ、それはないな」
オスカーは、ペンを机に置き、改めてブリッツを真っ直ぐ見た。
「お前は、映えるのが好きなんだろ? だったらお前がやればいい。俺は、適当に短文で愚痴を垂れ流す方が向いてる」
「愚痴って……それヘルターの使い方としてどうなんだよ」
「別にいいだろ。俺のアカウントなんだから」
「……いや、フォロワーとか増えてんのか?」
「……まぁ、そこそこな」
ブリッツは少し気になったようにスマホを取り出した。
「オスカーのヘルターってどんな感じだ?」
「……見ない方がいい」
「なんでだよ!!」
オスカーは短く言った。
「……"今日も仕事がクソだった"とか、"ブリッツがまた金を無駄遣いした"とか、そんなのばっかだぞ」
「俺の悪口ばっかじゃねぇか!!!」
「……事実を言ってるだけだ」
ブリッツは頭を抱えた。
「お前さぁ……SNSの使い方ってもっとこう……"楽しく"やるもんじゃねぇの?」
「楽しいぞ?」
「どこがだよ!?」
オスカーは静かにスマホを取り出し、Hellterの最新投稿を開く。
『今日も経費が赤字。ブリッツ、てめぇの財布を見てみろ。』
ブリッツは絶句した。
「……お前、マジでそれでいいのか?」
「いいに決まってるだろ」
「……フォロワー増えねぇだろ」
「増えてるぞ」
「誰がそんな投稿に"いいね"すんだよ!?」
「主にルーナ」
「アイツかよ!!!」
ブリッツは叫びながら、デスクに突っ伏した。
——翌日。
「やったぜ!!」
再びオフィスにブリッツの叫びが響き渡った。
オスカーは眉間に皺を寄せながら、ため息をつく。
「……今度は何がだ?」
「お前がついに!! シンスタグラムを始めた!!」
「渋々な」
オスカーはスマホをデスクに放り投げる。
「あまりにもうるせぇからな……もういっそ、やってやるよ」
ブリッツは満面の笑みを浮かべ、オスカーの肩をガシッと掴んだ。
「お前、わかってんじゃねぇか! さぁ、何を投稿する!? まずはオシャレな自撮りだな!!」
「しねぇよ」
即答。
「は!? なんでだよ!? シンスタは"映え"がすべてなんだぞ!!」
「……とりあえず、ヘルターの延長で使う」
「それじゃ意味ねぇだろ!!!」
かくして、オスカーはシンスタを始めたが、結局ほとんどブリッツへの愚痴投稿ばかりだった。
投稿:ブラックコーヒーの写真
キャプション:「朝の仕事前。今日もブリッツがうるさい」
投稿:バーカウンターに置かれたウイスキーのグラス
キャプション:「仕事終わり。今日もブリッツがうるさかった」
投稿:ルーナと並んで座るツーショット(ルーナはスマホを見ている)
キャプション:「静かでいい。なおブリッツはまた騒いでいる」
投稿:I.M.P.のオフィスの写真(書類が散乱)
キャプション:「経理の仕事。ブリッツがまた金を無駄にした」
「お前のシンスタ、まっっっったく映えてねぇじゃねぇか!!!!」
ブリッツがスマホを見ながら叫ぶ。
オスカーはコーヒーをすすりながら、淡々と答えた。
「何言ってんだ、俺の日常をそのまま投稿してるだけだぞ?」
「なんで全部、ブリッツがうるさい、ブリッツが金を使った、ブリッツがうざい みてぇな投稿なんだよ!!?」
「事実だから」
「クソがぁ!!!」
ブリッツは頭を抱えながら暴れ回る。
「お前のシンスタ、フォロワー増えてんのか?」
「……そこそこ」
「どんなやつがフォローしてんだよ!!」
オスカーはスマホを開き、フォロワーリストを確認する。
「……ルーナ、モクシー、ミリー、オリヴィア、あとは知り合いの上級悪魔が何人かと.........一般人が数十人くらいか?」
「なんでアイツらが!??」
「さぁな」
「アイツら、お前の"ブリッツへの愚痴投稿"見て何が楽しいんだよ!?」
「ルーナは『アンタの言うことは正しい』ってコメントしてたな」
「クッソォォォ!!! お前らマジでどうなってんだよ!!」
それからなんだかんだ、オスカーは使い続けた。
夜、オスカーはスマホを弄りながら、新しい投稿を作成する。
投稿5:酒のボトルとグラス
キャプション:「仕事の後の一杯。今日もブリッツがやらかした」
「だからさぁ!!! もっとこう、オシャレな写真を撮れっての!!」
ブリッツが叫ぶが、オスカーは聞く耳を持たない。
「オシャレに見えないのか?」
「いやまぁ……写真自体はカッコいいっちゃカッコいいが!! 俺ががうるさいって報告がセットになってんのが問題なんだよ!!!」
オスカーはクスッと笑う。
「なら、これでいいんじゃねぇか?」
「クソがぁ!!!」
その後、ブリッツはオスカーのシンスタをフォローした
投稿:ルーナと二人で並んだ写真(ルーナはスマホを見ながら中指を立てている)
キャプション:「仕事帰り。ルーナと一緒にいると静かでいい」
投稿:散乱したオフィスの写真
キャプション:「またブリッツのバカが何かを爆発させやがった、くたばれ」
モクシーからの返信:「えっ、またですか?」
投稿:深夜のバーカウンター
キャプション:「今日も疲れた。ブリッツがうるさい」
投稿:灰皿に詰まった沢山のタバコの吸い殻
キャプション: 「見てるか?ブリッツ お前のせいで煙草の本数が日に日に増してるぞ?」
ルーナからの返信:「.......うわっ」
「もういい、好きにしろ……!!」
ブリッツはイライラしたのか頭をかきむしりながらオフィスから出ていく。
オスカーはまるで勝ち誇ったようにブラックコーヒーを一口飲む。
投稿:I.M.Pのメンバーが写っている写真
キャプション:「俺の大事な仲間達」
投稿:ブリッツが口を開けて爆睡している写真。
キャプション:「俺の親友」