いつもは騒がしいオフィスが、今日は妙に静かだった。
普段ならブリッツが大声で無駄話をし、ミリーとモクシーが軽い惚気をし、ルーナがそれを遠巻きに冷ややかに見ている——そんな日常。
だが今日は珍しく、ブリッツ、ミリー、ルーナがそれぞれの理由で外出し、オフィスに残ったのは オスカーとモクシーの二人だけ だった。
オフィス内には、書類をめくる微かな音と、時計の針が静かに刻む音だけが響く。
「……なんか、落ち着かないですね」
静まり返ったオフィスの中、モクシーがぽつりと呟く。
「……そうか?」
オスカーは経理の書類を片手に、カップのコーヒーを啜りながら言う。
モクシーはデスクの向かい側に座り、やや考え込んだ表情を浮かべた。
「いや、いつもならブリッツがアホみたいに騒いでるし、ミリーもあちこち動き回ってるし……ルーナも、まぁ……いつも通りですし……」
モクシーは言いながら、オフィスのドアをちらりと見た。いつもの喧騒がないことに、まだ違和感を覚えているのかもしれない。
「静かな方がいいだろ」
「まぁ、それは……そうなんですけど……」
モクシーは苦笑しながら、机の上のペンをくるくると回した。
確かに静かなのは悪くない。だが、この沈黙が続くと、逆に落ち着かなくなるのもまた事実だった。
「それにしても、オスカーと二人きりってのも珍しいですね」
「……そうか?」
「ええ、珍しいですよ。普段は誰かしらいますし……ブリッツがいない時でも、ミリーかルーナが一緒にいることがほとんどですから」
「まぁな」
オスカーは書類をめくりながら、ちらりとモクシーを見た。
確かに、二人きりになることは滅多にない。だが、それが嫌かといえば、そうでもなかった。
会社の面々の中で、オスカーが一番好感を持っているのはモクシーだった。
次にミリー、ルーナと続き——最下位がブリッツ。
モクシーはブリッツに振り回されることが多いが、彼自身は「常識人」だ。
仕事に対する姿勢も真面目で、会社の金を湯水のように使うブリッツとは違い、無駄遣いをしない。
それに——
(コイツは仕事をちゃんとやるしな)
オスカーはそう思いながら、カップを手に取った。
そんな中、モクシーがふとオスカーを見上げる。
「あの、オスカー」
「……なんだ?」
「オスカーは、ウチの会社で働いていてどう思います?」
オスカーは少し考え、静かにコーヒーを飲んだ後、淡々と答えた。
「ブリッツがいなければ、もう少しマシだったと思う」
「AHAHAHA! それは間違いないですね!!」
モクシーは腹を抱えて笑い、オスカーは少し口角を上げる。
やっぱり、こいつは話していて不快じゃない。
「でも、ブリッツがいなかったら……多分、この会社も成り立たないんでしょうね」
モクシーは微笑みながら、机に肘をついた。
「……それは、そうだな」
オスカーも、ブリッツの経営方針には頭を抱えることが多いが、それでもI.M.P.という組織がここまで存続できているのは、あのバカが持つ妙な"カリスマ性"のせいだとも理解していた。
「オスカーは、この仕事が好きなんですか?」
「まぁ嫌いじゃあねぇよ、数字をいじったり計算すること自体は.....問題は量だよ量」
「ああ……」
「ただ、仕事は仕事だ。それ以上でも以下でもない。少なくともそこは割り切ってるつもりだ」
オスカーは淡々と答える。
「モクシー、お前はどうなんだ?」
「僕ですか?」
「お前は、I.M.P.で働いていてどう思う?」
「そうですねぇ……」
モクシーは少し考え込み、やがて、ふっと笑った。
「正直言うと、ブリッツがいなければ、もう少し気楽だったと思いますね。でも、ウチの会社が嫌いかって言われたら、そうじゃないんですよ」
オスカーはその言葉に、少し意外そうに目を細めた。
「ミリーがいますし、ルーナもなんだかんだで付き合いが長いですし……」
モクシーはコーヒーを啜りながら、オスカーの方を見た。
「……それに、オスカーもいますからね」
オスカーは眉を少し上げた。
「……俺?」
「ええ。オスカーはブリッツに対しても容赦ないですし、経理もちゃんとやってますし……それに、オスカーがいると、僕も少しは安心できるんですよ」
オスカーは驚いたような顔をしたが、すぐに目を逸らし、カップを手に取った。
「……そりゃ、どうも」
「いや何ですか、その反応! もっと感謝してくださいよ!」
「俺がいるだけで気が抜けるって部分がよくわからねぇんだよ」
「いや、何て言うか……オスカーって、無駄に落ち着いてるんですよね。僕が焦ってても、オスカーはいつもどっしり構えてるじゃないですか」
「そりゃ、お前らの騒ぎにいちいち付き合ってたら、疲れるからな」
「HAHAHA! 確かに!!」
二人は静かに笑い合う。
普段なら、ブリッツが無駄に騒ぎ、ミリーが張り合い、ルーナが不機嫌そうに溜息をついているこのオフィス。
だが今日は、ただオスカーとモクシーが静かにコーヒーを飲みながら、落ち着いた時間を過ごしている。
「……たまには、こういうのも悪くないですね」
モクシーがぼそっと呟く。
オスカーは一瞬だけ、彼の言葉を噛みしめるように黙り込み——
「そうだな」
静かに、短くそう答えた。