Hellbound Echoes   作:ゲット虚無

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今回の話がクロスオーバー要素です。多分分かる人は分かります。


遠い過去の自分が犯した罪の記憶

 

オスカーはデスクに肘をつきながら、無数に積み上げられた書類を睨んでいた。

 

窓の外はすでに夕闇が落ち始めており、硝子に映る自分の顔はどこか影を帯びて見える。

オフィスの空気は冷えきって静まり返っていた。モクシーとミリーは定時と共にとっくに帰り、ブリッツは何処かへ出かけている。残されたのは、ソファに寝そべりスマホをいじりながら船を漕ぐルーナと、机にしがみつくように座るオスカーだけだった。

 

「……チッ、またか」

 

無意識に舌打ちが零れる。

指で書類の端をなぞりながら、視線を追う。だが文字は頭に入ってこず、何度も同じ段落に戻ってしまう。

 

眠気がじわりと視界を滲ませ、思わず背を伸ばす。骨が軽く鳴り、身体は軋むように抗議する。それでも彼の瞼の奥には、昨夜の悪夢がこびりついていた。

 

最近、繰り返し同じ夢を見る。

誰かが炎に呑まれ、血を流し、声をかける暇もなく目の前で消えていく夢。

 

だが、誰が消えるのかは思い出せない。

ただ、最後に聞こえる声だけは鮮明に残る。

 

『do you wanna have a bad time?(俺と最悪なひと時を過ごす気はないか?)』

 

それは憎悪を込めた声。自分へ向けられた呪詛。

誰の声だったかは、もうわからない。けれど、確かに"過去"のどこかで聞いた。

 

オスカーはこめかみを押さえ、深く息を吐く。

(……俺は、また誰かを失うのかもしれない)

根拠はない。ただ胸の奥に巣食った不吉な直感だけが、彼を苛んでいた。

 

そんなとき、気怠げな声が飛んだ。

 

「また書類と睨めっこしてるわけ?」

 

顔を上げると、ルーナがソファから片目を細めてこちらを見ている。

彼女の尻尾がだるそうに揺れ、スマホは投げ出されていた。

 

「……ああ、まあな」

 

「仕事バカ」

 

「うるせぇ。だったらお前も少しは手伝え。お前も一応この会社の経理だろ」

 

ルーナは肩を竦め、音を立てて指を鳴らす。

それから少し身を起こし、じっとオスカーを見つめた。

 

「アンタ最近さ……休憩中に寝てるとき、妙にうなされてるよ」

 

「……は?」

 

オスカーは一瞬、思考を止めた。

 

ルーナは飄々とした声で続ける。

 

「知らないけど、めちゃくちゃ悪い夢見てんじゃないの? 昨日なんか寝言でブツブツ言ってたし」

 

「……そうか」

 

曖昧に返す彼に、ルーナはさらに踏み込む。

 

「……誰か死ぬ夢?」

 

その瞬間、オスカーの指先がデスクの上でピクリと跳ねた。

ルーナはため息をつく。

 

「まぁ、だろうなと思った。……アンタのその暗い性格見てりゃ分かるよ」

 

彼女は背もたれに寄りかかり、足を組む。

瞳は眠たげでありながらも、妙に鋭い。

 

「生前は誰かを失ったクチなんでしょ? だから今度は失いたくないんじゃないの?」

 

オスカーは言葉を失った。

心の奥にまで踏み込んできたその一言は、静かに胸を抉る。

 

(……やっぱり、見透かされるもんか)

 

だが口には出さず、黙って彼女の視線を受け止める。

 

「だったら、今のうちに大事にしときゃいいじゃん」

 

「……?」

 

「バカな社長でも、世話の焼ける部下でも、テメェのことウザがる女でもさ」

 

ルーナはスマホを手に取り直し、気だるげに言葉を投げた。

 

「今、ここにいるなら、それでいいじゃん」

 

オスカーは小さく目を細めた。

短い沈黙のあと、呟く。

 

「……多分、何人も見送ってきたんだと思う」

 

ルーナが顔を上げる。

 

「多分、その大半が俺のせいでそうなった。もう誰が誰だったのかなんて覚えてもいないけどな」

 

苦笑い混じりに肩を竦めるその姿は、どこか空虚だった。

 

「……過去にいた"家族"みたいな奴ら?」

 

静かな問いに、オスカーはわずかに口角を吊り上げる。

 

「ハ、さぁ……?」

 

わからない。いや、わかりたくない。

その拒絶の気配を読み取り、ルーナはそれ以上追及しなかった。

 

代わりに、ひとつだけ投げる。

 

「……だったら、今度はちゃんと守れよ」

 

オスカーは苦笑した。

 

「簡単に言ってくれるなぁ」

 

「簡単に言うさ。だってアンタ、私らの中じゃ一番強い"上級悪魔"なんだろ?」

 

「……クっソ生意気だな」

 

「うるさ。ウザい」

 

 ルーナはそっぽを向いたが、その口元には小さな笑みが浮かんでいた。

 

 オスカーはしばし黙り、やがて小さく呟いた。

 

「……ま、そうだな」

 

"今、ここにいるなら、それでいい"。

その言葉は、不思議と彼の胸を軽くしていた。

 

(……今度は守るだけじゃなく、ちゃんと向き合えばいい)

 

そう考えながら、オスカーは再び書類に目を落とす。

インクの匂いと紙の感触が、妙に鮮やかに感じられた。

 




彼は地獄に来て100年以上は時が経っているので生前の記憶に関して完全に摩耗しています。
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