銀盤の調律師   作:カフェイン中毒

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音に想いをかけて

 すごいものを見た……いや聞いてしまった。こんな世界があったのかと目を疑うほどに奪われた、持っていかれた。スケートシューズが奏でる音もそうだが、結束さんのスケートは素人目の評価でしかなくとも上手だったからだ。

 

 これでまだ始めて間もないというのだから驚いてしまう。俺が音楽を始めたばっかの頃って母さんのバイオリンの弦を切りまくっていたような……これが才能、じゃないな。才能はあるかもしれないけど結束さんの出す音はそんなもので流していいもんじゃない。

 

 例えるなら、執念と羨望そして根性の三重奏に努力というパーカッションが重ねられている。だから、俺の心を打ったんだ。音で人の心を動かすのが音楽家の仕事だ、その卵である俺が音で意識を変えられた。カルチャーショックだよ、仕事をとられた気分だ。嫉妬しそうになる。

 

 実は今日は結束さんのレッスンは本来休みだったらしくすぐ解散になった。徒歩で帰るという結束さんだったけど暗くなっていたので父さんに頼んで迎えに来てもらい、彼女の家に送り届けた。結束さんのお母さんには友達ですと名乗ったけど偉く感動してたなあ。結束さんも「友達……!」って目をキラキラさせてた。

 

「律、珍しいな。お前が女の子と一緒にいるなんて。一体全体どういう風の吹き回しだい?」

 

「さっきも言ったけど、仕事をもらったんだ。結束さん、フィギュアスケーターなんだって。それで、俺の曲で滑りたいって言ってくれた」

 

「お前の曲で?そうか……よっぽど気に入ってもらえたんだな。すぐ渡すのかい」

 

「まさか……あれで滑ってもらったら俺が許せない。あんないい音が出せるのにカエルの大合唱を添えてどうするの。直す、徹底的に」

 

「律……?」

 

 家に戻る車の中で、白髪が目立ってきた父さんが俺に結束さんとどういう関係なのか尋ねてくる。端的に言えば……依頼者。だけど俺の中ではもう彼女の位置は決まっている。絶対に負けたくない相手だ。

 

 もちろん競技じゃないから勝ち負けなんて俺が勝手にわめいているだけだ。でも、彼女のスケートの音を聞いてすぐに悟った。俺の曲が負けているって、彼女の良さを引き出せないって。たった10分程度の時間だけで結束さんは俺をコテンパンにした。

 

 このままの音源で渡しても形になるとおもう、それほどの魅力が彼女のスケートにはある。ただ、演劇、ミュージカル、ダンス……そのどれでもで流れる音楽に必要なことは主役である人間に魅力を引き出してもらうのではなく、より魅力的に、より強く、より偉大にその人間を引き立たせなければならない。それがミュージックの役割だ。

 

 だから、この習作を彼女の彼女による彼女のためのオンリーワンにしなければならない。そうしなきゃ俺はただの負け犬だ、音楽をやる資格もない。

 

「初めて見るな……律がそこまで熱くなってるの」

 

「……そうかも。俺正直音楽する理由って父さん母さんの作る音楽が好きだからってのが大部分だった。だけど、今日理由が増えた」

 

「……父さんが作った曲で滑ったスケート選手が何人かいる。プログラムはビデオが送られてきているからそれを参考に。父さんのヘッドフォンもあげよう。音に執着しなさい、没頭するんだ」

 

「うん、頭の中で響いてるよ」

 

 父さんと母さんの最初の教えは「音を許すな」だった。妥協をするなという意味だと受け取っていたけど今考えると違う。あの音が許せない、この音が許せない。結束さんのスケートを彩る音としてふさわしくない。今すぐに五線譜に書きなぐりたいほどにぐつぐつと煮えたぎっているこの気持ちだったんだ。

 

 

 

 

 

「へー、小熊くんってピアノ弾けたんだね~」

 

「どうして急に教室のピアノ弾き始めたの?」

 

「ちょっとやらないといけないことがあってな―。時間がねーんだよ実は」

 

 翌日のこと、日付が変わってもなおパソコンとシンセサイザーにかじりついていた俺もさすがに眠気には勝てなかったらしくいつの間にかベッドで寝ていた。多分パソコン前で寝落ちしてたのを母さんが運んでくれたんだと思うんだけど。

 

 正直家まで待てないので教室の中にある電子ピアノを借りて曲の音探しをしている。普段はドッジボールなんかをしている俺がピアノを弾いてるのが珍しいのかクラスメイト達が集まってくるものの俺の意識の大部分は曲の改編と結束さんのスケートで占められている。

 

「あっそうだ結束さん」

 

「ひゃっ!ひゃいいい!」

 

「あ、ごめん驚かせて。これ音源ね、はい」

 

「え、いいの!?昨日3日必要って……」

 

「曲のメロディとかの主たる部分は変えないから大丈夫。君に最も合う音を探すからそれだけ待ってて」

 

 昨日のスケート場でのアレソレとは打って変わっていつものおどおど結束さん状態の彼女。それでも俺がやってることが曲の改良だということはわかっているらしくチラチラと休み時間のたびに俺が弾くピアノと俺を見ていた。

 

 本当ならこれを渡すのは口を引き裂いても嫌なんだけど結束さんの目標は今度出る名港杯初級の優勝とのことで今日から曲かけの練習もするとのこと。俺の我が儘で練習を遅らせるとか万死に値するので渡さなければならない。

 

「……そうだ、今日も見に行って大丈夫?」

 

「え!?えーっと……大丈夫。送ってもらうからお母さんに聞いてみるね」

 

「いや、それは悪いし歩いていくよ」

 

「ううん、曲かけの練習って貸し切りの時間帯になるの。一回瞳先生にも聞かなきゃいけなくて、だから……」

 

「そういうことね……じゃあ悪いけどよろしく。いい曲作るからそれで許してくれ」

 

「うんっ!」

 

 やっぱり、結束さんはスケートの話になると顔が輝く。いつもの彼女よりも数段明るくなっているように思えてならない。どっちがいいとかの話じゃないけど、俺はこっちの結束さんの方が好きだ。

 

 今日は金曜日、結束さんのレッスンがある日なんだがなんと今日は所属しているクラブでリンクを貸し切る日なのだとか。そういうのもあるのか、という納得と昨日見たあのリンクの大きさを目いっぱい使って滑る結束さんを見てみたくなった。さぞかし奇麗な音が鳴るのだろう……こんなこと考えてるから変なやつって言われるんだろうな俺って。

 

「律動くん?」

 

「あ、もういい?」

 

「ごめんなさいね律動君。いのりったらはしたない」

 

「ごめんなさい……」

 

 放課後、ばびゅんっと音がしそうな勢いで待ちきれなかった結束さんに手を引っ張られて学校の駐車場に行くとすでに昨日お会いした結束さんのお母さんが来るまで待っていた。お礼を言って荷物があって結束さんのスペースしかなかった後部座席ではなく助手席に失礼させてもらったんだけど……

 

 あんまりにもあんまりな勢いで連れてこられたので結束さんのお母さんははしたないと少しご立腹。そんだけスケートが好きなんだなって俺は好感度が上がるしかないけどお母さんはお母さんできっといろいろあるんだろなあ。

 

「律動君、もしかしたらなんだけど……昨日いらっしゃったお父さんのお名前……小熊弦弥さんっていうお名前じゃないかしら?」

 

「ええ、そうです。父をご存じなんですか?」

 

「やっぱり…… 実叶……いのりのお姉ちゃんがスケートをやっていた時の大会で曲を使わせていただいたことがあるの。恋愛映画のメインテーマの……」

 

「『片手に弦、片手に弓』ですね。結束さんお姉さんいたんだ」

 

「うん!私、お姉ちゃんがスケートしてるの見てやりたいって思ったの!」

 

 ここで父さんの名前が出てくるとは思わなかった。昨日見たビデオでそれを踊っていたのは名前は知らないけど黒い髪で真っ黒なスケート衣装を着た音を聞かなくてもわかるほどすさまじいスケートをしていた人だった。多分、父さんがビデオをもらってない人なんだろう。

 

 俺が結束さんに曲提供をするという話にこの人が割とあっさり納得したのはそれに気づいたからなのだろうか?それともそのことをあまりにも楽しそうに語る結束さんの邪魔をしたくないと思ったのだろうか。そんなことを考えると、スケートリンクに到着した。遅くなると両親には連絡を入れているもののあまり遅くなるのも曲制作に支障が出るので困る。どこで切り上げるべきか……。

 

「うーん……」

 

「やっぱり難しいですか?」

 

「いやいやいや、まさか小熊先生の息子さんが曲を作ってくれるっていうのはすごいことよ?ただ……」

 

「買いかぶりすぎです……たとえば音楽に結束さんが負けるのが怖いとか?」

 

「………ええ、そうよ。フィギュアスケートにとって音楽は大事なもの、それは間違いないわ。だけど、主役はスケーター本人、添え物にはならない」

 

 父さんってもしかしてスケート界隈じゃ名が通っているのかな?と首をかしげながらもルクス東山のヘッドコーチらしい高峰瞳先生に挨拶をすると少し心配そうな顔された。そりゃそうだ、父さんは有名人でも俺自体は実績も何もないただの小学5年生だ。

 

 瞳先生はさっき司先生と一緒に音源を聞いていたらしく俺が作った習作に結束さんが押し負けるのではないのかと心配しているらしい。とんでもない、と言いそうになったけど俺が負けているというのは俺の感覚での話だ、瞳先生……つまりはスケーターの感覚だと違うのだろう。

 

 シャリン……と音が聞こえる。一般開放している今だとほかの人たちもスケートをしているので多種多様雑多な音が鳴っているが結束さんと司先生の音はすぐにわかる。一般の人たちの音がカラオケだとすれば二人の音は歌手。そのくらいにははっきりとわかる。

 

「あっ、転ぶ!」

 

「えっ?いのりちゃん!大丈夫!?」

 

「大丈夫です~~!」

 

「びっくりした……。律動君よく転ぶってわかったわね」

 

 結束さんがジャンプの踏切りをしようとした瞬間にぽろっと口が滑った。横に2回転しようとしていたいのりさんが着地を失敗して尻もちをつくがすぐに立ち上がって司先生のところに滑っていく。

 

「音が違ったんです。昨日聞かせてもらったジャンプの踏切りの音の中に大きくノイズがありました。成功するならもっといい音が鳴ったはずです」

 

「音って……こんなにたくさん人が滑っていて話し声もするのにいのりちゃんの踏切りの音が聞こえたってこと?」

 

「むしろわからないんですか?こんなに違うのに」

 

 俺が本気でわからなくてそういうと、瞳先生はゾッとしたような音を出した。顔には出してないけど少し踵が動いた。うん、また怖がられたみたい。俺の音に対する理解はどうやらほかの人と違うみたいで、俺がわかることがほかの人にはわからないなんてことがよくある。音楽家の父さんや母さんですらそうなんだから、俺はどこか変なのだろう。

 

「……変なこと言ってごめんなさい。邪魔はしないので音かけの練習まで見学させてもらってもいいですか?」 

 

「え、ええ!大丈夫よ!親御さんにだけ連絡をさせて頂戴ね。どこで見ててもらっても大丈夫よ」

 

「お世話になります」

 

 俺は父さんの連絡先を瞳先生に教えて結束さんと司先生の近くのリンク脇に行って仕切りにもたれかかりながらタブレットを取り出してアプリを起動しながら二人の音を聞く。音さえ聞いておけば二人がどんなことをしているのかは大体理解できるし。

 

「あ!律動くん!瞳先生とのお話は終わった?」

 

「ああ、終わった。結束さんが転んだのも見てたよ」

 

「~~~~っ!見られてたんだ……」

 

「あはは……でも大丈夫!いのりさんは着実にうまくなってるよ!特にさっきのジャンプなんて踏み切りまでの姿勢がとてもよかった!」

 

「そうですね。多分踵よりにもう少し重心かけて一拍飛ぶのを遅らせて力を込めてたら成功してたかと」

 

「……へ?」

 

 昨日のジャンプの音と聞き比べてみてどうしたら同じ音が鳴るかと提案してみたら結束さんも司先生もぽかんとしてしまった。ああ、またやってしまったのか。どうしてもこう、音に関してのことには嘘がうまくつけないしどうしたらよくなるかというのを考えてしまう。そうしていつもこうやって、おかしなものを見る目をされるのだろう。

 

「す……」

 

「えーと、あの……すいません。変なこと言いました」

 

「すごいじゃないか!俺が思っていた改善点とほとんど同じだ!俺はいのりさんの姿勢や踏み切りなんかを観察するんだけど律動君は音でそういったのがわかるんだね!よかったらたくさん聞いて思ったことを俺に伝えてほしい!きっとそれはいのりさんのためにも、君のためにもなるはずだ!」

 

「……え、あ。はい……?」

 

 おかしいぞ、思ってた反応と違う。というか、瞳先生みたいに少し気味悪く思うのが普通だ、だっていつもそうだったから。だけど、司先生は帰ってくると予想していた言葉の真逆を言った。あまりにも衝撃的すぎて今度は俺がぽかんとなるのだった。




 主人公、音に対しては類稀なる才能を持つ変態と化す。なお変態の部分しか普通の人にはわからない模様。そして超絶光属性司先生、堕ちたな(主人公が)
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