吐き飛ばせソシャゲ世界   作:おおおユウゴ

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#2

 

 カフェを飛び出した瞬間、熱風と土埃が容赦なく襲いかかってきた。

 悲鳴。

 轟音。

 何かが崩れ落ちる音。

 そして、空気を震わせる異形の咆哮。

 数分前までの日常は、悪夢のような光景に塗り替えられていた。炎が夜空を舐めるように燃え盛り、黒煙が街を覆い始めている。

 

「こっちよ、呉秀くん!」

 

 京屋ツバキは、フードを目深に被り直し、呉秀の手を引くわけでもなく、ただ先導するように走り出した。その足取りには奇妙なほど迷いがない。呉秀は、腹の底で疼くような熱を感じながら、必死にその後を追った。吐き気が込み上げてくる。これはいつもの体調不良か、それとも、この異常事態が引き起こしているのか。

 

「どこへ……行くんだ!?」

青協会(せいきょうかい)の大聖堂! 『ペイル=ハイライト』の本編でも、あそこはまだ残っていたわ! だから大聖堂は壊されないはずよ……!」

 

 京屋は走りながら、しかし息を切らす様子もなく、どこか冷静に分析するように言った。彼女の横顔には、この惨状に対する現実感が欠けているように見えた。まるで、画面の中の出来事を語るように。

 

 大聖堂が視界に入ってきた。この辺りでも目立つほどの高い鐘楼があって、その先へと大きな避雷針がついてる。

 しかし、その時だった。

 突如、地響きと共に呉秀たちのすぐ横にあったビルが、凄まじい音を立てて、()()()()()()()()()()()()()崩壊した!  そしてビルのかわりになった太い足が天からそびえていた。巨大な影が呉秀たちの頭上を覆う。見上げると、頭の上に広がるの生物的な質感をもつ空、否、それは正しく怪獣の腹――その四隅からビルのような大きさの足を生やしている、怪獣の広大な腹部だった。

 

 ゴォン!

 

 怪獣は空から降りてきたのか、あるいはそれまでも街中を闊歩していたのか、その巨木の如き四肢で、無慈悲に地面を踏みしだき、蹂躙していく。家や潰され、ビルがへし折られ、アスファルトの道路は遙か果てまでひび割れていき、駐車されていた車に至っては紙吹雪のように宙を舞う。逃げ遅れた人々の短い悲鳴が、土煙の中に吸い込まれて消えた。

 

「うわっ!」

 

 呉秀は恐怖で足が竦んだ。京屋が呉秀の学ランの袖を掴む。

「危ない!」

 次の瞬間、呉秀たちのすぐ目の前の道路が、怪獣の次の歩みによって、交差点ごと蹴散らされた。凄まじい衝撃波が呉秀たちを襲う。呉秀たちは吹き飛ばされまいと、近くの瓦礫に身を伏せた。

 

 もうダメだ、と思ったその時。

 

 キィィン――コォォン――

 

 高く澄んだ、しかし切迫した鐘の音が鳴り響いた。見ると、あと一踏ん張りでたどり着くだろう、そこへと聳え立つ大聖堂、その鐘楼からだ。響く鐘の音は避難を促す合図であり、絶望的な状況下で、人々の心をかろうじて繋ぎとめる一条の光のようだった。

 鐘楼の最上部、鐘つき堂のあたりに、黒い影が見える。人影だ。必死に鐘を打ち鳴らし、メガホンで何かを叫んでいる。

 

「地下聖堂へ! 光の届かぬ聖域へ急げ!」

 

 神父の声だ。

 だが、その希望の音は、怪獣をさらに刺激したらしい。怪獣は、明らかに鐘楼を目掛けてその巨躯の向きを変えた。二本ある長い首の一つが鎌首をもたげ、その先端の顎がゆっくりと開かれる。金色の光が満ちていく――雷撃だ。

 

 怪獣の口が、電光を迸らせる。電撃は空中でいびつにカーブして、塔の避雷針にぶつかり、耐えきれなかったそれごと、塔をしたたかに打ちしだいた。

 

「危ない!」呉秀は思わず叫んだ。

 

 鐘楼の神父は、塔が大きく揺れるなか、鐘を鳴らすのをやめ、メガホンを投げすて、何を思ったのか、塔の縁に立ち上がった。下で逃げ惑う人々を見下ろし、何かを決意したように頷くと、胸の前で手を組んだ。

 

「御身の力を示し給え! 青き御名において!」

 

 神父は叫ぶと同時に、崩れ落ちかけた塔から、自ら身を投げた!

 

 落下していく黒い一人の影。それが、眩い鉄色の光に包まれる。光は人の形を取り戻し――否、人ならざる巨人の姿へとみるみる大きくなり、変貌していく! 古風な西洋甲冑を思わせる、しかしどこか無骨で、最新鋭とは言い難いデザインの鉄色な巨人。

 

とん、と。

 

 空中で変身を終えた巨人は、つま先立ちで地面に着地し、誰も踏まなかった。その着地の衝撃は、呉秀たちが大聖堂まで走るのを邪魔しないほど、小さかった。

 

 巨人はすばやく身をひねり、崩れていく塔を、それごと両手で受け止めてみせた。塔のわずかな砂埃だけが、地上に降りかかった。巨人は、手の中の塔の残骸を、誰もいない地面へと静かに置いた。

 

 それから巨人はふりかえり、自ら、怪獣の方へと、足下に気をつけながら歩み出した。ゆったりとした足取り。そして、足下に誰も居なくなる。

 

 ずしぃぃいんんん……

 

 巨人は地にしっかりと足をつけた。途端に、その衝撃が風になってあたりへと吹き荒れる。そうして巨人は怪獣へと立ち向かった。巨人は教会の前に立ち塞がっていた。

 

 怪獣の二つの頭が、蛇のようにうねりながら、咆えかかる。

 

「うぉぉおおおおおッツ!!」

 

 鉄色の巨人――『協聖の巨人』は咆哮し、怪獣に向かって突進した。

 

「今のうちに、地下へ!」

 どこからかシスターの声が飛ぶ。みると修道服の少女が、大聖堂の入り口を示していた。立ち止まり見つめていた人々が、大聖堂の入り口、そしてその奥にある地下聖堂への階段へと殺到し始めた。

 

 呉秀も京屋に促され、走り出す。背後から鳴り響く大音声に振り返ると、巨人は怪獣に組み付き、その怪力で動きを止めようとしていた。

 しかし、怪獣は巨人よりも重々しいその巨体をしならせ、長い首、大きな四つ羽で巨人の胴を打ち据える。巨人はよろめき、体勢を崩す。

 怪獣が、四つの大きな羽根を遠慮なく羽ばたかせ、空へと浮き上がって巨人から距離をとる。怪獣の二つの首、その先の凶悪な頭たちが、口の中へとプラズマの光を宿しはじめる。

 巨人は大地に足を付けたまま、怪獣に組み付こうと駆け出すが、怪獣の羽ばたきがそれだけでがれきを吹き飛ばし、巨人を打ち据える。

 協聖の巨人は飛べないのだ。怪獣のように放てる電光も、ない。

 

 呉秀は、教会の中へと入る。

 

 大聖堂の内部は、すでに多くの避難民でごった返していた。

 ステンドグラスから射し込む光が、床に複雑な模様を描いている。

 そんなホールの奥では、巨大な薬師如来像が、穏やかな表情で鎮座していた。

 青協会の「キリスト教の皮を被った仏教」と京屋に言わしめる、その有様!

 しかし呉秀には見慣れた光景であり、それでもその荘厳さに一瞬息を呑む。京屋もそのようだった。だが、彼女はやや訝しんだようでもあった。

 しかし、それさえも許さないように、外から地響きが床ごと、一人きりの薬師如来を揺らし、ここも安全でないといわんばかりである。

 

 呉秀と京屋は、地下聖堂へと急いだ。

 

 地下聖堂への階段は、人でごった返していた。厚い石造りの壁が、地上の喧騒をいくらか遮断してくれる。それでも、激しい戦闘音と振動は、足元から、壁を通して、絶えず伝わってきた。

 地下聖堂は、かつて宗教弾圧の時代に信徒たちが隠れ潜んだというだけあって、広く、そして天井も高い。だが、避難民で埋め尽くされ、空気は重く、不安と恐怖が澱のように溜まっていた。

 シスターが配ってくれた温かいココアを、震える手で受け取る。

 

 京屋はそれを、震える両手で包むように持ち、なんとか飲んだ。地響きはまだ続いている。彼女は呉秀へと話しかけた。

 

「そういえば呉秀くん、見てたわよね、観音様」

「……へ? ああ……まあ、薬師如来だったっけ、あの像は……」

「ええ、でも、観音様だけなのね。おかしいわよね、ここ。あれじゃあかわいそうだわ。ひとりぼっちじゃない。他に作るお金が無かったのかしら」

 

 呉秀は、眉をひそめた。しかし、京屋の手、ココアを弱々しくもつその手がまだ震えているのを見て、言った。

 

「飲みなよ……落ち着くはずだ。ここは、大丈夫だよ……」

 

 ズウゥゥゥゥンンン!!!

 

 頭上で、これまでで最も激しい衝撃音と地響きが起こった。地下聖堂の天井の一部、地上へ続く通路付近が、轟音と共に崩落する!

 

「キャアアアアッ!」

「うわあああっ!」

 

 悲鳴と土煙が舞う中、巨大な“何か”が落ちていた。

 それは、鉄色の塊。巨大な腕だけが、がれきの中に落ちている。猛烈な鉄の匂い。

 それは、紛れもなく、先ほど怪獣と戦っていた協聖の巨人の腕だった。肘から先が、無残に引き千切られている。断面からは鮮血が飛び散って、鉄色の肌を、そして石畳の床を汚した。

 巨大な腕は、地下聖堂への通路を半ば塞ぐように突きやぶり、ぴくりとも動かなかった。

 

 静寂。

 

 あれだけ響いていた地上からの戦闘音が、完全に途絶えた。

 あの巨人が、負けたのだ。

 通路は塞がれ、呉秀たちはこの地下に閉じ込められた。絶望が、伝染病のように人々の間に広がっていくのが分かった。すすり泣く声があちこちから聞こえ始めた。

 

 呉秀は、落下してきた巨腕を見上げ、呆然としていた。その隣で、京屋は――彼女もまた、巨腕を、まるで祈るかのように見つめていたが、やがて力なく俯いた。その肩が微かに震えている。

 

「きょ、京屋さん……? だ、大丈夫……?」

 呉秀が心配して声をかけると、京屋はハッとして顔を上げた。その目には一瞬、涙が浮かんでいたように見えたが、すぐにそれは引っ込み、代わりに無理に作ったような、どこか歪んだ笑顔が浮かんだ。

 

「え、ええ……大丈夫よ、呉秀くん。うっふふふ……いいえ、大丈夫じゃ、ないわね。どうしてかしら……? あの巨人が勝てば良かったのに。私の知ってるようにならなけば、よかったのに……っ」

 

 語尾が震え、感情が剥き出しになっている。呉秀は、京屋のこんな姿はこれまで見たことがなかった。かける言葉さえ見つからなかった。

 シスター服の少女、地下へと人々を導いた少女が、呉秀たちの近くで、逃げ込んだ猫や犬、うさぎや鳩、小鳥をあやしてやりながら――心配そうに、こちらを見ていた。少女の周りには小鳥たちが数羽、小さな緑色のカエルが何匹も、そして白くてふわふわしたウサギたちが、まるで彼女を守るように寄り添っていた。

 

 京屋は、そんな呉秀たちの様子など気にも留めず、再び表情を取り繕った。今度は諦めきったような目つきで、しかしどこか挑発的な、冷めた口調で続けた。

 

「…そうね。でも、仕方ないのよ。あの怪獣、キセノンというの。そう言われるようになるわ。そして、まだ生きるのよ、まだ、この後も暴れ回るの。『本編』の世界でもそうだったわ。『本編』のプロローグだってまだ始まってもいないのに、キセノンがここで死ぬはずがないじゃない。あの巨人さんが倒せなかったのは、そういうわけよ。くそったれね」

 

 後半は少し早口になり、自分に言い聞かせるように、言った。

 呉秀は、もう、言うことがなにも思いつかない。しかし、何か言わなければならない。京屋は、つらいのではないか。

 

「ああ、仕方ない……よ。しょうが……ないんだ、どうしようも、ない」

 呉秀が絞り出すようにそう言うと、京屋は一瞬、傷ついたような顔を見せた。だが、すぐにいつもの掴みどころのない笑顔に戻る。

「あらあら、呉秀くんは優しいわね。これが『物語』の残酷さというもの……なのかしら。オモシロイものね、その方が」

 

 アハアハアハアハアハ……。京屋は、そう笑った。

 

 その時、近くで気にしていたようだった少女、シスター服の彼女が、我慢ならないというように立ち上がった。彼女の近くにいた動物たちが、驚いて飛び上がった。彼女はは立ち上がったあと、すぐに周りの動物たちを、そっと撫でてやり、「ごめんなさい、大丈夫ですよ」と小声で囁いていた。

 京屋はその少女を知っていた。同じ学園に通う、同級生だった。

 その少女、栄倉(さかくら)ミヤビは、京屋のほうへと歩み寄った。

 彼女は、厳しい眼差しをして、問うた。

 

「京屋さん、なぜ、今お笑いになったのですか、面白いって言いましたか、面白い?! 京屋さん、今、面白いとおっしゃったのですか?! あなたという方は……!」

 少女は、純粋な怒りと悲しみで声を震わせながら、京屋の前に詰め寄った。

「神父様が命を懸けて……! それなのに「面白い」ですって!? ふざけないで!  命を何だとお思いなのですか!  前からそうでした。貴方は少しは、(こころ)というものを……!」

 

 京屋は、その剣幕に一瞬目を丸くしたが、すぐに悪戯っぽく、しかしどこか底意地の悪いような笑みを浮かべた。

 

「あらあら、栄倉さん。そんなに熱くなれるのですね、貴方……。……でも、そうですね。確かに人情(こころ)、大切ですね。でも、結果の分かっていた戦いに、心を痛めるよりも、早く現実を受け入れて、次善の策を考えるのが合理的ではありません? 死んでしまっては、心もナニもないのですから」

 

 正論のようでいて、だからこそ明らかに、栄倉の感情を逆撫でする言い方だ。

 

「なっ……! 合理的ですって……!? あなたは、人の思いを……!」

 栄倉は言い返そうとするが、それを京屋の飄々とした笑みが、妙な大人しさが、さらりと受け流していた。悔しそうに唇を噛みしめる。

 

 京屋はそんな栄倉を見て、まるで子供をあやすように言った。

「ふふ、まあ、今は落ち着きましょう? ね?」

 その態度が、栄倉をさらにムカつかせるのが分かった。

 呉秀は、痛々しい京屋と、真っ直ぐに怒る栄倉の間で、ただ立ち尽くすしかなかった。京屋の、この掴みどころのない「ずるさ」のようなものに、言いようのない不安を感じながら。

 

 栄倉は、京屋から視線を外し、呉秀の方に向き直った。そして、心配そうに呉秀の顔を覗き込んできた。

「あなた……。たしか、呉秀さん、でしたっけ……、お顔の色が……大丈夫ですか?」

「あ、ああ……なんとか…」

 呉秀がそう答えた瞬間だった。

 腹の底で、何かがぐにゃりと蠢いた。熱い。吐き気が、これまで感じたことのないほどの激しさで込み上げてくる。

 

「う……ぐっ……!」

 

 呉秀はその場にうずくまった。腹を押さえる。中から、何か熱いものが突き上げてくるような感覚。幻聴か? 何かが、頭の中に直接響いてくる……。

 

 …………ブウウ――――――ンンン――――――ンンンン………………。

 

 呉秀は、目をつぶった。しかし、きつく目を閉じているはずの、そのまぶたの裏に見えるものがあった。

 それははじめは一つの丸だった。次に丸が二つ。一部だけ重なっているようになった、分裂したのだ。そんな二つの丸が今度は三つに増えて、3方向へとそれぞれ突き出しながら一部では重なり合い、その三つの円の中心へと一つの円がぽこりと浮き出した。

 そのまま円は重なりながらぼこぼこ増えていった──まぶたの裏一面に、円が重なり合い、それらの円の重なりがまるで六枚の細長い花びらのように見えはじめ、呉秀の目をつぶった暗闇の世界へと、目一杯に円とその花をひろげていき、それらすべてを囲む大きな丸ができた。

 

 それはまぶたの裏から、呉秀を見つめていた。無機質に、観察していた。

 

 呉秀はもう、うずくまることさえ、平衡を保つことさえ、できなかった。

 

「呉秀さん!?」

 栄倉が心配して駆け寄り、呉秀の倒れ込もうとする背中を支えようとした。

 

 その瞬間。

 

 呉秀の体から、腹部を中心に、淡い青い光が漏れ出した。服の上からでも分かるほどの、不気味な燐光。

 

「ひっ……!」

 

 栄倉は、呉秀に触れる寸前で手を止め、信じられないものを見たかのように目を見開いた。

 呉秀は床へと、うずくまったまま突っ伏してしまった。そんな彼を見ている栄倉は、能力が、呉秀の中から何か異質な波動を感じ取ったのかもしれない。彼女は蒼白になって後ずさった。

 

「なに、これ……人間じゃ、ない……?」

 

 栄倉の震える声が、静まりかけた地下聖堂に響く。

 

 京屋が、その光景を、満足そうに、あるいは恍惚としたような表情で見つめていた。

 

「知らない、私、知らないわ。こんな『ストーリー』……。 『原作』は、『本編』は、まだ始まっていないのに。ねえ、『呉秀青一郎』……あなたが生きていると、どうなるの……?」

 

 彼女がそう言った、まさにその時。

 

 ゴゴゴゴゴ……! ドン! ドン! ドン!!

 

 巨腕に塞がれたはずの通路ごと、その上の方、地下聖堂の上で、多くの避難民たちのいき埋められたその上で、巨大なものが、地下聖堂の天井を地盤ごと踏み砕いていくような、その音が、響き渡った。

 いや、あるいは――

 

 …………ブウウ――――――ンンン――――――ンンンン………………。

 

 どこからともなく、空間そのものが軋むような、あの不気味な重低音が響き始めた。ミツバチの羽音のうなり声のようなソレ。それは次第に大きくなり、呉秀たちの鼓膜を、心魂を、直接揺さぶり始めた。

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