ジェーン・ウィローに花束を   作:疾風怒号

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デキレバ……カンソウ……クダサイ…………ハゲミニナリマス……

ところで全然話変わるんですけど堅守協定楽しかったですね、凍結とスタン以外は!!


10:Explosion Fire!/火葬狂騒曲・下

 

 

 

 焦げた空気が肺を焼く。黒煙が蛇のように街路を這い、視界をねじ曲げる中、Chariotは速度を緩めることなく疾駆を続ける。瓦礫の隙間を縫う風は熱く、皮膚に触れる度に微細な痛みを残す。

 ダムストリート──かつては裕福な貴族たちの屋敷が連なる静かな通りだった場所は、今や煉獄の様相を呈していた。このまま進めば例の屋敷に近付く。当然見逃される筈もない場所だ。

 

「遅かった……」

 

 或いは、早すぎる。唇から漏れた言葉は、誰に届くこともなく渦巻く熱気に熔けていく。破局も、()()も、この街は既に迎えている。陽炎に歪む夜闇から滲み出るように路地を進む影の群れが、既に眼前に並んでいた。ヴィクトリア軍の兵士ではない。顔の上半分を隠す鉄面に、刺々しい装飾に縁取られた鉛色の衣服。肩を覆う外套には掠れたインクで何事か文字が記されていたが、煤に汚れたその羅列は読み取れない。

 

「市民か?」

「いや、剣を持っている」

「兵士ではないように見えますが」

「構わん、殺せ」

 

 多少上等らしい装備の男の一声で一斉に剣を抜き放ち、じりじりと兵列が迫る。知っている、その迷いの無い果断は、自己を集団に帰属させた者に特有だ。集団そのものの意志に従えば、一人一人が背負う責任を感じる事はない。だから迷いなく刃を向けられる。ダブリン(お前たち)が用いるその手管は、よく知っている。

 

(それは俺が見て、調べたものだ)

 

 知っているのであれば、自ずと対応策も染み付いている。迷いなく選び取れる。遅かろうが早かろうが、障害があるのなら踏破すればいい。素早く長剣を抜き、背に預けた盾を下ろす。腕を通し、巻いた布が解けるままに掲げて身を屈める。

 

「ヴィクトリアのクロウ・クルワッハ、機動盾と共に、参るッ!」

 

 久しく口にしなかった名乗りと同時、並び立つ兵士に向かい吶喊。先頭の一人が剣を振り下ろすよりも先に盾の先端を滑り込ませ、斜め下から掬い上げる。一人、二人、三人、四人と押し退けながら戦列に喰い込み、弾き飛ばし、また次の一人を押し潰す。左右を囲う有象無象を気に掛ける必要はない、そもそも彼らは『正面切って突撃する兵士の相手』など想定していない、よしんば想定していたとしても、その練度など知れているのだから。

 

「この……ぐぁッ!?」

「くそ、奴を止めろ!突き刺せ!」

 

 指揮官らしき男の判断は正しい、だが遅い。もう十分に間合は縮まり、其処に向かう為の道筋も見当がついた。戦列を構成していた兵士も既に半数が戦力として数えるには不十分な状態にある。背中越しに構えた鍔元の源石に力を加えアーツの併用行使。噴き出す炎と爆風が僅かばかり、Chariotの身体を重力の鎖から解き放つ。

 

「跳んだ!?」

 

 アーツの反動による跳躍、及び移動。盾兵の鈍重さを補う為に編み出した専用の戦闘様式は、正に今のような戦況を覆す為にある。空中にて再度の激発、今度はほぼ水平に加速。兵士たちの頭上を滑るように、盾を掲げたまま、既に指揮官の眼前。

 

「ち、ィ……ッ!」

 

 迎え撃つ形で突き出された剣尖を盾が容易に阻み、無防備な側頭を柄頭で一閃。もんどりうって昏倒した男の背を踏み付け、首筋に長剣をあてがう。

 

「どうする、続けるか?」

 

 その言葉に応えられる者はいない。運良く殴打を免れ、爆風にも巻き込まれなかった者は皆、既に三々五々逃げ出していた。

 

 

 徐々に拡大を続ける火の手に焦燥が募る。街角を曲がった瞬間、焼けた風と共に、目の前の空間に異常な明るさが溢れる。そこにあったのは、今まさに炎に蹂躙される屋敷だった。

 

 ヒロック群でも有数の邸宅。古めかしい造りの、広々とした中庭と高い塀に囲まれていたその建物が、今は赤くちらつく炎と濛々とした黒煙に呑み込まれている。何かが爆ぜる音が間断なく鳴り続け、その一つひとつが喘鳴のように思えた。

 

 視線を巡らせ、Chariotはごく短い呼吸で状況を分析する。爆発は内側から広がったのか、屋根の東側は完全に崩落している。その他の壁にも裂け目が走り、内部の梁が黒焦げの骸骨のように露出していた。かすかに、駐屯軍の制服を着た兵士たちが屋敷から距離を取るようにして展開しているのが見える。中には仰向けに倒れたまま動かない者もいた。彼らの表情を確かめられる距離ではなかったが、無事では済まなかっただろう。

 

 その時だった。崩れ落ちた屋根のさらに向こう、煉瓦壁の破片が散らばる通りに、ひときわ高く炎が立ち上る。……否、炎の柱の中に、人影があった。数分前に見たものと同じような装備を身に着けた兵士たちの先頭、二対の頭角と、先端に炎のくゆる尾の、少女。

 

 瞬間、Chariotの背中に悪寒が走る。直感が警鐘を鳴らすより早く盾を地面に突き立て、その陰に身を屈める。眩い火焔が一秒遅れて襲い掛かった。耳鳴りと共に世界が沈黙する。家屋が、街角の彫像が、街路の木立が、()()()()()()()()()()灰塵に帰していく。

 

 尽きる前に吹き飛ばされたのか、細かな塵が霰のように地面を叩く。空気の全てが焼け、一帯はアレだけ燃え広がっていた炎ごと均されていた。咄嗟にアーツを起動していなければ、Chariot自身も周囲を漂う灰の一部と化していただろう。

 

「……ここまで、するか」

 

 半ば呆然と呟く。今の数瞬でどれだけの物が、どれだけの人が巻き込まれた?『ダブリン』とは、あの青年が言うようにターラー人を救う為の集団では無かったのか?

 風に流れる灰を踏み付けるように、また兵士が街に進み出る。陽炎に煽られ、炎を背に、ゆらゆらと、亡霊めいて速やかに。先刻退けた輩よりも遥かに多く、統率のとれた歩みで。

 

 

###

 

 

 

 街の灯がひとつ、またひとつと消え、夜の空気は硝煙と焼け焦げた木材の匂いを孕み始めていた。

 

「待て、其処のお前」

 

 薬剤ケースを抱えて物陰に身体を押し込んだウィルに硬質な声で呼び掛けたのは、ヴィクトリア軍の兵士ではなかった。視線を覆う鉄面に、茨のような貧金の装飾。Chariotが時折報告に挙げていた『ダブリン』なる所属不明の武装集団。

 

「何者だ?」

「……」

「何故こんな所にいる」

「……あー、俺は、アレだ。薬を運んでいただけだ。此処がこんな事になってるなんて知らなかったからな」

 

 乾いた舌を動かして問いに答えると、鉛色の兵士は忌々しげに唇を曲げ、歯を剥き出しに言葉を続ける。

 

「薬……、ヴィクトリア軍にか?」

 

 兵士の手が剣の柄に伸ばされ、微かな布擦れと金属音が鳴る。

 

「……ははっ、俺達には、相手の身分なんて関係無い。俺達の薬は感染者の為にあるんだ」

 

 僅かに刃が抜かれ、酷薄な金属反射が夜闇に浮かび上がる。重苦しく張り詰めた重圧。ウィルはケースを背に庇いながら、腰に括り付けた心許ないナイフの形を確かめた。脳内で何度も護身訓練の内容を反芻し身構える。

 

(剣か……、間合が広いな……、腕でどうにか受けて反撃……、いや、そのままぶつかって……)

「どうだかな、怪しいものだ……がッ!?」

 

 不意の苦鳴。リボルバーの銃床で強かに後頭部を打ち据えられて頽れる兵士の背後に、音も無く見慣れたテンガロンハットが揺れていた。

 

「やあウィル、調子はどうだい?」

「Outcastさん!」

 

 老天使は油断無く兵士が気絶している事を確認すると、指先で二・三度その守護銃を弄んでからホルスターに納める。

 

「もう駄目かと思いましたよ……」

「やれやれ……、フレッドから通信があっただろう?『現時刻を以てロドスはヒロック群における通常業務全てを停止する。』と」

「よ、読んだのは読んだんですけど」

 

 視線を逸らして頭を掻くウィルの意図は手に取るように分かる。それでも薬を配り終える事を優先したのだ。Outcastは決して彼を叱責しなかった。この企業に身を置きながら、危険を冒してでも人の助けにならんとする事をどうして責められようか。それは確かに善き行いなのだ。

 

「あ、あの…Outcastさん、これって一体何が起こっているんですか、気付いたらあちこちで火が上がるし、よく分からない輩も出てくるし、自分には何が何だか……」

「何百年と蓄積した恨みに火を点けた連中がいるようでね、お陰でこうしてあちこちに飛び火しているのさ。……これはまだ火種に過ぎないがね」

 

 少なからず疲弊した若者に代わってケースを背負い先導する背に疑問を投げかける。対する返答は、汗が伝う彼の喉を鳴らすには十分だった。曖昧な脅威が、明確な危惧となって臓腑を重く締め上げる。

 

「とにかく、今は事務所に戻るんだ。ロドスの仲間は一人たりとも欠けさせる訳にはいかないからね」

「……仲間、そうだ!俺、さっき十七区の方でジェーンさんを見かけたんです!」

 

 老体からは考えられない速度で走るOutcastにどうにか並走し、ウィルが言い募った。理屈では分かっている、彼女は軍人で、今関わるべきではない人間だ。それでも

 

「あの人、ほんと毎日ウチに来てくれて、毎回朝飯持ってきてくれて……、だから俺!もう、あの人のこと、半分は、ロドスの仲間だと思ってて……っ!」

 

 それでも、彼女は友人で、仲間だ。ならば、この状況で見かけておきながら放置する事は何よりも耐えがたい。この場においては明確にロドスの利益と矛盾する感情本意の言葉、しかし同時に、これは理念の貫徹でもあるとウィルは信じていた。

 

 それを無下にする職員(仲間)は、此処にはいない。

 

「分かった、十七区方面だね。……先程の言葉に付け加えよう。半分だろうが何だろうが、ロドスの仲間を欠けさせはしないさ」

『ああ、その通りだ』

 

 此処(ヒロック)には、いない。肩に括り付けられた通信機から聞こえるChariotの声は、その証左だった。

 

 

 

###

 

 

 突き込む盾が防御する剣ごと亡霊兵士の腕を叩き折り、弾き飛ばして壁に激突させる。瓦礫が派手な音を立てて崩れ落ち、兵士は憐れにも下敷きに埋もれてしまった。ジェーンの捜索を始めてから暫く経つ、タイマーをセットした腕時計の針は、丁度十分を示していた。

 

「く、そ……貴様、何者だ……ぐあッ!」

「教える義理は無い」

 

 倒れ伏したまま足を掴もうと手を伸ばした兵士の背を踏み付け、そのマスクを引き剥がす。簡単に改めてみれば、成程複雑な式が刻まれている。

 

「容易に侵入しているのはこれが原因か、練度の割に賢しい真似をする」

 

 ヴィクトリア軍への対処を優先しているからか、遭遇は数人ごとの散発的なものに収まっている。それを加味しても彼らの練度は低い。通常であれば、不意を突かれていたとしても駐屯軍が遅れを取るとは考えにくい。

 

「はあッ!!」

 

 ヴィクトリア軍の士官というものは、今まさに兵士を引き倒しながら壁を突き破って現れたような強靭な戦士揃いなのだから。亡霊兵のマントを縫い留めていた身の丈程もある破城矛を引き抜き、その士官はクロムオレンジの髪を掻き揚げた。炎の光に眇めながら振り向いた双眸が、Chariotの姿を見とめて丸くなる。

 

「ふう……、やっぱり、一人一人はそう強くない……ってアレ、Chariot!なんでこんなところに!?」

「……業務中だ、逃げ遅れた」

「それは、大変だったね。もう大丈夫、十区方面の南はまだ駐屯軍が抑えてる、一緒に行こう!」

 

 屈託なく手を差し伸べるバグパイプに、答えに窮する。ジェーンを捜すのであれば、今彼女に出会うのは避けたかった事態だという考慮もあるが、それ以上に。

 

「……やっぱり貴方だったのね」

 

 バグパイプの背後、やや遅れて駆け付けたループスの女には、例え状況がどうであれ出会いたくはなかったからだ。豊かな薄香色の髪を今は煤に汚し、重装備を纏ったその女は、赫怒に鋭く眉を顰め、吐き捨てるように口を開いた。

 

「逢いたかったわ、レックス・クロウ。貴方には言いたい事が色々とあるけれど……今は一先ず、私達に従って」

 

 

 

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